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第1264話

Auteur: 夏目八月
一方、その夜の玄武の夕食は少しばかりましになっていた。尾張が小魚を何匹か突き刺して焼いたのだが、外も中も真っ黒に焦げ、口の中に生臭さと炭の味が広がる。

ましになったというのは、さすがに肉のような脂っこさはなく、ただ気持ち悪いだけだった。

この夜、大きな洞窟には明らかに人が増えていた。黒装束に覆面姿の男たちが次々と山を登ってくる。何かが動き出すようだ。

焼き魚を平らげた玄武は木に登り、下を見張った。

尾張は既に大きな洞窟の近くで這いつくばっていた。長く観察してきた場所で、連中が用を足す場所だ。

吐き気を催すような悪臭が漂う。

しかし、ここが最適な待ち伏せ場所だった。たいてい二、三人で用を足しに来る。不意を突けば、服を奪うこともできる。

半刻ほど這いつくばっていると、ついに機会が訪れた。

覆面の黒装束の者が二人、用を足しに来た。尾張は素早く立ち上がり、あっという間に二人の急所を突いた。

両肩にそれぞれ一人を担ぎ、素早く山を登って小さな洞窟へと戻った。

玄武は木から跳び降り、二人で黒装束を剥ぎ取って着替えた。急所を解いた途端、叫び声を上げようとする二人の喉を掴み、平手打ちを食らわせると、力なく地面に伏せた。

玄武は黒装束を直接身に着けた。この男はやや肥えていて、自分にはちょうど良い大きさだった。少なくとも暖かさは確保できる。

尾張が短刀を二人の目の前でちらつかせると、恐怖に震える声で全てを喋り出した。

確かに今夜は糧食の受け取りがある。彼らは中で荷受けを担当するという。

糧食の運び入れは三ヶ月に一度。村での耕作だけでは足りず、外からの補給が必要なのだと。

黒装束に覆面の理由を問うと、糧食の運び手に素性を悟られぬよう、上からの厳命だという。神秘性を保つためだそうだ。

誰の配下かと尋ねても分からないと言う。ただ、飢えに苦しんでいた時にここに来たのだと。彼らは運搬と耕作を担当する下働きで、村の者とは別格だ。山の端に住まわされ、村には近寄ることも許されていない。

武器の有無を問うと、別の洞窟に保管されているという。ここにはわずかしかない。その洞窟には普段は近づけず、運搬の時だけ呼ばれる。作業が終われば即座に立ち去らねばならないのだと。

つまり、この私兵たちの間にも厳格な階級があるということだ。運搬や耕作を担う彼らには、村の重要人物に接触する資格
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