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第1446話

Author: 夏目八月
さくらと紫乃、あかりの三人は「蘭渓館」という名の個室で待っていた。給仕が平南伯爵家の三人と付き従う小姓・侍女を庭園へ案内し、蘭渓館の外で一声かけた。

さくらは紫乃とあかりに支えられながら自ら出迎えに現れ、平南伯爵夫婦と七姫の菫が慌てて礼を取った。

さくらが微笑みながら言う。「どうぞお気遣いなく。中へお入りください」

さくらは挨拶をしながら、三人をさりげなく観察していた。

これまで多くの人々と接してきた経験から、眉の動きや視線、立ち振る舞いから相手の性格をある程度読み取ることができるようになっていた。

平南伯爵は黒い外套を羽織り、その下には花鳥模様の刺繍が施された錦の衣装、金糸で縁取りされた前合わせの装いで、胸元には大きな数珠を下げている。

裕福でありながら信心深い印象を与える装いだった。

ただ、立っている時に無意識に隣の娘の方へ身を寄せる仕草や、どこか媚びるような笑顔から、社交が得意ではないことが窺えた。

平南伯爵夫人は真紅の前合わせの上着に白い狐の毛皮の肩掛けを羽織り、血色がよく見え、ふくよかな体型をしている。眉尻の皺がなければ、年齢を感じさせないほどだった。

この夫婦は人生の半分以上を過ごしているというのに、まだ世慣れない印象を受ける。

父親がいる時は父親に頼り、父親が亡くなれば娘に頼る——そんな性質の人々だった。

一方、七姫の菫は対照的に堂々として自信に満ちている。湖水色の錦の着物に綿入りの羽織を重ね、すっきりとした装いだ。

容貌は柔らかで美しく、細い眉がわずかに上向きに弧を描き、杏のような瞳に整った鼻立ち、尖った顎のライン——このような顔立ちは彼女の凛とした気質とは本来不釣り合いなはずなのに、不思議と違和感がない。

「王妃様は素晴らしい場所をお選びくださいました」菫の笑い声は爽やかで、それでいて礼儀を失わない。「私はよくここに参りますが、蘭渓館が一番のお気に入りなのです」

開口一番で、今回の会見が和やかなものになることを示していた。

さくらも微笑みながら答えた。「伯爵様とご夫人、そして七姫がお気に召していただければ幸いです。本来でしたら親王家にお招きしたかったのですが、うちの料理人は都景楼の料理人ほど腕が立ちませんし、それに都景楼は私の師匠の商いでもありますので、七姫に新しいお料理をお試しいただこうと思いまして」

「ご丁寧にお
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