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第1514話

Autor: 夏目八月
「いやいや」親王が手を振る。「今回のことは平安京と大和国のためでもあるが、我々北森の利益でもある。礼は無用だ。国同士の付き合いなど、結局は損得勘定。本当の友情は、個人の間にしか生まれぬものよ」

なるほど、と納得するさくら。だが、気になることがあった。「もしかして……私の師匠の菅原陽雲をご存知では?」

親王の目元にかすかな笑みが浮かぶ。「ああ、知っているとも。北森に滞在していた時期があってな、我が星取楼に逗留していた。護衛隊の黒羽影忍とは特に気が合ったようで、よく酒を酌み交わしていたものだ」

「そうでしたか……」関ヶ原で出会った黒装束の一団を思い出すさくら。あの中に黒羽影忍という人物がいたのだろうか。お目にかかれなかったのが残念でならない。

さくらの心中を察したのか、親王が朗らかに笑った。「三年後、もしくは五年後に大和国を訪れる予定がある。その時は黒羽を紹介しよう」

紫乃が不思議そうに首をひねる。「なぜそんなに先のことなんです?もっと早くいらしていただけませんか?お待ちしてますのに」

「ありがたいお話ですが……」親王の微笑みに、何やら含むところがあるようだった。「まだ、その時ではない」

これ以上は語らない様子に、二人も深く追及することはできなかった。

一方で安豊親王妃は、終始無言のまま目の前の菓子を黙々と食べ続けていた。砂糖漬けの果物や燻製肉といった、どこにでもある普通の茶菓子を、まるで珍味でも味わうかのように丁寧に、そして美味しそうに口に運んでいる。

さくらがふと気づいたのは、机の下で二人の手がしっかりと繋がれていることだった。なんて仲睦まじいご夫婦……

てっきり両国の今後について重要な話があるのかと思いきや、世間話程度で面会は終わりを告げた。

立ち上がりかけた時、それまで口を開かなかった王妃がぽつりと呟く。「上原様、沢村お嬢様……四年後に、大和でお会いしましょう」

「はい。ぜひともお越しください」さくらが慌てて拱手の礼を取ると、二人は座敷を後にした。

背後で障子がそっと閉められる音が響く。

階段を下りながら、紫乃が困惑の表情を浮かべた。

「変ね……親王様は三年か五年後って言ったのに、王妃様は四年後って……」

さくらも首をひねる。どの数字も妙に具体的で、社交辞令とは思えない。本当に適当な年数なら「機会があれば」程度で十分なはずだ。

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  • 桜華、戦場に舞う   第1658話

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