LOGIN南雲グループの令嬢・英玲奈は、挙式直前に婚約者の裏切りを受ける。浮気の証拠を取るために乗り込むと、妊娠祝いにシャンパンを開けて喜ぶ婚約者。そして相手は、実父の隠し子の「異母妹」だった。 父は妹を溺愛し、花嫁を妹に変えて結婚式は強行すると宣言。 父と婚約者の嫌がらせで会社も家も追われ、すべてを失い「元令嬢」になった。そんな英玲奈に手を差し伸べたのは圧倒的なオーラを纏った正体不明の男。 怪しいながらも英玲奈の危機を助けてくれた男の誘いに乗り、英玲奈は新しい人生を歩むことを決意。この男は一体何者なのか?家も地位も奪われた元令嬢が、最恐の味方と共に全てを奪い返す大逆転復讐劇が今、幕を開ける―――
View More結婚式まで、あと二週間。
朝、結婚式のスピーチをする人へのお礼の品をカタログを見ながら吟味していると、その姿を見た陽向は「英玲奈は本当に真面目だな」と目を細めて笑っていた。陽向も私と同じ気持ちでいる。そう思っていたのに……夜になって、彼はホテルで別の女のためにシャンパンを開けていた。
「英玲奈(えれな)様、あちらのお席に行ってはなりません!」
煌びやかな夜景が見渡せるホテルの最上階レストラン。ホテルのスタッフが青ざめた顔で私を必死に止めようとしている。その手を振り払い、ハイヒールの音をカツカツと冷徹に響かせながら近づいていく。
(やっぱりここにいたのね……)
婚約者の城之内陽向(じょうのうちひなた)と秘書の橘結愛(たちばなゆあ)が楽しそうに笑っている。二人とも目の前の相手に夢中で私の存在に気づいていないようだ。
陽向がこの店で一番高価なシャンパンを掲げたウエイターに目配せをすると、 スポンッ、とコルクの抜けた音が響き、黄金の泡がグラスの中で湧き上がっていた。
「妊娠おめでとう。結愛に子どもが出来たなんて嬉しいよ」
「陽向、ありがとう。お腹の子、あなたに似てくれたらいいな……」
「そんなことないさ。結愛に似たって絶対に可愛らしい子になる」
結愛が愛おしそうにお腹を撫でると、陽向も目を細めて嬉しそうに微笑んでいる。幸せに満ちた二人とは対照的に、あまりの衝撃に心が急速に凍っていく。
(……今、子どもって言ったわよね?それに、互いに似ればいいって……浮気だけじゃなく子どもまで作ったの?)
「……でも陽向、本当に結婚しちゃうの?いつも陽向のことを支えているのは誰だと思っているのよ?」
不機嫌そうに呟く結愛に、陽向は『拗ねている姿も可愛いよ』とでも言うように結愛の手をそっと握った。
「分かっている。僕の心にいるのは結愛だけだ。いつも支えてくれてありがとう」
今、確かに陽向は『結愛』の名前を口にした。
(支えてくれてありがとう?あなたの社内での地位を上げるために、私がどれだけ尽くしてきたと思っているのよ?今まで何度もあなたの代わりに事業計画を立てて商談をまとめたのに、実績はすべて横取りしていったじゃない……それに結愛って、なんで秘書のことを下の名前で呼んでいるのよ……!)
陽向は、かつて私にも同じような優しい言葉をくれた。
三年前、彼が初めて大きな案件を取った日、誰もいない会議室で私を強く抱きしめた。
「英玲奈、今の僕があるのは英玲奈のおかげだ。英玲奈がいたから、僕は絶対に忘れない」
あの時の彼の手は温かく、声も本物に聞こえた。けれど今、その手は別の女の手に優しく重ねられている。
これ以上の戯言なんて時間の無駄だ。雰囲気をぶち壊すように低く落ち着いた声をかけた。
「……なんだか楽しそうね、こんなところで何をしているのかしら?」
「英玲奈……っ!? なぜここに……」
結愛は驚きで目を見開いていたが、陽向は一瞬動揺したもののすぐにいつもの表情に戻すと、呆れたようにため息をついた。
「今は仕事中だ。邪魔をしないでくれ。……君は仕事とプライベートの区別もつかないのか?」
「仕事?」
「ああ、そうだ。彼女は僕の秘書だ。秘書と食事をして何が悪い。君だって橋本君と食事くらいするだろう」
「ええ、するわ。でも、こんな恋人同士が来るような場所に二人で来たりしないし、ましてやこんな高級なシャンパンを開けたりもしない。それでもまだ仕事と言い張るつもり?」
陽向に詰め寄っていると、結愛は小さく悲鳴を上げてわざとらしく陽向の腕にしがみついた。
「ねえ、なんで英玲奈さんがここにいるの?怖いわ」
「……すまない。実は、英玲奈は常日頃から僕のことを監視しているんだ。そうやって僕を縛り付けていないと気が済まないみたいで……でも、君のことは僕が守るから安心してくれ」
秘書と浮気しているだけでなく私に問題があるような言い方をするなんて……怒りで全身が震える。こんなにも非道で馬鹿な男だなんて思わなかった。
「私が監視?嘘を言わないで!それに、さっきから、結愛、結愛、結愛って名前で呼んで、どういう関係なのよ。とても上司と部下の関係には見えないわ」
「……何を言っている、聞き間違いだ。耳も悪くなったのか?それとも妄想癖でもあって、自分を悲劇のヒロインか何かと勘違いしているようだな。言いがかりもいいかげんにしてくれ」
「英玲奈さん、何か勘違いされていませんか?私たちは今日仕事の打ち合わせでここに来ました。シャンパンも私の記念日だと知った城之内役員の計らいで注文してくださりました。城之内役員は私の事をいつも気遣ってくれるとても優しい人です。……それは、婚約者であるあなたもご存知なのでは?」
結愛は、取り繕った笑顔でクレーマーの対応でもしているかのように私に話しかけてくる。丁寧な言葉遣いだが、自分がいかに愛されているか見せつけているのだ。
「記念日……?そう、あなた妊娠したのよね。お互いに似た子どもになるといいとか言って嬉しそうにしていたのものね。あなたたちの会話は、すべて聞かせてもらったわ。もちろん、父にも報告する……このことを父が知ったらなんと言うかしら?」
その言葉に陽向と結愛はピクリと眉をあげて顔をひきつらせた。結愛の口角は上がっているが笑顔は崩れ、陽向は目を泳がせて動揺を露わにしている。
「ウエイター、彼女は部外者だ。すぐさま外につまみ出してくれっ!!!」
「すみません……彼女、精神的に不安定で思い込んだら暴走が止まらないんです……物を投げたり暴れ出したりすることもあって……」
「……っ!誰がそんなこと……」
「申し訳ございません、他のお客様のご迷惑にもなりますのでお引き取りを……」
陽向の指示で、すぐに数人のスタッフがすぐさま私を取り囲む。腕を引かれてその場を去る私に周囲の客からの好奇と冷笑の視線が突き刺さっている。 腕を掴まれながら、私が一度だけ振り返ると、陽向と結愛は勝ち誇ったような笑みを浮かべてシャンパングラスを合わせていた。
(……人を悪者に仕立て上げておいてシャンパンを楽しんでいるというの?……乾杯でも何でもすればいいわ。婚約は絶対に破談よ!!)
エントランスを出て待機させていた車に乗り込むと、専属運転手の加藤がバックミラー越しに息を呑んだ。
「加藤、すぐに実家へ向かってお父様にすべてを報告して婚約を破棄してやるんだからっ……」
「かしこまりました。……ですが英玲奈様、旦那様がすんなりと婚約破棄を認めるとは思えません……」
「ええ、分かっている……でも、黙ってなんかいられないもの」
走り出した車から見える夜景をぼんやりと眺めていた。陽向と一緒にいた三年間を思い出す。陽向は、私にも常日頃から感謝の言葉を口にしてきた。だから私も、自分が影になり陽の当たらない目立たぬ場所で一人奮闘することになっても耐え抜いてきたのだ。
(馬鹿みたい……結局、陽向は自分のために尽くしてくれる女性が欲しかっただけで、私でなくても誰でも良かったのね……)
背もたれに頭を預けて腕で目元を隠す。泣いている姿なんて加藤にも見られたくなかった。
悲しくて泣いているのではない。自分が喉から欲しかった次期後継者という立場を、あんな男に取られること。そして、実績作りのためのお膳立てをすべてさせられてきたことに対して悔しさがこみ上げたのだ。
「英玲奈様……大丈夫ですか?」
「……ええ、平気よ。結婚式が執り行われる前になんとしても破談にさせるわ。陽向がごねてきたら、結愛の両親にもこの事実を伝えて訴えてやるんだから」
タブレットを開き、社員情報のデータベースから橘結愛の情報を検索する。秘書課の名簿一覧から橘結愛の名前をタップして経歴や履歴書を見ようとしたその時だった。
『権限がないため、閲覧できません』
南雲グループ会長の娘であり幹部の私には、海外買収案件の極秘資料でさえ閲覧権限があり、組織の全権限が付与されているはずだ。こんな画面、今まで一度も見たことがない。
それなのに、ただの秘書の履歴書すら見ることができないなんて、誰かが細工をしているとしか思えない。そして、それが出来るのは、一人だけだ。
「お父様……どうして?」
英玲奈sideここ二か月の急激な円安は、株式市場全体に大きな爪痕を残していた。 特に輸入依存度の高い企業の株が容赦なく売られ、狼狽売りがさらなる売りを呼ぶ悪循環となり、相場全体が急下落へと転じていたのだ。「今は、市場がパニックを起こし、誰もが正常な判断力を失っている状態……つまり、我々にとっては願ってもいない絶好のチャンスだ。この値動きのパターンは今現在だけではなく、今後の検証データとしても大いに役立つ。引き続き注視してくれ」外出先から帰ってきた凱は、社長室に入る直前、報告にきた役員へ淡々とそう告げた。彼の言葉を聞いた私たちは、改めて気が引き締まる思いで目の前のモニターへと視線を戻し、業務へと戻った。それから五分後、凱から新たに株価動向を確認すべき企業のリストがメールで送られてきたが、 件名は『リスト追加 日本株』。不審に思いながら添付ファイルを開くと、そこには四桁の数字で構成された日本企業の銘柄コードがずらりと並んでいた。(日本株……? 送り間違えたのかしら)私の普段の管轄は国外企業であり、主にアメリカや中国の不動産分野の分析をしている。日本株のモニタリングは本来の担当外だ。疑問を抱きながらリストをスクロールしていくと、上から十三番目にその名前があった。
陽向side東洋メガバンクへの五十億円に及ぶ巨額融資の申請は、第一段階である書類審査を無事に通過したという報告を受けた。その日、俺と義父と社長室で固く握手を交わし、胸を撫で下ろしていた。「よくやった、陽向君! 書類審査が通ったということは、融資が決まったも同然だ。これでしばらくは南雲の資金繰りも安定して、今まで通り資金を投入できるぞ。今回得た融資で南雲の事業を巻き返すぞ」「ええ、お父様。私を信じて任せてくださり、ありがとうございます。今回の融資で役員や株主どもにも、ぐうの音も出せない成果を示せます」あれほど社内を揺るがしていた円安の嵐も、この一か月ほどは連日のような暴騰が止まり、一定のレートで落ち着きを取り戻しつつあった。 急激な原価の高騰によって前期の決算は大きな打撃を受けたがピークを過ぎたのであれば恐れることはない。(なんだ、急激な円安のせいで決算への影響は大きかったが、今後も同じようなレートで推移するなら最初からその為替レートを前提にして予算や原価を試算し直しておけばいいだけの話だ。大したことなかったじゃないか。もう大丈夫だろう……)AIで作った適当なスライド表と、今のレートを当てはめただけの修正案があれば、危機など乗り越えられる。この時の俺は、完全に経営を舐めきっていた。
陽向side何の具体策も打たないまま月日だけが過ぎ、新規事業部は日を追うごとに恐ろしい勢いで赤字を垂れ流し続けていた。だが、惨状はそれだけに留まらなかった。急激な円安の波と原価高騰の波及は、新規事業部だけでなく海外からの素材調達に依存していた南雲グループの他部門にもじわじわと広がり始めていたのだ。今の南雲には英玲奈のようにリスク管理を行い、調整や指揮を取ることができるほど力を持つ人間は不在だった。決算の数字が固まるにつれ、社内には重苦しい空気が立ち込めている。 南雲グループ全体が、初となる巨額の赤字へと転落しそうなのだ。「陽向君……!これは一体どういうことだ! 新規事業でグループを牽引するどころか、全社的な赤字に陥るなんて……! 役員たちや株主になんと言い訳をすればいいんだ!」あれほど俺を褒め称えていたにも関わらず、社長室で義父である厳一郎が顔を真っ赤にして怒声を上げている。俺は、役員会議で何度も言ってきた言葉を呪文のように繰り返す。「社長、お言葉ですが、今回の赤字は歴史的な円安という世界的な社会情勢が原因です。他社も同様に苦しんでいる以上、一概に解決策を取れるものではありません」「言い訳を聞いているんじゃない!南雲は新規事業の失敗で他
陽向side「南雲副社長、例の二期目における為替対策を含めた事業計画書ですが……提出の期限を過ぎておりますが、進捗状況についてお聞かせ願いたいのですが」副社長室で書類に判を押していた俺の元にベテラン役員が強気の姿勢で俺に歩み寄ってくる。この前の役員会議で皆の前で恥を書かせたあの役員だ。「分かっている……。私は南雲グループ全体の指揮を執っていて多忙を極めているんだよ。現場の経営判断というものは、拙速に行うべきではない。為替の動向や市場のデータを慎重に見極めているところだ」「……慎重に、ですか。ですが原価の高騰は待ってくれませんよ」「そんなこと言われなくても承知している。出来たら連絡するからそれまでは何も言うな」そう言って追い払ったものの、俺は内心冷や汗でヒヤヒヤしていた。 言い訳をして時間を稼いでいたものの、当然ながら俺の頭の中に解決策など一つも浮かんでいない。為替リスクヘッジ? サプライチェーンの再構築? 専門用語を聞くだけで頭が痛くなる。(クソッ……! なんで俺がこんな苦労をしなきゃいけないんだ。英玲奈みたいに勝手に動いてくれる奴さえいれば、こんなことにはならなかったのに&hel