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第4話

Author: 夜宮紫
「興味ないわ」

千夜子は踵を返そうとした。

「そりゃあ興味なんてないでしょうね!」

紗和は食い下がり、声を跳ね上げる。

「だって千夜子さんはね、あの人が本気で恋をした時の姿を、見たことがないんだものー!

私を口説いてたころなんて、心まで差し出しかねない勢いだったのよ」

千夜子の足が止まった。

脳裏に、浩輔の氷のように冷え切った顔が浮かぶ。その冷たさを溶かそうと必死に手を伸ばしては、そのたびに凍えるような思いをし、傷だらけになってきた。

「私が遊びたいって言えば朝まで付き合ってくれたし、ゲームで私が負ければ、罰ゲームのお酒を代わりに飲んでくれた。私が負け続ければ、あの人は黙って飲み続けたの。胃から血が出るほど飲んでも、笑ってた」

紗和は畳みかけ、言葉に棘を含ませる。

「お酒なんて1滴も口にしない人だったのに、文句ひとつ言わずに、胃潰瘍になるまで飲み続けたのよ。千夜子さんのために、1杯でも飲んでくれたことあるかしら?」

千夜子の胸が、ずしりと沈んだ。

思い出したのは、親戚の集まりでの浩輔だった。彼は千夜子の代わりにお酒を飲んでくれるどころか、彼女の背中を押し出して、無理やり何杯も付き合わせたのだ。

「フフフ……ねえ」

紗和は首を傾げ、くすりと笑う。

「浩輔ってね、私のことがこんなに好きなのよ。明日にでも千夜子さんと離婚してって言ったら、すぐうなずくと思わない?」

「ええ、願ったり叶ったりよ」

千夜子は冷ややかに笑って顔を上げた。その目は、氷のように冷たかった。

「今すぐ言ってきたらいいわ。この結婚、私のほうから終わらせるから」

紗和の表情が凍りつく。これほど即答されるとは、思ってもみなかったらしい。

千夜子は蔑むように一瞥をくれて歩き出したが、その手首を、大きな手がいきなりつかんだ。

いつの間にか、浩輔が目を覚ましていた。

顔は紙のように白いのに、瞳の奥では恐ろしいほどの怒りが燃えている。

「俺が倒れた途端に、離婚かッ?」

「離して」

千夜子は、もうこのふたりと関わりたくなかった。言葉を費やす気にもなれない。

「離婚協議書と離婚届は、今日中に送るわ」

「千夜子!」

浩輔の指が、手首の骨を砕かんばかりに食い込む。

「……俺はお前を見誤っていたな!」

「あなたが、これまで誰かを見誤らなかったことなんてあるの!?」

千夜子はついに爆発した。全身の力で彼の手を振り払う。そして、一瞬、呆けたようになった浩輔の瞳へ向けて、きっぱりと告げた。

「私たちは、これで終わりよ」

言い終えるや、呆然とする彼の視線を背に、振り返りもせず病室を出ていった。

病室に、静寂が落ちる。聞こえるのは、浩輔の荒い息づかいだけだった。

紗和がすぐさまベッドへ寄り、彼の胸にそっと手を置く。

「もういいってば、怒らないで。あんな人のために、そこまでする価値なんてないわ……

あなたが倒れたとき、あの人ったら、自分のことしか考えてなかったのよ。私が必死に引き留めなかったら、とっくに逃げてたんだから!

さっきだって廊下で、当直のお医者さんと意味ありげに目を合わせていたの……最初から最後まで、あなたのそばにいたのは私だけよ」

浩輔の視線が、固く閉ざされた扉からようやく離れ、紗和の顔に落ちた。

「……今、何て言った?」

「だから、あの人はあなたのことなんてどうでもよくて、ほかの男に……」

「そこじゃない。千夜子が医者と意味ありげに目を合わせていたって、本当なのか?」

浩輔がさえぎる。声は、低く沈んでいた。

紗和は胸に手を当て、真剣な顔で言った。

「本当よ。絶対に嘘じゃないから!」

浩輔は何も言わなかった。彼はもう一度、あの扉に目をやる。その眼差しは、凍りついたようだった。

長い沈黙のあと、歯の間から、自分にしか聞こえないほどの低い声を絞り出した。

「千夜子……俺が死んだとでも思ってるのか」

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