「昨日黒介を探すって言ってた理由、なるほど、腎臓を提供させるためだったのか!」弥はとわこの企みを見抜き、鼻で笑った。「わざと僕と親父にドナーの話をしてビビらせてから、黒介を引き合いに出す。とわこ、正直言って、頭は悪くないな!」「弥、あなたは自分の器で他人を測らないでほしいわ。普通なら、自分から進んで差し出すべき立場よ。でもあなたは命惜しさに絶対やらないと思ったの」「話すだけならともかく、わざわざ悪口まで言うなよ!結菜は確かに実の叔母だが、彼女は今まで俺に何をしてくれた?言葉を交わしたことすらない!そんな人に腎臓をあげろって?正気の沙汰じゃない!」弥は声を荒げた。悟が弥の腕を軽く叩き、落ち着かせた。「とわこ、結菜は俺の実の妹だ。早く元気になってほしいと願っている。だが俺も歳で、ドナーにはなれん。黒介ならできるだろう」悟はすでに腹をくくったような表情だった。「いいわよ。じゃあ黒介を私に引き渡して。すぐに病院で検査させるわ」意外と話が進んだことに、とわこは少し驚いた。「俺が黒介に提供させるのは、結菜を助けたいからだけじゃない。あの兄妹が今後食うに困らないようにするためでもある」悟が薄く笑みを浮かべた。「結菜がこうなったのは、お前の子を助けたせいだ。条件を出しても、無茶じゃないだろ?」とわこの指先が強く握られた。やはり甘かった。この親子が善意だけで動くはずがない。「父さんの言う通りだな。今後の生活を保証するために、しっかり条件をつけないと」弥も口角を上げた。「いくら欲しいの?」とわこはカップを握りしめ、低く言った。「ちゃんと考えて金額を出しなさい。払える範囲なら用意する。でも法外なら無理よ」「君はなくても、旦那は金持ちだろ?」弥がわざとらしく肩をすくめた。「奏は確かにお金を持ってるわ。でもこの件を知ったら、あなたたちにお金を渡すより先に、黒介を直接連れ去るはずよ。私がわざわざ黙ってるのは、事を荒立てたくないから」「荒立てても構わん!」悟は冷酷に言い放った。「俺はいまや何も持ってない。脅しなんて効かん。それに黒介はすでに隠してある。お前らはどこで探すつもりだ?結菜を死なせたくなければ、俺の要求は一銭もまけないぞ」「要求って?」とわこは眉を寄せた。「常盤グループの三分の一の株式だ」弥がはっきりと言った。「少なくともそれ
「あなたたち、私のことそんなに怖がってるの?」とわこは軽くからかいながら、手元のメニューを取り上げて注文を始めた。「ここは、結局君の縄張りだからな」弥が口を開く。「用件があるならさっさと言えよ。奏は家に住んでるんだろ?」弥は彼女を恐れているというより、奏の方を恐れていた。とわこは注文し、それから二人を見た。正確には、悟の方を。「黒介はあなたの実の弟よね。あなたに実の妹がいたこと、覚えてる?」その瞳は穏やかで、声も落ち着いていた。できれば、この件は平和的に解決したかった。結菜は自分や奏にとって大切な存在であるだけでなく、悟にとっても実の妹なのだから。悟はしばらく考え込み、それからゆっくりと答えた。「結菜のことか?もちろん忘れていない。だが、あいつとはあまり親しくなかった。それがどうした?あいつはおまえの息子を助けるために命を落としたんじゃないのか?おまえにその名を出されると、俺も奏も、ただおまえたちへの怒りが募るだけだ」「怒ったところで、何になるの?」とわこは静かに反論した。「私も奏も、結菜の死なんて望んでなかった」「どう言い訳しようと、結菜はおまえたちのせいで死んだんだ!」悟の目が怒りで見開かれる。「今日わざわざ呼び出したのは結菜の話をするためか?まさか遺体でも見つけたのか?」「違う」とわこは悟を見据え、一字一句、はっきりと言った。「結菜は死んでない。でも、重い病気を抱えてる。もしあなたに彼女を救える方法があったら、救ってくれる?」その言葉に、父子の動きが止まった。結菜が生きている?しかも重病?「ど、どうやって救えと?俺は医者じゃない」悟は動揺を隠せなかった。「腎臓を一つ、結菜にあげて。彼女は今、腎不全なの」とわこはそう告げ、今度は弥へと視線を向けた。「弥、もし悟さんが嫌なら、あなたの腎臓でも構わない。結菜はあなたの実の叔母よ。まさか、叔母を見殺しにはしないよね?」父子「!!!」腎臓?冗談じゃない!結菜と疎遠であろうとなかろうと、自分の腎臓を軽々しく差し出すなんてあり得ない。「とわこ、落ち着け」弥はコーヒーをひと口飲み、平静を装って口を開いた。「僕も父さんも健康面に問題があるんだ。だから、腎臓なんて無理だ。たとえ結菜が実の叔母で、どれだけ大事に思っていようと、自分を犠牲にはできない」
「蓮、ママね、あなたに謝りたいことがあるの」画面越しに、寝起きでまだぼんやりしている息子を見つめながら、とわこは言った。「ちょっとした事情があって、先に戻ってきちゃったの」「え、何があったの?」蓮は目をこすりながら聞いた。アメリカと日本には時差があり、この時アメリカは朝6時過ぎだった。「大したことじゃないの。心配しなくていいわ。ママの気持ちが落ち着いたら、会いに行くから。そのときはちゃんと前もって連絡するね」「うん」「弟と妹、見たい?」とわこはそう言いながら、バナナを食べている二人にカメラを向けた。レラはすぐに手に持ったバナナをカメラに突き出し、「お兄ちゃん、バナナあげるよ」と冗談を言った。「子どもっぽいな」蓮がぼそっと返す。「お兄ちゃん、弟がもう歩けるようになったんだよ!しかもパパ、ママ、お姉ちゃんって呼べるのに、お兄ちゃんだけ呼べないの!」レラはわざと挑発的に、「嫉妬しないの?」と尋ねた。「くだらない」「お兄ちゃん、私のこと恋しいでしょ?恋しいって言ったら、今度ママと一緒に会いに行ってあげる」レラはとわこの手からスマホを奪い取り、急かすように言った。ツーツーツー!蓮は通話を切った。「レラ、落ち込まなくていいわ。お兄ちゃん、きっとあなたのこと恋しいと思ってる。ただ、まだ眠いだけよ」とわこがスマホを取り返す。「あっちはまだ朝6時過ぎだから」「じゃあ、なんでそんな早くに電話したの?」「ママ、早く謝りたくて待てなかったの」「わかった!ママ、ごはん行こ!」「うん」夕食を食べたあと、とわこは子どもたちと一緒に団地の敷地内を散歩した。奏は顔にケガをしているため、家で留守番だ。レラはベビーカーを押しながら、前をずんずん歩いていく。「レラ、そんなに早く歩かないで。人にぶつかったら危ないでしょ」とわこが声をかけたそのとき、ポケットのスマホが震えた。画面を見ると、弥からのメッセージだった。「父が明日空いてるって。会う場所、決めて」その文面を見たとわこは数秒間頭を回転させ、ある住所を送った。弥「本当にそこでいいの?」とわこ「いいわ。明日の朝7時半でどう?」弥「わかった」とわこが選んだのは、館山エリアの別荘の外にあるカフェ。朝7時半に会うと決めたのは、その時間なら奏はま
とわこは即座に首を振った。「ただ、R国にはもう居づらくなっただけ」「どうして居づらくなった?」奏がさらに問い詰める。「この前、あなたが真に会ったって話してくれたでしょ。それからというもの、昼寝のときも夜寝るときも、真と結菜の夢ばかり見るようになったの」そこまで言うと、声が詰まった。「本来なら新婚旅行は楽しいはずなのに、夢から覚めるたびに胸が締めつけられるの」奏は彼女を腕に抱き寄せ、優しく慰めた。「そんなこと、俺に言ってくれればよかったのに」「言ったって、あなたまで辛い思いをするだけよ」かすれた声でとわこは答える。「奏、少し経ったら、また一緒に蓮に会いに行きましょ。この数日ちょっと疲れたの」「わかった」彼は即答し、「じゃあ、後で蓮にビデオ通話して、ちゃんと説明してあげて」「うん」彼女は午後に瞳と街を歩いて買った品を、袋からひとつひとつ取り出した。子どもたち用の服や、お菓子もいくつか。レラは新しい服をちらりと見たあと、とわこの手を引き、うれしそうに言った。「ママ、サプライズを見せてあげる!」とわこはすぐに表情を整え、「どんなサプライズ?」と返す。レラはローテーブルの方へ走り、そこからバナナを一本取り出すと、遊んでいた蒼のところへ行き、マットの上から抱き起こした。「お姉ちゃんの手にあるバナナ、見える?食べたい?」レラは蒼をしっかり立たせると、すぐに数歩下がり、「こっちに来たら、バナナあげるよ」と言った。そうか、これがサプライズってこと?まさか、もう蒼が歩けるようになったの?蒼はレラの手にあるバナナをじっと見つめ、くりくりとした瞳を輝かせた。小さな拳をぎゅっと握り、腕を伸ばし、真剣な表情でレラに向かって一歩を踏み出す。まだ小さい彼の足取りはおぼつかない。一歩ごとにふらつく体を見て、とわこの胸は締めつけられた。「心配いらない。転んだって痛くないから」奏が口を開く。「午後、自分で果物皿まで歩いてバナナを取ろうとしてたんだ」「ふふ、食いしん坊ね」その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、“ドスン”と蒼は見事に転んだ。幸いリビングにはカーペットが敷かれているので、大きな怪我にはならない。とわこが、泣きそうにうつ伏せになっている息子を抱き起こそうとすると、奏に制される。「早く立って」レラはバナナ
「黒介を奪い返すように人を送ったらどう?」と瞳が提案した。「あんたが悟親子と話すにしても、きっとあいつらはこの機会に金をふんだくろうとするわよ。それならいっそ、ボディーガードを送り込んで黒介を連れ戻したほうがいいじゃない」とわこは瞳の突拍子もない案に思わず目を見開いた。「瞳、ここは法治国家よ。それに悟は今こそお金はないけど、常盤家の人脈はまだ健在なの。それに、もしボディーガードを使って黒介を奪ったら、このことは奏にすぐバレるわ。彼は一週間前の怪我もまだ治りきっていないの。結菜の件で、これ以上悟に脅されるようなことはさせたくない」「でも、あいつら絶対にお金を要求してくるわよ」と瞳は釘を刺す。「しかも、その額は小さくないはず」「とりあえず悟と直接会ってから考えるわ。どうしても話がまとまらなければ、別の方法を探す。血縁者の腎臓は適合率が高いけど、他人の腎臓でも一定の確率で適合するし」とわこはそう言ってこめかみを押さえ、自分に言い聞かせるように続けた。「とにかく結菜が生きている、それだけで大きな救いよ」「うん。あんまり緊張しすぎないでね。そんな様子じゃ奏に怪しまれるわよ。今日、あの人がうちの旦那に電話してあんたの居場所を聞いてきたの、どう見てもあんたが嘘ついてるんじゃないかって疑ってる感じだった」とわこは苦笑しながら言った。「立場を逆にして考えてみて。もし今日、彼が私と子どもを置いて出かけていたら、私だって疑うわ」弥は家に戻ると、とわこと会った件を父の悟に報告した。「何の用かは言わなかったのか?」「言わなかった。でも黒介に関係あることなのは間違いない。あの様子からして、軽い話じゃなさそうだ」弥は黒介の部屋を一瞥し、「父さん、黒介を誰にも見つからない場所へ移して。もしとわこが強硬手段に出たら、こっちは太刀打ちできない」と言った。悟は唇を引き結び、しばらく考えたあと頷いた。「それだけ黒介が今重要ってことだな。じゃあ、ボディーガードをつけて見張らせよう」「はい。明日、まず父さんがとわこに会って、何の件か確かめて」「ああ」悟は即答したが、ふと眉をひそめる。「まさか、罠ってことはないだろうな」「たぶん違う。彼女一人で来たし。奏が知っていたら、絶対に彼女を行かせない。あの人は短気だから、何かあれば真っ先に乗り込んできるよ」「わかっ
とわこは水の入ったコップを手に取り、ひと口飲んだ。「今や君は名の知れたセレブ妻。僕なんか落ちぶれた常盤家のぼんくら息子だ」弥は自嘲めいた笑みを浮かべた。「そんな僕と探り合いする必要あるか?」「黒介に会いたいの。用があるのよ」コップを置き、とわこは真剣な口調になった。「何の用だ?あいつはそこまでバカじゃないが、自分で身の回りのことはできない。たとえ僕が会わせたくても、親父が許すわけないだろ。君は奏の妻だ。うちの親父は奏と犬猿の仲だ」「犬猿の仲?あんたたちが奏に会社の株をよこせと言って、断られただけじゃないの?」とわこは皮肉を込めて言い放った。「欲張りすぎて法外な要求してる自覚、まだないんじゃない?」「その態度なら、これ以上話す必要はないな」弥は口の端を上げ、冷たく言い返した。「自分を本当にセレブ妻だと思ってるのか?これは奏とうちの問題で、君には関係ない」「私は奏の妻よ。この件で私は部外者じゃない」とわこは落ち着いたまま続けた。「これはあんたの祖母が仕組んだこと。奏も被害者なのに、なんであんたたちが彼からお金を取ろうとするの?しかも、そのお金は祖母が奏に渡したもので、悟の物じゃない。あんたたちに何の権利があるの?」「君の目にはあいつしか映ってないから、何でもあいつの肩を持つんだな。祖母の金は常盤家の財産だ。それに、子どものすり替えが祖母の仕業だと、どうして断言できる?証拠があるなら出せよ。証拠がなきゃ、祖母は無関係で、全部和夫の陰謀だって僕たちは思うだろうな」証拠なんて、とわこには出せない。常盤家の祖母はすでに何年も前に亡くなっているのだ。「それで、黒介に何の用だ?」弥はなおも食い下がる。「はっきり言っておくが、今のあいつは健康そのものだ。病気なんか一度もしてない。食欲も睡眠も十分で、うちに来てからは数キロ太ったくらいだ」しかし、とわこは彼を一瞥しただけで目を伏せ、数秒考えた。「じゃあ、悟にアポを取ってちょうだい。さっき自分で言ったよね?あんたが会わせたくても、悟が許さないって。家の中で全く発言権がないなら、直接本人と話すわ」弥は言葉を失った。こうして二人は不機嫌なまま別れ、とわこは車を走らせて瞳のもとへ向かった。二人は瞳の家の近くのレストランで落ち合った。瞳は、沈んだ表情のとわこを見て、豪勢に料理を注文し