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第775話

Author: かんもく
彼女が生きていた頃、奏は、外の世界に彼女の存在を公にすることはなかった。

結菜が他人に干渉されることを避けたかった。それが、彼が選んだ唯一の方法だった。

とわこでさえ、理解できなかった。彼は結菜の知能が低いことを恥じて、彼女を隠していたのでは?そう思われても仕方ない。

しかし、それは違う。もし奏が少しでも結菜を「厄介」だと感じていたなら、彼女はとっくにこの世を去っていたはずだ。

彼女がいなくなった今、彼はもう、誰かが彼女を傷つけることを心配しなくてもいい。

結菜の葬儀を行うことを決めた奏は、自らすべての手配を始めた。

その知らせが広がると、蓮が「自分も参列したい」と言い出した。

それを聞いたマイクはすぐに子遠に電話をかけ、蓮を参列させてもらえないか頼んだ。

「参列者のリストは社長が直接決めました。その中に、君と蓮の名前はない」子遠の声は困惑していた。

「じゃあ、とわこは?とわこが招待されてるなら、俺たちは彼女の代理ってことで行けるんじゃない?」

「とわこも呼ばれてない」子遠は即答した。「招待されたのは会社の一部の幹部と、長年の取引先だけだ。同級生や友人は、一切招待されてない」

「そうか。でも、蓮はどうしても結菜に最後の別れを告げたいって言ってるんだ。それにもし許さないなら、蓮は二度と彼を父親だと認めないだろうね」マイクは語気を強めた。「たとえ結菜が蒼のせいで亡くなったとしても、蓮には関係ない」

「わかった。社長に確認してみる」子遠は電話を切ると、水を一口飲み、気持ちを落ち着かせた。深呼吸をし、慎重に言葉を選びながら、奏に電話をかけた。

「社長、蓮が結菜の葬儀に参列したいそうです」彼はできるだけ穏やかな口調で伝え、蓮の気持ちを代弁しようとした。

「結菜と蓮はとても仲が良かったので」

「わかった」奏は、それ以上何も聞かずに了承した。

子遠は驚いた。こんなにあっさりとOKが出るとは思わなかった。

すぐにマイクへ連絡を入れた。

「意外と、社長もそこまで頑固じゃないんだ。葬儀が終われば、少しは立ち直るかもしれない」

マイクは冷たく言い放った。「俺はアイツのことなんてどうでもいい。今は子どもたちが全員とわこのところにいる。それで十分さ」

「本当に情がないな。結菜は社長の実の妹なんだ、双子だぞ」

マイクは固まった。

「結菜の本名は、常盤
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