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第1270話

作者: 佐藤 月汐夜
永名は一瞬、何を言われたのか理解できずに固まっていた。しばらくしてようやく口を開く。「……今、どういう状態なんだ?」

執事の表情に深い悲しみが浮かぶ。「現場で即死でした。犯人はすでに警察に拘束されています」

永名はスマホを握ったまま、長い間言葉を失っていた。麗子はこれまでに数えきれないほどの問題を起こしてきた。永名にとって彼女は、期待よりも失望の方がずっと大きい存在だった。

それでも、長いあいだ菊池家の人間として暮らしてきたのだ。犬でさえ長く飼えば情が湧く。息子を亡くし、親としてこれ以上ない悲しみを味わった彼女に、永名は少なからず同情していた。多少のわがままには目をつぶり、せめて余生は穏やかに過ごせるようにと考えていた。

まさか、こんな形でいなくなるとは。

永名の顔から見る見るうちに力が抜けていく。「……飛行機の手配を。すぐに戻る」

これほどの事態を、放っておくわけにはいかなかった。家をまとめる者が必要だ。執事はすぐに頷き、プライベートジェットの手配をし、永名を空港まで送る車も用意した。

傍らでそのやり取りを聞いていた美穂は眉をひそめる。ここ最近ずっと彼が付き添い、細やかに世話をしてくれていたのに、急に帰るなんて、何が起きたの?

「どうしたんですか、急に帰るなんて」

「麗子が……事故で亡くなった。葬儀を取り仕切らなければならない」

永名は少し迷ったあとで、正直に話した。「悪いが、しばらくは国内に戻らなくてはならん。こっちは一人で大丈夫か?」

美穂は小さく頷いた。永名は何度か念を押すように言葉をかけ、車が目の前に止まると、名残惜しそうにその場を離れた。

美穂はしばらく呆然としていた――死んだのは麗子。あの、憎くてたまらなかった女が、とうとうこの世からいなくなった。

永名の存在があったからこそ、今まで手を出せずにいたのに。それがこんなにも突然、あっけなく。

あの女さえいなければ、私の子どもが行方不明になることも、あのまま生死もわからぬまま消えることもなかったのに。

「……よく死んだわ。あんたなんか、もっと早く死ねばよかったのよ」

美穂の口元がわずかに歪み、抑えきれず笑いがこみ上げた。高笑いがこだまする。

周囲にいた通行人たちは、東洋人の上品な女性が突然見知らぬ言葉で笑い出したのを見て、ぎょっとして距離を取った。関わったら面倒なことになる
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