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第722話

作者: 佐藤 月汐夜
海はしばらくして視線を戻し、桃に宗太の仲間がまだいるかを尋ねようとした。だが、その時になって初めて、桃の肩の傷が包帯もされずに血が流れ続けていることに気づいた。彼女の顔色もひどく悪く、まるで血の気が引いたように蒼白だった。

「桃さん、大丈夫ですか?」

「私……」 桃は口を開きかけたが、その瞬間、頭がぐらりと揺れ、体が力を失って椅子へと崩れ落ちた。

幸い、すぐ後ろに椅子があったため、そのまま倒れ込まずに済んだ。

「ママ!」

翔吾は驚き、すぐに駆け寄った。

「ママ、大丈夫?……しまった、俺、ママの肩の傷のことを忘れてた!どうしよう……」

海は険しい表情で桃を見つめた。

彼女も負傷していたことに、今さら気づいた。しかも、その傷は軽いものではなかった。このまま適切な治療を受けなければ、後遺症が残る可能性すらある。

「桃さん、傷の手当てを受けてください。ここには俺がいますから」

桃は唇をわずかに動かした。

雅彦の無事が分かるまでは、自分のことなどどうでもいい。たとえ、どれだけ傷が深くても、雅彦の状態に比べれば、その痛みなどほんのわずかにすぎない。

そう言おうとしたが、言葉にする前に翔吾の不安げな目が目に入った。

彼女の苦しそうな様子を見て、翔吾は今にも泣き出しそうになっていた。

桃は悟った。今、自分が無理をすれば、この子をさらに不安にさせるだけだ。

もし自分が倒れたら、たった五歳の子供に、この現実を一人で背負わせることになる。

「……分かったわ。翔吾、ママはお医者さんに診てもらってくる。その間、ここで大人しく待ってて。おじさんの言うことをちゃんと聞いて、勝手にどこかへ行っちゃだめよ」

「うん!俺、大丈夫!ちゃんとここで待ってる。だからママ、早く治療に行って!」

桃は頷き、海がすぐに医師を呼び、桃を治療室へと連れて行った。

医師は、桃の傷が銃創であり、まだ弾が体内に残っていることを知ると、すぐに手術を手配した。

麻酔が投与されると、桃の意識は次第に薄れていった。

眠りに落ちる直前、彼女の頭の中にあったのはただ一つ。

目を覚ましたときには、雅彦が無事であるという知らせを聞けるように。

桃が再び目を覚ましたのは、翌日のことだった。

目を開けると、見慣れない天井が映った。

一瞬、自分がどこにいるのか分からず、ぼんやりとしていたが、すぐ
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