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第2話

Author: 明日
彼は節目ごとに必ず私へ贈り物を用意し、気前よくいろいろな友人に私を紹介してくれた。

離れているときは、毎日のように何度も「会いたい」と言い、誰かが私を一瞥するだけでも嫉妬して、目を赤くするほど怒った。

「悠、知ってる?篠原家の人間はみんな性格が歪んだ化け物なんだ。……お前だけが、俺に本物の『愛』ってものを教えてくれたんだ」

清司は常に不安を抱え、私の愛情を何度も何度も確かめようとした。

私はそんな彼をいとおしく思い、彼が私の腕の中で静かに眠るまで抱きしめ続けた。

――このまま歳を重ねていくのだと思っていた。

だからこそ、彼の態度が急に冷たくなったとき、私は動揺せずにはいられなかった。

水野澪(みずの みお)は大学を卒業したばかりの学生だ。

初めてその名前を聞いたのは、清司の秘書からだった。

あの時、秘書は笑いながら言った。

「最近の若い子って全然クリエティブじゃないんですよね。社長にコーヒーをぶっかけるなんて、もう使い古された演出ですよ」

私は冗談半分で聞き流し、特に気にも留めなかった。

ところが間もなく、澪は例外的に清司の専属秘書になった。

彼は澪を乗馬に連れて行き、彼女ができないと分かると、自分の前に抱き寄せ、一つの鞍に二人でまたがり、ゆっくりと馬を進めた。

彼女はビジネスの世界の礼儀も駆け引きも知らないから、清司は根気強く教え、時には自らお茶の淹れ方まで手ほどきした。

ある取引先の人間が、空気を読まずに澪をからかった。

その瞬間、いつも冷静沈着な清司が、その男を殴り、病院送りにしてしまった。

どうやら清司は、隠すつもりなどなかった。

澪への優しさは、誰の目にも明らかだ。

私の耳に噂が届いたときには、もう二人は手をつないでパーティーに出席し、皆の茶化すような空気の中でキスを交わしていた。

知り合いから送られてきた写真を見て、私は初めて清司に怒りをぶつけた。

しかし、彼は社長椅子に座り、黙って私を見ていた。その目は、「お前の方が理不尽だ」と言っているようだった。

「悠、お前はもうすぐ30だぞ。若い娘と張り合ってどうする。お前が20歳そこそこの頃、俺も同じように甘やかしたじゃないか?」

その瞬間、全身が氷に閉ざされたようだった。

そして悟った――清司の愛は、一途だ。ただし、それは若い女だけに向けられる愛だと。

私はもう、その対象から外れてしまったのだ。

離婚を切り出そうと思った矢先、妊娠が発覚した。

子どもと家庭のために、もう一度だけ頑張ろうと決め、父に頼んで澪を海外へ送った。

結果は言うまでもない。

9年の想いなど、清司にとっては何の価値もなかった。

私は完膚なきまでに敗北した。

父は「3日だけ時間をくれ」と言った。

篠原家を敵に回した以上、この国に私たちの居場所はもうない。

私はその機会に、当日中絶の予約を入れた。

愛情のない子を産む理由などない。どうせ若い女がいくらでも彼に産んでくれる。

だが医者は私の胎嚢が大きすぎると言い、手術処置がより複雑になり、入院が必要だと言った。

しかし、この街にいられるのは3日だけ。先延ばしにするしかない。

帰り道、離婚の相談をしようと弁護士を訪ねたが、「篠原さん、篠原グループには専門の法務チームがありますので、我々の出る幕ではありません」と、皆尻込みした。

無理もないと思い、私はそれ以上強くは求めなかった。

結婚してからは専業主婦として過ごし、彼に「外に出ないでほしい」と言われれば、素直に従ってきた5年間だった。

今や私の人脈はすべて彼の手を通してしか築けず、頼れる相手もいない。

……でも、構わない。彼が澪を連れ戻せば、きっと離婚はすぐに叶うはずだ。
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