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第3話

Penulis: こばん猫
「出ていくのか?」

私は慌ててスマホを拾い上げた。

どうやら始の目に入ったのは、最後の一文だけだったらしい。

彼は私を見下ろし、もう一度、低い声で尋ねた。

「俺のせいか?」

私は思わず身を引き、冷たく答えた。

「違う。ただ、別の街へ気晴らしに行くだけ」

始はまだ何か言いたげだったが、私はその前に扉を閉めた。

翌日、部屋で荷物を整理していると、古い箱が出てきた。

中には始との写真と、昔、告白されたときにもらったネックレスが入っていた。そこには、始の名前が小さく刻まれていた。

あの頃の始の目には、私しか映っていなかった。あの頃の両親も、たしかに私を愛してくれていた。

胸の奥がきゅっと痛んだ。私はそれらを袋にまとめて、捨てに行くことにした。

部屋を出ると、美羽と鉢合わせた。

美羽は床にしゃがみ込み、積み木で遊んでいた。私を見るなり、不思議そうに首をかしげる。

「夏穂お姉ちゃん、それ、捨てるの?」

私はしゃがみ、美羽の頭をそっと撫でた。冷えきった指先が子どものぬくもりに触れ、ほんの一瞬、ぼんやりしてしまう。

「たいしたものじゃないよ。もう必要ないものだから」

美羽はぱちぱちと瞬きをして、私の顔をじっと見上げた。

「夏穂お姉ちゃん、私とママのこと、嫌いなの?」

始によく似たその顔を見ていると、胸の奥が少しだけやわらいだ。

「嫌いじゃないよ。美羽のこと、好きだよ。とても可愛いと思ってる」

「じゃあ、どうしていつも悲しそうなの?」

美羽は私の手を握り、不思議そうに首をかしげた。

「パパがね、夏穂お姉ちゃんは昔、お姫様みたいに大事にされてたって言ってたよ。おばあちゃんも、夏穂お姉ちゃんは小さい頃から可愛がられて、何でも持ってて、いちばん幸せなんだって」

お姫様みたいに。

その言葉が、胸に冷たく刺さった。

今の私には、皮肉にしか聞こえなかった。

みんな、そう思っているのだ。夏穂は、ずっと幸せに生きてきたのだと。

しかし、誰も、私がどれだけ傷ついているかなんて考えもしない。

涙がこみ上げてきて、私はそっと顔を背けた。美羽に泣き顔を見せたくなかった。

そのとき、始と翔子がこちらへやってきた。

美羽が私のそばにいるのを見ると、始はわずかに目を見開いた。

翔子はすぐに駆け寄ってきた。私が子どもの前で余計なことを言うとでも思ったのだろう。

翔子は慌てて美羽を抱き上げ、やわらかな声で言った。

「美羽、夏穂お姉ちゃんの邪魔をしないの。体調がよくないんだから、そっとしておいてあげて」

翔子は「体調がよくない」という言葉だけ、妙に強く言った。まるで、私が弱ったふりをして始の同情を引こうとしているのだと、遠回しに言っているようだった。

美羽は私を見て、気の毒そうに言う。

「ママ、夏穂お姉ちゃん、泣いてるよ。手もすごく冷たい」

始の視線が私の顔に向いた。赤くなった目元を見て、一瞬言葉を失った彼は、次の瞬間、私の手から袋を奪い取った。

中から写真とネックレスがこぼれ出る。

始の目がわずかに揺れた。

「これ、捨てるのか?」

私を見る彼の声は、かすれていた。

「うん。持っていても、もう意味がないから」

始は袋を強く握りしめた。怒っているようにも、傷ついているようにも見えた。

「夏穂、本当に捨てるつもりなのか」

私は思わず薄く笑った。

「始、もう終わったことよ。私も前を向きたいの。いつまでも大事に持っている理由なんてないでしょう」

「前を向きたいって?」

始は苦く笑った。

「それで本当に前に進んでいるつもりなのか?こんなふうに全部投げ出して、平気な顔をして。今のお前を見て、俺が何も思わないとでも思ってるのか」

その言い方に、胸の奥がひやりとした。

けれど、私をこんなふうにしたのは、ほかでもない始ではないか。

私は何も言わず、ただ彼を見ていた。

胸の奥にかろうじて残っていたものまで、静かに冷えていく気がした。

翔子がそっと始の腕を引いた。

声はやさしいのに、言葉の端々に棘があった。

「始、もうやめて。夏穂は小さい頃から大切にされてきたから、急に私たちが家に入ってきたことを受け入れられなくても、無理はないわ。

私は平気よ。あなたと一緒にいられて、美羽と三人で暮らせるなら、何だって我慢できる」

私はもう、説明する気にもなれなかった。

そのまま家を出ると、すぐに始が追ってきた。

手首をつかまれたかと思うと、壁際まで引き寄せられる。

間近にある始の目には、隠しきれない罪悪感が揺れていた。

「夏穂、なぜそんな表情で俺を見つめるんだ?!昔のお前はこんなんじゃ……」

私は始を押し返した。

けれど、情けないほど力が入らなかった。

「始、今の私がどうだろうと、あなたには関係ない」

言い終えた途端、鼻の奥がつんと熱くなった。

次の瞬間、血がぽたぽたと落ちる。

慌てて手で押さえたけれど、血は指の隙間からにじんで止まらなかった。

始ははっと目を見開き、動揺した声で尋ねた。

「お前……病気なのか?」
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