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10年越しの恋は一番の親友に奪われた

10年越しの恋は一番の親友に奪われた

作家:  匿名完了
言語: Japanese
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概要

切ない恋

ひいき/自己中

不倫

妻を取り戻す修羅場

会社内恋愛は禁止されているため、私たちは10年間、秘密の関係を続けていた。 この10年、彼・白川悠人(しらかわ ゆうと)の辛い時期も支えてきたし、両親の介護だってしてきた。あまつさえ、彼の子供を宿してさえいた。 交際10周年の記念日の当日、ちょうど会社の創立記念パーティーが開かれた。 いつも無口な彼が、急に「愛する人にプロポーズしたい」と言い出した。 その瞬間、周囲の人たちは何かを察したように、私・秋月小夜(あきづき さよ)の方を驚きと憧れの眼差しで見つめた。 しかし、期待に胸を膨らませ、瞳を潤ませたその直後だった。 彼は指輪を手に取ると、そのまま親友の二宮寧々(にのみや ねね)の前で膝をついた。

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第1話

第1話

二宮綾(にのみや あや)と碓氷誠也(うすい せいや)は5年間婚姻関係を続けたが、これまで夫婦の営みがあっても愛情の云々とは全く無関係なものだった。

いや、正しくは、綾が誠也に抱く感情は、微塵も表に出さないよう、完璧に隠されていた。

大晦日の夜、華やかな北城は一面の銀世界で、街の至る所で賑わいを見せていた。

しかし、広大な南渓館には、綾ただ一人だった。

自分で素麺を作ったものの、一口も手をつけなかった。

ダイニングテーブルに置かれたスマホには、インスタのある投稿が表示されていた――

画面の中の男の手は骨ばっていてすらりとしており、その手で大きなダイヤモンドを拾い上げ、女性の細い薬指に滑り込ませた。

そして、女性のこびるような甘い声が響く。「碓氷さん、これからよろしくね」

綾は、動画の中の男性の腕時計に釘付けになった。世界限定モデルという、紛れもないステータスシンボル。彼女の胸に、酸っぱいものがこみ上げてきた。

動画は停止しているのに、綾は指を画面から離すことができなかった。まるで自虐行為のように、何度も何度も動画を確認するしかなかった。

半年前、あの女性からラインの友達申請が来たのだ。

それ以来、彼女のインスタで自分の夫の姿を見かけることが多くなった。

周りには婚姻関係を隠し続ける結婚生活を5年間続けているが、彼女は今日初めて、夫にもこんなに優しくロマンチックで、細やかな一面があることを知った。

先ほどまで湯気を立てていた素麺は、すっかり冷めてしまっていた。

もう食べられないのに、綾は箸を手に取り、麺を持ち上げた。しかし、まるで力が抜けたように麺を挟むことさえできなかった。

まるで、このどうしようもない結婚のよう。もうこれ以上、深入りすべきではないのだ。

綾は目を閉じ、涙をこぼした。そして彼女は立ち上がり、寝室に戻って洗面を済ませ、電気を消してベッドに横たわった。

夜が更けた。暖房の効いた寝室に、服を脱ぐ音がかすかに響いた。

大きなベッドの上で、綾は横向きに寝ていた。

誠也が帰って来たことは分かっていたが、綾は目を閉じたまま、眠っているふりをした。

横のベッドが大きく沈んだ。

そして、大きな体が綾の上に覆いかぶさってきた。

綾は眉間にシワを寄せた。

次の瞬間、ネグリジェが捲り上げられ、温かく乾いた手が触れてきた......

綾はハッとして、目を見開いた。

男の精悍な顔立ちが、すぐ目の前にある。高い鼻梁には、いつもの細い銀縁眼鏡がかかっている。

枕元の小さなナイトランプの温かみのあるオレンジ色の光が、眼鏡のレンズに反射していた。

レンズの奥の男の切れ長の瞳には、欲望が宿っている。

「どうして急に帰って来たの?」

綾の声は生まれつき柔らかく優しい。

男は目の周りを赤らめている彼女を見つめ、黒い眉を少し吊り上げながら言った。「歓迎してくれないのか?」

綾は男の黒曜石のような瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに説明した。「いいえ、ただ少し驚いただけ」

男のすらりとした指先は温かく乾いていて、綾の白く透き通った頬を優しく撫でた。暗い瞳はより一層暗さを増し、低くて艶のある声が響いた。「俺の眼鏡、外して」

綾は眉をひそめた。

指先で頬を撫でられながら、何年も想いを寄せてきたこの顔を見つめていると、さっきインスタで見た動画が頭に浮かんだ......

いつもは彼の気分を害さないようにしていた綾だが、初めて冷たい顔で「具合が悪いの」と彼を拒んだ。

「生理か?」

「ううん、ただ......」

「それなら、水を差すな」

彼は低い声で冷たく綾の言葉を遮った。深い瞳は、まるで深い夜の闇のようだ。

綾は、彼がこのままでは済まさないことを知っていた。

この結婚において、綾はずっと、卑屈なほどに誠也に合わせてきた。

胸が締め付けられるような痛みを感じ、綾の目には涙が浮かんだ。

眼鏡は男にナイトテーブルに放り投げられ、大きな手で綾の華奢な足首を掴まれた......

枕元のオレンジ色のランプが消えた。

寝室は暗闇に包まれた。

全ての感覚が研ぎ澄まされていく。

一ヶ月ぶりの誠也は、恐ろしいほどに強引だった。

綾は抵抗したが無駄だった。最後は歯を食いしばって耐えるしかなかった......

窓の外では雪がどんどん激しくなり、冷たい風が吹き荒れていた。

どれくらい時間が経っただろうか。綾は全身汗びっしょりになっていた。

下腹部に軽い違和感があった。

遅れている生理のことを思い出し、綾は口を開いた。「誠也、私......」

しかし、男は綾が集中していないことが気に入らないようで、さらに激しく動き始めた。

綾のかすかな声は、男の荒々しいキスに何度もかき消された......

全てが終わった時、まだ夜は明けていなかった。

綾は疲れ果てて意識が朦朧としていた。お腹が鈍く痛む。激しい痛みではないが、無視できるものでもなかった。

スマホの着信音を聞き、綾は意識を奮い立たせて目を開けた。

ぼんやりとした視界の中で、男が窓辺に歩いて行き、電話に出るのを見た。

部屋の中は静まり返っており、電話の向こうからかすかに聞こえてくる甘えた声が耳に入った。

男は電話の相手に優しく声をかけ続けているが、隣で眠る妻のことなど気にも留めていないようだ.

しばらくすると、階下から車の音が聞こえてきた。

誠也が出て行った。

-

翌朝目が覚めると、隣は相変わらず冷たかった。

綾は寝返りを打ち、下腹部を優しく撫でた。

もう痛くない。

スマホの着信音が鳴った。相手は、誠也の母、佐藤佳乃(さとう よしの)だった。

「すぐに来なさい」冷たく強い口調で、拒否は許されないようだった。

綾は淡々と返事をした。

佳乃は電話を切った。

こんな周りにひた隠しにする婚姻関係を5年間続けてきたわけだが、佳乃はずっと綾に冷たくしていた。綾もそういうのには慣れていた。

何しろ碓氷家は北城四大名家の筆頭であり、綾は二宮家の生まれとはいえ、寵愛を受けない捨て子同然だったのだ。

綾と誠也の結婚は、ある取引から始まったものだった。

5年前、母が家庭内暴力から身を守ろうと過剰防衛をした結果、父を死なせてしまった。それに対して、弟は祖母と二宮家全員と手を組み、母を告訴して死刑を求めようとしたのだ。

母の実家である入江家も北城の名家だったが、事件後すぐに母との縁を切った。

綾は母のために上訴しようとしたが、二宮家と入江家から追い込まれ、窮地に陥った。そんな時、恩師が頼みの綱として誠也を紹介してくれたのだ。

権力の面から見ても、碓氷家は、入江家と二宮家が手を組んでも揺るがすことができないほどの勢力を持っていた。

加えて、誠也はこれまで担当した裁判で一度も敗訴したことがなかったのだから、法律的にも優位に立っていた。

おかげで、誠也は最終的に母に懲役5年という判決を勝ち取ってくれた。そして、約束通り、綾と誠也は周りに公表しないことを前提とした、婚姻関係を結ぶこととなった。

誠也の話によると、養子の碓氷悠人(うすい ゆうと)の両親は事故で亡くなったそうだ。

そして、誠也は悠人の父と親友だったため、まだ赤ん坊だった悠人を引き取ったのだ。

あれから5年。あと1ヶ月で、母は出所する。

この結婚は最初から、お互いの利害が一致した取引だった。綾は損をしているわけではない。

しかし、愛情のない、いつ終わるかも分からないこの結婚生活の中で、綾は密かに誠也を愛してしまったのだ。

綾は考えを巡らせるのをやめ、立ち上がって浴室へと向かった。

シャワーを浴びていると、またお腹に違和感を感じた。

心の不安が再びこみ上げてくる。

綾と誠也は毎回避妊をしていた。唯一の例外は、1ヶ月前、誠也が酔っ払っていたあの夜......

翌日、綾はアフターピルを飲んだが、それでも妊娠してしまう可能性はゼロではなかった。

念のため、碓氷家に向かう途中、綾は薬局に車を停め、妊娠検査薬を買った。

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レビュー

加世子
加世子
クズ彼氏よりも親友の女が最悪だったかな。 でも、ずっと側で見守ってくれてた人がいたのが何より。あんなクズと結婚するより、何十万倍も幸せになれると思うわ。
2026-07-28 19:43:51
6
0
松坂 美枝
松坂 美枝
ほんとに十年越しの恋をしていたのは別にいたってオチ大好きです。 クズ男が猫を腹いせで殺さなくて良かった…
2026-07-23 10:04:12
12
0
ノンスケ
ノンスケ
なんか、社長目線の話を読むと、社長、一途だけど腹黒⁈
2026-07-23 18:56:45
6
0
9 チャプター
第1話
会社内恋愛は禁止されているため、私たちは10年間、秘密の関係を続けていた。この10年、彼・白川悠人(しらかわ ゆうと)の辛い時期も支えてきたし、両親の介護だってしてきた。あまつさえ、彼の子供を宿してさえいた。交際10周年の記念日の当日、ちょうど会社の創立記念パーティーが開かれた。いつも無口な彼が、急に「愛する人にプロポーズしたい」と言い出した。その瞬間、周囲の人たちは何かを察したように、私・秋月小夜(あきづき さよ)の方を驚きと憧れの眼差しで見つめた。しかし、期待に胸を膨らませ、瞳を潤ませたその直後だった。彼は指輪を手に取ると、そのまま親友の二宮寧々(にのみや ねね)の前で膝をついた。みんなの視線が一斉に、私に集まった。さっきまでの幸福感は一瞬にして消え、心臓の奥まで凍りつくような冷たさが広がった。同僚たちの驚いたようなささやき声が聞こえる。「あれ?白川部長の秘密の恋人って秋月部長じゃなかった?」「そうだよ……私もてっきり秋月部長だと思ってたけど、どうして二宮さんなの?」「信じられない。何年も噂を信じてたのに!」「気まずいな……」気まずい?私はかすかに震える指先を袖の中に隠した。気まずいのは同僚たちではなく、この私だ。同僚たちが長年噂していた通り、悠人と10年付き合ってきた恋人は確かに私だ。私たちは大学時代からの付き合いで、悠人は当時から学内で有名な男の子で、私は金融学部の華だとよく言われていた。学生たちのあいだでは、公認の美男美女カップルとして知られていた。夏の夜、寮の近くの庭で、花の香りが漂う中、悠人は私の顔を包み込んでキスをしてくれた。若かったあの頃の思い出だ。あれが私のファーストキスであり、初恋だった。卒業後、私たちは同じ会社に応募して入社した。今日で、丸10年になる。つまり、今日は彼と交際を始めてからちょうど10周年の記念日だ。職場恋愛禁止のルールを守るため、私は喜んで陰に隠れ、ずっとひっそりと付き合ってきた。公にできず、人前で手をつなぐことも叶わなかったが、10年間ずっと不満一つなかった。10年間の苦しい時期も、私はいつも彼のそばに寄り添った。彼の父親が病に倒れたときは、何日もまともに寝ずに看病した。そればかりか2週間前、突然体調を崩して産
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第2話
パーティーの最後は、悠人のプロポーズで最高潮に達し、会場は割れんばかりの盛り上がりを見せていた。皆が我先にと中心へ駆け寄る。まるで、その幸せな瞬間を一瞬たりとも見逃したくないと言わんばかりだった。そんな中、私だけがくるりと踵を返した。拳を固く握りしめ、皆の前では決して涙をこぼさなかった。人混みを抜け出し、非常階段の扉を開ける。そこでようやく、力尽きたように膝をついた。理不尽さ、悲しみ、悔しさ。ありったけの感情が押し寄せてくる……理解できない。どうして10年間積み上げてきた関係が、こうも簡単に奪われてしまうのか?なぜ恋人と親友の二人に同時に裏切られるのか?それ以上に、悪いことなんて何一つしてこなかった私が、なぜこんな目に遭うのか?もしかすると、本当に私が悪くて、価値のない人間なのか……暗がりの中で、ついに堰を切ったように涙があふれ出した。自分の手の甲を噛み締め、声が漏れないように必死で耐えた。誰も知らない非常階段で、ひとり絶望に沈んでいた。不意に、後ろの扉が開いた。怯えて頭を抱え、泣きじゃくりながらつぶやいた。「見ないで、お願いだから、私を見ないで……」しかし、叱責や嘲笑が返ってくることはなかった。相手は一言も発さない。数秒だけそこに佇むと、彼はジャケットを脱いで私にそっと被せてくれた。ほとんど気づかないほど淡いコロンの香りが、そっと私を包み込む。男性のジャケットは、まるで外の世界を遮る壁のようだった。すべての喧騒から切り離されたようなその温もりに、言葉では言い尽くせないほどの安心感を覚えた。やがて足音が去り、扉が閉まる。彼は何も言わずに立ち去ったのだ。しばらく服にくるまって泣き続け、ようやく呼吸を整えた。お手洗いでメイクを直す。目が赤く腫れているが、注意して見なければ異常には気づかないはずだ。落ち着いたところで、手元に残ったジャケットをまじまじと見つめた。まず、悠人のものではない。あのクズ男が着ている上着は、今朝私が着るのを手伝ったからだ。それに……見覚えがある気がするし、やけに高級感がある。一体どこで見たのだろう?疑問を抱えたまま、私はその服を抱えてパーティー会場に戻った。入り口で会場を見渡すと、冷房の効いた室内で同僚たちは皆、スーツや上着をしっかり
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第3話
今の信じられない状況のおかげで、彼氏と親友に裏切られたショックが少し和らいだ。今更、落ち込んでいる場合じゃない。社長にこんな醜態を見られるなんて、これほど恥ずかしいことはないからだ。見栄っ張りとして、これ以上の失態はない。辞表を叩きつけることを考えたけれど、私は必死に理性を保った。社長と目が合った以上、気づかなかったフリはできない。しかも、私はまだ彼の上着を抱えたままなんだ。私は気持ちを落ち着かせ、深く息を吐いてから、ゆっくりと怜に向かって歩き出した。しかし、辿り着く前に、行く手を阻む者がいた。顔を上げると、悠人の罪悪感に満ちた目が私を見下ろしていた。「小夜……」彼はいつものように名前を呼び、すがるような声を出した。私は無表情で彼を見つめ、平静を装った。「悠人。寧々の婚約者であるあなたが、そう呼ぶのはいかがなものかしら?」「小夜!」彼は一歩近づいてきた。「何を言っても言い訳に聞こえるのは分かってる。でも、君には謝りたいんだ。こんな場所で話すことじゃないから、静かな場所で話させてくれ、頼む」もう今更、話すことなんて何もない。何を言おうと、事実は変えられないのだから。彼が寧々にプロポーズしたのは事実だし、私との過去を否定したことも、私を傷つけたことも紛れもない現実だ。すべては、もう戻れないところまできてしまった。私は眉間にしわを寄せ、後ろへ下がった。「話すことなんて何もないわ。婚約者のところへ行って。もう私に関わらないで」そう言い放ち、彼を避けて通り過ぎようとした。その瞬間、悠人が猛烈な勢いで私の腕を掴んできた。「小夜、今日は絶対に俺と来てくれ。どうしても君に話したいことがあるんだ!」返事もできないうちに、脇から誰かが素早く近づいてきて、腕を掴まれて身動きのとれない私の頬を強烈に叩いた。激しい衝撃で視界が揺れ、倒れそうになった。すると、耳元で寧々の怒りに満ちた声がした。「小夜!親友だと信じてたのに、なんて薄汚い人間なの!さっきプロポーズされるのを見ていたでしょ?祝うどころか、私の婚約者にしがみつくなんて、そんな下劣なことをよくもできるわね!私に悪いと思わないの!」悠人が慌てて彼女の腕を引き、低い声で怒鳴った。「いい加減にしろ、寧々!自分が今、どれだけ恥ずかしいこと
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第4話
「ええっ……一体どういうこと?」「どうして急に社長が現れて、秋月部長を抱き寄せてるの!」「これはとんでもない大ニュースよ!」しかし周囲のどよめきは、怜の一言で完全に消え去った。「俺が半年かけて口説き落とした女性が、わざわざ君の彼氏を好きになったりするわけないだろう?」寧々はポカンと口を開けたまま、言葉も出ない様子だった。「あ……社長、いえ、違います、そんなつもりでは……」悠人の顔はみるみる青ざめ、憎悪を隠そうともしない目で私を凝視した。空気を読まない同僚が、好奇心から恐る恐る尋ねた。「社長、秋月部長は社長の彼女さんなんですか?」怜は肩をすくめて答えた。「俺のジャケットを彼女が抱えてるのを見れば分かるだろう?」皆が一斉に私の腕にあるジャケットに注目し、再び驚きのため息が漏れた。まだ彼らが混乱している中、怜はさらなる爆弾を投下した。「まあ、単なる彼女じゃ不正確だな」怜の手が私の肩から腰に回され、ぐいと強く抱き寄せられる。「小夜は今、俺の婚約者なんだ。今、ようやくプロポーズを受けてくれたところさ。そうだろう、小夜?」周囲の冷ややかな好奇心は一変し、今度は羨望と嫉妬の眼差しが私に注がれた。近づいた怜からは、かすかに彼の愛用するコロンが香り、私は思わず顔を熱くした。会場の誰もが私の答えを息を呑んで待っているのを感じる。頷くだけで、私は冴木グループ社長の婚約者という肩書きを手に入れるのだ。でもなぜか、それができない。ふと視界の端に入った寧々が、私を射抜くような酷薄な目で睨みつけていた。その瞬間、私を縛り付けていた重苦しい枷が、すべて外れ落ちた。向こうがその気なら、こっちだって自分の気持ちに蓋をしてまで尽くす義理はない。少し嘘をついたって、どうってことないわよね?私は覚悟を決め、淡々と頷いた。「ええ、そうよ」これで、決着がついた。周囲から喝采と歓声が沸き起こる。「キスして!キス!」怜は目を細めて面白がり、赤面する私の顔を胸に埋めて、皆が見ている前でおでこにキスを落とした。「いい加減にしろ、俺の婚約者が恥ずかしがっているだろ」熱くなった額を彼の腕の中に押し付け、私は溶けそうな気持ちだった。そのいい雰囲気のなかで、怜は私に声をかけた。「さあ、挨拶は済
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第5話
半年前、怜は彼の父親の後を継ぎ、冴木グループの社長に就任した。当初、数人のベテラン役員が不服そうな態度を見せたが、わずか半月も経たないうちに怜の冷徹な手腕によって一掃された。その件以来、怜は社内で一躍名を轟かせ、各部長たちは彼に仕事の報告をするたび、手に汗を握るほど緊張するようになった。私と悠人はそれぞれの部署で部長を務めていたが、仕事のミス一つで即座に担当者を解雇する怜の姿を目の当たりにしてきた。冴木グループにおいて、怜に楯突くということは、すなわち自身のキャリアが終わることを意味していた。だからこそ、彼がそんな突き放すような一言を放ったとき、悠人は悔しさに唇を噛み締めながらも、それ以上何も言い返すことはできなかった。ようやく悠人の束縛から逃れ、私は怜と手を繋いだまま、会場の全員に見送られながら会場を後にした。路肩に停まったワゴン車の前で、私は羽織っていたジャケットを脱いで彼に返すと、誠意を込めてお礼を言った。「社長、助けてくださってありがとうございます。ジャケットもお借りして……すみません」怜はその服を受け取ると、腕にかけ、意味ありげな視線を私に向けた。「これだけの手間をかけてやったんだ。感謝の言葉だけで済まそうなんて、虫が良すぎないか?」「では、どのような意図で……」「実家から結婚しろとうるさくてね。芝居に付き合え。今日から3か月間、俺の婚約者になれ」あまりに突拍子もない提案に、私は思わず眉をひそめた。だが、彼の続けた言葉に、私は拒否できなかった。「引き受ければ、広報部から投資部に移してやる。君がずっと希望していた部署だろう?」なぜ私がそれを望んでいるのか、すべてを知っているかのような彼の態度に、私は迷った末に承諾してしまった。ただ3か月間の婚約者だ。そのくらいすぐに終わる。その夜、私は怜の送迎で家へ帰った。彼はアパートの下から窓を見上げて、何気なく言った。「白川部長とまだ同居しているのか?」私は静かに頷いた。「はい。彼と6年も付き合っている別の女性がいたことを、今日のパーティーで知ったばかりです」怜はそれを聞くと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。「冴木グループ社長の婚約者が、他の男と一緒に住むなんて許さない」「そうは言っても、今夜すぐに引っ越すのは現実的ではありません。明日には
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第6話
悠人は私に叩かれ、よろめいたかと思うと、そのまま地面に膝をついた。「小夜、ごめん……でも、わざとじゃないんだ。あの日は酔っていて、寧々が誘惑してきたんだ。俺は、仕方なくあいつと……君を裏切るつもりなんてなかったんだ。でも、寧々に盗撮されて……あいつは、俺の言う通りにしないとこの動画を社内でばらまくって脅したんだ。そうなったら、俺のこれまでの努力が全部水の泡になる!小夜、許してくれ……どうしようもなかったんだ。俺が愛しているのは君だけなんだ!」私は冷ややかな視線を向けた。「酔っていた?私を子供扱いしないで。本当に泥酔していたら、あんな恥知らずな真似ができるわけないでしょ?一度だけなら、まだ仕方なかったって言えるかもしれない。でも、その後は?あなたたち、本当に一度きりの関係だったの?」悠人は言葉に詰まった。「寧々に脅され続けていて、ずるずると関係を断ち切れずに……」地面で泣き喚く悠人を見て、ひどい嫌悪感だけがこみ上げた。あの頃の、純粋で汚れのなかった少年が、なぜこんな姿になってしまったのか分からない。本当に、人はある日突然、こんな風に腐ってしまうのだろうか?ようやく全てが分かった。なぜ彼が出張にいつも寧々を連れて行っていたのか。彼女は私に、「心配しないで、小夜の代わりに私が悠人さんのことを見張っておくから」と、よくもまあ自信満々に言えたものだ。彼女はとっくに自分の立場を利用して、悠人の寝室に入り浸っていたのだ。「悠人、自分自身が汚らわしいとは思わないの?寧々はもう30年近い付き合いの、親友だと思ってた。本当に私じゃなくて寧々が好きなら、なんで最初からそう言わなかったの?こんな残酷なやり方で、私から大切な親友と恋人を同時に奪う必要がどこにあるの?」涙が溢れ出し、私は足を掴む悠人を振り払った。「寧々と結婚したいんでしょ?長年情を交わしてきた仲なんでしょ?もう好きにして。二度と私の前に現れないで」悠人は跪いても無駄だと分かると、豹変した。地面から勢いよく立ち上がり、気が狂ったように怒鳴り散らす。「いい気なもんだな!君が裏で何をやってるか、俺は知ってるんだぞ!俺たちを祝福するだと?ただ単に、社長という強力なバックを捕まえて、玉の輿に乗って威張りたいだけだろ!寧々の言っ
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第7話
怜は猛然と飛び込むと、悠人を拳で激しく殴りつけ、床にねじ伏せた。怜は入り口のところで呆然としていた運転手に救急車を呼べと叫ぶと、すぐさま私のそばに膝をついた。死にそうな顔で私を抱え、震える声で尋ねた。「大丈夫か!どこが痛いんだ?!」胸元の服は切り裂かれ、ボロボロになっていた。怜は自分のジャケットを脱いで私に掛けようとしたが、下半身を赤く染め上げたドレスの裾を見て、その場に立ち尽くした。涙が堰を切ったようにこぼれ落ちた。「社長……私の子を助けてください。お願い……お願い……」怜は目頭を熱くした。横で地面にひざまずいた悠人は、ようやく事の重大さに気づいて顔を引きつらせた。「なんてことだ……小夜、妊娠していたのか?なぜ教えてくれなかったんだ?まさか、その腹の子は社長の種か?!だから俺には黙っていたのか!」この期に及んでも、彼は私を疑い、侮辱を続けた。激痛と心の苦しみで呼吸もままならず、私は怜の袖を必死に握りしめた。「私を病院へ連れて行ってください、社長……」怜は歯を食いしばり、私を横抱きにすると、足早に部屋を飛び出した。部屋を出る直前、彼は入り口で立ち止まり、背後の悠人にこう告げた。「白川部長、俺は一度だって彼女には触れていない。この子が誰の子供なのか、お前も薄々気づいているだろう?」そう言い捨て、怜は私を抱えたままその場を後にした。意識を失う直前、背後から響く悠人の絶望に満ちた叫び声を聞いた。私は疲れ果て、目を閉じた……もう、何もかもどうでもいい。結局、お腹の子を守ることはできなかった。入院中の数日間、怜はいつも寄り添ってくれた。なぜ私を助け、どうしてこれほどまでにしてくれるのか尋ねた。彼はふざけるように笑った。「君は俺の婚約者じゃないか?婚約者を大切にしないなんて、天罰が下るよ」彼が私を少しでも笑わせようと努めているのは分かっていた。それでも、悲しみは消えなかった。未来への希望を一身に託していた命は、わずか2ヶ月で、父親の卑劣な手によって摘み取られてしまったのだ。こうして、悠人との最後の繋がりも完全に途絶えた。悠人は何度か病院へ足を運び、病室の前で会ってほしいと泣きすがりついた。「小夜、俺が悪かった!俺は人でなしだ。俺のせいで、あの子を失
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第8話
病院のベッドで管に繋がれた寧々を見た時、何とも言えない複雑な思いが胸に込み上げた。寧々は両親を早くに亡くし、ずっと祖母に育てられていた。実家と寧々の祖母の家は隣同士で、幼い頃からの知り合いだった。かつて私は、彼女こそが世界で一番の親友だと思い込んでいた。しかし彼女の突然の裏切りを経て、それは全て私の勝手な幻想だったと悟った。医師によると悠人のせいで大怪我を負い、生死の境をさまよい、助かったのは奇跡的だったらしい。内臓に損傷があり、今後は人工的な排泄袋をつけた生活になる可能性があるという。美しさを誇りにしていた寧々にとって、それは死ぬほど辛い現実だろう。彼女が頼りにしていた唯一の身内である祖母も、3年前に他界している。重体で眠る彼女の側には誰もいないため、縁を切ったはずの私が付き添うことになった。3日間付き添ったのち、彼女が意識を取り戻す直前に部屋を出た。彼女の目も見たくなかったし、もう何も聞きたくなかった。私たちが共有していた時間は、もう二度と戻らない。悠人は傷害罪で実刑を受けた。入所前日、しつこく頼まれて、拘置所から連絡が来た。電話を切って悩み抜いたが、一度だけ会うことにした。面会室の分厚いガラス越しに、悠人と対面した。かつての颯爽とした髪は短く刈り上げられ、私を夢中にさせた面影は跡形もなくなっていた。10年も愛した男が、今やただの通りすがりの他人にしか見えない。私と目が合うなり、悠人は涙をこぼした。彼はガラスに手を当て、しわがれた声で悔恨を漏らした。「小夜、どうして俺たちはこうなってしまったんだ……もし俺があの時、寧々と過ちを犯していなければ、違っていたかな」答えは聞かなくても明白だ。彼が寧々と関係を持たなければ、今頃子供が生まれていたかもしれない。周囲に堂々と恋人だと宣言し、手をつないで職場に通い、週末には子供を連れて公園に行っていたはずだ。どこにでもいる夫婦として、ありふれた幸せを積み重ねていたに違いない。しかし、そのすべてが今は泡のように消えた。彼に残されたのは鉄格子と、果てしない悔恨だけだ。「小夜、俺をまだ愛しているか?教えてくれ、まだ愛しているよな?!」悠人は狂ったように問いかけてくる。狂乱する姿を冷ややかに見つめながら、これが最後だ
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第9話
拘置所を出て、道端で腕を組み、うつむきながら考えごとをした。すると突然、背後から大柄な男が私を抱え上げ、何回転かさせてから地面に降ろした。驚いて、思わず彼の肩を叩いた。「急に驚かせないでよ!」怜は不満そうに言った。「元カレに会うなんて、婚約者の俺に言わずに勝手に出歩くな」「だって、あなたは会議中でしょう?仕事の邪魔をしたくないから、自分で来たの」私の答えに満足したのか、怜は私の手を引き、車へ連れて行った。「頼んでいたウェディングドレスが店に届いたよ。一緒に試着に行かないか?」私は頷いて笑った。まさか、怜との3ヶ月限定の婚約ごっこが、本当に結婚へ繋がるとは誰も思わなかっただろう。3ヶ月経ち、また3ヶ月……気づけばさらに数ヶ月が過ぎていた。あれから1年が過ぎ、彼は過去の約束を蒸し返すこともなく、今はもう結婚式のことばかり考えている。そして私は……正直に言えば、入院中、心身共にどん底だった時、彼が示してくれた優しさや寄り添う姿勢が、私に再起する勇気を与えてくれたのだ。かつて会社の階段で突然出会ったこの人は、まるで光のように私の人生に迷い込んできた。だからもう一度だけ、彼を信じて歩もうと決めた。ウェディングドレスのショップへ行き、スタッフの助けを借りて準備を整えた。カーテンが開いた瞬間、怜の視線が釘付けになった。赤くなった顔で俯いていると、数歩で駆け寄ってきた彼は、私の手を取り、なぜか目を潤ませた。「君は知らないだろうけど、俺はこの光景を何年もずっと夢見ていたんだ……」不思議に思って顔を上げると、彼は「なんでもない」と首を振って、あごに触れてキスをした。「これからはずっと一緒だ」一瞬の出会いも、永遠の宝になるのだ。番外編:怜の視点。小夜への感情が芽生えたのは、高校1年の時だった。当時は今と違って肥満体型で、誰にも相手にされず、目立たない存在だった。入学式の当日、俺は一番後ろの席に座っていた。周りの生徒はみんな制服を着ているのに、太りすぎて着られるサイズがない俺だけが私服だった。新入生代表だった小夜は、校長から花束を受け取り、生徒のうち誰か一人に贈るよう指示されていた。皆が彼女の手の中にある花を羨ましそうに見つめる中、彼女は一直線に俺のもとへ歩いてきて、その
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