登入僕が引っ越した先は家賃千円という超格安の事故物件。そこは入居者が三人連増で不審な死を遂げた部屋らしい。死ぬ直前に「悪霊に殺される」と怯えていたという話も……。 そして僕は、入居初日からその幽霊に遭遇。幽霊は悪霊らしく怖ろしい見た目をしていて、殺意高く僕を殺そうとしてくる。 そんな幽霊が生前は美女だったと見抜いた僕は、彼女に恋をする。果敢なアプローチの行く末は……?
查看更多まえに住んでいたアパートを追い出された。
べつに僕が何か悪いことをしたわけではない。老朽化のため取り壊しが決定したのだ。
アルバイトで生計を立てていた僕としては、事故物件ながら月一万円の格安物件を手放すのは惜しかったけれど、理由が理由だから仕方がない。
そういうわけで、僕はいま新たな物件に入居している。
さっき引っ越しが完了したばかりで疲労困憊だが、テンションは高い。それは最高の物件に巡り合えたから。
ここは六階建てのマンションの最上階にあるいちばん端の部屋。間取りは2LDK。それでいて、家賃はなんと、月千円!
このとんでもない格安家賃には理由がある。この部屋も事故物件なのだ。
なんでも、まえの入居者が三人連続で不審な死を遂げたらしい。不動産屋の人によると、彼らは死ぬ直前に「悪霊に殺される」と怯えていたという。
三人は本当に悪霊に殺されたのか。不動産屋の人は信じているようで、僕がここに決めると言ったときには全力で止められた。
でも押し切ってここに決めた。それは悪霊の話を信じていないからではない。とにかく家賃が安いからだ。
僕はVtuberが好きなのだが、最近推し変をしたので、その子に認知してもらうためにたくさんお金を注ぎ込む必要がある。
元々命を削って推し活をしていた。僕は最初から命懸けなのだ。
「よーし、今日もセルにゃんにスパチャしまくるぞー! でも配信まで暇だなぁ。そうだ、セルにゃんの前世を調べちゃおっと!」
セルにゃん。フルネームは
セルカークレックスという種類の猫をモチーフとした企業所属の新人Vtuberである。
企業はだいたい過去に配信の実績がある人を採用するため、セルにゃんにも前世が存在する可能性が高い。
その前世とは別のVtuberかもしれないし、顔出し配信者かもしれない。後者なら中の人の御尊顔が拝めるというわけだ。
そういうわけで、「猫巻セルカ 前世」で検索。するとすぐに猫巻セルカの前世について考察したブログ記事がヒットした。
彼女はVtuberになるまえはゲーム実況の生配信活動をしていた。しかも顔出しで。
「かわいい……!」
大きなタレ目とふっくらした頬が特徴的なたぬき顔。僕の好きな顔だ。ウェーブのかかったミディアムショートがセルカークレックスの巻き毛を連想させ、猫巻セルカのガワは彼女の雰囲気を踏襲して作られたものだと確信できた。
僕は彼女の情報を推し活ノートに書きこんでからひと息ついた。
明日は朝からバイトが入っている。今晩は何時に終わるかわからない配信を見ないといけないので、少し夕寝をすることにした。
***
いまは三月。最近はだいぶ暖かくなってきたと感じていたけれど、なんだか空気がひんやりとしている気がする。
まあ、寒暖なんて日によって変わるものだ。
ちょっと寒いから暖房でもつけよう。いまだ夢心地ながらそう思い、リモコンに手を伸ばそうとする。
そうして異変に気がついた。
体が、動かない……。
首から上だけは動く。顔を横に向けると、ベッドの横にあるチェストの上にエアコンのリモコンが置いてある。手を伸ばせば届く距離。しかし腕が動かない。首から下が切り離されたように、動けという命令を受けつけない。これは、金縛りだ。
「ん!?」
背筋がぞくりとした。動かないけれど、感覚だけはある。体が重い。何かがのしかかっているような感覚。
なんだろうと思って首を下に向けた。
「ひっ!」
そこには青白い女の顔があった。
普通じゃない。女がそこにいることが普通じゃないのはもちろんだが、女の顔自体が普通じゃなかった。
目がない。
明らかに幽霊。どう見ても悪霊とか怨霊のたぐい。
以前の入居者が三人連続で不審な死を遂げた話が思い起こされる。こいつの仕業に違いない。
「あ……あ……」
まともに声が出ない。女がどんどん上がってくる。怖ろしい顔が近づいてくる。
「うっ!」
女の手が伸びてきて首を絞めてきた。冷たい感覚。それでいて強烈な圧迫。
さらに女の空虚な眼窩が僕の顔を覗き込むように迫ってきた。
「…………」
少しずつ、少しずつ、近づいてくる。
卵形で、ちょっとタレ目がちな眼窩で、切れているけれどぷっくりとした唇の顔が。
「ふふ、ふふふふ」
苦しい。苦しくなる一方で、歓喜の声が漏れた。
僕にはわかる。この女性、生前は絶対にかわいかった。間違いなく僕の好みの顔をしていたはずだ。髪は長いけれど、セルにゃんの中の人に雰囲気が似ている。
僕はこのまま死ぬかもしれない。でもこの娘に殺されるのなら、それでもいい。君の望みどおり死んであげるよ。その代わり、僕の望みも叶えてもらおう。
首から上は動く。僕は頭を起こす。唇を尖らせ、幽霊の顔に近づける。でも届かない。
だから――
「レロッ」
舌を伸ばした。届いた。幽霊の口に僕の舌が届いた。
僕の舌は幽霊の顔を通り抜けたけれど、ひんやりとしたものを感じた。こうして感じるものがあるということは、少なからず干渉できているということ。
「うっ!」
首の圧力が強まる。なんとなくタレ目がちの眼窩が吊り上がっている気がする。本気を出してきたのかもしれない。
だったら僕も負けてはいられない。
「レロレロレロレロ、レロンレロンレロン!」
ふっと首が軽くなった。幽霊の顔が離れていく。
「待って! レロンッ!」
幽霊は空気に溶けるように姿を消した。金縛りが解けてガバッと起き上がるが、部屋にはもう誰もいなかった。
しかし舌には氷を舐めたようなヒンヤリとした感覚が残っている。首もじんじんする。もう少しで喉が潰れそうだった。でも、このじんじんする感覚がいまは快感だった。
「さあて、音嶺にゃん。オキニのシャンプーで洗髪しましょうねー」 僕はマネキンヘッドを風呂に持ち込んだ。もちろん僕は裸。一緒に入浴するのだから。 ちょっとゆっくりしたいので、ひとまずマネキンヘッドを椅子の上に置いて湯船につかる。「ふぅー」 目を閉じ、お湯の心地よさを全身で享受する。 そのとき、頬に何かが落ちてきた。水滴のようだが、やけに粘っこい。それに熱い。 目を開けた瞬間、ポチャンと音がした。今度は浴槽内の湯に落ちたのだ。そこを起点に赤い色が広がっていく。「血……?」 頬の水滴をぬぐった指にはべっとりと血が付いていた。 おそるおそる天井を見上げる。その血は天井から染み出していた。しかも一ヶ所だけじゃない。雨漏りのように、天井のいたる所から染み出てきている。 僕は慌てて浴槽から飛び出した。そして洗面器を取り、落ちてくる血を受けとめていく。なんだか木から落ちるフルーツをカゴで集めるゲームみたいで楽しい。 途中で照明がパチパチと明滅する妨害が入ったけれど、それにかまわず僕はしたたる血を必死で集めた。 血が洗面器の半分くらい溜まったところで怪現象は終わった。 一旦外に出て、血を鍋に移してダイニングテーブルに置き、風呂に戻って入浴の続きを済ませた。「ふぅ……」 マネキンヘッドの髪からはしっかりとシャンプーの香りが漂ってくる。 これで完璧。これはもはや音嶺ヘッドと呼べる代物だ。 それはさておき、思わぬ収穫があった。そう、血である。「音嶺にゃん、部屋のどこかにいるのかな? 血をわけてくれてありがとう。これって音嶺にゃんの血だよね?」 僕はダイニングテーブル上の鍋を近くに引き寄せた。顔を近づけ、においを嗅いでみる。鉄の錆びたようなにおいがする。 さらに顔を近づけ、赤い液面に「チュッ」と口づけをした。「これは音嶺にゃんのどこから出た血なのかなぁ? どこから出たにしろ、血ってのは全身を巡るものなんだ。つまり、僕は音嶺にゃんの全身の体内と間接キスしたってことだよ」 僕はもう一度鍋に顔を突っ込む。 そして――「チュッ、チュッ、ズズズーッ。ははっ、飲んじゃった」 その瞬間、ガタガタと食器棚が揺れだした。振動で皿が滑って落ち、ガシャンガシャンと割れていく。「これは音嶺にゃんの仕業? ちょっとやめて! 照れ方が激しいって!」 揺れがおさまると
目が覚めたとき、時計の表示は昼の十二時を過ぎていた。「寝過ごしたぁあああ!」 バイトは朝から入っていたので、無断欠勤したことになる。やってしまった。 いや、よくよく考えたら寝過ごしたわけじゃない。気絶していたのだ。首がじんじんする。鏡で見てみると紫色に変色していた。「音嶺にゃん、詰めが甘いなぁ」 明らかに僕を殺そうとしていたけれど、殺しきれていない。もしかしたらドジっ娘属性なのかもしれない。 いまのところ二日連続で現れたから、今晩もきっと現れるだろう。今度こそ僕は殺されるだろうか。 そう考えると、もうバイトのことなんてどうでもよくなった。 どうせもうすぐ死ぬのなら、音嶺にゃんとのランデブーを堪能することに心血を注ぎたい。死ぬにしても、音嶺にゃんに僕の愛の深さを伝えてから死にたい。 僕は愛車に乗り込んで資材の調達に出かけた。目的地は百円均一ショップ。 最近は百均と言いつつ百円より高いものが増えた。なんだかなぁと思う反面、いろんな物がそろっているので以前にも増して重宝している。 ここで何を買うのかというと、これ!・発砲スチロール・マネキンヘッド(リアル調)600円・パーティー・ウィッグ(黒髪ロング)400円・アクリル絵の具、各色 各100円・簡易パレット 100円・ナイロン筆 平筆三本セット 100円・水バケツ 100円 これで何をするのか。そんなことは決まっている。頭部のマネキンに色を塗って音嶺にゃんを再現するのだ。 本当は化粧がいいのだろうけれど、化粧品なんて高価なものを買うお金は持っていない。そもそも、化粧の知識が皆無の僕は絵具を使うしかない。 必要なものをすべて買って家に帰ると、ちょうど注文していたシャンプーが届いていた。これでウィッグを洗えば、においまで再現することができる。 僕はさっそくマネキンに色を塗った。スマホに保存した音嶺にゃんの写真を見ながら、できるだけ忠実に再現していく。 そして、完成! 若干のっぺりしてはいるものの、音嶺にゃんの顔がいま目の前にある。すぐにでも口づけしたいところだけど、さすがに乾かすのが先だ。 乾くのを待つ間、僕は疲れたので仮眠をとることにした。 ***「お……?」 寒気で目が覚めるおなじみのパターン。やはり金縛りで体は動かない。 顔を横に向けると、白いワンピースが視
この部屋で最初に亡くなった真田音嶺は二十一歳だったらしい。交際相手に痴情のもつれで首を刺されるなんて、かわいそうな女性だ。出会ったのがそんなクズ男じゃなくて僕だったら幸せになれたはずなのに……。 印刷した記事は手垢で汚れてしまった。興奮して何度も文字をなぞっていたからだ。リビドーを抑えきれなかったのだから仕方ない。 僕はベッドに寝転がり、スマホを手にした。 調査はまだ終わらない。顔写真で画像検索をかけてみる。 駄目元だったが、意外にもたくさんヒットした。 音嶺にゃんはなんとインフルエンサーだった。ショート動画のプラットフォームにダンス動画を投稿して人気を集め、そこから他方面にも活動を展開しつつあった。 プロフィールを確認すると、アカウント名は「ネネネ」とある。 そこからさらに調べる。SNSの裏アカが特定されており、そこには彼氏に対する不満がツラツラと述べられていた。どうやら彼氏が浮気していて、それを問い詰めると暴力を振るわれたらしい。 次第に殺してやりたいほど憎むようになったようだが、結末は知ってのとおり、逆に殺されてしまっている。さぞかし未練は大きかろう。 これで幽霊の生前の身元は完全に特定できた。 でも僕は止まらない。ネネネの動画を一つひとつ視聴していく。 ここからは趣味だ。音嶺にゃんがどんなダンスを踊っているのかとか、どんな服を着ているのかとか、映像からわかる情報を手当たり次第にインプットしていく。「かわいい!」 ちなみに彼女は白いワンピースを着ていることが多かった。 こんな清楚なナリをしてホストと……。そう考えると悔しさが込み上げてくるが、同時に別の何かも一緒に込み上げてくる感覚があった。 これは、たぶん……興奮! 商品レビューの動画も飛ばさない。何のシャンプーを使っているかがわかった瞬間、僕はそれをネットで注文した。 バレンタインデーにはネネネとのデートシミュレーションを堪能できる動画が投稿されていた。即保存。「たまらん!」 お気に入りの動画をコマ送りして、特にかわいい瞬間をスクショする。どんどんスクショする。 そんなことをしていると、いつの間にか深夜の二時を過ぎていた。ヤバイ。明日もバイトなのに。 僕はまだ夕食をとっていなかったけれど、すぐに寝ることにした。もちろん、歯磨きも風
夜。猫巻セルカの配信を視聴したけれど、あまり身が入らなかった。スパチャをするつもりだったのに、一円も落とさずに終わった。 僕は恋をしてしまったらしい。本気の首絞めプレイがあまりにも刺激的だったのだ。 ノーマルプレイの経験もないのに、いきなり首絞めプレイはアブノーマルが過ぎる。彼女には新しい扉を開かされた。だから責任を取ってもらわなければならない。 次はいつ会えるだろう。どういうときに来てくれるのだろう。僕は彼女のことばかりを考えて床に就いた。 翌日、清々しい朝を迎えた。バイトに行き、夕方に帰ってくる。彼女はいつ現れるだろうか。待ち遠しい。待ち遠しすぎて暇だ。 そうだ、彼女の前世を調べよう。いや、Vtuberじゃないんだから前世じゃないな。幽霊だから前世じゃなくて生前だ。彼女の生前を調べよう。 とはいっても、何をどう調べたらいいのかわからない。だから、とりあえずこの部屋で不審死を遂げた三人について大家さんに聞くことにした。 大家さんはマンションの近くの一軒家に住んでいる。二階建ての大きい家で、庭も広い。 門の前に立った僕は、柏井という表札のすぐ下にあるインターホンを鳴らした。借りている部屋のことで込み入った大切な話があると言うと、柏井さんは家に入れてくれた。 柏井さんは五十代くらいのおじさんだった。たこ焼きを連想させるような日焼けした丸顔で、ヒゲが濃いぶん頭頂部が薄い。 僕は客間に通され、座布団の上に正座した。背の低いテーブルを挟んで柏井さんが対面に座る。奥さんが茶を持ってきてくれた。「それで、話というのは?」「実は、幽霊を見まして。首を絞められたんです」 柏井さんは眉をひそめた。「夢でも見たのではないですか?」 そのうんざりした様子から、僕の話を信じていないことは明らかだった。幽霊の話を信じている不動産屋とは違って、大家さんは持ち主だから信じたくないのだろう。「いえ。確かにいました。仮に夢だったとしても、夢の中に出てくるタイプの幽霊があそこにはいます」「それで、家賃をタダにしろとでも言うんですか?」「いえ、お祓いをしようと思いまして。僕が依頼したところは、亡くなった人のことを詳しく伝えないといけないみたいなんです。なんでも供養で必要になるとかで」 これは口から出まかせだ。こうでも言わないと、いまどき個人情報なん