LOGIN山間の小さな町で行われる秋祭り。 提灯の灯りが揺れる夜、少女・くれはは謎めいた声に導かれるように姿を消した。 必死に探す母・春香は、その瞬間に悟る。 ──これは二十年前にも起きた「忌まわしい出来事」と同じ始まりだ。 町に伝わる古い言い伝え。 “赤い森に呼ばれた者は戻らない” だが、外から赴任してきた刑事・祐真は、その話をただの迷信と切り捨てる。 少女の失踪を追ううちに、彼は次第に目を逸らせぬ現実に直面していく。 森に蠢くもの。木々に浮かぶ人の顔。 血のように濡れた葉が降りしきる中で、人々はひとり、またひとりと消えていく──。 過去と現在が交錯し、町の秘密が暴かれるとき、 くれはの名を呼ぶ声の正体が明らかになる。
View Moreその夜、町は赤かった。
秋祭りのガラスの向こうで、少女は静かに立っていた。まるで時間そのものが止まったように、呼吸の気配すらない。「……紅葉……なの?」春香の声が震える。それは祈りにも似ていた。少女は、微かに首を傾けた。その仕草は、確かに紅葉のものだった。けれど、次の瞬間──ピシッ。ガラスに、ひびが入った。亀裂は蜘蛛の巣のように広がり、やがて──バンッ!鈍い音を立てて、ガラスが内側から破裂した。破片が宙を舞い、冷たい風が吹き抜ける。美奈が悲鳴を上げ、春香がとっさに腕で庇った。割れたガラスの向こうから、紅葉が一歩、また一歩と歩み出てくる。足元にはガラス片が散らばっているのに、血のひとしずくも落ちない。その瞳は虚空を見つめ、唇がゆっくりと動いた。「……お母さん……どうして、呼んだの?」春香の顔から血の気が引いた。「紅葉……あなた、なの? 本当に?」紅葉の足取りは不安定だったが、その表情はどこか微笑んでいるようにも見えた。「わたし、見つけたの。……帰る道を。」「帰る道?」祐真が低く呟く。紅葉の視線が、ゆっくりと彼に向いた。その瞳に、一瞬、違う何かが宿る──「祐真くん……覚えてる? あのとき、あなたも“見た”よね」「……なにを……?」祐真の脳裏に、遠い日の光景が閃く。夏の日、森の奥で笑い声が響いていた。美桜が花を摘んで、祐真の方へ手を振
階段を降りきると、空気が変わった。湿った森の匂いは薄れ、代わりに鼻を刺すような薬品の臭いが漂っている。冷たい蛍光灯が天井でちらちらと点滅し、長く放置された施設のようにも見えた。「……ここ、ほんとうに村の下なの?」美奈の声はかすかに震えていた。祐真は手にした懐中電灯を掲げ、無言で進む。壁には配線と番号の刻印。ドアのひとつひとつに「記録室」「被験室」「観測槽」とプレートが貼られている。春香の胸が、いやな鼓動を刻んだ。“研究室”──それは、あまりにも人間的な匂いのしない場所だった。「……祐真さん、これを見て」美奈が指差した壁には、ガラス張りの窓。中には、壊れた機械と、割れた試験管。だがその奥──灰色の壁に、子どもの手形がいくつも残されていた。赤黒く、乾いて。春香の喉が音を立てて動いた。「……ここで、何が……?」祐真は眉をひそめ、ガラス越しに目を凝らす。「“観測槽”……いや、これは……人体実験の記録場所かもしれない。」「じ、人体実験……? なんでそんなものが、村に……?」美奈が小さく悲鳴をもらす。そのとき、春香の目がひとつの棚に留まった。埃をかぶったファイルが数冊、崩れ落ちそうに積まれている。彼女がその一冊を手に取ると、封印のように硬く閉じられた紙の匂いがした。表紙には、こう印字されていた。 【対象名:TACHIBANA MIO(橘美桜)】実験区分:観測被験体002春香の視界が一瞬、
夜の森は、まるで息をひそめていた。梢の間を渡る風も止み、三人の足音だけが落ち葉の上で微かに鳴った。橘春香は、掌に握った懐中電灯を強く握り直した。隣を歩く氷川美奈の肩は、細かく震えている。少し先を歩く一ノ瀬祐真は、無言のまま周囲を見回していた。「この先に……何があるんですか」美奈の声は囁きのように掠れていた。祐真は答えなかった。だが、彼の表情には焦燥と不安が滲んでいる。ただ一歩、また一歩と、何かに導かれるように進んでいた。やがて、木々の途切れる場所に出た。そこには、崩れかけた鳥居が立っていた。朱塗りはすっかり剥がれ、苔に覆われた柱の根元には──「立入禁止」の朽ちた看板が打ち捨てられていた。春香の喉が、ごくりと鳴る。「……ここ、昔、祠があった場所じゃない?」祐真は鳥居の先に視線を向けた。そこには祠などなく、代わりに黒い鉄の扉が地中へと続いていた。扉の上には、「観測区域A」と白く掠れた文字がある。「観測区域……?」春香が読み上げる。美奈は後ろに下がりながら首を振った。「いやです……なんか、気味が悪い……」そのとき、祐真の足が止まる。彼の脳裏に、ひとつの映像が閃いた。──小さな子どもたちが、この扉の前で遊んでいる。その中に、幼い少女。栗色の髪。笑っている顔。「みお……?」彼の唇から、その名が漏れた。春香が顔を上げる。「今、なんて?」「……いや。なんでもない。」扉には錆びた南京錠がかかっていたが、
ラボのモニターに映し出された“祠”は、赤い光に包まれていた。だがその光は暖かさを持たず、血のように濃く、ねっとりと画面の奥を滲ませていた。美奈が息を呑む。「これ……見覚えがあります。紅葉と一緒に、ここで写真を撮ったことがあるんです。 秋祭りの前の日に……森の中の祠で」春香の手が、わずかに震える。「祠……まさか、あの“消えた子たち”が最後に目撃された場所……」祐真は無言で映像を見つめ続けていた。画面には、赤い光の奥で、無数の影が蠢いている。人の形をしているようにも、枝や根のようにも見える。やがて、画面の中でカメラが動き、視界の端に一瞬──白いワンピースが映った。春香が反射的にモニターに手を伸ばす。「紅葉……!」しかし次の瞬間、モニターは一斉に消え、ラボ全体が闇に沈んだ。機械が停止したような音が響き、冷たい風が背中を撫でる。「電源が落ちた……?」祐真が呟く。その時、足元から「ざり……」と音がした。三人が一斉に下を見ると、床の亀裂から黒い根のようなものが這い出してきていた。まるで意思を持つかのように蠢き、春香の足首に触れようと伸びてくる。「逃げてッ!」祐真が春香と美奈を抱えるようにして扉へ走る。背後で金属音が響き、ラボの天井から粉塵が降り注ぐ。外へ出た瞬間、三人は湿った夜気に包まれた。森はざわめき、風が渦を巻く。春香は膝をつき、荒く息を吐いた。「……今のは……あの根……まるで生き物みたいだった……」美奈は顔を青ざめさせながらも、震える声で言