LOGIN家庭の事情で母方の祖母の家に来た7歳のトニ。ショッピングモールのベンチで暇を持て余していると、優しい老婆、マーサに声をかけられる。トニは以前、従兄弟のアレクサンダーから「ショッピングモールの近くにある洋館に、孫を失っておかしくなった老婆が住んでる」と聞いた。マーサがその老婆だと思ったトニは、好奇心で彼女の家に足を踏み入れてしまう……
View Moreここは誰もが憧れる大都会のイデアルにあるショッピングモール、イロイロ。誰もが楽しそうに買い物をしたり、食事やゲームをしている。
そんな中、浮かない顔をした少年がひとり。
「つまーんなーい」
イロイロの外にあるベンチで、7歳の少年・トニが、足をブラブラさせていた。優しい風が、彼のブロンドの髪を揺らす。
「はぁ、アレク兄ちゃんがいれば、こんなところ来なかったのに」
アレクというのは母方従兄弟のアレクサンダーのことだ。今年で11歳になった少年で、トニは彼を兄のように慕っている。 アレクサンダーは面倒見が良く、トニに様々なオカルトや噂話を聞かせてくれる。母はオカルトや都市伝説といった類の話が好きではないため、アレクサンダーとあまり関わってほしくなさそうだが、トニはアレクサンダーが大好きで、一緒に住めたらいいのにと思うほどだ。 今は母の都合で。母の実家であるイデアルに来ている。 トニの両親は離婚した。原因は父のDVで、トニも暴力を振るわれていた。母はそんなことがあったから街から離れたくて、トニとトニの姉であるキャロルを連れ、イデアルに来た。この街で暮らすことになるかもしれないし、別の場所になるかもしれない。 どちらにせよ、元いた街、マレディグには戻らないと言っていた。父を思い出すものがあるから、離れたいらしい。幸い、慰謝料で2,3年は働かなくても済むと話していたのを聞いた。 けど、そんなことはトニにとってどうでもよかった。退屈で死にそうな今をどうにかしたい。ただ、それだけ。まだ7歳のトニには、離婚問題は難しすぎた。 今日イロイロに来たのは、母と姉のキャロルが買い物をしたいと言ったからだ。トニは行きたくなかったが、祖母が「ずっと家にいたら体に悪いでしょ」と言い、お小遣いを握らせて無理やり同行させたのだ。 トニも最初はイロイロを楽しんでいた。玩具屋、ゲームセンター、子供向けの雑貨屋やお菓子屋など、気を引くような店はたくさんあるから。 けど、イロイロは平日も休日も人がわんさかいて息苦しい。人混みが苦手なトニは、2,3回行った頃にはうんざりしていた。 父方の祖母が住むフロイデにいたほうが楽しい。フロイデはかろうじて最低限の生活必需品が揃うような不便な田舎町だ。 その代わり、畑と自然が多い。イデアルのような都会にいるよりも、フロイデで祖母のマーサと野菜を収穫したり、野兎や野鳥を見たりしてるほうがいい。どちらも、マレディグにないものだったから。何より、マーサはトニを可愛がってくれて、よくトニを膝に乗せ、色んな話を聞かせてくれた。トニはその話を聞くのも大好きだった。
正直、母方の祖母はあまり好きではない。トニの気持ちなど考えず、今日もこうして母と姉に同行させたのだから。それになんとなく、彼女はトニよりもキャロルを可愛がっているように見える。それが気に食わなかった。
少なくともマーサは、誰かに疎外感を感じさせるようなことはせず、トニのこともキャロルのことも愛してくれたし、ふたりの母親にも優しくしていたように見える。
父も、酒さえなければ優しかった。
真ん中の部屋は、先程と違い、生活感がある。というより、溢れかえっている。 壁際には本棚が並んでいるが、本は数冊程度しかなく、船などの模型が並んでいる。どれもホコリを被っていることから、長らく掃除されていないのだろう。 マーサは以前、自分、娘、娘婿、そしてトムと暮らしていたと言っていた。それが真実だと課程して考えると、ここはトムの父親の部屋だろう。 男物の服が床やソファに散乱しているし、テーブルの上にはウイスキー、葉巻、ライターなどが転がっている。 隅にあるコート掛けの1番上には帽子がかけられ、よれたコートも何着かかかっていた。 手前にテーブル、奥にデスクがあるが、デスクには何も置かれていない。この部屋の持ち主が、不真面目でだらしない性格だったことは、7歳のトニにも察することができた。 部屋の奥に進んでみると、様々な資格の本が並んでいる。教師、電気工、会計士と、バラバラだ。本棚を見上げながら歩いていると、何かを踏んづけた。足元を見てみると、1冊の古びたノートが落ちていた。ノートには乱雑な字で日記と書かれており、右端にはテッドと書かれていた。トムの父は、テッドと言うらしい。(何か分かるかも) トニはノートを手に取ると、乱雑なテーブルの下に隠れた。散らばっている服やクッションなどをいくつか拝借し、簡単な壁を作る。全体を覆わず、自然に見えるように置くことを心がけた。服はテーブルの上に置いてカーテンのようにといった具合に。 ノートをめくると、表紙同様、乱雑な文字が並んでいる。『ノーマの婆さんに言われて、婆さんの家に引っ越した。俺はイデアルにある支社に異動した。イデアルの方が給料がいい。田舎町より店も充実してる。ノーマが来たがっていたのも納得だ。トムも喜んでいた』 どうやら引っ越した直後から書き始めたようだ。しばらくは新しい生活について書かれていた。現時点で得られた証拠は、マーサの娘であり、トムの母親である女性の名前はノーマであることと、テッドは学歴にコンプレックスを持っていたこと。それと、彼はマーサに苦手意識があったことくらいだ。 冒頭ではイデアルの給料はいいと書いてあったが、日記の内容からして、そこまで高いというわけでもなさそうだ。『トムは遊園地に行きたい、動物園に行きたいなんて、ワガママ言いやがる。クソ、何も知らない子供はお気楽でいいよな。イ
とにかく、このままここにいては危険だ。じっとしていても現状は変わらない。それどころか、悪化する可能性だってある。ずっとクローゼットルームにいても、すべての部屋を探し終えたマーサが戻って来るだろう。そうなったら、今度は隠れられる場所などない。 今のトニに必要なのは洋館の情報。アレクサンダーの噂も大事な情報ではあるが、まずは洋館の間取りをある程度把握しておきたい。何も全部把握する必要などないのだ。階段と隠れるのにいい部屋さえ分かればいい。 トニは耳を澄ませた。向かいの部屋、屋根裏部屋の階段近くから物音がする。今出るのは危険だ。 音を聞くのに集中していると、マーサが何かぶつぶつ言いながら、クローゼットルームとトイレと思われる小部屋の間にある廊下を通る。 数秒後、後ろの部屋のドアが閉まる音がした。慎重に廊下に出ると、向かいにはドアが3つ並んでいる。近いのは真ん中と、トニから見て左側のドア。左のドアは、屋根裏部屋に繋がる階段の隣にあった。(さっきマーサばあちゃんが入った部屋は、たぶん左だ) トニは左側の部屋に入る。1度入った部屋にすぐ戻ることはないと思ったからだ。なんとか見つからずに部屋に入れたのはいいが、室内はベッド、デスク、クローゼットのみのシンプルな部屋だ。 生活感も感じられないことから、客室だと思われる。 トニは渋い顔をして室内をもう一度見回す。これではマーサが来た時に、対処できる自信がない。 隠れられる場所など、ベッドの下か、クローゼットの中くらいだろう。 一応デスクの下にはスペースがあるが、椅子が収まりきらずにバレるだろう。「冒険者の心得その4。武器は現地調達。なんでも使え」 アレクサンダーの言葉を胸に、トニは1番上の引き出しを開けた。中にあるのはペンとノートのみ。 トニはそれらを手に取ると、ベッドの下に隠れた。このままノートを持ち歩くのは危険だ。片手が塞がるし、落としたら見つかってしまう。できるだけ音を出さないように何枚か破くと、折りたたんで胸ポケットに入れる。 紙とペンがあれば、外部に助けを求めることができるかもしれない。 ノートを奥に押しやると、もう一度デスクに近づく。2段目の引き出しを開けると、ヘアスプレー、コーム、手鏡が置いてある。できればこれらを持ち歩きたいが、今の服は胸ポケットしかないし、胸ポケットにはペンと紙が入
ドレスが落ちていく音は徐々に近づき、ついに隣のドレスも落とされてしまった。「どこだい、トム坊や」 そして、トニが隠れていたドレスも落とされた……。 だが、そこには誰もいない。マーサは次々とドレスを落としていき、すべてのドレスを落としきると、最後に落としたドレスを蹴り飛ばし、クローゼットルームから出ていった。 足音が遠ざかると、トニはドレスの山から顔を出す。「あ、危なかった……」 今になって恐怖が押し寄せ、体が震える。深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。 実は、トニのすぐ近くに、ハンガーから外れかかっていたドレスがあったのだ。胸元が大きく開いたデザインで、透明なストラップを肩に引っ掛けるタイプのドレスだ。ハンガーから外れかかったストラップ外し、ドレスのスカートの中に隠れ、マーサがすぐ近くのドレスを落とすのと同時に倒れ、ドレスの山み紛れ込んだというわけだ。体が小さいトニだからこそ出来た隠れ方だろう、「どうしよう……。こういう時は、とにかく落ち着かないと」 トニはもう一度深呼吸をしながら、アレクサンダーの言葉を思い出す。 「冒険者の心得その1。息と足音は殺せ。些細な音も立てるな、命取りになるぞ」 靴を脱ぐと、ドレスの下に隠した。これで足音は軽減されるだろう。「冒険者の心得その2。においをおさえろ。自然の中で匂いで目立つのは自殺行為だ。人間だって、匂いに敏感な奴もいるんだからな」 トニは自分の服を嗅いだ。微かにだが、あの薬草の匂いがする。音をできるだけ立てないように、慎重に脱ぐと、ハンガーのひとつからTシャツを1枚取る。女性ものとはいえ、大人のシャツを着ると、ワンピースのようになった。こんな恥ずかしい格好はできればしたくなかったが、今はそんなこと言ってられない。 生き延びるためには手段を選ぶなと、アレクサンダーもよく言っていた。「えぇと、他には……」 深呼吸をしながら、必死にアレクサンダーの言葉を記憶の海から手繰り寄せる。「冒険者の心得その3。情報収集をしろ。どんなに小さくてもいい。俺達みたいな力のない子供は、頭を使え」 トニは今の状況を整理し始める。イロイロでマーサに出会い、彼女の洋館に来た。お菓子やジュースをごちそうになったら、眠くなってしまい、起きたら魔法陣の上にいた。 きっと、マーサはジュースに睡眠薬を混ぜたのだろう。あ
「うぅん……」 トニは独特な匂いで目を覚ました。お香のような、どことなく薬っぽいような、そんな匂い。 マーサの声が聞こえる。あの優しい声ではなく、地を這うような、おぞましい声。(この声、本当にマーサばあちゃんかな? 何が、どうなってるの?) ぼんやりした頭で考えていると、顔になにかが当たる。その何かから、独特な匂いがした。「何してるの、マーサばあちゃん」 「もう起きたのかい? まだかかるから寝てなさい」 寝てろと言われても、こんな匂いの中で眠れそうにない。それに床が固い。体を起こしてみると、乾燥した草が体から落ちる。これが匂いの原因だったようだ。見回すと自分がいる場所を中心に、魔法陣が描かれていた。 (アレク兄ちゃんが言ってたことは本当だったんだ!) 噂通りなら、このままここにいたら殺されてしまう。そんなのはごめんだ。 トニは力いっぱいマーサを押した。「ぎゃあ!」 彼女は尻餅をつき、腰をさする。トニはざっと室内を見回し、階段を見つけると、急いで駆け下りた。 「待てぇ! お前はトムになるんだ! その体はトムのものだ!」 声は聞こえるが、まだ追ってきてない。階段を降りてすぐのところにドアがあったが、その隣は廊下だ。あまり大きさがないことから、トイレだと推測できる。そうでなかったとしても、こんなに小さな部屋では、すぐに見つかってしまう。「待てぇ! トム、待つんだよ! トムと呼んだら返事をしたじゃないか! お前はもう、トムになるんだよ!」 よたよたとした足音と声が聞こえてくる。音からして、まだ階段にはついていないようだが、このままでは見つかる。一か八かで廊下を挟んで隣の部屋に入った。 どうやらクローゼットルームらしく、たくさんの服が並んでいる。ほとんどが女性ものだが、若い女性が好むデザインばかりで、マーサのものとは思えない。 奥にはボリューミーなドレスが並んでいた。(隠れるならここだ) トニはドレスの裏に隠れた。揺れたらバレてしまうから、迅速に、かつ慎重に。 ドレスの中に隠れた後に耳を澄ませると、マーサの声と足音が聞こえる。音からして、階段を降りているところだ。トニは自分の口を両手で押さえ、じっとする。「トム、どこにいるんだい? 顔を見せておくれ」 声も足音も近づいてきて、いよいよクローゼットルームに入ってきた。 「どこだい