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第3話

Author: みっつ
以前なら、亜希のわざとらしい態度を見るだけで腹が立った。

けれど今日は、相手にする気にもなれず、直樹が手にしているゴミ袋へ視線を落とした。

「それ、何?」

直樹は一瞬言葉に詰まり、とっさに袋を後ろへ隠した。

「な、何でもない……ただのゴミだ」

その言い方が引っかかり、もう一度聞こうとしたそのとき、亜希が横からゴミ袋を奪い取った。

「真央さんが見たいなら、見せてあげればいいじゃない。別に隠すようなものでもないでしょ?」

そう言って、亜希は見せつけるように中身を床へぶちまけた。

確かに、亜希にとっては大したものではなかったのだろう。

床に落ちたのは、引き裂かれた何枚もの写真だった。そこには、直樹と過ごした8年の中で、いちばん幸せだった頃の私たちが写っていた。

その隣には、25歳の誕生日に直樹からもらったマグカップの破片が散らばっていた。気に入って、毎日のように使っていたものだ。

ほかにも、私のクッションや花瓶まであった。

どれも、私と直樹が一緒に過ごしてきた時間を形にしたようなものだった。それが今は、床に投げ出され、彼の言う「ゴミ」になっていた。

その中には、母が作った笹団子まで混じっていた。

見覚えのある保冷バッグと、床に散らばった笹団子を見た瞬間、目を疑った。

「母が作った笹団子まで捨てたの?」

直樹は顔色を変え、亜希を振り返った。

「これ、お前が捨てたのか?」

亜希は悪びれる様子もなく、うなずいた。

「そうだけど?」

そして、さも当然のように続けた。

「真央さん、こんなものを冷蔵庫に入れるなんて、衛生的にもよくないと思いますよ。

直樹は医者だし、衛生面には人一倍気を遣ってるんです。

もう少し、直樹のことも考えてあげたらどうですか?」

目の奥がじわりと熱くなり、私は直樹を見た。

「直樹も、そう思ってるの?」

直樹は口を開きかけたが、結局、何も言わなかった。

その沈黙に、思わず笑いがこぼれた。けれど、同時に涙も頬を伝った。

私はその場にしゃがみ込み、床に散らばった笹団子を一つずつ拾い上げた。

汚れを拭って保冷バッグに戻していく間も、手の震えは止まらなかった。

それでも、声だけは自分でも驚くほど落ち着いていた。

「直樹、私たち、付き合ってもう8年になるよね。

直樹が笹団子を食べたいって言ったから、母はわざわざ作って、一晩かけてここまで持ってきてくれた。

駅まで迎えに行くって約束したのに、直樹はその約束を忘れた。母は駅で4時間も待って、結局、自分でタクシーに乗るしかなかった。

その途中で事故に遭って、何か所も骨を折って、命まで落としかけたの。

それなのに、目を覚ました母が最初に口にしたのは、直樹への恨み言じゃなかった。

笹団子は傷んでいないか、直樹に食べてもらえるかって、そればかり気にしてた。

母は、それくらい直樹のことを大切に思ってた。

それなのに、直樹は?

どうして母の気持ちを、こんなふうに踏みにじれるの?」

母には、私しか子どもがいない。

だから直樹のことも、実の息子のようにかわいがっていた。

直樹は辛いものが苦手だった。そのため、彼がいるときは、辛い料理が好きな母も一切作らなかった。

母の住む町は、春を過ぎると蒸し暑い日が多くなる。暑さに弱い直樹に気を遣って、どれほど私に会いたくても、母のほうから帰ってきてとは言わなかった。

母がよく口にしていたのは、この言葉だった。

「私は大丈夫よ。真央と直樹くんが仲良くしてくれていれば、それだけでうれしいから」

母は直樹のために、ずっと我慢してきた。

それなのに直樹は、そんな母の思いまでゴミ同然に扱った。もう彼の顔を見ていたくなくて、私は保冷バッグを手に、その場をあとにした。

エレベーターの扉が閉まるまで、直樹は動揺した様子でこちらを見つめていた。

けれど、もう遅かった。

……

病院へ戻ると、ノートパソコンを開き、退職願を作成して人事部へ送った。

それから母の担当医に、今の状態ならいつ頃転院できそうか尋ねた。

母の様子を診た医師は、カルテを確認しながら答えた。

「順調に回復しています。このまま問題がなければ、あと1週間ほど様子を見てから転院できるでしょう」

あと1週間。

それだけあれば、退職の手続きも終えられる。

医師に礼を言ってスマホを確認すると、直樹から何通もメッセージが届いていた。

【今どこにいる?】

【まだ怒ってるのか?】

私は返信しなかった。

しばらくすると、またメッセージが届いた。

【今日のことは亜希にもちゃんと注意した。もうあんなことはしないって言ってる】

それにも返事をしなかった。

すると今度は、苛立ちを隠そうともしないメッセージが届いた。

【真央、いったいどうしたいんだ?俺はもう謝っただろ。いつまで怒ってるつもりだ?】

これで謝ったつもりなのだろうか。

病院の椅子に身を預けると、ふと8年前の地震の日がよみがえった。

医療ボランティアとして被災地に来ていた直樹が、瓦礫の中から私を助け出してくれた。

あのとき、怯える私に彼は優しく声をかけた。

「大丈夫。俺がいるから」

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