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第272話

Author: 月影
直人は、紗希の顔が急に赤くなったのを見て、目を細めた。そして、ふと頭にひとつの考えがよぎる。

「紗希、お前、何を考えてるんだ?」

まさか、この女はここでそういうことをしようと思ってるか?

この病院が自分のものであっても、そんなことはしない。

けれどもしここでやったら、まるで隠れて不倫しているような刺激を感じるんだろうな。

そう思うと、確かに忘れられない経験になりそうだ。

「今夜、あなたの家に行くべきか、それとも私の家に行くべきか考えてたの」

紗希はすっかり嘘をつくのが得意になっていて、すぐに口から出た。

実際、男は本当のことを言っても、あまり気にしないだろう。

本当のことを言うと、傷つけてしまうことになるから。

「お前に家を買ってあげたんだ。仕事が終わったら一緒に見に行こう」

直人は怒っている様子もなく、むしろ穏やかに言った。

「買わないって言っただろ?」

紗希は直人の贈り物を欲しがらなかった。

なぜならまるで自分が売られているような気がしたから。

「お前の家は狭すぎるだろ。あそこじゃ、思うように動けない」

直人は紗希を引き寄せ、彼女の目をじっと見つめながら言った。

「助手に大きなソファとベッドを取り換えさせたんだ。今夜、そこで試してみよう」

その言葉にからかいを込めながらも、心の中には不思議と少しの期待が湧いていた。

紗希の顔は瞬時に真っ赤になった。

この男はまったく、いつもそんなことばかり考えている。

「お前、俺に料理作るって言ってたよな?ちょうど、あそこには広いキッチンがあって、コンロも広いんだ......」

その最後の言葉は耳元で囁かれた。

紗希は顔が真っ赤になり、恥ずかしさを感じた。

この男、なんて悪い奴なんだ!

言葉一つでこんなにも恥ずかしく感じる。

その時、ちょうど携帯の着信音が鳴った。

紗希はその音にほっとし、彼から解放された。

直人は携帯を取り出し、番号を確認してから紗希に言った。

「先に帰ってくれ。ちょっと電話を取るから」

紗希は直人のことに興味がなく、早くその場を離れたかった。

彼の言葉通り、すぐに背を向けて歩き出した。

紗希が急いで去る姿を見送りながら、直人は少し眉をひそめた。その後、電話を受け取った
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    「乃亜、言っただろう。俺はこの数日間のことを説明できる、だから少しだけ聞いてくれ!」 凌央は抑えきれない怒りを胸に抱え、できるだけ穏やかに語りかけた。彼は急いで錦城から帰ってきたのは乃亜を見送るためではない。 彼はこのすべてを説明したい、謝りたい。 自分が悪かったと、心の中で強く感じていた。乃亜はしっかりとスーツケースを握りしめ、冷静にその顔を見つめていた。 十年間愛してきた男。 一生愛し続けると思っていた。 だが、今はその思いをすっかり手放す決心がついた。 後悔はしない。 未来がどうなるか、心配もしていない。 ただ、前を向いて進んでいくだけ。 神様が導いてくれると信じて。「凌央、あなたにはもうチャンスはないの。だから、今回は本当に出て行くわ」 乃亜の声は穏やかだが、確固たる決意が込められていた。凌央はその決意を見て、心の中で何かが崩れる音を聞いた。 「俺が悪かった。でも、お前、考えてみてくれ。おじい様が心配だ。おじい様、もう歳だし、もしお前が出て行ったら、どうなるんだ?」 凌央は乃亜の決心を感じ、どうしても引き止められないことを悟った。 今度は祖父を盾に取って、彼女を思いとどまらせようとした。乃亜は少し唇を噛みしめ、微笑んだ。「心配しないで。おじい様にはすでに話してあるわ。おじい様は私の離婚を支持してくれたの」 昔は祖父の体調が心配で、離婚の話をすることができなかった。 でも、今回は凌央の態度があまりにもひどかった。 乃亜は祖父に話し、もし反対されたとしても離婚すると決めた。 もう、この生活を続けることはできない。「おじい様がお前の離婚を支持するはずがない!」 凌央は信じられなかった。 祖父が乃亜をどれだけ大切にしているか、知っているはずだ。 もし乃亜が去ったら、祖父はどうなってしまうのか......その時、背後から祖父の声が聞こえた。 「俺は乃亜がお前と離婚するのを支持するだけでなく、乃亜がお前の財産を半分もらうのも支持する!凌央、男ならグズグズせず、明日さっさと役所に行って、乃亜が自分の人生を歩めるようにしてあげなさい」 二人が振り返ると、祖父が杖を持って立っていた。 その髪は乱れ、

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    乃亜は立ち上がり、決意を込めて遠くを見つめた。まるでこれから歩む新たな道をすでに見ているかのようだった。 祖父は黙ってその背中を見送った。心の中には、別れの寂しさとともに、孫娘の未来への無限の期待が込められていた。夜が深まり、蓮見家の庭は静けさを取り戻した。しかし、この夜の決断は、静かな湖面に投げ込まれた石のように波紋を広げ、乃亜の新しい人生が始まることを予感させた。乃亜は御臨湾に戻ると、小林がすぐに駆け寄った。「奥様、何か食べたいものはありますか?すぐに作りますよ!」 乃亜は微笑んで首を振った。「ありがとう。でもお腹は空いてないわ。まだ食べたくないの」 「わかりました。食べたくなったら、教えてくださいね」小林はそう言って、温かく見守った。 「うん、私は先に上がるわ」乃亜はそう言って、階段を上がった。小林はその背中を見送ると、深いため息をついた。 奥様、どんどん痩せていく......顔が小さくなったわ。本当に心配だ。 小林はそのことがとても気がかりだった。乃亜は部屋に入ると、すぐに荷物をまとめ始めた。 ここでの生活は3年。持っているものは全部、スーツケース一つに収まる。 スーツケースを引きずりながら、部屋を振り返った。 「これが最後」心の中で呟き、家を後にした。下に降りると、小林が彼女の荷物を見て驚いた。「奥様、どこに行くんですか?」 乃亜は微笑んで答えた。「引っ越すの」 「え?どうして急に......」小林は目を赤くして、手を伸ばして乃亜を引き止めた。「行かないでください!」 乃亜は小林の手を振り払うと、しっかりとスーツケースを握りしめ、一歩一歩外に向かって歩き始めた。 その足取りは、まるで何か重いものを背負っているようだった。スーツケースの車輪が床に擦れる音が、彼女の決意を静かに響かせる。その時、凌央が突然現れた。 凌央は急いで錦城から帰ってきたばかりで、まだ疲れが顔に残っていた。しかし、乃亜が持っているスーツケースを見た瞬間、彼の目は驚きと焦りで輝いた。 「乃亜、お前......」彼の声は少し震えていたが、乃亜の表情から何かを読み取ろうとして、彼女の決然とした顔を見つめるだけだった。乃亜は足を止めたが、振

  • 永遠の毒薬   第276話

    美咲は裕之の胸に顔をうずめ、その鼓動を感じていた。この瞬間、彼女の心は少しだけ温かくなった。 無意識に目頭が熱くなった。 もし凌央を好きになっていなければ、裕之の言葉を聞いた時、すぐにでも彼に答えていたはずだ。 でも、彼女にはそれができなかった。美咲の沈黙に、裕之の心は痛んだ。 彼は最初から分かっていた。でも、少しだけ希望を抱いていた。 もしかしたら、彼女が急に気持ちを変えて、俺と一緒になってくれるかもしれない。 でも、それはただの思い過ごしだった。「裕之お兄さん.....私......」美咲は裕之が苦しそうにしているのを感じ、言葉がうまく出なかった。 「言わなくていい。分かってるよ」裕之はため息をついて、優しく言った。「美咲さん、無理しなくていい。自分の心に従えばいいんだよ」 結果が分かってしまった以上、彼もそれを受け入れるしかない。「でも、これからはあまり会えなくなるかもしれない」 結婚して家庭を持ったら、当然、家族を大切にしなければならないから。「裕之お兄さん、もう私を無視するの?」美咲は小さく尋ねた。 「美咲さん、ごめん。もう、期待しないようにしたいんだ」 安藤家が最近忙しく、裕之は美咲を慰める余裕がなかった。 美咲は唇を噛んで涙を堪えながら言った。「分かった」 美咲は心の中で、もう二度と裕之のような人には出会えないと感じていた。裕之が去った後、凌央がすぐに来た。 美咲が泣き腫らした目をしているのを見て、凌央はまた無駄に悩んでいるのだと思った。 「言っただろ?お前は流産したばかりなんだから、もう泣くな!目が腫れるぞ」凌央は少し苛立ちながらも、彼女を慰めようとした。美咲は裕之の優しさを思い出し、ますます泣き声を上げた。夜が深くなる頃、蓮見家の旧宅。 乃亜はシンプルなドレスを身にまとい、静かに歩きながら祖父の前に膝をついた。 彼女の目には複雑な感情がこもっていた。罪悪感、決意、そして少しの解放感。「おじい様」乃亜の声は低く、はっきりとした響きがあった。その一言一言が、心に重く響くようだった。「ごめんなさい。この言葉では、私があなたの期待を裏切ったことを補うことはできません。おじい様は私を孫娘のよ

  • 永遠の毒薬   第275話

    帰ってきてから自分で気づかせるか...... 山本はそう考え、しばらく黙っていた。 「山本、言ってくれ!一体何があったんだ?」 凌央の声には、いつになく強い口調が混じっていた。山本はため息をつき、仕方なく話し始めた。 乃亜の祖母が亡くなったという話を聞くと、凌央は驚きの表情を浮かべた。乃亜があの日、美咲に謝れと言っていた時、確か『祖母が亡くなった』って言ってたよな......その時、凌央はどう反応したんだ? 凌央は乃亜が嘘をついていると思い込んでいた。 ここ数日乃亜から連絡が来なかったのは、彼女が自分を避けているからだと考えていた。美咲に謝るのを拒んでいるのだと。 でも、乃亜の本当の理由は、彼女の祖母が亡くなったからだった。こんな大きな出来事があったのに、乃亜は何も言わず、連絡もしてこなかった。 きっと彼女は悲しみに沈んでいて、それを彼に知らせたくなかったのだろう。 凌央は胸が痛んだ。 「蓮見社長......」山本が声をかけるが、凌央はそのまま黙っていた。 「わかった、もういい」 電話を切ると、凌央は窓の外をぼんやりと見つめながら、乃亜が一人で祖母の前で跪いている姿を思い浮かべた。 その姿を想像すると、胸が締め付けられる。 そして、自分という夫が何も知らずに、彼女を一人にしていたことに、申し訳なさが込み上げてきた。さっきの祖父からの電話も、乃亜の祖母が亡くなったことを知らせたかったのだろう。しかし、怒っていたため、電話はすぐに切られてしまった。祖父はきっと、失望しているのだろう。しばらくそのままでいたが、美咲から再度電話がかかってきた。 凌央はその音を聞いてすぐに電話を取る。 「またどうしたんだ?」 淡々とした声で問いかけた。 今の彼の気持ちは、少し沈んでいた。「凌央、怖いの」美咲の声には、少しだけ本気と冗談が混じっていた。 「わかった、今すぐ行くよ!」凌央は即答した。「凌央、私、仕事の邪魔してない?」美咲は心配そうに尋ねた。 「いや、そんなことない。すぐ行く」凌央はそう言うと、電話を切って支度を始めた。その頃、美咲の病室では、裕之がベッドの横に座って、美咲にバナナを剥いてあげていた。

  • 永遠の毒薬   第274話

    凌央は少し考えた後、再びその番号に電話をかけた。 だが、次の瞬間マイクからブザー音が鳴り響いた。 凌央は眉をひそめ、もう一度かけ直す。 それでも、またブザー音が鳴った。凌央はふと笑みを浮かべた。 乃亜は、本当にいつもやるな。 間違っているのに、あんなに堂々としているなんて。 乃亜が自分の番号をブロックしたのなら、もう構わない。 帰ったらきっちりと文句を言ってやろう。その時、突然携帯が鳴った。 凌央は画面を見ると、祖父の番号だ。思わず唇を噛んだ。 またあの女が祖父に告げ口したのか? 祖父は怒って、自分を叱るつもりなのだろうか。前回、鞭で叩かれてから、最近忙しくて傷の手入れをしていなかった。傷が化膿していて、ここ数日はとても痛い。 少し後、凌央が電話を取る。「おじい様、どうしました?」 「凌央、ここ数日、どこに行っていたんだ?どうして電話がずっと通じなかったんだ?」 祖父は怒鳴るように言った。その怒りが電話越しに伝わってくる。「この数日間、錦城で出張していました。電話はずっとオンにしていたはずです」 凌央は疑うことなく答えた。 確かに携帯はずっとオンにしていた。「それなら、もうずっと向こうにでもいろ!二度と帰ってくるな!」 祖父は激しく叫び、電話をガチャッと切った。たかが出張で電話が通じないなんて、何か裏があるのでは? 凌央はその意味がわからなかった。 自分ほど賢い人間が、どうしてこんなことに気づかないのか。その後、美咲から電話がかかってきた。 電話を取ると、温かい声が響いた。「どうしたの?」 「凌央、今どこにいるの?病室に一人でいて、すごく怖いのよ。来て、私を一緒にいてくれる?」 美咲の声はかすかに震えていて、本当に怖がっているのが伝わってきた。「わかった、すぐに行くよ」 凌央は一切拒否せずに答えた。美咲は流産して手術を受けた後、非常に動揺していており自殺しようとしたこともあった。 医師は彼女が強いショックを受けたことを分析し、元の病室にいると危険だと言った。 だから、美咲を別の病院に転院させることになった。 ちょうどそのタイミングで錦城で急な仕事があったので、凌央は美咲を一緒

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