Mag-log in男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。 けれど、ある事件によりジェニファーは少年に別れを告げることも出来ずに避暑地を去ることになった。 10数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚した知らせを受ける。しかし2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが、残酷な現実が待っていた――
view more教会にパイプオルガンの曲が鳴り響く中、ジェニファーは伯爵と共に現れると参列客たちは一斉に振り向く。そしてヴァージンロードの先にはニコラスの姿があり、笑顔でジェニファーに手を差し伸べる。「ジェニファー。すごく綺麗だ」「ニコラス……」ジェニファーが頬を赤らめると、伯爵が小さく囁いた。「ジェニファー。ジェニーの分まで……幸せになるんだよ」「はい、叔父様」2人は頷くと、祭壇へ向かい……ジェニファーは伯爵からニコラスに手渡される。「ニコラス、私のもう一人の娘をよろしくな」「はい」そして人々の見守る中で厳かな式が始まり、2人は人々の見守る中で永遠の愛を誓い合うのだった――****――その後結婚式で知り合ったシドとサーシャは交流を深めて結婚した。弟たちを引き取ったダンはジェニファーの援助により、自分の店を構えて青年実業家として有名になった。ジェニファーに意地悪ばかりしていた叔母のアンは家族から見捨てられ……病にかかり、誰にも看取られること無く、ひっそりと息を引き取った。そしてジェニファーとニコラスは……。****「ねぇ? サーシャ。赤ちゃんはまだ生まれないのかなぁ?」今年4歳になるジョナサンが、部屋で読み聞かせをしてあげていたサーシャに尋ねてきた。「そうですねぇ……もうすぐ生まれるはずなんだけど……」「サーシャももうすぐママになるんだよね?」ジョナサンは笑顔で、サーシャのお腹に触る。「ええ。ジョナサン様みたいに元気な子供が産まれて欲しいわ」その時――「ジョナサン様! ジェニファー様が赤ちゃんを産みました! すぐいらして下さい!」今もジェニファーの専属メイドを勤めているポリーが呼びに来た。「本当!? すぐ行くよ! サーシャは?」「私は後でゆっくり見させてもらいます。ポリー、ジョナサン様をお願いね」「ええ。勿論。では、参りましょう、ジョナサン様!」「うん!」ポリーに連れられてジョナサンは元気よく部屋を出て行く姿を見届けるサーシャ。「フフフ……ニコラス様とジェニファーの子供なら、絶対美しい子に決まっているわ」サーシャは自分のお腹をそっと撫でた……。「ママッ!」ポリーに連れられてジョナサンが部屋に駆けつけると、ニコラスが出迎えた。「来たか、ジョナサン」「うん、ママは大丈夫? 赤ちゃんは!?」息を切らせるジョナサ
あの襲撃事件から、早いもので1年の歳月が流れていた――ゴーン ゴーン ゴーン青い空の下、『ボニート』の教会の鐘が鳴り響く。 今日は――ジェニーが眠る教会で、ジェニファーとニコラスの結婚式が執り行われるのだ。結婚式は簡素に執り行いたいと願うジェニファーの希望通り、招待客は限られていた。 テイラー侯爵家から筆頭執事のライオネル、ただ一人。そして――「まさか、町の人達を結婚式に招待するとは思いませんでしたね」屋外パーティーの準備をしながら、ポリーが警備にあたっていたシドに話しかけた。「……そうだな。でもジェニファー様らしい」ポツリとシドが答える。 その横顔はどこか寂しそうだった。「シドさん、まさかまだジェニファー様のことを……」ポリーが口にしかけたとき。「すみません、お尋ねしたいことがあるのですが」不意に背後から声をかけられ、2人がふりむく。 すると水色のセレモニードレスを着た長いブロンドに青い瞳の若い女性が立っていた。女性の姿が一瞬ジェニファーの姿と被り、シドは瞬きする。「どうかしましたか?」ポリーが尋ねた。「テイラー侯爵家の結婚式が執り行われるのは、この教会ですか?」「はい、そうですよ」ポリーが返事をした時――「おーい! サーシャッ!」突然大きな声が響き渡り、青年がこちらに駆け寄ってくる。 その姿を見たシドは目を見開く。青年はダンだった。「あ! 兄さん! 久しぶり!」女性は笑顔で手を振り、ダンはシドの姿に気付いた。「あ……あんたは……!」「え? 兄さん。この人を知っているの?」「「兄さん??」」サーシャの言葉に、シドとポリーが反応する。「あ、あぁ。ちょっとした知り合いなんだ」ダンはバツが悪そうに返事をした。「何だ、そうだったのね。初めまして、私はジェニファーの妹のサーシャと申します。どうぞよろしくお願いいたします」サーシャはシドとポリーに挨拶した。「初めまして、私はジェニファー様の専属メイドのポリーです」「俺はニコラス様の専属騎士、シドです」「まぁ! あなた方がポリーさんと、シドさんですか? ジェニファーから手紙で伺っています。いつも姉がお世話になっております」笑顔を向けるサーシャを見て、シドは思った。(この女性‥…ジェニファー様に良く似ている……) **** 教会の控室にはウェ
「待たせたな。ジェニファー」ニコラスが病室から出てくると、廊下に置かれた長椅子に座っていたジェニファーが立ち上がった。「いいえ。大丈夫よ」「それでは、城に戻ろうか?」「はい」ジェニファーは返事をすると、窓から笑顔で病室に手を振る。すると伯爵も笑みを浮かべて小さく手を振った。「……」笑顔で手を振りあうジェニファーと伯爵の姿を前に、ニコラスは複雑な気持ちを抱いていた――**** 迎えの馬車に乗り込むと、早速ジェニファーはニコラスに尋ねた。「ニコラス、叔父様とはどんなお話をしたの?」「え? あ……事件の詳細を聞いて来たんだ。だから説明をしたよ」「そうだったの? 叔父様、私には一度も尋ねてきたことが無かったから話していなかったのだけど……説明してあげれば良かったかしら」「あぁ、それなら伯爵が言っていたよ。ジェニファーに事件のことを思い出させたくは無かったから、聞かなかったと。何しろ……毒を飲まされそうになっただろう?」そしてニコラスはジェニファーの様子をうかがった。「え? 叔父様がそんなことを……? 私のこと気にかけてくれていたのね……」「あ、あぁ。そうだな」先程からジェニファーは伯爵の話にしか触れてこない。それが何となくニコラスは寂しく感じた。その時、ふと伯爵の言葉が耳に蘇る。『私に遠慮などせず……結婚式を挙げてみたらどうだ……? プロポーズはしたのだろう?』(そうだ……今、ここで……プロポーズを……)ニコラスが意を決したとき。「フフ。もうすぐジョナサンにも会えるのね。楽しみだわ、私の我儘で6日間も傍を離れてしまったから。早く抱きしめたいわ」「そ、そうか。俺も早く会いたいと思っているさ」苦笑いしながら、ニコラスは思った。プロポーズは別の機会にしよう……と――****『お帰りなさいませ! ニコラス様!』城に戻ると、すべての使用人達がニコラスとジェニファーを出迎えた。「ニコラス様が戻られるのを我等一同、お待ちしておりました」執事のカルロスが代表で前に出てきた。隣にはシドの姿もある。「ただいま。皆、心配をかけてしまったな」「ニコラス様、ジェニファー様。お帰りなさいませ」シドが2人に交互に会釈すると、背後からジョナサンを抱いたポリーが現れた。「マァマッ!」ジョナサンがジェニファーの名前を呼び、手を伸ばす。
――翌日 本日退院するニコラスは、ジェニファーと一緒に伯爵の病室に来ていた。「そうか……ニコラスは今日、退院するのか……」未だ、ベッドから起き上がることのできない伯爵。けれど昨日よりは顔色が良くなっている。「はい、伯爵。一足先に退院させて頂きます」「叔父様。又明日面会に来ますね」ジェニファーの言葉に、伯爵は怪訝な顔つきになる。「本当に……毎日、面会にくるつもりなのか? ニコラスはもう退院するのに……」「はい、大丈夫です。ニコラスには許可を貰いましたから」ニコニコ笑顔で返事をする。「そうか……」伯爵はチラリとニコラスに視線を移し、再びジェニファーに話しかけた。「ジェニファー……すまないが、ニコラスと2人きりにさせてくれるか……? 少し、彼と話がしたいのだ……」「はい、分かりました。では私は廊下で待っています。叔父様、又明日来ますね」会釈したジェニファーが病室を出ていき、2人になると早速伯爵がニコラスに尋ねた。「ニコラス……義母と義弟は……どうなった?」あの事件を思い出させたくない為、伯爵はわざとジェニファーの席を外させたのだ。庇って銃に撃たれて死にかけたことを、今ももってジェニファーは詫びていたからである。「義母は放火と殺人未遂の疑いで逮捕されて、今は取り調べを受けています。過去に何度も私の命を狙っていた余罪も追及されているようです。終身刑は確定ですね。恐らく流刑地に送られて死ぬまで出られないでしょう。雇っていた私兵も全員逮捕されました」「彼女は逮捕されたのか……それで義弟はどうした?」「パトリックも一時拘束されましたが、取り調べの結果釈放されました。義母と共謀した事実が一度も無かったので。それどころか逆に妨害していたようです。私が毒殺されそうになった時、パトリックが解毒薬を飲ませてくれたのも彼でした。それに……ジェニファーが義母に毒を飲まされそうになった時、必死になって止めようとしたらしいので」「……成程。それで君はパトリックを許すことにしたのか?」伯爵の言葉に少し考え、ニコラスは頷いた。「そうですね。当主の座に固執していたのはパトリックではなく、イボンヌでした。それに何よりジェニファーを助けようとしていたことも分かりました。パトリックは私に謝ってきましたよ。もう二度と私の前には現れない、田舎でのんびり暮らしていくと」
――18時半ポリーがジェニファーの部屋を訪ねていた。「ジェニファー様、そのお召し物で夕食会に参加されるのですか?」「え、ええ。……やっぱり着替えが必要だったかしら?」相変わらずジェニファーはブラウスにスカート姿だった。「私とシドさんで選んだジェニファー様の瞳と同じ色合いのバッスルスドレスは気に入りませんでしたか?」そのドレスは沢山試着した中でも一番ジェニファーに良く似合っていたものだった。「まさか! とても気に入っているわ」慌てて首を振るジェニファー。出来ればそのドレス姿をニコラスにも見て貰いたいと思えるほどにジェニファー自身気にいっていた。「だったら何故お召しにならない
「母上、本気で言ってるのですか? この城にはジョナサンに伯爵だっているのですよ?」「ええ。そんなこと分かっているわ。それにニコラスの再婚相手もいるのよね? まだ会ってもいないけど」「……」パトリックは返事をしなかったが、心の中では安堵していた。(一緒にいた女性がジェニファーだと母に気づかれなくて良かった。だが考えてみれば元々母はジェニーに会ってもいないから分からなくて当然か)イボンヌはニコラスが結婚相手を見つけたことにより、当主の座を奪われてしまったのだと決め込んでいた。当然、ニコラスの結婚式に出席するはずもない。しかしパトリックはニコラスが選んだ結婚相手に興味があったので式に
シドとポリーがジョナサンを連れて応接室を目指していた頃――ジェニファーとニコラス、そして伯爵の間では緊迫した状況が続いていた。「ほう……お前はニコラスと離婚すると言うのだな?」伯爵は自分に頭を下げているジェニファーを見て不敵に笑う。「はい、そうです。明日にでもここを出て行きます」するとニコラスが青ざめた。「ジェニファー!? 本気で言っているのか!?」「はい、本当です」ジェニファーは顔を上げると、真っすぐニコラスを見つめた。「ニコラス様は最初に言いましたよね? この結婚はジェニーの遺言によるもので、少しも望んではいないものだと」「! それは……!」「私もそうでしたから」
「決行するなら今夜がいいわね。今日はここに泊めて貰って、真夜中に私兵たちを使って襲撃させましょう。早速周辺に待機している私兵たちに伝えてこないと。幸いニコラスも、あの忌々しいシドも今この場に居ないからチャンスよ」イボンヌは頷きながら、物騒な計画を立てている。その姿を見ながら、パトリックはゾッとした。(我が母親ながら、なんて恐ろしい人なんだ……ジェニファーやジョナサンまで殺すだって!? 冗談じゃない!)イボンヌの暴挙を止める為、パトリックは説得を試みた。「待ってください、母上。兄上はともかく、ジェニファーやジョナサンを殺すなんてさすがにそれはやり過ぎです。 そうは思いませんか?」「