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第412話

Author: 月影
璃音様への心配が過剰すぎる。

これがダメだと言って、あれもダメだと言って......

「山本、今すぐ電話してケーキを注文して、雲間荘に届けてもらって。」突然、誰かの声が響いた。山本は慌てて答えた。「分かりました!」

ほら、見て。さっきは「璃音様がケーキを食べて虫歯になる」と言っていたのに、今度はケーキを注文しろと言ってる。

蓮見社長は、まさに今、言葉と行動が矛盾している。

凌央はエレベーターに乗って上へ向かっていた。エレベーターを降りて数歩進んだところで、見覚えのある人物を見かけた。

一瞬、足を止めた。

拓海?

三年以上前、拓海の体調が回復した後、まるでこの世界から消えてしまったかのように、彼の消息は途絶えていた。

今、こんな場所で彼を見かけるとは......

もしかして、乃亜がまだ生きているのか?

その考えが脳裏をよぎった瞬間、彼は思わず立ち止まった。

乃亜という名前は、心の中に三年も隠していた。

最も辛かった時期に、彼女のことを思い出さないように必死で抑えていた。

でも今、急に彼女を思い出して、胸が無意識に引き裂かれるような痛みを感じた。

「拓海!」彼はその痛みをこらえながら、呼びかけた。

拓海は足を止め、冷たい視線で彼を見た。「何か用か?」

晴嵐を思い出し、心の中でふと思った。桜華市はやっぱり狭いな。

会いたくない相手と、こんなところで再会するなんて。

「体調はどうだ?」凌央は、何気なく話を振った。

自分でも、なぜこんなことを言ったのか分からなかった。

「心配してくれてありがとう、体調は問題ない。」拓海は淡々と答え、また歩き出した。

凌央はその背中を見つめながら、ふと問いかけた。「乃亜のことを、もう忘れたのか?」

以前、拓海は乃亜のことをとても大事に思っていた。

乃亜は死んだ。

もしかして、彼は彼女のことを忘れたのか?

心の中で、無意識に何かが詰まったような不快感を感じた。

拓海は少し笑みを浮かべ、振り返って言った。「彼女が亡くなった後、お前はすぐに結婚して子供も作った。忘れたのはお前の方だろう。」

彼は乃亜と過ごした三年間を、決して忘れることはなかった。

凌央は口を開けたが、「違う......」と言いかけたその時、柔らかな声が耳に響いた。「パパ!」

拓海は微笑んで言った。「蓮見社長の娘さん、もうすぐ
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