Share

第685話

Author: 月影
乃亜はやさしく目を細め、穏やかな声で言った。「どうしたの?話してごらん。何か悪いことしてしまったとしても、正直に話してくれたらママは許すよ」

三歳の子供に間違えないようにと求めるのは無理な話だよね。

でも、もし大きな間違いをしてしまったら、まずはしっかり教えて、それからどうしたらよかったのかを一緒に考える。それが大事だと思う。

完璧じゃなくてもいいけど、人として大切な部分はしっかりしてほしい。

晴嵐は目をそらし、ママの顔を見ようとしなかった。

失望した顔を見たくなかったからだろう。

乃亜はその心の葛藤を感じ取り、焦らずに彼をベッドに寝かせ、優しく頭を撫でてキスをした。「話したくないなら無理しなくてもいいよ」

彼が話さない理由があるんだろう。無理に聞き出すつもりはない。

ママの温かい手が彼の顔を撫で、唇もふわりと柔らかくて、晴嵐は思わずその手を握り、柔らかい声で言った。「ママ、実は......」

言葉が口に出かかっていたけど、どうしても言えなかった。心の中で何かが引っかかっているようだ。

「もう寝ようね」乃亜は穏やかに微笑み、彼の顔に手を添えた。「君が話したい時に話してくれたらいいよ」

乃亜はとても気になったが、晴嵐が心配そうにしているのを見て、今は無理に聞く必要はないと感じた。

「実は、あのおばさんをわざと怒らせたんだ」

晴嵐はその言葉を一気に吐き出した。彼はずっと胸の中にため込んでいたものをやっと言ったのだ。

乃亜は驚き、目を大きく見開いて彼を見つめた。「あの人を怒らせたって、どうして?」

晴嵐は少し考え込んでから、ゆっくり言った。「僕、彼女にわざと嫌なこと言って、わざと怒らせたんだ」

乃亜は驚きながらも、少し冷静になった。「叩かれたりしなかった?」

晴嵐は首を横に振った。「叩かれはしなかったけど、すごく怒られた。でも、僕には理由があったんだ」

晴嵐の目が少しうつむき、照れたように言った。「僕、あのおばさんが僕を連れ去ると思ったんだ。そしたら、僕が逃げられるから」

その言葉を聞いて、乃亜は胸が締めつけられるような気持ちになった。

「君がそんなことをして、どれだけ危険だったか分かっているの?」

晴嵐は小さくうなずいた。「うん、わかってる。でも、あの時僕が逃げられたら、ママを助けられると思ったんだ。

どうしても、ママを危ない
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 永遠の毒薬   第688話

    「もういいでしょ?話が終わったなら、帰って」乃亜は最初から、璃音に会いに行くなんて一言も言ってない。前の二度、自分の甘さのせいで晴嵐を凌央に奪われた。あんな悔しい思い、二度と繰り返すわけない。璃音がどれだけ可哀想でも、他人の子。自分には関係ない。「じゃあ、帰るよ」乃亜がきっと、娘に会いに来ると信じていた凌央。でも、彼女は何も答えなかった。つまり、行く気は、ないってことだ。璃音のあの潤んだ瞳が頭に浮かぶ。胸がきゅっと締めつけられる。......結局のところ、全部自分のせいだ。あの母子にしてきたことを思えば、こんな後悔も当然か。乃亜は何も言わず、静かに扉を開けて中へ入った。その隙間から、凌央はふいに晴嵐の笑顔を目にした。胸が、痛い。自分といるときの晴嵐は、いつも冷たい目をしていた。あんな風に笑ってくれるなんて、記憶にない。しばらく、閉じた扉をぼんやり見つめていたが......やがて凌央は、重い足取りで階段を降りていった。そのとき、電話が鳴る。山本からだった。「蓮見社長。雪葉さんが入ってくるときの映像、見つかりました」「すぐ会社に行く。オフィスで待ってろ」「了解です!」電話を切るや否や、車を飛ばして会社へ向かう。オフィスに着いて席につくと、すぐに山本が入ってきた。準備していた映像をモニターに映し出す。最初に映ったのは、真子の顔。続いて、蓮見家の使用人が玄関の扉を開ける。扉が開いた瞬間、暗がりから雪葉が現れる。あたりを警戒するように目を走らせ、玄関へ向かった。真子と短く言葉を交わすと、そのまま屋敷の中へ。扉が、静かに閉まる。外に残された真子。中へ入った雪葉。その後、雪葉はリビングへ通され......映像は、そこで終わった。「......これだけか?」凌央の声が低く落ちる。山本はすぐに反応した。「残りは修復中ですが、完全に直せるかはまだ不明です」凌央は椅子の背にもたれながら一言。「真子を呼べ」真子の目的が何?今回は、あの行動のせいで二人の子どもが誘拐された。絶対に許すわけにはいかない。今、甘く出たら......次はもっと手に負えなくなる。彼から滲み出る怒気に、山本は身を縮めながら内心でぼやく

  • 永遠の毒薬   第687話

    乃亜は眉を寄せた。まだこんなに早いのに誰が来たのだろう。直人?まさか紗希を連れて行く気なのかと胸がざわつく。「晴嵐は下にいる?」と訊ねると、「晴嵐様と紗希様が下で遊んでいます」と返ってきた。その声を聞くやいなや、乃亜はバタバタと階段を下りていく。こんな時間に誰が訪ねてきたのか確かめたかったのだ。階段の下では、晴嵐と紗希が楽しそうに遊んでいた。紗希の顔も明るく、乃亜はほっと胸をなで下ろす。昨日のことが尾を引いているかもしれないと気にしていたが、それは取り越し苦労だったようだ。「ママ、おはよう!」と晴嵐が駆け寄ってくる。「おはよう」と笑いながら手を振り、「紗希と仲良く遊んでね。ママ、ちょっと出かけてくる」と告げた。「ママ、急用?」と晴嵐の表情がきゅっと引き締まる。「大丈夫よ。心配しないで」とにっこり笑い、二人に遊び続けるよう促す。その横で紗希の瞳が揺れる。直人が来て、乃亜が慌てて飛び出したのではないかと思ったのだ。今の直人はおかしい。もし乃亜に危害を加えたらどうしよう......「紗希、晴嵐と遊んでて。すぐ戻るから」と乃亜は不安を察して声を掛ける。「うん」と頷くが、胸のざわつきは消えない。心配しても何もできないのだ。乃亜は急ぎ足で玄関へ向かい、扉を開けた。真っ赤な瞳が飛び込んできて、思わず息を呑む。そこに立っていたのは凌央だった。「晴嵐が戻ったって聞いて......わざわざ謝りに来たんだ。乃亜、ごめん」と彼は深々と頭を下げた。乃亜のアーモンドアイが細まり、表情がひやりと凍り付く。「うちの子は危うく死にかけたのよ。そんな軽い言葉で許せるわけないでしょ?」と声に棘を込める。凌央は唇を噛み、肩を落としてうなだれている。叱られた子どものようだった。乃亜は深く息を吸い、怒りを押さえ込みながらゆっくりと言葉を紡いだ。「凌央、お願い。私たちから離れて。二度と私たちの生活を乱さないで。あなたがいなくても、私たちはちゃんと暮らしていけるの」と言い聞かせるように告げる。その言葉に、凌央の肩はさらに落ちた。彼自身、理解していた。自分がいない方が乃亜と晴嵐の暮らしは穏やかだ。乃亜は晴嵐を愛情深く育てているし、彼が無理に引き離そうとするたびに騒動が起きた。あの海に飛び込んだことを思い出すと、今でも背筋がぞっと

  • 永遠の毒薬   第686話

    もっと早く凌央との関係をきっぱりさせていれば、晴嵐にこんな思いをさせずに済んだのに。そんな後悔が胸の奥で疼いた。「ママ、ごめんね。心配かけちゃった」と晴嵐が申し訳なさそうに乃亜の指をそっとつつく。「もう二度としないから」と小さな声で付け加えた。乃亜の胸はきゅっと痛んだ。何も言わずに晴嵐を力いっぱい抱き寄せ、「もう寝ようね」とそっと囁く。本当は晴嵐が一番つらいはずなのに、逆に母親である自分に謝ってくる。その優しさに、ますます胸が締めつけられた。晴嵐は小さな肩を張って「ママ、心配しないで。僕が守るからね」と真剣に言った。その言葉に胸がいっぱいになりそうだったが、乃亜は涙をこらえ、「ママは晴嵐なら絶対にできるって信じてるから」と笑みを返した。ふと晴嵐が目を上げ、「ママ、ここから離れたいんだけど......いい?」と遠慮がちに切り出した。「どうしてそう思うの?」と乃亜が首をかしげる。晴嵐の言い分によっては、ここを離れることも考えていた。「ここ、嫌だよ」と晴嵐はぽつり。「凌央はママから僕を取ろうとするし、あの人の彼女は僕を傷つけようとする。そんなふうにされたら、ママが悲しい顔をするのは嫌なんだ。僕、毎日ママにニコニコしていてほしいんだ」と精一杯の言葉で伝えた。まだ三歳の子が、自分の笑顔のためにそんなことを考えている。胸の奥がずしんと重くなり、泣きたくなった。晴嵐は、神様が自分に授けてくれたかけがえのない宝物だと思わずにいられない。それでも彼は「ママが嫌ならここにいてもいいよ」と遠慮がちに付け加える。乃亜は大きく息を吸い、「ママがここの用事を片付けたら、パパと一緒に晴嵐を連れて出ようね」と約束した。そう口にした瞬間、拓海の顔が頭をよぎる。今日は一度も電話がなかった。向こうで何かあったのだろうかと胸騒ぎがした。「うん!じゃあ指切りね」と晴嵐は子どものように手を伸ばし、乃亜の小指と絡める。「百年経っても守らなきゃだめだよ」と真顔で言う。その無邪気な仕草に、乃亜は思わず吹き出し、張りつめていた心が少しほぐれた。指切りが終わると、乃亜はベッドに上がり、晴嵐の体に寄り添った。部屋の灯りを落とし、小さなナイトライトだけがほのかに照らす。晴嵐はころりと乃亜の胸に顔を押しつけ、「パパに会いたいな。明日の朝になったら電話しよ

  • 永遠の毒薬   第685話

    乃亜はやさしく目を細め、穏やかな声で言った。「どうしたの?話してごらん。何か悪いことしてしまったとしても、正直に話してくれたらママは許すよ」三歳の子供に間違えないようにと求めるのは無理な話だよね。でも、もし大きな間違いをしてしまったら、まずはしっかり教えて、それからどうしたらよかったのかを一緒に考える。それが大事だと思う。完璧じゃなくてもいいけど、人として大切な部分はしっかりしてほしい。晴嵐は目をそらし、ママの顔を見ようとしなかった。失望した顔を見たくなかったからだろう。乃亜はその心の葛藤を感じ取り、焦らずに彼をベッドに寝かせ、優しく頭を撫でてキスをした。「話したくないなら無理しなくてもいいよ」彼が話さない理由があるんだろう。無理に聞き出すつもりはない。ママの温かい手が彼の顔を撫で、唇もふわりと柔らかくて、晴嵐は思わずその手を握り、柔らかい声で言った。「ママ、実は......」言葉が口に出かかっていたけど、どうしても言えなかった。心の中で何かが引っかかっているようだ。「もう寝ようね」乃亜は穏やかに微笑み、彼の顔に手を添えた。「君が話したい時に話してくれたらいいよ」乃亜はとても気になったが、晴嵐が心配そうにしているのを見て、今は無理に聞く必要はないと感じた。「実は、あのおばさんをわざと怒らせたんだ」晴嵐はその言葉を一気に吐き出した。彼はずっと胸の中にため込んでいたものをやっと言ったのだ。乃亜は驚き、目を大きく見開いて彼を見つめた。「あの人を怒らせたって、どうして?」晴嵐は少し考え込んでから、ゆっくり言った。「僕、彼女にわざと嫌なこと言って、わざと怒らせたんだ」乃亜は驚きながらも、少し冷静になった。「叩かれたりしなかった?」晴嵐は首を横に振った。「叩かれはしなかったけど、すごく怒られた。でも、僕には理由があったんだ」晴嵐の目が少しうつむき、照れたように言った。「僕、あのおばさんが僕を連れ去ると思ったんだ。そしたら、僕が逃げられるから」その言葉を聞いて、乃亜は胸が締めつけられるような気持ちになった。「君がそんなことをして、どれだけ危険だったか分かっているの?」晴嵐は小さくうなずいた。「うん、わかってる。でも、あの時僕が逃げられたら、ママを助けられると思ったんだ。どうしても、ママを危ない

  • 永遠の毒薬   第684話

    直人が来たということは、まだ自分のことを気にかけてくれている証拠だ。舞衣は心の中で自分に言い聞かせ、少しでもその気持ちを信じて、直人が自分を病院に連れて行ってくれることを期待していた。直人は静かに膝を折り、舞衣の前にしゃがんだ。その瞬間、目の前に重い影が落ち、彼の息が舞衣の顔に届く。舞衣は、胸の奥がドキドキと高鳴るのを感じ、思わず息が詰まった。「直人、あなた......何をするつもり?」声が震え、言葉をうまく続けられない。直人が目の前にいるだけで、胸が高鳴り、時間が止まったように感じた。そのとき、直人がゆっくりと手を伸ばして舞衣の首に触れる。舞衣は驚き、目を見開いた。「直人、いったい何をしているの?」彼は冷笑を浮かべながら言った。「お前にも、彼女と同じように掴まれて気を失う感覚を味わわせてやる」舞衣はその言葉で一瞬で理解した。直人は紗希に復讐しているのだ。紗希なんて、もう障害者のくせに、なぜまだそんなに彼女の事を気にしているの?私は一体、何が足りないんだろう?舞衣は心の中で、直人に勝てない自分に悔しさを感じていた。直人の手がますます強く締め付け、舞衣は息ができなくなり、目の前が真っ暗になった。直人は、舞衣が意識を失ったのを確認してから手を放し、部屋を出て行った。これで紗希のための復讐は果たした。紗希がこれを知ったら、喜んでくれるだろうか?乃亜は部屋に戻ると、シャワーを浴び、寝巻きを着替えた。ちょうどその時、ドアをノックする音が響いた。「ママ、入ってもいい?」晴嵐の可愛らしい声が聞こえ、乃亜は思わず微笑んだ。「早く入っておいで」ドアが開き、晴嵐の小さな姿が現れる。その顔は、凌央にそっくりだった。乃亜は深呼吸し、晴嵐に近づいて膝を折った。「今夜はママと一緒に寝る?」彼女は優しく抱きしめながら尋ねた。晴嵐は嬉しそうに頷き、「うん、ママと寝る!」と言った。彼はママに話したいことがたくさんあった。「じゃあ、ママがベッドまで運んであげるね」乃亜は晴嵐を抱き上げ、大きなベッドへと歩き出した。晴嵐は温かいママの腕の中で、小さな声で言った。「ママ、桜華市に帰れるかな?」乃亜は少し驚き、晴嵐を見つめた。「どうして突然そんなことを言うの?」もしかして、あ

  • 永遠の毒薬   第683話

    「紗希、どこにいるんだ?今すぐ行くから!」直人の声は焦っていた。彼は、紗希が電話に出るとは思っていなかった。まさか出るなんて、全く予想外だ。「直人、お願いだから、私を放っておいて!もう連絡しないで!」紗希は彼の声を聞いた瞬間、あの恐ろしい光景がよみがえり、思わず声が震えた。あの時、私がどれだけ怖かったか、分かってるの?私を殺しかけたあの人を、どうして許さなきゃいけないの?心の中で、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。だが、声が震え、感情を隠しきれなかった。「紗希、お前を手放すわけないだろ!この人生、お前と一緒にいなきゃ意味がないんだ!」直人の声は、いつもの優しさを失い、どこか冷徹なものが感じられた。「もし、あなたと一緒にいるというのが、家に閉じ込められて、他の女に辱められることだとしたら、それは酷すぎる」紗希はその言葉に深い痛みを感じ、胸が締めつけられるようだった。こんな人生、どうして私はこんな人に引っかかってしまったんだろう。涙が止まらなくなりそうな自分に気づき、彼女は目を閉じて心を落ち着けようとした。「俺も分からないんだ!彼女がどうやって入ってきたのか、信じてくれ!」直人は必死で彼女を納得させようとしたが、紗希はそれを聞こうともせず、ただ冷たく言った。「どう入ってきたかなんて関係ない!私が見たのは、彼女が私を掴んで、命の危険を感じた瞬間だけ!もういい、直人、もう放っておいて!」その言葉と共に、彼女は電話を切り、番号をブラックリストに登録した。携帯を切ると、紗希は涙を拭い、目を閉じて深呼吸した。気にするな、気にするな。自分に言い聞かせながら、彼女は自分を落ち着かせようとした。直人は、再度かけ直すも、すでに電源が切られていたことを確認し、怒りを抑えきれずに携帯を投げつけた。深呼吸をし、気持ちを整理してから、部屋を出た。かつて紗希が住んでいた部屋に入ると、まだ彼女の香りが残っている気がした。その香りを感じた瞬間、直人の目が赤くなり、胸の奥が痛んだ。あんなに幸せだったのに、どうしてこんなことに......「直人様......」使用人がドアの前で、恐る恐る声をかけた。直人は振り返ることなく、冷静に言った。「何か?」「桜坂さんがどうしても会いたいと言ってます。会わ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status