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第690話
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永遠の毒薬 第692話
彼は長年愛してきた彼女を、どうしても手放すことができなかった。その背後で、秘書は息を呑むようにして見守っていた。社長、乃亜さんのために、これほどの代償を払うのは......少し大きすぎるのでは？乃亜さん、どうか社長を裏切らないでほしい......と心の中で呟いた。乃亜は電話を切ると、ドアの前でただ一言、「入って」と言った。ドアが静かに開き、堅達が入ってきた。風尘仆仆の姿で、まるで急いでどこかから帰ってきたかのようだった。乃亜は少し驚いた。「堅達？」休暇中ではなかったのか？どうして急に現れたのだろう？「久遠社長、この方が井上グループの社長、井上社長です」堅達の後ろにいる秘書が、静かに書類袋を机に置いた。「井上グループは次の盛世との協力プロジェクトを進めたく、久遠社長にご確認いただきたくて参りました」乃亜は眉をひそめて書類を見た。井上社長？ということは、堅達は家業を継ぐために休暇を取っていたのか......「木上、君は出てくれ、久遠社長と話をする」堅達は冷静に、しかしどこか優雅に言った。その言葉の裏には、彼の社会的な地位や落ち着いた風格が感じられた。「わかりました」木上は乃亜をちらっと見て、思わず思った。これが井上社長が好きな女性なのか。こんなに美しい人が相手なら、井上社長が家業を継ぐのも納得だ。以前、堅達は会社を管理するのが面倒だと言っていたのに、こんな変化があったなんて。乃亜は木上の視線を感じながらも、堅達に視線を向けた。彼のアシスタントが彼に好意を持っていることが少し分かった気がした。「木上、出て行ってくれ」堅達は再度、冷静に言った。木上はすぐに答えて部屋を出て行った。その後、乃亜はソファに座りながら言った。「数日ぶりに会ったけど、堅達が井上社長に変わっているなんてね。でも、やっぱり辞表を出して正式に手続きを踏まないと」「申し訳ない」堅達は深く息をつきながら言った。「実は、家業を継ぐつもりはなかったんだ。でも、もし盛世に残ったままだと、直人と対抗することができない。そして、紗希を幸せにできない」乃亜はその言葉に少し驚いた。堅達が休暇を取った理由、最初は家業に戻るのか、相手探しに行くのかと思っていたが、まさか紗希のために決断したとは。「紗希が堅達を考えてい
永遠の毒薬 第691話
電話が繋がると、拓海の優しい声が聞こえた。「乃亜、何かあったのか？今日のトレンド、どうして......」その後、拓海は言葉を切った。明らかに心の中で何かを感じている。もしかして、僕たち、やっぱり別れる運命なのか？拓海は長い間、こんな結末を予測していた。でも、実際にその瞬間が来ると、やっぱり辛い。トレンドを見た後、拓海は2時間かけてその事実を受け入れた。今、乃亜に電話をかけるのは、どこか諦めきれない気持ちがあったからだった。彼は、このまま何も知らずに終わるわけにはいかない。乃亜は、過去に自分が流した情報を思い出し、少し眉をひそめた。「今日のトレンド、実は私が流したの。美咲が出所して、晴嵐が危ないかもしれないから、こうして彼女を引き出そうと思って」相手は影に隠れている。こっちは表に出ているけど、心の中でどうしても不安を感じてしまう。晴嵐を守るために、乃亜は自分を犠牲にしてでも、美咲を引き出したかった。他の人には言えない。でも、彼女は分かっている。美咲が凌央をどれだけ愛しているか。彼女が復縁したことを知ったら、きっと飛び出してくる。それが、彼女を引き出す方法だ。拓海は少しホッとしたように息をついた。「なるほど、そういうことか」その声は明るくなった。「じゃあ、もっと警備を強化して、君たちを守らないと。美咲は、恐ろしい女だから」「ありがとう、拓海」乃亜は素直にその提案を受け入れた。拓海がしてくれることは、当然のように受け入れていた。結婚も近いし、彼に頼るのは自然だと思っていた。「警護をつけるけど、常に気をつけて。裏で何かされる可能性もあるから」拓海は深く息を吸ってから言った。「乃亜、こちらの問題はもう少し時間がかかる。今は君たちの元にすぐには行けないけど、すまない」母子の危険な状況に、彼は心から申し訳ないと思っていた。「大丈夫、会社のことをしっかりやって。私たちのことは心配しないで」乃亜は彼を気遣いながら言った。彼には仕事を集中してもらわないと、解決が早く進まないから。「分かった、気をつけてね」拓海は少し安心したように言った。彼はどんなに疲れていても、乃亜の声を聞けば元気をもらっていた。「拓海、私は......待ってる」その言葉は、結局言えなかった。顔が赤くなったのは確
永遠の毒薬 第690話
乃亜は紗希を抱きしめたくてたまらなかったけれど、結局何もせずに頭を下げ、黙々と朝食を食べ続けた。朝食が終わると、乃亜は上の階で着替えを始めた。晴嵐も服を着て、リュックを背負っていた。木咲は車椅子を押しながら紗希をリビングに運んだ。「ありがとう、木咲さん」紗希が言うと、木咲は笑顔で返した。「紗希さん、少し休んでいてください。何かあれば呼んでくださいね」木咲が食器を片付けに行くと、紗希は静かに考えた。「こんなに美しい女性が、どうして足を失ったのだろう？」と。乃亜が着替えて降りてくると、晴嵐もすっかり服に着替えていた。まだ三歳の彼は、服がピシッと整っている。乃亜を見ると、すぐに駆け寄ってきて抱きついた。「ママ、行こう！」乃亜はその小さな顔を見て、少し驚きながらも、愛おしさがこみ上げてきた。「前は保育園行きたくないって言ってたよね？今日はどうして行くの？」晴嵐は背筋を伸ばして言った。「もっと勉強しないと、ママを守れないから」乃亜はその言葉に目を見開き、少し驚いた。「強くなったら、誰にも僕たちを傷つけさせない！」晴嵐は真剣な顔で言った。乃亜の目が一瞬、赤くなった。こんな小さな子が、どうしてこんなに感動的なことを言うんだろう？その思いに胸が詰まる。紗希は横でその様子を見て、少し羨ましく思った。乃亜にはこんなに暖かい晴嵐がいるんだ。幸せだな、と思う。乃亜はその気持ちを胸にしまい込み、晴嵐の手を取って外へ向かった。靴を履いて、出かける前に紗希に一声かけた。保育園に向かう途中、乃亜は晴嵐に言った。「知らない人には話しかけないよ。絶対に知らない人について行っちゃダメだよ」美咲が逃げている今、何が起きるか分からない。でも、晴嵐を学校に行かせないわけにはいかない。だから、ちゃんと自分を守れるようにしてほしい。保育園に到着し、車を停めると、母子二人の姿に周囲の人々が振り返った。「ママ、あの男の子、すごくカッコいい！」「見て、あのママ、めっちゃ美人！」「もしかして、あの人、有名な女優かな？」周りの話し声を耳にし、乃亜は晴嵐をさりげなく見た。彼が特に気にしていないことを確認し、ホッとした。心配しすぎだったかもしれないと思いながら、晴嵐を保育園の門に送ると
永遠の毒薬 第689話
「うるさい！」凌央は少しムッとして、思わず声が大きくなった。息子が無事に戻ることを願わないわけがないのに。「もう一度だけ聞く」拓海は慎重に問いかけた。「元妻とは完全に決裂したのか？」もしそうなら、俺にチャンスがあるかも。「もう一度言ったら許さないぞ！」凌央の顔が次第に青ざめていく。たとえ乃亜が決裂しても、絶対に許さない。「わかった、じゃあ、俺が直接聞いてみるよ」拓海はそう言うと、すぐに電話を切った。凌央は携帯を握りしめ、険しい顔をした。乃亜、この女は拓海だけじゃなく、別の男にまで手を出すなんて！本当に、周りの男を引き寄せてる。その時、朝食を食べていた乃亜はくしゃみをした。晴嵐はすぐにティッシュを差し出し、「ママ、大丈夫？」心配そうに聞いた。ママが具合悪いと、晴嵐はすごく不安になる。ママが辛そうな顔をしているのを見るのは、嫌だ。乃亜はティッシュを受け取ると、笑いながら頭を振った。「大丈夫だよ、風邪じゃないから心配しないで」「よかった！」晴嵐はホッとした顔をして、安心したように息をついた。その様子を見て、紗希は思わず心が温かくなった。こんな素敵な息子がいるなんて、ほんとに羨ましい！なんだか、自分も息子が欲しくなっちゃった。乃亜はティッシュをゴミ箱に捨て、晴嵐の小さな頭を優しく撫でた。「ママは大人だから、自分でちゃんと気をつけるよ。晴嵐は心配しないでね」普通の子どもなら、食べたり遊んだりで精一杯だろうけど。晴嵐は、ほんとうにいろんなことを気にかけてくれる。それがまた、すごく愛おしい。「パパが言ってたよ。男の子は女の子を守らなきゃって」晴嵐は、まるで小さな大人のように、真剣に言った。紗希はその言葉を聞いて、思わず笑みをこぼした。三歳の子どもがそんなことを言うなんて、すごいな。乃亜も笑いながら、二人は顔を見合わせた。「うちの子、本当にすごいわ！こんな子が育てられるなんて、私は幸せだな！」紗希はつい、素直に言った。でもその後、自分の現実に気づいて、急に表情が曇った。こんな自分で、誰が一緒にいてくれるだろう？まったく、夢のような話だ。「もちろん、できるよ！」乃亜は目を輝かせて言った。「堅達、前に告白してたよね？じゃあ、彼と一緒
永遠の毒薬 第688話
「もういいでしょ？話が終わったなら、帰って」乃亜は最初から、璃音に会いに行くなんて一言も言ってない。前の二度、自分の甘さのせいで晴嵐を凌央に奪われた。あんな悔しい思い、二度と繰り返すわけない。璃音がどれだけ可哀想でも、他人の子。自分には関係ない。「じゃあ、帰るよ」乃亜がきっと、娘に会いに来ると信じていた凌央。でも、彼女は何も答えなかった。つまり、行く気は、ないってことだ。璃音のあの潤んだ瞳が頭に浮かぶ。胸がきゅっと締めつけられる。......結局のところ、全部自分のせいだ。あの母子にしてきたことを思えば、こんな後悔も当然か。乃亜は何も言わず、静かに扉を開けて中へ入った。その隙間から、凌央はふいに晴嵐の笑顔を目にした。胸が、痛い。自分といるときの晴嵐は、いつも冷たい目をしていた。あんな風に笑ってくれるなんて、記憶にない。しばらく、閉じた扉をぼんやり見つめていたが......やがて凌央は、重い足取りで階段を降りていった。そのとき、電話が鳴る。山本からだった。「蓮見社長。雪葉さんが入ってくるときの映像、見つかりました」「すぐ会社に行く。オフィスで待ってろ」「了解です！」電話を切るや否や、車を飛ばして会社へ向かう。オフィスに着いて席につくと、すぐに山本が入ってきた。準備していた映像をモニターに映し出す。最初に映ったのは、真子の顔。続いて、蓮見家の使用人が玄関の扉を開ける。扉が開いた瞬間、暗がりから雪葉が現れる。あたりを警戒するように目を走らせ、玄関へ向かった。真子と短く言葉を交わすと、そのまま屋敷の中へ。扉が、静かに閉まる。外に残された真子。中へ入った雪葉。その後、雪葉はリビングへ通され......映像は、そこで終わった。「......これだけか？」凌央の声が低く落ちる。山本はすぐに反応した。「残りは修復中ですが、完全に直せるかはまだ不明です」凌央は椅子の背にもたれながら一言。「真子を呼べ」真子の目的が何？今回は、あの行動のせいで二人の子どもが誘拐された。絶対に許すわけにはいかない。今、甘く出たら......次はもっと手に負えなくなる。彼から滲み出る怒気に、山本は身を縮めながら内心でぼやく
永遠の毒薬 第687話
乃亜は眉を寄せた。まだこんなに早いのに誰が来たのだろう。直人？まさか紗希を連れて行く気なのかと胸がざわつく。「晴嵐は下にいる？」と訊ねると、「晴嵐様と紗希様が下で遊んでいます」と返ってきた。その声を聞くやいなや、乃亜はバタバタと階段を下りていく。こんな時間に誰が訪ねてきたのか確かめたかったのだ。階段の下では、晴嵐と紗希が楽しそうに遊んでいた。紗希の顔も明るく、乃亜はほっと胸をなで下ろす。昨日のことが尾を引いているかもしれないと気にしていたが、それは取り越し苦労だったようだ。「ママ、おはよう！」と晴嵐が駆け寄ってくる。「おはよう」と笑いながら手を振り、「紗希と仲良く遊んでね。ママ、ちょっと出かけてくる」と告げた。「ママ、急用？」と晴嵐の表情がきゅっと引き締まる。「大丈夫よ。心配しないで」とにっこり笑い、二人に遊び続けるよう促す。その横で紗希の瞳が揺れる。直人が来て、乃亜が慌てて飛び出したのではないかと思ったのだ。今の直人はおかしい。もし乃亜に危害を加えたらどうしよう......「紗希、晴嵐と遊んでて。すぐ戻るから」と乃亜は不安を察して声を掛ける。「うん」と頷くが、胸のざわつきは消えない。心配しても何もできないのだ。乃亜は急ぎ足で玄関へ向かい、扉を開けた。真っ赤な瞳が飛び込んできて、思わず息を呑む。そこに立っていたのは凌央だった。「晴嵐が戻ったって聞いて......わざわざ謝りに来たんだ。乃亜、ごめん」と彼は深々と頭を下げた。乃亜のアーモンドアイが細まり、表情がひやりと凍り付く。「うちの子は危うく死にかけたのよ。そんな軽い言葉で許せるわけないでしょ？」と声に棘を込める。凌央は唇を噛み、肩を落としてうなだれている。叱られた子どものようだった。乃亜は深く息を吸い、怒りを押さえ込みながらゆっくりと言葉を紡いだ。「凌央、お願い。私たちから離れて。二度と私たちの生活を乱さないで。あなたがいなくても、私たちはちゃんと暮らしていけるの」と言い聞かせるように告げる。その言葉に、凌央の肩はさらに落ちた。彼自身、理解していた。自分がいない方が乃亜と晴嵐の暮らしは穏やかだ。乃亜は晴嵐を愛情深く育てているし、彼が無理に引き離そうとするたびに騒動が起きた。あの海に飛び込んだことを思い出すと、今でも背筋がぞっと
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