LOGIN冴島寧々子は高身長というコンプレックスを持つ、施設育ちの十八歳。ある日、三千万円の住み込み家政婦の仕事が舞い込み、憧れのモデル桃山マリアンの依頼ということで飛びついてしまう。しかし、それは恐ろしい罠。監禁され、孕まされ、子を取り上げられそうになった寧々子は必死に逃げ出す。大河内カイに救われ、その兄セイに恋をする。マリアンはカリスマファッションデザイナーであるセイのミューズ。セイへの恋、マリアンへの復讐心、娘への愛が劣等感の塊の寧々子を変貌させる。これは虐げられ捨て猫扱いされた寧々子の仰天サクセスラブストーリーである。
View More私は今日、ファッション界のカリスマ大河内セイと結婚する。
私とセイ、彼の弟のカイ、私の娘の幸子だけが列席する挙式。幸子はセイの子ではない。悪魔のような桃山夫婦に監禁され孕んだ子。
あの地獄のような日々を思い出すだけで、胸が締め付けられる。湖畔に佇むガラス張りのチャペル。
湖に太陽の光が反射してバージンロードの先にいるセイを照らしていた。あまりの美しい光景にここが天国なのではないかと錯覚しそうになる。幸子がバージンロードを私と腕を組んで一緒に歩いてくれる。
たった四歳の小さな手は少し湿っていた。「ママ、おめでと」舌足らずに呟く彼女に思わず笑顔が溢れる。
娘とバージンロードを歩く選択は私がしたものだ。 幸子は間違いなく私の心を支え続けてくれた恩人で、両親を知らない私にとって唯一の家族だった。 そして、今日もう一人私の家族が増える。パイプオルガンの重厚な音と共に一歩一歩セイに近づいて行く。大好きな娘と愛する人の元へたどり着いた瞬間を私は一生忘れないだろう。
神父の低い落ち着いた声がしても、私は心臓の鼓動が早くなるのを抑えられなかった。
大河内セイは私が初めて恋をした人で、この瞬間も私は彼に恋をし続けている。「大河内セイ。そなたは、冴島寧々子を妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、妻を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」
「はい、誓います」 セイが穏やかな声で、私との永遠の愛を誓ってくれる。 私を見つめる色素の薄いヘーゼル色の瞳が優しい光を放っている。 「冴島寧々子、そなたは、大河内セイを夫とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、夫を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」「はい、誓います」
幸せな気持ちで胸がいっぱいになりながら、私は嘘偽りのない彼に捧げる永遠の愛を誓った。
淡いターコイズブルーのベルベットにキラリと光る結婚指輪が2つのせられていた。グローブを外し彼が私の左手の薬指に指輪を嵌めてくれる。私は緊張しながら、彼の左手の薬指に指輪を嵌めた。 彼と夫婦になれた喜びで涙が溢れそうになるのを必死に堪える。結婚の誓約書に震える手でサインをした。愛する彼の名前に自分の名前が並んでいる。
自分に好きな人ができて、その人と結婚するような奇跡を私は想像すらしたことが無かった。 セイから常に漂うの気品のある金木犀の香りがずっと側にあって、夢の中にいるみたいだ。「では、誓いの口づけを」
神父の言葉にセイが私のレースのベールを捲る。 彼のヘーゼル色の瞳と目があった瞬間、心臓が止まりそうな程のときめきを感じた。 (もう、どれだけ私をときめかせ続けるの? 本当に罪な人⋯⋯)天涯孤独だった私に愛を教えてくれた幸子。恋を教えてくれたセイ。
セイの顔が近づいてきて、私は目を閉じて彼の口付けを待った。
(えっ?) しばらくすると、彼の気配が離れたのが分かる。 目を開けると柔らかく微笑んでいる彼がいる。 彼は私に口付けたフリをした。夢の中から一気に現実に引き戻される。
(また、私をミューズ(女神)として見てるわね!)
今まで彼がデザインしたドレスは、女性の体の曲線美を活かした露出が多めなデザインが特徴だった。 そのインスピレーションは彼のミューズだったマリアンから得たもの。それに対し、この純白のウェディングドレスはラインを美しく見せながらも、非常に奥ゆかしさがある。
彼のミューズになった私から得たインスピレーションでデザインされたドレスだ。 繊細なレースを幾重にも重ねたドレスを体に纏った時は、彼の独占欲を感じて喜びを感じた。彼は、このチャペルの光の反射角度を計算しながらドレスを綿密にデザインしたのだろう。
反射した湖の水の流れがウェディングドレスに映り込んで非常に幻想的だ。 今の彼は花嫁に見惚れているというより、自分の思った通りの仕上がりに満足している表情をしていた。私を見つめる彼の目がミューズを見る視線になっている。今にも新たなインスピレーションが湧き、スケッチブックを開きそうだ。
私の頭に突如、彼の元ミューズだった憎むべき女、桃山マリアンの言葉が記憶が蘇った。
『大河内セイはミューズには手を出さないわ。彼は孤高で高尚な男! ファッション界のカリスマで神なのよ! 彼の女になろうなんて意地汚く、身分不相応な捨てネコに彼は渡せない!』
私はそっと目を瞑り、息を吸い込む。
(大河内セイのミューズの座も、彼をカリスマから唯の男にするのも私だけよ) 自分の最高傑作のように私に見惚れる彼の頬に手を伸ばし、私は自分の唇を彼の薄い唇に押し当てた。唇が離れて、目を開けた瞬間真っ赤な顔をした彼がいる。
「セイ、そんな顔で皆様の元に出向くつもり?」
小声で囁いた私から目を逸らせないでいる彼。私たちはチャペルを出て、結婚披露宴の場に向かう。
チャペルの前に止められたリムジンに乗り込もうとした時、セイの弟カイに話し掛けられた。「ね、義姉さん。本当に綺麗だった」
「ありがとう」初めて義姉さんと私を呼んでくれた男、大河内カイ。
私が初めて恋した男は大河内セイだが、私に初めて本当の恋をしてくれたのは彼だ。「当たり前だよ。ママはパパのミューズでトップモデルなんだもん」
得意げになっている、幸子の髪を撫でた。 指の間をすり抜ける子供のサラサラした髪。 その感触に愛おしさが込み上げる。「寧々子! 幸子!」
その時、忌々しい男の声がした。───桃山優斗。私を騙し、孕ませ、捨てネコのように捨てようとした悪魔で、幸子の血縁上の父親。
何日着ているのかも分からないようなシャツにジーンズ姿の焦燥しきったくたびれた男。
スペイン料理屋を都内五店舗経営して、高身長のイケメン経営者と呼ばれ羽振りよくしていた時の面影をすっかり失っている。「誰? あのオジサン⋯⋯怖い⋯⋯」
震える幸子を見て、カイが彼女を抱き上げリムジンに乗せた。「桃山優斗。君は招かれざる客だ。立ち去れ!」
セイの凛とした低い声が響き渡る。 私はそっと目を閉じて、息を吸い込む。『寧々子、子ができたからにはマリアンとは離婚する。君とお腹の子と生きていきたい』
私を散々騙して、口八丁手八丁で私を監禁し、子を奪った後に殺そうとした男、桃山優斗。『寧々子! 信じてくれ! 僕にはマリアンの刺激と君の癒しが必要なんだ。悪いようにはしない』
桃山夫婦の企みに気付き逃げ出した私に縋ってきた自分勝手な男。「寧々子。幸子と三人でやり直そう。それが一番良い形だ。トップモデルになった君を見て気がついた。僕の欲しいものは全部君の中にある! 僕のダイヤモンドプリンセス、戻って来ておくれ」
桃山優斗の恐ろしいほど身勝手な言い分と伸びてくる手にゾッとしていると、セイが彼の手首を捻り上げた。 「俺の女を気安く呼ぶな。ダイヤの原石を石ころと間違えて捨てた事を一生悔やみ死ね! 寧々子は俺が見つけて磨き上げた女だ」 セイがデザイナーモードから男になっている。 芸術品のように美しい顔を私の為に歪めているのが溜まらない。時は遡ること六年前。冴島寧々子は十八歳になり、十五年お世話になった児童養護施設を出た。♢♢♢養護施設を出て家事代行のバイトで忙しくしていたある日。家事代行業者『ラクール』の社長から突然呼び出しがあった。普段の連絡は電話ばかりなので、事務所に来るのは面接と契約の時以来。社長の関口翠は元々専業主婦で、離婚してから起業したという挑戦的な方だ。雑居ビルの三階。外階段を上がって、久々の事務所に入る。扉を開けるなり、私をキラキラした瞳で待ち構えていた彼女に驚いた。「な、何かありました?」急ぎというので、要件も聞かずに慌てて来たが関口翠の表情を見るに悪い話ではなさそうだ。「家事代行のバイトも三ヶ月! 慣れてきたみたいね」私の腰をトンと叩く彼女は身長150センチくらいの小柄な方で可愛らしいのにエネルギーに溢れている。「はい、ありがとうございます。関口社長!」「まぁまぁ座って」面接以来の応接ルームに通され、黒色の革のソファーに座る。何だかもてなされているようで居心地が悪い。「何かありました?」「ふふっ、聞いて。凄い話が来たのよ。一週間前にお仕事した桃山さんの家覚えてる?」「⋯⋯はい」高級住宅街の中でも一際目立っていた白亜の邸宅。聞くところによると、飲食業で成功しメディアにも出演している桃山優斗の家だ。有名人のご自宅に経験の浅い私がお邪魔するということで緊張した。鍵だけ渡され、広い家の掃除と食事だけ作ったのを覚えている。それまでの家事代行はタワマンに住むパワーカップルの部屋などが多かった。それなりに忙しくしているのか散らかってたりしたが、桃山家は生活感がない。既にプロが掃除したような空間をひたすらマニュアル通りに掃除し、これでお金を貰って良いのか不安になった。「実は桃山さんから住み込みの家政婦の仕事が来てるのよ。半年で三千万円よ!」喋りながら、颯爽と関口社長が私の前にトンとアイスコーヒーを出す。彼女が私に飲み物を出すなんて初めてのことだ。余程、この嘘みたいな話を受けて欲しいのだろう。しかし、私は自分の仕事がそんな評価を受けたとは思えない。マニュアル通り、鏡、窓、シルバーに至るまで丁寧に拭いたけれど、元々ピカピカだった。「三千万円は私が貰えるんですか?」「当然よ! しかも、先払い!」関口社長が自分に淹れたアイスコー
セイの合図と共に警備員たちが桃山優斗を取り押さえる。彼らの拘束を振り解く力など残っていない男は「寧々子⋯⋯寧々子⋯」と母を求める幼子のように雲一つない空に手を伸ばしていた。セイが私をエスコートしようと手を出してきて、私はそっと手をのせる。「本番はここからよ。カリスマデザイナー大河内セイ」彼の耳元に軽く唇を寄せながら囁くと、彼が抗議するような視線を向けてきた。仕事モードに戻ろうと思っていたのに、誘惑する私に腹を立ててるのだろう。リムジンに乗り込むと、カイが幸子と手遊びをしている。私が隣に座ると、カイが私の耳元で囁いてきた。「義姉さんを見つけたのは俺だし、義姉さんを磨き上げたのは義姉さん自身だけどね」私は彼の言葉に思わず肩をすくめる。私の一番の理解者である大河内カイ。彼と恋愛をしていたら、もっと楽だっただろう。でも、人は時として苦しくても手に入れたいモノがある。───大河内セイの心と桃山マリアンを跪かせる程のトップモデルとしての地位。今、喉から手が出そうな程、求め続けた二つのモノを手にいれた。「寧々子! カイ! 二人共、こそこそと何を話してるんだ?」私とカイの距離が近いことに、ヤキモチを妬くセイ。こんな彼を見られる日が来るなんて思っても見なかった。披露宴会場の入り口には既に報道陣が待ち構えていた。私のウェディングドレス姿に悲鳴のような歓声をあげそうになりながら、場をわきまえて口をつぐむ人たち。この披露宴会場には、セイのブランドに関わっている多くの関係者や著名人が来ている。セイは先程までのデレ顔を封印し、ファッション界のカリスマデザイナーとして緊張感のある顔に戻っていた。この披露宴は彼のブランドで初めて手掛けることになったウェディングドレスの発表の場でもあるからだ。彼は周囲からは時代の寵児、天才と持て囃されているが、発表の直前は期待と不安の渦の中だ。私はそんな彼に寄り添うように、そっと腕を絡めた。(私が最高のランウェイを見せてあげる!)「新郎、新婦の入場です」両脇のドアマンが扉を開けると、真っ先に目に飛び込んで来た女。セイのブランドDEARESTの元アンバサダーで、セイの元ミューズだった桃山マリアン。流石の存在感を放つその女は私のウェディングドレスと色違いのブラックのドレスを着ていた。私の姿を見て、目を丸くし驚
私は今日、ファッション界のカリスマ大河内セイと結婚する。私とセイ、彼の弟のカイ、私の娘の幸子だけが列席する挙式。幸子はセイの子ではない。悪魔のような桃山夫婦に監禁され孕んだ子。あの地獄のような日々を思い出すだけで、胸が締め付けられる。湖畔に佇むガラス張りのチャペル。湖に太陽の光が反射してバージンロードの先にいるセイを照らしていた。あまりの美しい光景にここが天国なのではないかと錯覚しそうになる。幸子がバージンロードを私と腕を組んで一緒に歩いてくれる。たった四歳の小さな手は少し湿っていた。「ママ、おめでと」舌足らずに呟く彼女に思わず笑顔が溢れる。娘とバージンロードを歩く選択は私がしたものだ。幸子は間違いなく私の心を支え続けてくれた恩人で、両親を知らない私にとって唯一の家族だった。そして、今日もう一人私の家族が増える。パイプオルガンの重厚な音と共に一歩一歩セイに近づいて行く。大好きな娘と愛する人の元へたどり着いた瞬間を私は一生忘れないだろう。神父の低い落ち着いた声がしても、私は心臓の鼓動が早くなるのを抑えられなかった。大河内セイは私が初めて恋をした人で、この瞬間も私は彼に恋をし続けている。「大河内セイ。そなたは、冴島寧々子を妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、妻を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」 「はい、誓います」セイが穏やかな声で、私との永遠の愛を誓ってくれる。私を見つめる色素の薄いヘーゼル色の瞳が優しい光を放っている。「冴島寧々子、そなたは、大河内セイを夫とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、夫を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」「はい、誓います」幸せな気持ちで胸がいっぱいになりながら、私は嘘偽りのない彼に捧げる永遠の愛を誓った。淡いターコイズブルーのベルベットにキラリと光る結婚指輪が2つのせられていた。グローブを外し彼が私の左手の薬指に指輪を嵌めてくれる。私は緊張しながら、彼の左手の薬指に指輪を嵌めた。彼と夫婦になれた喜びで涙が溢れそうになるのを必死に堪える。結婚の誓約書に震える手でサインをした。愛する彼の名前に自