LOGIN冴島寧々子は高身長というコンプレックスを持つ、施設育ちの十八歳。ある日、三千万円の住み込み家政婦の仕事が舞い込み、憧れのモデル桃山マリアンの依頼ということで飛びついてしまう。しかし、それは恐ろしい罠。監禁され、孕まされ、子を取り上げられそうになった寧々子は必死に逃げ出す。大河内カイに救われ、その兄セイに恋をする。マリアンはカリスマファッションデザイナーであるセイのミューズ。セイへの恋、マリアンへの復讐心、娘への愛が劣等感の塊の寧々子を変貌させる。これは虐げられ捨て猫扱いされた寧々子の仰天サクセスラブストーリーである。
View Moreマリアンの代わりに彼女に用意された衣装に着替える。ロングの向日葵をモチーフとしたワンピースに腕を通すと、夜、温室で昼間あった太陽の方を向いたまま咲いていた向日葵を思い出した。今シーズンの春夏のフラワーシリーズのテーマは『LOVE OF FLOWERS』。向日葵の花言葉は『あなただけを見つめる』。きっとセイさんは太陽のような恋人に焦がれるようなイメージでこの服をデザインしたのだろう。「メイクの柳田です。冴島さん、肌綺麗ですね。メイク時間短縮できそうです」「お褒め頂きありがとうございます」メイクはイエローやパープルを基調として、非常にカラフルだ。普段、粉しかはたかない私が別人になれる気がした。「もしかして、冴島さんってハーフですか?」きっと柳田さんは私の身長の高さと肌の白さから純粋に疑問を投げかけたつもりだろう。でも、両親が誰かも知らない私には痛い質問だ。この間、突如蘇った記憶によると、私を殴っていた女が母親なら日本人だった気がする。「どうでしょう。多分、違うと思いますよ」「ふふっ、多分、違うって冴島さんは面白い方ですね」メイクが終わり、パープルダイヤモンドのジュエリーを身につける。パープルダイヤモンドの石言葉は『愛情』。モデルが身につけるジュエリーまで自分で選定することで有名なセイさん。セイさんの自室の本棚には石や花の由来や、色についての歴史など様々な本があった。彼はインスピレーションだけではなく、様々なメッセージを衣装にのせている。「お待たせしました!」スタジオに戻ると歓声が湧いた。「うわー見違えたねー。存在感あるわー。冴島さん先に他の子の単独を撮影したから、グループ撮影行こうか」「はい!」自分でも見違えたとは思うが、問題はここからだ。身長で存在感を出せても、マリアンが凄いのはポージングのバリエーション。指先まで綺麗で見惚れるだけでなく、ここまで体を捻れるのかというくらいの柔軟性もある。彼女はポージング一つとっても別格
「セイさん! セイさん!」私は彼に駆け寄って、彼の髪をかきあげ額を触る。朝から顔が赤いとは思っていたが、あえて指摘はしなかった事を後悔した。セイさんの額は燃えるように熱く、明らかに四十度近い熱がある。「寧々子? 幸子は泣かなかったか?」ボーッとした声を出すセイさんに少し腹が立った。「自分の心配してください。今、動けないくらい熱が上がってますよね」私に怒られ少しシュンとしたセイさんは引き出しから解熱剤の箱を出す。「お水⋯⋯」ウォーターサーバーが見えたので、私は紙コップに水を入れて差し出した。セイさんは解熱剤を水で流し込み、立ちあがろうとしてふらつく。私は慌てて彼の体を支えた。布越しにも体温がだいぶ高いのが分かる。「寧々子、解熱剤も飲んだし大丈夫だ。今からフォトシューティングの確認に行かないと」「全然、大丈夫じゃないですよね。インフルエンザだったらどうするんですか?」「インフルエンザ? この時期にか? 幸子に移ったら大変だな」また、幸子の心配をしている彼を愛おしいと思うと同時に呆れてしまった。「モデルさんに感染したらもっと大変ですよね。大人でこんな熱が出るなんて滅多にないと思うんです。一度、医者に診てもらってください」「そうなのか? 俺は割としょっちゅう熱を出すんだが、まだ子供だったのかもしれないな」普段、キレ者の彼が何だかフニャフニャしているし、言動も意味不明になっている。この状態の彼を人に見せたくないし、彼に無理をして欲しくない。「セイさん、かかりつけ医はありますか?」セイさんは鞄から診察券を出して見せてくれた。どうやらDEARESTは社内に内科も備えているようだ。「電話したら来てくれる。点滴と注射を打ってもらったら復活すると思う。面倒掛けて悪いな、寧々子」「私はセイさんを支えるのが仕事です!」私の言葉にフニャフニャとまた笑う彼をよそに、私は内線電話を掛ける。十分もしない間に、ワンレンの仕事がで
「これは一体なんですか?」セイさんに開けるように促され、そっと蓋を開ける。そこにはブルー系の宝石が沢山入っていた。綺麗に陳列してあり、名前や石言葉や重さまで記載してある。「本物を見て学ぶと良い。他の色もあるぞ。重いから石の勉強をしたい時はこの部屋でした方が良いかもな」「はい!」私はセイさんがいない時も彼の部屋に入る許可を正式に得た。どんどん彼と距離が縮まるようで嬉しかった。幸子がもうすぐ一歳になる頃には、セイさんは部屋に私のデスクと幸子のベビーサークルを用意してくれるようになっていた。そこでオモチャで遊んだり、ころっと寝てしまったりする愛しい子を見ながら好きな人と過ごす至福の時間。彼の仕事を手伝い、彼の食事を作り、愛しい娘を育てる生活に私はこれ以上のない幸福を感じていた。いつものように彼の部屋で資料の整理をしていると、突然彼から紙を差し出された。「これは?」「見ての通り、雇用契約書だ。今までタダ働きさせてしまってたようで忍びなかったんだ」「私の方がご厚意で居候させていただいているので⋯⋯」契約書を前に私はショックを受けていた。彼を支えて一緒に子供を育てる事で、まるで彼の妻になったような妄想をしてしまっていたようだ。「寧々子も早く自立してこの家を出たいだろ」「えっ?」窓の外を見ながら静かに語るセイさんの本音が分からない。赤の他人の親子が居候しているのは、普通に考えて迷惑なはずだ。私はここでずっと一緒にセイさんと暮らせるような錯覚に陥っていたが、当然彼だって新しい所帯を持つ。一見、芸術家肌で関わりづらく見えるセイさんだが、接する程に常識的で面倒見の良い方だとは私以外の女性も気が付く。きっと大切に育てられた優しいお嬢さんと結婚して素敵な家庭を作るのだろう。心臓を針で刺されるような痛みを感じながら、私は雇用契約書を読む。動揺して頭に内容が入って来ないが、かなりの高待遇だ。「保育園?」雇用契約書の後ろに保育園
「こうやって精一杯変な顔をさせても、好きなんです。もう、手遅れですね。寧々子さん、自分を卑下しないでください。寧々子さんを誰より大切に思ってる俺に失礼ですよ」少しムッとしたような顔をして私をリラックスさせようとしているカイさんは本当に優しい。「そうですね、私を好きになってくれてありがとうございます。カイさんが私に恋してくれた初めての人です」悲しいけれど、今まで誰にも好きになって貰った事はない。「誰より大切」だなんて誰かの一番になるのも初めてだ。「気持ちを返してくれたら嬉しいんですが、俺の事を好きになってくれなくても寧々子さんには幸せになって欲しいです」カイさんが苦悩の表情を浮かべながら、私に伝えてくる言葉の真意を分からない程馬鹿じゃない。セイさんを好きになっても苦しい思いをするだけだし、因縁の相手であるマリアンと関わり傷つくだけだとやんわりと忠告してくれている。マリアンがセイさんのブランドのアンバサダーをやっている限り、私は彼女を警察に突き出せない。DEARESTはブランド発足からマリアンがメインモデルをやっている。彼女は世界的モデルの一人で、日本では誰もが認めるナンバーワンでオンリーワンの個性を持ったスーパーモデル。彼女を引き摺り下ろしても、彼女の代わりになれるモデルが思い浮かばないのだ。「にしても、三千万円か⋯⋯」「すみません」カイさんの呟きに、思わず謝罪してしまう。「違うんです。航空機事故があった時、死んだ客室乗務員に支払われる額が三千万円だったなと思い出しまして」「えっ?」「うちの両親、航空機事故で死んだんです。大西洋上で行方が分からなくなって遺体は見つかっていないんですが⋯⋯」初めて明かされたセイさんとカイさんの両親の話。事故で亡くなったとは聞いていたが、航空機事故とは知らなかった。「遺族が集まり会社から説明を受けたんですが、その時、客室乗務員の親だという方が会社は自分の娘の価値を三千万円程度としか思ってないのかと怒鳴っていたんです」「それは⋯⋯」