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あなたがいい-07

last update Dernière mise à jour: 2025-02-01 05:01:15

杏介が仕事を終えロッカールームで身支度を調えていると、着信を知らせるランプが点灯しているのに気づいた。見れば、紗良から留守電が入っている。

聞いてみればしばらく無音で、間違い電話かはたまた海斗がいたずらでもしたのかと思った。

だが、メッセージが終わる直前、わずかに海斗が「さらねえちゃん」と呼んだ声が聞こえた。

それも、慌てた様子で。

杏介はすぐに紗良に電話をかけた。

だがいくらコールしても出ない。

嫌な予感しかせず、杏介は眉間にしわを寄せる。

「杏介~飯でも食ってこうぜ……って、どした? 怖い顔して」

「ごめん、また今度」

バタンとロッカーを閉めるとカバンを引っ掴んで慌てて外へ出る。

「あっ、先輩、お疲れ様で……す?」

リカが声をかけるも、杏介は目もくれず飛び出していった。

職場から石原宅へは車で十分ほどの距離だが、今日はずいぶんと遠く感じる。

何事もなければいいのだが、と思いながらも気持ちばかりが焦って仕方がない。

紗良に何かあった?

それとも海斗に?

いや、母親か?

自分の思い過ごしならそれに越したことはない。

自宅前には紗良の車が止まっており、カーテンの隙間から光が漏れている。

杏介はインターホンを鳴らす。

しばらく待つも、しんと静まり返って誰も出てこない。

紗良に電話をかけてみるもやはり反応はない。

「紗良? 海斗?」

電気が点いているリビングの方へ行ってみようかと思っていると、おもむろにガチャリと玄関が開いた。

「海斗!」

「せんせー……」

飛び出してきた海斗は杏介の足にしがみつく。

今にも泣き出しそうな顔だ。

「どうした? 紗良は?」

「ねてる」

「寝てる?」

「ねてるけど、おねつあるって」

「熱?!」

海斗に連れられて上がり込み、こっち、と案内された場所は階段の下だった。

「紗良?!」

床の上に寝そべった紗良の上には薄い布団が掛けられている。

近くにはぐっしょりと濡れたタオルも無造作に置かれていた。

「紗良! 紗良!」

杏介が呼びかけると紗良はうっすらと目を開ける。

杏介さん……、と消えそうな声でつぶやいた。

「どうした? 熱があるって? 倒れたのか?」

「ううん、床……きもちいいから……」

そう答える紗良の息はずいぶんと荒れていてつらそうだ。

首もとを触れば計らずとも熱があるのだとわかる。

「杏介さんの手、冷たくてきもち
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