Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-11カシャカシャカシャッその音に、紗良と杏介は振り向く。そこにはニヤニヤとした海斗と、これまたニヤニヤとしたカメラマンがしっかりカメラを構えていた。「やっぱりチューした。いつもラブラブなんだよ」「いいですねぇ。あっ、撮影は終了してますけど、これはオマケです。ふふっ」とたんに紗良は顔を赤くし、杏介はポーカーフェイスながら心の中でガッツポーズをする。ここはまだスタジオでまわりに人もいるってわかっていたのに、なぜ安易にキスをしてしまったのだろう。シンデレラみたいに魔法をかけられて、浮かれているのかもしれない。「そうそう、海斗くんからお二人にプレゼントがあるんですよ」「えっへっへー」なぜか得意気な顔をした海斗は、カメラマンから白い画用紙を受け取る。紗良と杏介の目の前まで来ると、バッと高く掲げた。「おとーさん、おかーさん、結婚おめでとー!」そこには紗良の顔と杏介の顔、そして『おとうさん』『おかあさん』と大きく描かれている。紗良は目を丸くし、驚きのあまり口元を押さえる。海斗とフォトウエディングを計画した杏介すら、このことはまったく知らず言葉を失った。しかも、『おとうさん』『おかあさん』と呼ばれた。それはじわりじわりと実感として体に浸透していく。「ふええ……海斗ぉ」「ありがとな、海斗」うち寄せる感動のあまり言葉が出てこなかったが、三人はぎゅううっと抱き合った。紗良の目からはポロリポロリと涙がこぼれる。杏介も瞳を潤ませ、海斗の頭を優しく撫でた。ようやく本当の家族になれた気がした。いや、今までだって本当の家族だと思っていた。けれどもっともっと奥の方、根幹とでも言うべきだろうか、心の奥底でほんのりと燻っていたものが紐解かれ、絆が深まったようでもあった。海斗に認められた。そんな気がしたのだ。カシャカシャカシャッシャッター音が軽快に響く。「いつまでも撮っていたい家族ですねぇ」「ええ、ええ、本当にね。この仕事しててよかったって思いました」カメラマンは和やかに、その様子をカメラに収める。他のスタッフも、感慨深げに三人の様子を見守った。空はまだ高い。残暑厳しいというのに、まるで春のような暖かさを感じるとてもとても穏やかな午後だった。【END】
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-03-23
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-10その後はスタジオ内、屋外スタジオにも出てカメラマンの指示のもと何枚も写真を撮った。残暑の日差しがジリジリとしているけれど、空は青く時折吹く風が心地いい。汗を掻かないようにと木陰に入りながら、紗良はこの時間を夢のようだと思った。「杏介さん、連れてきてくれてありがとう」「思った通りよく似合うよ」「なんだか夢みたいで。ドレスを選んでくださいって言われて本当にびっくりしたんだよ」「フォトウエディングしようって言ったら反対すると思ってさ。海斗巻き込んだ壮大な計画」「ふふっ、まんまと騙されちゃった」紗良は肩をすくめる。騙されるのは好きじゃないけれど、こんな気持ちにさせてくれるならたまには騙されるのもいいかもしれない。「杏介さん、私、私ね……」体の底からわき上がる溢れそうな気持ち。そうだ、これは――。「杏介さんと結婚できてすっごく幸せ」「紗良……」杏介は目を細める。紗良の腰に手をやって、ぐっと持ち上げた。「わあっ」ふわっと体が浮き上がり杏介より目線が高くなる。すると満面の笑みの杏介の顔が目に飛び込んできた。「紗良、俺もだよ。俺も紗良と結婚できて最高に幸せだ」幸せで愛おしくて大切な君。お互いの心がとけて混ざり合うかのように、自然と唇を寄せた。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-03-22
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-09カシャッ「じー」小気味良いカメラのシャッター音と、海斗のおちゃらけた声が同時に聞こえて、紗良と杏介はハッと我に返る。「あー、いいですねぇ、その寄り添い方! あっ、旦那様、今度は奥様の腰に手を添えてくださーい」「あっ、はいっ」カシャッ「次は手を絡ませて~、あっ、海斗くんはちょっと待ってね。次一緒に撮ろうね~」カシャッカメラマンの指示されるがまま、いろいろな角度や態勢でどんどんと写真が撮られていく。もはや自分がどんな顔をしているのかわからなくなってくる。「ねえねえ、チューしないの?」突然海斗がとんでもないことを口走るので、紗良は焦る。いくら撮影だからといっても、そういうことは恥ずかしい。「海斗、バカなこと言ってないで――」と反論するも、カメラマンは大げさにポンと手を叩いた。「海斗くんそれいいアイデアです!」「でしょー」カメラマンと海斗が盛り上がる中、紗良はますます焦る。海斗の失言を恨めしく思った瞬間。「海斗くん真ん中でパパママにチューしてもらいましょう」その言葉にほっと胸をなで下ろした。なんだ、それなら……と思いつつ、不埒な考えをしてしまった自分が恥ずかしくてたまらない。「うーん、残念」杏介が呟いた声は聞かなかったことにした。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-03-21
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-08ウエディングドレス用の、少しヒールのある真っ白なパンプスに足を入れた。かかとが上がることで自然と背筋もシャキッとなるようだ。目線が少しだけいつもより高くなる。「さあ、旦那様とお子様がスタジオでお待ちですよ」裾を持ち上げ、踏んでしまわないようにとゆっくりと進む。ふわりふわりと波打つように、ドレスが繊細に揺れた。スタジオにはすでに杏介と海斗が待っていた。杏介は真っ白なタキシード。海斗は紺色のフォーマルスーツに蝶ネクタイ。紗良を見つけると「うわぁ」と声を上げる。「俺ね、もう写真撮ったんだー」紗良が着替えて準備をしている間、着替えの早い男性陣は海斗の入学記念写真を撮っていた。室内のスタジオだけでは飽き足らず、やはり屋外の噴水の前でも写真を撮ってもらいご満悦だ。海斗のテンションもいい感じに高くなって、おしゃべりが止まらない。「紗良」呼ばれて顔を上げる。真っ白なタキシードを着た杏介。そのバランスのいいシルエットに、思わず見とれてしまう。目が離せない。「とても綺麗だよ。このまま持って帰って食べてしまいたいくらい」「杏介さん……私……胸がいっぱいで……」紗良は言葉にならず胸が詰まる。瞳がキラリと弧を描くように潤んだ。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-03-20
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-07そんなわけであれよあれよという間に着替えさせられ、今はメイクとヘアスタイルが二人のスタッフ同時に行われているところだ。あまりの手際の良さに、紗良はなすすべがない。大人しく人形のように座っているだけだ。(私がウエディングドレスを着るの……?)まるで夢でも見ているのではないかと思った。海斗を引き取って、一生結婚とは無縁だと思っていたのに、杏介と結婚した。そのことすらも奇跡だと思っていたのに。結婚式なんてお金がかかるし、それよりも海斗のことにお金を使ってあげたいと思っていたのに。そのことは杏介とも話し合って、お互い納得していたことなのに。今、紗良はウエディングドレスに身を包み、こうして花嫁姿の自分が出来上がっていくことに喜びを感じている。こんな日が来るなんて思いもよらなかった。この気持ちは――。嬉しい。声を大にして叫びたくなるほど嬉しい。ウエディングドレスを身にまとっているのが本当に自分なのか、わからなくなる。でも嬉しい。けれどそれだけじゃなくて、もっとこう、心の奥底からわき上がる気持ちは一体何だろうか。紗良の心を揺さぶるこの気持ち。(早く杏介さんと海斗に会いたい)心臓がドキドキと高鳴るのがわかった。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-03-19
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-06鏡に映る自分の姿がどんどんと綺麗になっていく様を、紗良はどこか他人事のようにぼんやりと見つめていた。一体どうしてこうなったのか。海斗の入学記念写真を撮ろうという話だったはずだ。それなのにウエディングドレスを選べという。掛けられていた純白のウエディングドレスは、そのどれもが繊細な刺繍とレースでデザインされている。素敵なものばかりで選べそうにない。「どうしたら……」ウエディングドレスを着ることなんて、これっぽっちも考えたことがなかった。だから果たしてこんなに素敵なドレスが自分に似合うのか、見当もつかない。ドレスを前にして固まってしまった紗良に「ちなみに――」とスタッフが声をかける。「旦那様の一押しはこちらでしたよ」胸元がV字になって、透け感レース素材と合わせて上品な雰囲気であるドレスが差し出される。肩から腕にかけては|五分《ごぶ》くらいのレースの袖が付いており、デコルテラインがとても映えそうだ。レース部分にはバラの花がちりばめられているデザインで、それがまるで星空のようにキラキラと輝く。純白で波打つようなフリルは上品さと可憐さが相まってとても魅力的だ。「でも自分の好みを押しつけてはいけないとおっしゃって、最終的には奥様に選んでほしいとこのようにご用意させていただいております」そんな風に言われると、もうそれしかないんじゃないかと思う。杏介の気持ちがあたたかく伝わってくるようで、紗良は自然と「これにします」と答えていた。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-03-18
Chapter: 君と奏でるトロイメライ 08「手首を捻挫してからどうしても上手く弾けなくて。こんな状態で人に教えているのが苦しくて辞めさせてもらったの。生徒さんたちには申し訳なかったんだけど……」マグカップに口をつけながら、春花は困ったように眉を下げた。「時間をかけながら生徒さんたちを説得したって、店長さんから聞いたよ」「そっか……」葉月には、自分の居場所を静に言わないでほしいとお願いしていた。静の中から自分の存在が消えたら良いのにとさえ思っていた。なのに今こうして会えて嬉しい気持ちになっている。こうして捜してもらえたことに感激さえしている。なんて矛盾した気持ちなのだろう。目が合って、ふわりと柔らかく微笑む静。 春花はそんな静を求めるように胸が震えた。「保育士になったんだね」「うん。なんだかんだピアノが忘れられなくて。ちょうどここの求人を見つけて、リトミックに力をいれてるし保育士免許も持ってたし、ダメ元で受けてみたんだ。それでまた子供達の前でピアノを弾いて、一緒に歌って、ああなんかいいなって思った」「そっか、これが春花の天職だったんだ」「そう、なのかな? だけど……」言いかけて春花は言い淀む。一度目を伏せてから、静を窺うように見つめる春花に、静は首を傾げた。「うん?」「今日、静と弾いたトロイメライが一番楽しかった。静に敵うものは何もなくて。本当に嬉しくて、楽しくて。ずっと弾いていたいって思った。静が来てくれたのが嬉しかった」「俺は後悔してたよ。あの時なんですぐに日本に帰らなかったんだろうって。なんで海外に行ったんだろうって。もう後悔はしないって決めたはずなのに。春花に会いたくてたまらなかった」「今さら、こんなこと我がままだと思うけど……。私……、静とずっと一緒に……いたい」「春花」ぐっと手を引かれ、春花は座ったまま前のめりになる。静に抱きとめられポスンと胸の中に納まった。「俺も一緒にいたい」「いいのかな、私で」「いいんだよ。春花じゃなきゃダメだ。もう絶対離さないから。俺と結婚してください」きつく抱きしめられながら春花は静のぬくもりに酔いしれる。 すれ違っていた想いはまたひとつになって、やがて涙となった。「……はい」雫がキラキラと頬を伝う。 そのまま交わした口づけは、甘く蕩けるようで、そしてすこし涙の味がした。 【END】
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-12
Chapter: 君と奏でるトロイメライ 07◇小さく古い一軒家。少し錆びている門を開けると、油が切れかけているのかキィと小さく鳴った。玄関を入ると、なんだか懐かしい香りがする。「ここ、おばあちゃんちなの。空き家になってたところを借りたんだ。まわりは山に囲まれて、自然がいっぱいでのんびりしてるでしょ」前に住んでいた場所とはまるで違う。人も街も時間の流れさえもゆったりと感じられ、まとう空気も澄んでいるようだ。裏手にはだだっ広い庭が広がる。リビングに通されると「座ってて」と言われ、静は素直に従う。すぐ横にはキッチンがあり、一人暮らしの慎ましやかな生活が見てとれた。物はあまり多くないところが春花っぽい。ふいに指先にふわっとした感触があり、目線を落とす。「ニャア」「……トロ、元気だったか?」体を擦り付けるようにしたトロは、頭を撫でられ気持ち良さそうにゴロゴロと鳴いた。ポットでコーヒーを淹れる、コポコポとした音でさえ耳に優しく響いてくる。とても静かな環境に、静は大きく深呼吸をした。春花がいてトロがいて、部屋の片隅には使い込まれた電子ピアノ。そんな緩やかな感覚が妙に心地好い。静の目の前にマグカップがコトリと置かれる。一緒に住んでいた頃には何とも思わなかった行動ひとつが、今はとても愛おしく感じられた。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-11
Chapter: 君と奏でるトロイメライ 06宣言通り、春花の退勤時に迎えに来た静は、春花の姿を捉えると柔らかく微笑んだ。春花はどんな顔をしていいかわからず、ぎこちなく笑う。「あ、そうだ。海外公演大成功おめでとう!」「ありがとう」「すごいね。ニュースで見たよ。やっぱり静はすごいなって思った。これからどんどん活躍していくんだろうね」静が活躍する姿を想像すると胸が震える。本当に凄い人が近くにいるものだと他人のことのように思った。突然、ぐっと腕が引っ張られ、春花はよろける。そのままガシッと抱きしめられたことに心臓がバクンと跳ねた。「そういうこと言うなよ」「静?」「俺はどんな栄誉よりも春花と奏でるピアノが一番好きだ。どんなに練習してもどんなに素晴らしい人と共演しても、春花と弾くピアノが一番楽しくてわくわくして、心が踊る」静の胸の中で聴く静の言葉は、嬉しくてそして悲しい。何も言えないでいると、額にしずくが落ちてきて春花は驚いて顔を上げた。「……静?」「好きなんだ、春花。ずっと一緒にいたい」「……嬉しいけど、静はこれからもっと活躍していくでしょう。だから……」「そうやって身を引こうとするな。メイサからすべて聞いたよ。春花が犠牲になることは何もないんだ。春花の犠牲の上でいくら立派な賞を取ったって何も嬉しくない。春花が隣にいてくれないとダメなんだ」ぽとりと落ちた静の涙は、やがて春花の視界すらもぼやけさせていく。「バカだよ、静は」「うん。でも春花ほどじゃない」「なによそれ……」春花は静の背中に手を回す。胸に顔を埋めると、懐かしい香りに包まれた。それがとても心地良い。春花の大好きな匂いだ。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-10
Chapter: 君と奏でるトロイメライ 05「せんせーすごーい!」「素敵な演奏をしてくださった桐谷さんと春花先生に、ありがとうの拍手をしますよ」園長先生の掛け声とともにパチパチと拍手が送られる。 貴重な体験をした園児たちはその後も春花と静に群がり、やがて保育士たちに諫められて順番に教室へ戻って行くため列を成した。「突然のお願いだったのに、引き受けて下さりありがとうございました」「いえ、こちらこそ不審者のようにウロウロしてしまって申し訳ありません。お騒がせしました。実は僕は春花さんと同級生で、春花さんに会うためにここに来ました」「春花先生に?」「ずっと捜していたんです。春花さんは僕の初恋の人だから」園長と静が会話しているのを、聞き耳を立てながら園児たちの誘導をしていた春花だったが、静の発言により思わず足が止まる。こっそりと静を窺うが、その視線はバッチリと捉えられ逸らすことを許されない。「春花、仕事が終わるまで外で待ってる。迎えに来るから」頷くことはできなかったが、頬がピンクに染まってしまったことでハッと我に返り、そのまま春花はそそくさと園児たちと教室に戻った。「春花先生、そこのとこ詳しく!」「なれ初め教えてください」「後で話聞かせてよ~」と同僚の先生方に声を掛けられ、春花はかつてないほどに戸惑った。どうしてこうなったのだろう。意味が分からない。そんなことを漠然と思いつつも、静に会えた喜びが後からじわじわと押し寄せてきて、また泣きたい気持ちになった。(私はまだこんなにも静が好きなんだ)自分から離れたのに。 誰よりも応援するために離れたのに。 会えたことがこんなにも愛しく感じるなんて。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-09
Chapter: 君と奏でるトロイメライ 04「さあさあ、次で最後にしましょう」「え~! もっとひいてよ~」園長先生が声をかけると、園児たちから一斉に不満の声がわき上がった。思ったより大盛況になったコンサートに、静もニコニコと対応する。「じゃあ、最後は先生と一緒に弾いてもいいかな?」緩やかに声をかけた静の視線は、まっすぐに春花をとらえていた。目があった春花は内心ドキリとする。「春花、連弾で。トロイメライ」「……え」指名されたことに戸惑い動けないでいると、「はるかせんせ~」「ひいてひいて~」と、園児たちが口々に騒ぎ出す。それでも動けないでいると、今度は園児が春花の手を引っ張って静の元へと連れていった。静は春花をエスコートしてくれた園児たちに「ありがとう」とお礼を言うと、春花の肩を持って椅子に座らせる。大人しくストンと座った春花だったが、「……静」「春花」柔らかく名前を呼ばれ、その甘くて痺れるような声に心がザワザワと揺れ動いた。「いくよ」静のすうっという呼吸音に身がピリッと引きしまった。静のリズムに合わせて自然と指が動く。あんなに違和感があった左手首も、全く気にならない。静が隣にいるという安心感は絶大なものだった。(……楽しい!)演奏しながら、いつしか春花は笑顔になっていた。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-08
Chapter: 君と奏でるトロイメライ 03子どもたちが遊戯室に集まる。遊戯室にはピアノがあり、舞台の真ん中に設置された。 園長が「みなさーん」と声をかける。ざわざわしながらも子供たちは「はーい」と元気よく返事をした。「今日は、ピアニストの桐谷静さんが来てくれましたよ。桐谷さんはピアノがとても上手なんですよ。みんなの知っている曲はあるかな?」園長が説明すると、最初キョトンとしていた園児達もあれやこれやと歓声がわいた。ザワザワとした遊戯室。 今から何が始まるのだろうと期待に満ち溢れた園児達。 大舞台に慣れている静でも、少しばかりプレッシャーを感じてしまう。なぜならそこに春花がいるからだ。ピアノの前に出てお辞儀をすると、パチパチと子供たちが拍手をした。子供たちの陰に隠れるように座る春花を確認してから、椅子に座る。ポロロン……と演奏が始まると、ざわざわしていた園児達は耳を澄ますようにしんとなった。「これしってる!」「あー!きいたことあるー!」演奏が進むにつれ、メロディに合わせて歌い出す子、リクエストする子も現れ、楽しそうな声が遊戯室にこだまする。春花はどうしたらいいかわからず、ぼんやりと静の演奏を聴いていた。(どうして静がここにいるの? どうして戻ってきたの?)ぐるぐる回る思考に考えが追い付かない。園児たちに囲まれて楽しそうにピアノを弾く静。タキシードを着ていなくても髪をきっちりセットしていなくても、そこに存在しているだけで眩しく輝いている。そんな彼を見て、泣きそうになった。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-07
Chapter: 09_1 異論は認めない 姫乃side会社のレクリエーションでバーベキューが開催された。我が社の年一の大規模イベントだ。他部署との交流イベントでもあるので、毎年大盛り上がりする。「今年は姫乃さんにくっついてますね」真希ちゃんが私の隣を陣取り、意気込んだ。その意味がよくわからなくて、私は尋ねる。「どうして?」「姫乃さんがフリーだと知れ渡ってるので、引く手あまたに男性陣が寄ってくることを予想してます」「まさか?」「私はおこぼれに預かります」真希ちゃんがぐっとガッツポーズをするので私は苦笑いだ。こういうのを肉食系というのだろうか。本当に男性陣が声をかけてくれるのなら、私も真希ちゃんみたいにガツガツ行く方がいいのかもしれない。そんなことをひとり考え込んでいると、さっそく声がかけられた。「どう? やっとるかね?」顔を上げるとそこにはイケメン……ではなく、部長がにこやかに立っている。私は慌てて姿勢を正す。「部長、ご無沙汰しております。ビールいかがですか?」「朱宮くんは相変わらずよく気が利くね。でも遠慮しておくよ、最近尿酸値がやばくてねぇ、酒は控えてるんだ。あっはっはっ」「そうなんですか。じゃあ代わりにお肉をたくさん食べてくださいね」私が部長と話し込んでいると、真希ちゃんがボソリと呟く。「まさか部長が来るとは予想外だったわ。部長が姫乃さん占領して、他の男が近づかない」静かにビールを飲んでいた祥子さんが、お腹を抱えて笑い出す。「残念だったわね、真希ちゃん。姫ちゃんが入社したときの上司が今の部長なのよ。だから仲がいいわけ」祥子さんはあきらめろと言わんばかりに、真希ちゃんの肩をバンバンと叩いた。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-08-02
Chapter: 08_7 セクハラ? 姫乃side「えっ! 姫乃さんセクハラされてるの?」改めて、なぎさちゃんの分も夕飯を準備して三人で食卓を囲む。しょうが焼きを食べながら、なぎさちゃんが驚きの声を上げた。「やっぱりセクハラなのかなぁ?」「セクハラだろ」「自覚なしはヤバイですよ。大事にならないうちに対処しないと」「大したことないんだって」あははと笑うと、樹くんに鋭く睨まれた。 とたんに先程のキスを思い出して私は項垂れる。「はい、すみません」「ぼやっとしすぎ。もっと危機感を持って行動して」素直に謝っているのに、樹くんはぷりぷりと怒ったままだ。「お兄ちゃんが守ってあげなよ」「守るのは当たり前だろ。なぎさも社会人になればわかるけど、四六時中見守ってあげられるほど、暇じゃない。ある程度自己防衛をだな……」「はい、ごめんなさい。もっとしっかりします」樹くんの説教が始まったので、私は被せるように謝った。もうこれ以上は怒られたくないもの。でもそうだよね。 樹くんは彼氏の練習に付き合ってくれてるだけで、あれやこれやお願いするのは間違っていると思う。 ましてや守ってもらうなんておこがましいにも程がある。 もう二十九歳なんだから、しっかりしなくちゃ。私は改めて気合いを入れ直したのだった。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-08-01
Chapter: 08_6 セクハラ? 姫乃sideもう一度、唇が触れるときだった。ピンポーン突然のインターホンに、はっと我に返る。 それは樹くんも同じだったようで、二人で顔を見合わせると気恥ずかしくなって目をそらした。ピンポーンなおも鳴るインターホン。 慌てて身なりを整える。それを確認した樹くんが、モニターを確認して通話ボタンを押した。「お兄ちゃん、早く開けて。もー、彼氏とケンカしたー!」元気な明るい声。 玄関を開けると、なぎさちゃんが頬を膨らませながらずかずかと上がり込んでくる。「またかよ」「ちょーむかつくし」ぷりぷり怒りながら入ってくるなぎさちゃんは私と目が合うと、ぴたっと動きが止まる。「姫乃さんいたんだ? ごめん、お兄ちゃん」「ほんとお前タイミング悪いのな。狙ってんのかよ?」私は先ほどのドキドキが止まらず、たぶんまだ赤い顔をしている。なぎさちゃんは私と樹くんの顔を交互に見ながら、バツの悪そうな顔をした。「何か私お邪魔だったよね? 帰る、ね」何かを察したであろうなぎさちゃんは慌てて靴を履く。やばい、何を察したというのだ。だけど今また樹くんと二人きりになるほうが気まずい気がする。「いやいやいや、待って。一緒にご飯食べよ?」私は慌ててなぎさちゃんを呼び止め、中へ引きずり込んだ。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-07-31
Chapter: 08_5 セクハラ? 姫乃sideようやく腕がほどかれたのに、私は衝撃のあまり動けなくて、結局樹くんに起こしてもらった。なんだかいろいろ情けなくてため息が出てしまう。私はもうアラサーで、樹くんよりも年上で、いい加減立派な大人なのに。 こんなんじゃダメだよね。ソファーにぼんやり座ったまま一人反省会をしていると、樹くんが私の乱れた髪を優しく整えてくれた。頭を撫でてくれる、その手の動きが心地いい。「ねえ、俺とのキスは嫌じゃないんだ?」「えっ?」「抵抗なし?」「いや、だって。抵抗なんてできなかった」「もっとする? してほしい?」思わず唇を見てしまって慌てて目をそらした。 たぶん顔真っ赤だ。 もっとしてほしいだなんて、一瞬でも思ってしまった自分に驚く。 ドキドキと心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど鼓動が激しい。樹くんが私の頬を包んで顎をくいっと上げる。「キスだけで止まらなくなったらごめんね」何かを考えるよりも早く、また唇に柔らかな感触。それはすぐに離れたかと思うと、おでこ、ほっぺ、耳、首筋、どんどん降り注ぎ、体の奥からぞくぞくと痺れていく。「い、つき、く……んっ」名前を呼ぶとすぐに唇を塞がれた。 甘い吐息が漏れる中、樹くんは私のブラウスのボタンに手をかける。え、え、え、ぼ、ぼたんっ。 ど、ど、ど、どうしようっ。この先のことを考えるだけでカアアっと体が熱くなった。 樹くんは余裕な表情で甘く微笑む。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-07-30
Chapter: 08_4 セクハラ? 姫乃side夜、樹くんの家で夕飯を一緒に作りながら、今日の出来事を思い出していた。思い出しただけでもゾワッとする。「樹くん。私は早く恋人を作らなくてはいけません」「年齢的に?」「ぐっ。それもあるけど」樹くんは痛いところを突いてくる。 それはそうなんだけど、今回はそうじゃない。「焦ると失敗するっておみくじに書いてありましたよ」確かにおみくじにはそう書いてあったし気にもしてる。でも焦るものは焦るのだ。だって今日あんなことがあったし……。「恋人がいないと早田課長の慰めに合うんだもん」「は? なんだそれ」「そうやって言われた。だから早く彼氏がほしい」テーブルに箸とコップを並べながら軽く言うと、樹くんの眉間にシワが寄った。「またセクハラ受けたの?」怒ったような口調に私は少しビクビクしながらも、コクンと頷いた。 樹くんは大きなため息をつく。「課長と二人きりにならないこと」「でも会議の準備とか断れないし」「訴えていいんだよ」「だって上司が課長だもの。誰に相談したらいいか」樹くんはまた大きなため息をつくと、ソファーにどっかりと座った。「姫乃さん。ちょっと」手招きされるので、不思議に思いつつもほいほい寄っていく。「なあに?」「あのさ、」「きゃっ」言うや否や手を取られ、そのまま強い力で引き寄せられてソファーに押し倒された。両腕を押さえられ身動きできない。樹くんは私の腕を押さえたまま、上から見下ろしてくる。「こうされたらどうするの? どうやって逃げるの?」「え、えっと……?」確かに、腕をほどこうにも男の人の力には全然敵わなくて、私にはどうすることもできない。「姫乃さん無防備にも程がある」冷たく言われ、ずんと心が落ち込む。自分ではそんなつもりじゃないのに、そんな風に思われるなんて。「ねえ、わかってる?」「え?」両手は押さえられたまま、樹くんの顔が近づいたと思ったら、唇に触れる柔らかな感触。それがキスだと理解した瞬間、さらに激しく唇を奪われた。「んんっ!」角度を変えて何度も何度もするので、私の息は絶え絶えになってしまう。そんな私を楽しむように、樹くんは不敵に笑った。「キスくらい簡単にできるからね。肝に銘じて」
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-07-29
Chapter: 08_3 セクハラ? 姫乃side午後一で会議があるため、私は早田課長に命ぜられて昼休憩を早めに切り上げて会議室内で機材や資料の準備をしていた。「昼休みを潰してしまって悪いね」「いえ、大丈夫です」「オンラインで参加するメンバーもいるから、できればパソコンの画面を使いたいんだけど」「それなら画面共有がいいかと思います」「なるほど。操作教えてくれる?」「はい、じゃあ一度やってみますね」私はパソコンを起動する。早田課長は私の横に立ち、パソコンを覗き込んだ。一通りレクチャーした後、早田課長はおもむろに私の肩に手を置いた。「ねえ、恋人と別れたんだって?」「え? ええ……」突然のことにビクッと動揺する。早田課長にまでそんな噂が流れていて、しかも直接聞かれるなんて思いもよらなかった。早田課長は私の耳に口を寄せると、囁くように言った。「じゃあ今は一人? 僕が慰めてあげようか?」「慰める?」「大人なんだからわかるだろ?」言われた意味がわからなくてきょとんとなった。だけどすぐに樹くんの言葉を思い出した。──大人なんだからわかりますよね?──セクハラされてますよぶわっと一気によみがえり、とたんに顔が熱くなる。「い、いえ、結構です。間に合ってます」「そう? いつでもおいで」ふっと耳に息がかかり、思わず身をすくめた。そんな私の態度を楽しむかのように、早田課長は隣に座る。私はガタッと席を立ちペコリと一礼して、逃げるように会議室を出た。ドキドキと心臓が落ち着かない。ゾワゾワと嫌な感じがして一日心が落ち着かなかった。
ปรับปรุงล่าสุด: 2025-07-28