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無意識の優しさ-08

last update Dernière mise à jour: 2024-12-24 04:57:23

プール教室で、紗良はいつも観覧席から海斗だけを見ていたはずだった。

それなのに、なぜか最近では杏介を目で追っている瞬間がある。

子供に向ける笑顔、真面目な指導、引き締まった体。

ずいぶん前からまわりのママたちが口々に「滝本先生いいわよね」と騒いでいる意味がようやくわかってきた気がした。

ふと、杏介と目が合った気がして胸がドキリと揺れる。

無意識にまた見てしまっていたようだ。

どうしたというのだ。

今までそんなことなかったのに。

紗良は慌てて視線を海斗に戻した。

杏介も紗良が気になっていた。

紗良が、というより、紗良と海斗の家庭の事情が、といった方が合っているかもしれない。

目の前の海斗は今日も楽しく水に潜っている。

他の子たちと何ら変わらない、事情さえ知らなければごく普通の家庭の子だと思う。というか、つい最近までそう思っていたのに。

指導中は雑念を捨てるべきだと、杏介は無理やり頭を切り替える。

だがレッスン終了後に生徒たちに夏休み短期スクールのお便りを配ったとき、その雑念が一気に引き戻された。

「このお便りはお家の人に渡してね。はい、海斗も。お母さんに渡すんだぞ」

受け取った海斗はじっと杏介を見ると無垢な眼差しで口を開く。

「かいと、おかあさんいない」

「うん?」

それは父親のことかと思ったが、そうではなかった。

「さらねえちゃんに、わたせばいいんでしょ?」

「え? 誰だって?」

「さらねえちゃん」

「海斗にはお姉さんがいるの?」

「いるよ、さらねえちゃん」

と指差す先には観覧席に座ってこちらの様子を見ている紗良、――杏介の認識上、『海斗のお母さん』だ。

そういえば連絡先を交換したときに記憶した名前は「紗良」だったと思い出す。

(前にコンビニで会ったときも海斗は紗良姉ちゃんと呼んでいたな)

そのことを思い出し、さらに彼女たちの事情が気になるが、これ以上深く聞くわけにもいかない。

ガラス越しに海斗に指をさされた紗良は、杏介に向かって小さくお辞儀をした。

まわりにいる母親たちに比べてやはり紗良は幾分か若く見える。

(……母親なのか、姉なのか)

ますます杏介の頭は混乱した。
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    カシャカシャカシャッその音に、紗良と杏介は振り向く。そこにはニヤニヤとした海斗と、これまたニヤニヤとしたカメラマンがしっかりカメラを構えていた。「やっぱりチューした。いつもラブラブなんだよ」「いいですねぇ。あっ、撮影は終了してますけど、これはオマケです。ふふっ」とたんに紗良は顔を赤くし、杏介はポーカーフェイスながら心の中でガッツポーズをする。ここはまだスタジオでまわりに人もいるってわかっていたのに、なぜ安易にキスをしてしまったのだろう。シンデレラみたいに魔法をかけられて、浮かれているのかもしれない。「そうそう、海斗くんからお二人にプレゼントがあるんですよ」「えっへっへー」なぜか得意気な顔をした海斗は、カメラマンから白い画用紙を受け取る。紗良と杏介の目の前まで来ると、バッと高く掲げた。「おとーさん、おかーさん、結婚おめでとー!」そこには紗良の顔と杏介の顔、そして『おとうさん』『おかあさん』と大きく描かれている。紗良は目を丸くし、驚きのあまり口元を押さえる。海斗とフォトウエディングを計画した杏介すら、このことはまったく知らず言葉を失った。しかも、『おとうさん』『おかあさん』と呼ばれた。それはじわりじわりと実感として体に浸透していく。「ふええ……海斗ぉ」「ありがとな、海斗」うち寄せる感動のあまり言葉が出てこなかったが、三人はぎゅううっと抱き合った。紗良の目からはポロリポロリと涙がこぼれる。杏介も瞳を潤ませ、海斗の頭を優しく撫でた。ようやく本当の家族になれた気がした。いや、今までだって本当の家族だと思っていた。けれどもっともっと奥の方、根幹とでも言うべきだろうか、心の奥底でほんのりと燻っていたものが紐解かれ、絆が深まったようでもあった。海斗に認められた。そんな気がしたのだ。カシャカシャカシャッシャッター音が軽快に響く。「いつまでも撮っていたい家族ですねぇ」「ええ、ええ、本当にね。この仕事しててよかったって思いました」カメラマンは和やかに、その様子をカメラに収める。他のスタッフも、感慨深げに三人の様子を見守った。空はまだ高い。残暑厳しいというのに、まるで春のような暖かさを感じるとてもとても穏やかな午後だった。【END】

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