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流れ星よ、この願いを君に届けて

流れ星よ、この願いを君に届けて

By:  流れ星Completed
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卒業旅行の夜、クラス委員長の高橋健(たかはし たけし)がくじ引きで部屋割りを決めようと提案した。 「誰と相部屋になるかは運命次第だぞ!男女関係なく、同じ番号を引いたやつ同士でペアな。ドキドキして最高じゃん!」 大学の四年間、そのうちの三年を私は瀬崎涼真(せざき りょうま)と付き合ってきた。そのことを、周りの誰も知らない。 私は段ボール箱に手を突っ込み、ボールをひとつ掴み取ってペアの発表を待った。 涼真の番が来て、彼が引いたのは「7番」だった。 健が、ひときわ大きな声を上げた。 「7号室のもうひとりは――白石莉桜(しらいしりお)!」 涼真がかつて猛アタックしていた女の子が、みるみるうちに頬を赤く染めた。 その場が一斉に沸き立った。運命の赤い糸だと、みんなが口々にはやし立てる。 声を上げなかったのは、私だけだった。 ゲームが始まる前、健が涼真にこっそり耳打ちしていたのを聞いていたのも、私だけだ。 「目印のついてるボールを探せ。お前と莉桜用に、わざと仕込んでおいたからな」 涼真は柔らかく笑い、莉桜のそばへ歩み寄って彼女のスーツケースを持ち上げた。 それを見て、私もふっと笑った。 三年付き合ってきても、彼の口から「俺たち付き合ってる」というひと言すら出てこなかった。 だから今度は、私のほうから身を引くことにした。

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Chapter 1

第1話

卒業旅行の夜、クラス委員長の高橋健(たかはし たけし)がくじ引きで部屋割りを決めようと提案した。

「誰と相部屋になるかは運命次第だぞ!男女関係なく、同じ番号を引いたやつ同士でペアな。ドキドキして最高じゃん!」

大学の四年間、そのうちの三年を私は瀬崎涼真(せざき りょうま)と付き合ってきた。そのことを、周りの誰も知らない。

私は段ボール箱に手を突っ込み、ボールをひとつ掴み取ってペアの発表を待った。

涼真の番が来て、彼が引いたのは「7番」だった。

健が、ひときわ大きな声を上げた。

「7号室のもうひとりは――白石莉桜(しらいしりお)!」

涼真がかつて猛アタックしていた女の子が、みるみるうちに頬を赤く染めた。

その場が一斉に沸き立った。運命の赤い糸だと、みんなが口々にはやし立てる。

声を上げなかったのは、私だけだった。

ゲームが始まる前、健が涼真にこっそり耳打ちしていたのを聞いていたのも、私だけだ。

「目印のついてるボールを探せ。お前と莉桜用に、わざと仕込んでおいたからな」

涼真は柔らかく笑い、莉桜のそばへ歩み寄って彼女のスーツケースを持ち上げた。

それを見て、私もふっと笑った。

三年付き合ってきても、彼の口から「俺たち付き合ってる」というひと言すら出てこなかった。

だから今度は、私のほうから身を引くことにした。

……

部屋番号の発表はまだ途中なのに、その場の熱気はもう最高潮に達している。

健はふたりに赤いリストバンドを配りながら、声を張った。

「もう一回ルール言っとくぞ!同じ番号同士がペア、この二泊三日は完全ペア制だ。リストバンドの色が目印、単独行動は禁止!」

あちこちから口笛が飛び、わざわざ涼真の肩を叩きにいく男子もいる。

莉桜は耳まで真っ赤にしながらリストバンドをつけ、涼真の背中に隠れるように身を寄せた。

涼真は口元をゆるめ、片腕で彼女を庇うように前に出た。

「やめろって。照れてんだから」

「おいおい、もう庇ってんのかよ。おまえら気をつけろよ、莉桜の機嫌損ねたら後で涼真に恨まれるぞ!」

はやし立てる声が、一気に大きな渦になった。

私は輪の外に立っていた。左手にボール、右手に重いスーツケースの取っ手を握ったまま。

出発前、涼真は自分の荷物を私のスーツケースに詰め込んできた。

「向こうに着いたら俺が荷物持つから。スーツケースふたつは引けないだろ」

そして、私が新しく買ったショルダーバッグを指さして言った。

「それ、ストラップ長めだし、俺が掛けても肩に食い込まなそうでいいな」

三年の付き合いで、彼が同級生の前で私に親しげに触れたこともなければ、バッグを持ってくれたことも一度もなかった。

だから、心の底から嬉しかったのだ。この旅行で、彼が私たちの関係を公にしてくれるのだと信じていた。

けれど旅行の初日、彼が手に取ったのは莉桜のスーツケースだった。

からかいから彼女を庇うその腕には、彼女の短いストラップのバッグまで提げられている。

スーツケースが重すぎて、その重みで体が片方に傾き、指先から肩にかけて痺れるような痛みが走っていた。

私は少し身をかがめて取っ手から手を離すと、軽く咳払いをして、震えそうになる声をぐっと喉の奥に押し込んだ。

そして、静かに手を挙げた。

「あの……」

全員の視線が一斉に私に集まった。健はまだ興奮が冷めやらない様子で言った。

「どした紬(つむぎ)。お前、莉桜のルームメイトだろ?莉桜の身内としてひと言あるか?」

莉桜がぎくりと固まり、ぎこちなく口元を動かした。

涼真ははっと顔を上げ、緊張と牽制の入り混じった目を私に向けてきた。

でも、彼が身構える必要はなかった。

私はただ手の中のボールを掲げ、淡々と訊いただけだ。

「3番、誰?」

健が周囲を見回すと、人だかりの反対側で一人、すっと手が上がった。

「俺」

クラスであまり目立たない男子だった。

健が笑った。

「五十嵐空(いがらし そら)か。おまえがフリーなのは知ってるけど、紬は?フリーならそのまま相部屋でいいし、彼氏いるなら女子と交換してやるけど……」

私は静かに言葉を遮った。

「フリーだよ」

視界の端で、涼真の眉がふっと緩み――そしてまた、かすかにひそめられた。

彼が空のほうへ顔を向けかけたが、健はすでにオレンジ色のリストバンドを取り出していた。

「ちょうどいいじゃん!ふたりともフリーなら、ここでもう一組カップル誕生かもな!」

私はリストバンドを受け取り、軽く頷いた。

「ありがとう」

ふたたびスーツケースの取っ手を握ったとき、視線がひとつ、背中に張りついているのを感じた。

今、彼がどんな顔をしているかはわからない。

でもきっと――ほっとしているのだろう。

部屋割りが決まり、チェックインの列ができた。

莉桜が実家に電話をかけにその場を離れると、涼真はわざとのろのろと時間を潰していた。

そして、列に残ったのが私だけになったところで、ようやくチェックインの手続きを始めた。
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第1話
卒業旅行の夜、クラス委員長の高橋健(たかはし たけし)がくじ引きで部屋割りを決めようと提案した。「誰と相部屋になるかは運命次第だぞ!男女関係なく、同じ番号を引いたやつ同士でペアな。ドキドキして最高じゃん!」大学の四年間、そのうちの三年を私は瀬崎涼真(せざき りょうま)と付き合ってきた。そのことを、周りの誰も知らない。私は段ボール箱に手を突っ込み、ボールをひとつ掴み取ってペアの発表を待った。涼真の番が来て、彼が引いたのは「7番」だった。健が、ひときわ大きな声を上げた。「7号室のもうひとりは――白石莉桜(しらいしりお)!」涼真がかつて猛アタックしていた女の子が、みるみるうちに頬を赤く染めた。その場が一斉に沸き立った。運命の赤い糸だと、みんなが口々にはやし立てる。声を上げなかったのは、私だけだった。ゲームが始まる前、健が涼真にこっそり耳打ちしていたのを聞いていたのも、私だけだ。「目印のついてるボールを探せ。お前と莉桜用に、わざと仕込んでおいたからな」涼真は柔らかく笑い、莉桜のそばへ歩み寄って彼女のスーツケースを持ち上げた。それを見て、私もふっと笑った。三年付き合ってきても、彼の口から「俺たち付き合ってる」というひと言すら出てこなかった。だから今度は、私のほうから身を引くことにした。……部屋番号の発表はまだ途中なのに、その場の熱気はもう最高潮に達している。健はふたりに赤いリストバンドを配りながら、声を張った。「もう一回ルール言っとくぞ!同じ番号同士がペア、この二泊三日は完全ペア制だ。リストバンドの色が目印、単独行動は禁止!」あちこちから口笛が飛び、わざわざ涼真の肩を叩きにいく男子もいる。莉桜は耳まで真っ赤にしながらリストバンドをつけ、涼真の背中に隠れるように身を寄せた。涼真は口元をゆるめ、片腕で彼女を庇うように前に出た。「やめろって。照れてんだから」「おいおい、もう庇ってんのかよ。おまえら気をつけろよ、莉桜の機嫌損ねたら後で涼真に恨まれるぞ!」はやし立てる声が、一気に大きな渦になった。私は輪の外に立っていた。左手にボール、右手に重いスーツケースの取っ手を握ったまま。出発前、涼真は自分の荷物を私のスーツケースに詰め込んできた。「向こうに着いたら俺が荷物持つから。スー
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第2話
「健のところへ行って、男と同室は嫌だって言え。他の女子と代わるか、一人部屋にしてもらえ。差額くらい、自分で出せば済む話だろ」涼真は声をぐっと落とし、正面だけを見たまま、こちらに目線ひとつ寄越さなかった。私はスマホで両親に無事を知らせるメッセージを打ちながら、顔も上げずに訊き返した。「どうして?」「どうしてって、お前はフリーじゃないだろ。男と同じ部屋に泊まるなんてあり得ない」「じゃあ、あなたは?あなたはフリーなの?」フロントで手続きをしていた涼真の手が止まり、その声に得体の知れない苛立ちが混じった。「これは最初から決まっていたゲームのルールだ。俺は、くじの結果を尊重してるだけだ」私の声は、自分でも驚くほど軽かった。「うん、私も。くじの結果に従うだけだよ」涼真が眉間に皺を寄せ、何か言い返すより先に、私はフロントからルームキーをひったくるように受け取って背を向けた。数歩歩いたところで、健の弾んだ声がロビーに響いた。「全員、三十分後にシアタールーム集合な!貸し切ってあるから、みんなで一年生のときのスポーツ大会の映像を見るぞ。ちょっと昔話に浸ろうぜ!」私は足を止めず、ショルダーバッグのストラップを握り直しただけだった。一年生のときのスポーツ大会の記録映像。それは、涼真が莉桜に派手に猛アプローチしていた頃の記録でもある。……シアタールームのテーブルには、スナック菓子やフルーツが所狭しと並んでいた。涼真は腰を下ろすなり、イチゴの皿をすっと莉桜の前へ滑らせた。隣の女子が、くすくす笑いながら冷やかす。「涼真ってば、ほんと莉桜に甘いよね。イチゴ好きって知ってるから、独り占めさせてるじゃん」他のみんなもすぐに便乗して冷やかし、莉桜は頬を染めながら皿を押し戻した。「みんなで食べよ。涼真がいっぱい買ってきてくれたんだし。足りなかったら、また涼真に部屋まで取りに行かせるから」けれど涼真はまた皿を莉桜の方へ引き寄せ、柔らかく笑った。「うん、俺が取りに行くよ。先に食べてて」涼真が立ち上がって部屋を出ていくと、シアタールームはどっと沸いた。「莉桜の一言で即パシリとか、完全な尻に敷かれっぷりじゃん!」莉桜はイチゴをつまみながら小さく笑い、ふと私の名前を呼んだ。「紬、あとで涼真が持ってきたら、紬も
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第3話
あるいは、それが幸せだと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。私が俯いてみかんをひと房口に運んだとき、隣の女子が突然画面を指さして声を上げた。「紬、なんで体育委員があんたにだけ日傘さしてんの?もしかして口説かれてた?」話題が急にこちらへ飛んできた。私が首を横に振って「違うよ。たまたま一緒のところを通っただけ」と答えると、彼女は続けざまに言った。「体育委員、今日来てないのマジ残念。でもあれ、どう見ても紬のこと好きでしょ。ちょっと考えてみなよ、けっこうお似合いだと思うけど」向こうの席では、涼真が莉桜のコップにジュースを注いでいた。その流れるような動きは、まるでこちらの会話などまったく耳に入っていないかのようだった。私はかすかに笑った。「やめとくよ。実は私、彼氏いるから」その瞬間、涼真の背中がびくりと強張り、コップを握った指にぎゅっと力がこもるのが見えた。私は彼のことをよく知っている。今の一言で、私が余計なことを口走らないかと身構えているのだ。けれど隣の女子はお構いなしに、私の腕をつかんで大声を上げた。「えっ、誰?クラスの男子?」何十もの視線が一斉に集まる中、私は笑顔のまま小さく頷いた。「うん」その場の空気が一気に熱を帯び、「誰?」「どの人?」と矢継ぎ早に問いが飛んできた。涼真の顔色はみるみるうちに曇り、彼は視線を落としたままスマホをいじり始めた。私のスマホが二度震えたけれど、私は画面を見ないまま答えた。「今日は用事があって来られなかったんだ」今日の旅行に参加していない男子は、七、八人いる。健は肩を落としてさらに聞き出そうとしたが、そのとき莉桜が「あっ」と小さく声を上げた。彼女のコップが倒れ、ズボンの裾を濡らしてしまったらしい。涼真は慌ててティッシュをつかんで水を拭き取り、莉桜は顔を赤くして謝った。「ごめん、手が滑っちゃって」「平気。着替えたほうがいいから、部屋に戻ろう。冷えたら厄介だ」涼真がそう言って二人で部屋を出ていくと、みんなの記録映像に向けられていた興味もすっかりしぼみ、三々五々その場を離れていった。私が部屋へ戻ると、スーツケースの蓋が開けっぱなしになっていた。中に入っていた涼真の荷物は、きれいさっぱり消えていた。その夜、私はずっとスマホの画面を見
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第4話
私が内定を辞退した以上、彼もあの会社には残れない。私は小さく頷き、落ち着いた声で言った。「うん。働き口は、もう両親が蒼都市で用意してくれたの。仕事が落ち着いたら、婚約する話になってるんだ」「紬」涼真は思わず声を荒らげそうになったが、ハッとして周りを気にすると、顔を引きつらせて声を押し殺した。「なんで勝手に、俺の将来まで決めてんだよ!」怒りをあらわにしたまま、彼は踵を返した。ばらけた列の先頭へ向かい、莉桜の手を引いて進んでいく。私は一番後ろに残り、クラスメイトたちと他愛もない話をつないでいた。ホテルに戻って夜のビュッフェになり、同じテーブルについた莉桜が弾んだ声を上げた。「ペルセウス座流星群のこと、みんな知らない?涼真が教えてくれたんだけど、この近くに観測スポットがあるんだって。一時間に多いときは百個以上も流れ星が見えるらしいよ」その場の空気が一気に色めき立ち、みんな口々に「行こうよ」と盛り上がった。そこで健が、やれやれという顔をして口を挟んだ。「お前らさ、ちょっとは空気読めよ。流れ星なんてホテルからだって見えるんだからさ。わざわざくっついて行って、二人のお邪魔虫になりに行くなって」みんなは、すぐに健の意図を察したようだった。「確かにな。よく見える場所は、いちばん必要な奴らに譲んないとな」涼真は莉桜の皿に料理を取り分けながら何も言わなかったが、その口元の笑みが答え代わりだった。莉桜は頬を赤らめた。「みんなも、一緒に行けばいいのに……」ここのビュッフェに並ぶ料理は、今の私には味付けが濃すぎた。シーフードを二口ほど噛んだところで、濃厚なソースが喉に張りつき、どうしても飲み込めなくなる。私はうつむいて紙ナプキンにそっと吐き出し、何かあっさりしたものを求めて席を立った。すると健がついてきて、声を落として話しかけてきた。「紬、お前この前のSNSでさ、流星群見に観測スポットまで行くって書いてたろ。悪いんだけど、今回はやめといてくれないか。涼真と莉桜の邪魔、したくなくてさ」私は頷いた。「わかってる」「さすが成績トップ、話が早いな。じゃあお返しに、お前が知らなそうなこと教えてやるよ。あの二人が同じ番号のボール引いたの、あれ、俺の仕込みだから」私はもう一度頷いた。「涼真に話し
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第5話
流星群のおかげで、クラスのグループチャットは大盛り上がりだった。最初の一筋が夜空を横切ってからというもの、旅行メンバーはみんな、ひっきりなしに写真を撮ってはグループに投稿し続けている。けれど、普通のスマホのカメラではそう綺麗には写らない。ましてや、ホテルからの観測では限界がある。だからこそ、涼真が一眼レフの本格的なカメラで撮った流星の軌跡をグループに流した瞬間、タイムラインは一気に沸き立った。「やっぱ観測スポットは違うわ!本気カメラは桁違いだな!」「なあ涼真、今夜莉桜と流星見るために、前から仕込んでたんだろ?」「今日さ、涼真が莉桜撮ってたカメラ見たけど、あのレンズ別売りのやつだろ。あれだけで軽く六桁はいくって」涼真はそんなやり取りを眺めながら、口元だけでかすかに笑った。カメラのボディとレンズを合わせれば、安く見積もっても六十万は飛ぶ。あれは紬が写真サークルの友達に相談して一式を組んでもらい、卒業祝いとして涼真にプレゼントしてくれたものだった。残念ながら、機材が多くて彼女のスーツケースにはすべては入りきらなかったのだ。もし全部持って来られていれば、今よりもっと迫力のある流星を撮れたはずなのに。ふと、涼真の指の動きが止まった。彼は、紬のあの重いスーツケースのことを思い出したのだ。出発前、彼が一度持ち上げてみると、あまりの重さに搭乗手続きで超過料金まで払う羽目になった。でもそのときは、どうせこの旅行で紬との関係を公にするつもりでいた。そうなれば彼女のスーツケースもバッグも自分が持つことになるのだから、二つ別々に持つより一つにまとめた方がましだと、そう考えていたのだ。だから涼真は自分の荷物もカメラ機材もすべて彼女のスーツケースに詰め込み、紬は上に乗って体重をかけ、ようやくファスナーを閉めたのだった。ところがホテルに着くなり、健がくじ引きで部屋割りを決めようと言い出した。涼真はこっそり健のところへ行き、自分は紬と付き合っているから、俺たちふたりだけはくじには参加しないと伝えるつもりだった。ところが彼が口を開く前に、健が意味ありげに肩を組んできた。「ここが最後の勝負どころだって。あとでくじを引くとき、お前と莉桜に先に引かせてやるよ。目印のついているボールを探せ。それ、お前らのために残しといてやったからな」涼真が
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第6話
紬からの既読はまだついていなかった。涼真はスマホの画面にキーを打ち込んだ。【まだ見てないのか。グループ見たら、みんな見えてるっぽいぞ。健のところ行ってみなよ、あそこよく見えるらしいから】彼は送信してから少し考え、さらにメッセージを打ち足した。【ただ、俺に言われて行ったとは言うなよ。俺たちの関係は、まだクラスには内緒にしといたほうがいい。急に言っても、みんな戸惑うだろうし】メッセージを飛ばしても、涼真の胸のざわつきはまるで収まらなかった。莉桜が夜空を見上げている隙をついて、涼真は立て続けにメッセージを連投した。【一生、秘密にしておくって話じゃない。卒業したばっかだし、みんなにも慣れてもらう時間がいると思っただけだ】【この旅行が終わったら、すぐ入社だろ。今は仕事優先の時期だ】【仕事が落ち着いて、鳴海市で腰を据えたら、すぐ同窓会を企画する。その場でみんなに話して、その流れでお前にプロポーズする。どう?】送信を終えると、彼はまた元の場所に腰を下ろした。莉桜が、ぴったりと彼に身体を寄せてきた。一年生の頃から彼を虜にしてきた彼女の香りが、ふわりと鼻先をかすめた。涼真がこっそりと呼吸を整えていると、莉桜が問いかけてきた。「涼真、健が言ってたあの大企業の内定、本当なの?」彼は小さく頷いた。「ああ。明後日、手続きに行くよ」莉桜は目を細めて、嬉しそうに笑った。「あそこって、成績がよくないと絶対入れないって有名なとこでしょ?お金積んでも無理って。涼真、本当にすごいね」褒め言葉にすっかり浮かされた涼真は、彼女がさらに身を寄せ、自分の腕の中にすっぽりと収まっていることに気づいていなかった。「ねえ、聞いたんだけどさ……あの会社の社員って、家族の仕事も紹介できる枠があるんでしょ?私のこと、紹介してくれない?私の家から一番近いの、あの会社なんだ。将来通勤する時も楽になるし、ね?」その言葉に、涼真の背中がびくっと強張った。彼は莉桜の真っ直ぐな視線から目をそらし、かすれた声をしぼり出した。「お、俺には紹介なんてできないよ……」「どうして?会社の公式サイトで見たけど、まだ入社前でも内定が出ていれば紹介枠を使えるって書いてあったよ。涼真が一言お願いしてくれるだけでいいのに」莉桜はそこで言葉を切り、少し潤んだ
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第7話
涼真はひどく苛立ち、ドアを乱暴に叩きながらLINEのボイスメッセージを吹き込んだ。「紬、お前、一晩中流星群を見るって言ってたんだから、まだ起きてるんだろ。開けてくれよ!一体何を怒っているんだ?俺が莉桜と同じ部屋になったからか?少しは理屈を通せよ、子供じゃないんだから。ゲームのルールは尊重すべきだってわからないのか?同じ番号を引いたんだから、相部屋になるのは仕方ないだろ!そもそもお前だって、空と同じ番号を引いたじゃないか。お前だってあいつと同室で、男女二人きりで……」涼真はここまで言って、空が用事で帰っていたことを思い出し、舌打ちをしてスマホの画面をスワイプし、録音をキャンセルした。気を取り直して、彼は今度はテキストを打ち込んだ。「とにかくドアを開けてくれよ。撮れた流星群の写真を見せるからさ。そんなに気にしてるなら、こっちで落ち着くのを待たずに、仕事が始まったらすぐに付き合ってること公表するから。それでいいだろ?」彼が立て続けに何十件もメッセージを送っても、何の返答もなかった。ついに涼真は堪忍袋の緒が切れた。「わかったよ、そこまで意地を張るなら勝手にしろ!」彼は吐き捨てるようにドアの前を離れ、踵を返した。彼が自分の部屋に戻った時には、すでに深夜三時を回っていた。莉桜はすでに眠っていた。彼はこっそりシャワーを浴び、床に敷かれた布団に潜り込んだ。そのまま昼まで眠りこけ、目を覚まして真っ先にスマホを確認したが、やはり紬からのメッセージは来ていなかった。背後で彼が起きたことに気づいたのか、ベッドの上の莉桜が口を開いた。「涼真、あのテニス場でのこと覚えてる?紬が私にぶつかってきて、膝を怪我して一ヶ月も松葉杖の生活だった時のこと。あの時、涼真が一番に駆けつけて怪我の具合を見てくれたよね。それに毎日、私の寮までご飯を届けてくれた。お母さんにその話をしたら、すごくいい人で、お婿さんにぴったりねって言ってたんだ」涼真の意識はLINEのトーク画面に釘付けになっており、彼は上の空で適当に相槌を打った。「紬はお前にぶつかってないよ。お前が転んだのは、清掃員がモップ掛けしたばかりの床で滑っただけだろ。お前が怪我の腹いせに紬を責めるんじゃないかと思って、俺は様子を見に行っただけだ」莉桜は呆気に取られ、信じられないという顔で身
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第8話
「……おい、どこ行くんだよ?」健は、涼真が紬の部屋のドアを叩こうとするのを見て、ぽかんとした顔で尋ねた。「紬に用か?あいつならもう、チェックアウトしたぞ」涼真の指が空中で止まった。彼はぎこちなく首を振り返った。「いつチェックアウトしたんだ?この旅行、今日の午後までだよな?」「昨日の夕飯のあとにはもう帰ったよ。実家で用事があるとか言ってたし、もう蒼都市に着いてるんじゃないか?てか……お前、紬に何の用だよ。普段ほとんど喋りもしないのに、いきなりどうしたんだ?」涼真は答えず、慌ててLINEを開いた。画面に並んでいるのは、自分の送ったメッセージだけだった。紬からの返信はひとつもなく、そもそも既読すらついていなかった。彼は言葉を挟む余裕もなく、そのまま通話ボタンを押した。だが、返ってきたのは「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……」という無機質なアナウンスだけだった。様子を見ていた健たちは余計にわけがわからなくなり、そばにいた女子に振り向いて訊いた。「紬が帰るとき、蒼都市で何するって言ってた?もう結構経つし、実家には着いてるよな?」ひとりの女子が、途端にいかにも事情を知っていそうな顔になった。「みんなSNS見てないの?紬が急いで戻ったの、彼氏と一緒に両家そろって顔合わせの食事会をするためだよ。今ごろバタバタしてるんじゃない?」涼真は弾かれたように顔を上げ、みるみるうちに顔色を失った。「あり得ない。俺の親はこっちにいるんだぞ。どうやって蒼都市で一緒に飯なんか食うんだよ」女子は怪訝そうに彼を見返した。「誰もあんたの話なんかしてないって。あんた、紬の彼氏じゃないでしょ」彼女はスマホを取り出して言った。「自分のスマホ見てみなよ。空がインスタに写真上げてるから」空――?涼真は一瞬、頭の中が真っ白になった。健たちが慌ててスマホを開き、すぐにわっと沸き立った。「うわ、本当に空じゃん!そりゃそうか。紬、『彼氏は今日は来られない』って言ってたし、空は初日の夜にもう帰ってたもんな」そのときになってようやく、涼真は思い出した。五十嵐空――あのくじ引きで、紬と同じ番号を引いた男子だ。クラスの中ではほとんど存在感がなく、涼真はあいつの連絡先すら登録していなかった。涼真の
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第9話
その瞬間、涼真は雷に打たれたように動けなくなった。「あいつ……最初から知ってたのか?」「知ってて……どうりで、あのとき……」……両家の親を案内して一日中歩き回り、夜になって私の両親を実家へ、空の両親をホテルまで送り届けた。ようやく静けさが戻った頃には、私は助手席でぐったりと沈み込み、瞼を開けていられないほど疲れていた。空が身をかがめ、私のシートベルトを締めてくれた。「寝てていいよ。家に着いたら起こすから」私は「うん」と小さく返した。けれど、私のマンションへ向かう道中、どうしても眠りが浅くて何度も意識が浮き上がった。結局あきらめて姿勢を起こし、運転する彼の横顔をじっと見つめて訊いた。「空、なんでそんなに長い間、あきらめずに待っててくれたの?」空は前を見たまま、右手だけをこちらに伸ばし、私の指先をきゅっと握った。「そこは、『ずっと待っててくれてよかった』って言うところだろ」「……本当によかった。あの卒業旅行に、思い切って行って」赤信号で車が止まり、空がこちらを向いた。「俺、先に蒼都市に来て、もう部屋を見つけてあるんだ。明日、契約に行く予定だよ」彼は少し真面目な声になって付け加えた。「仕事のことも……ご両親に、ありがとうって伝えておいてくれ」私は首を横に振った。「変に気を遣わないでね。空の成績なら、あの会社の基準なんて余裕で超えてるんだから。うちの親はただ履歴書を渡してくれただけで、採用を決めたのは、あの会社があなたの実力を評価してくれたからだよ」彼は笑い、もう一度、私の指をきゅっと握った。「それでも、ありがとう」「俺のほうこそ、全部に感謝してる。ようやく願いが叶ったよ」しばらくそのまま手を繋いでいたけれど、安全のために手を離して、運転に集中してもらった。窓の外に流れていくのは、小さな頃から見慣れた地元の景色だった。本当は、涼真のために、私はこの街に残るつもりだったのだ。あの会社の選考は気が遠くなるほど長くて、面接だけでも八回あった。毎回、心をごりごり削られて、終わるたびに声も出ないくらい泣いた。それでも、受かりさえすれば涼真を紹介枠で入れてあげられる、一緒に働けると思えば頑張れたのだ。そうすれば、ずっと一緒にいられるはずだった。でも、そうはならなか
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第10話
「それに、俺と莉桜の間には本当に何もなかった。嘘じゃない、信じられないなら莉桜本人に聞いてくれ!」涼真はスマホを差し出してきたが、私は受け取らなかった。「知ってるよ。莉桜、もうSNSで新しい彼氏をお披露目してたもん。鳴海市の街で会社を経営している大物なんだって。もう就職の心配もないし、一生暮らしに困らないってわけね。当てが外れて悔しかったんでしょ?じゃなきゃ、わざわざ蒼都市まで追いかけてこないでしょ」涼真の指が宙で止まり、彼は唇を強く噛みしめた。「違う。誤解されたまま終わりたくなくて来たんだ。俺は、お前が好きだ。愛してる。こんな些細なことで、お前を手放すなんてできない」私は、こらえきれずにまた笑ってしまった。「愛してるって言いながら、私たちの関係を隠して、別の子と同じ部屋に泊まったんだ?」「なんでそこにこだわるんだよ。俺たちは何も……」「何もなかったら、こだわっちゃいけないの?じゃあ、どうして私には『健のところへ行って空との同室をやめろ』って言ったの?」涼真の顔からさっと血の気が引き、口を開いても、もう先ほどの勢いはなかった。「そ、それは……話が違うだろ……」言いかけた途端、彼は空を睨みつけた。「じゃあそいつはどうなんだ。大学の四年間、ずっとお前を狙ってたなんて、どう見てもストーカーだろ。なんでこんなやつと付き合えるんだよ!」空にまで矛先が向くのは許せなくて、私は眉をきつく寄せて言い返した。「涼真。四年間ずっと莉桜に未練を残して、私という彼女がいるのにあの子の尻を追いかけ回していたあなたのほうが、よっぽど気味が悪いよ」「俺は……」「もういい。紬は疲れてるんだ。休ませてやれ」空が静かに、けれどはっきりとした声で、私たちの間に割って入った。そっと私の肩を引いて、自分より後ろに下がらせる。「涼真。お前と紬が付き合ってたこと、俺は最初から知ってたよ。お前が紬を幸せにできるなら、俺が身を引くつもりだった。でも、あの夜、健がくじに細工するのも、お前が莉桜を選ぶのも、全部この目で見た。そのとき確信したんだ――俺のチャンスが巡ってきたって。俺はそのチャンスをものにした。俺の勝ちだ。お前は、自分から紬との未来を手放した。お前の負けだよ。もう、紬のところには来るな」空が私の手を取って
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