LOGIN卒業旅行の夜、クラス委員長の高橋健(たかはし たけし)がくじ引きで部屋割りを決めようと提案した。 「誰と相部屋になるかは運命次第だぞ!男女関係なく、同じ番号を引いたやつ同士でペアな。ドキドキして最高じゃん!」 大学の四年間、そのうちの三年を私は瀬崎涼真(せざき りょうま)と付き合ってきた。そのことを、周りの誰も知らない。 私は段ボール箱に手を突っ込み、ボールをひとつ掴み取ってペアの発表を待った。 涼真の番が来て、彼が引いたのは「7番」だった。 健が、ひときわ大きな声を上げた。 「7号室のもうひとりは――白石莉桜(しらいしりお)!」 涼真がかつて猛アタックしていた女の子が、みるみるうちに頬を赤く染めた。 その場が一斉に沸き立った。運命の赤い糸だと、みんなが口々にはやし立てる。 声を上げなかったのは、私だけだった。 ゲームが始まる前、健が涼真にこっそり耳打ちしていたのを聞いていたのも、私だけだ。 「目印のついてるボールを探せ。お前と莉桜用に、わざと仕込んでおいたからな」 涼真は柔らかく笑い、莉桜のそばへ歩み寄って彼女のスーツケースを持ち上げた。 それを見て、私もふっと笑った。 三年付き合ってきても、彼の口から「俺たち付き合ってる」というひと言すら出てこなかった。 だから今度は、私のほうから身を引くことにした。
View More「それに、俺と莉桜の間には本当に何もなかった。嘘じゃない、信じられないなら莉桜本人に聞いてくれ!」涼真はスマホを差し出してきたが、私は受け取らなかった。「知ってるよ。莉桜、もうSNSで新しい彼氏をお披露目してたもん。鳴海市の街で会社を経営している大物なんだって。もう就職の心配もないし、一生暮らしに困らないってわけね。当てが外れて悔しかったんでしょ?じゃなきゃ、わざわざ蒼都市まで追いかけてこないでしょ」涼真の指が宙で止まり、彼は唇を強く噛みしめた。「違う。誤解されたまま終わりたくなくて来たんだ。俺は、お前が好きだ。愛してる。こんな些細なことで、お前を手放すなんてできない」私は、こらえきれずにまた笑ってしまった。「愛してるって言いながら、私たちの関係を隠して、別の子と同じ部屋に泊まったんだ?」「なんでそこにこだわるんだよ。俺たちは何も……」「何もなかったら、こだわっちゃいけないの?じゃあ、どうして私には『健のところへ行って空との同室をやめろ』って言ったの?」涼真の顔からさっと血の気が引き、口を開いても、もう先ほどの勢いはなかった。「そ、それは……話が違うだろ……」言いかけた途端、彼は空を睨みつけた。「じゃあそいつはどうなんだ。大学の四年間、ずっとお前を狙ってたなんて、どう見てもストーカーだろ。なんでこんなやつと付き合えるんだよ!」空にまで矛先が向くのは許せなくて、私は眉をきつく寄せて言い返した。「涼真。四年間ずっと莉桜に未練を残して、私という彼女がいるのにあの子の尻を追いかけ回していたあなたのほうが、よっぽど気味が悪いよ」「俺は……」「もういい。紬は疲れてるんだ。休ませてやれ」空が静かに、けれどはっきりとした声で、私たちの間に割って入った。そっと私の肩を引いて、自分より後ろに下がらせる。「涼真。お前と紬が付き合ってたこと、俺は最初から知ってたよ。お前が紬を幸せにできるなら、俺が身を引くつもりだった。でも、あの夜、健がくじに細工するのも、お前が莉桜を選ぶのも、全部この目で見た。そのとき確信したんだ――俺のチャンスが巡ってきたって。俺はそのチャンスをものにした。俺の勝ちだ。お前は、自分から紬との未来を手放した。お前の負けだよ。もう、紬のところには来るな」空が私の手を取って
その瞬間、涼真は雷に打たれたように動けなくなった。「あいつ……最初から知ってたのか?」「知ってて……どうりで、あのとき……」……両家の親を案内して一日中歩き回り、夜になって私の両親を実家へ、空の両親をホテルまで送り届けた。ようやく静けさが戻った頃には、私は助手席でぐったりと沈み込み、瞼を開けていられないほど疲れていた。空が身をかがめ、私のシートベルトを締めてくれた。「寝てていいよ。家に着いたら起こすから」私は「うん」と小さく返した。けれど、私のマンションへ向かう道中、どうしても眠りが浅くて何度も意識が浮き上がった。結局あきらめて姿勢を起こし、運転する彼の横顔をじっと見つめて訊いた。「空、なんでそんなに長い間、あきらめずに待っててくれたの?」空は前を見たまま、右手だけをこちらに伸ばし、私の指先をきゅっと握った。「そこは、『ずっと待っててくれてよかった』って言うところだろ」「……本当によかった。あの卒業旅行に、思い切って行って」赤信号で車が止まり、空がこちらを向いた。「俺、先に蒼都市に来て、もう部屋を見つけてあるんだ。明日、契約に行く予定だよ」彼は少し真面目な声になって付け加えた。「仕事のことも……ご両親に、ありがとうって伝えておいてくれ」私は首を横に振った。「変に気を遣わないでね。空の成績なら、あの会社の基準なんて余裕で超えてるんだから。うちの親はただ履歴書を渡してくれただけで、採用を決めたのは、あの会社があなたの実力を評価してくれたからだよ」彼は笑い、もう一度、私の指をきゅっと握った。「それでも、ありがとう」「俺のほうこそ、全部に感謝してる。ようやく願いが叶ったよ」しばらくそのまま手を繋いでいたけれど、安全のために手を離して、運転に集中してもらった。窓の外に流れていくのは、小さな頃から見慣れた地元の景色だった。本当は、涼真のために、私はこの街に残るつもりだったのだ。あの会社の選考は気が遠くなるほど長くて、面接だけでも八回あった。毎回、心をごりごり削られて、終わるたびに声も出ないくらい泣いた。それでも、受かりさえすれば涼真を紹介枠で入れてあげられる、一緒に働けると思えば頑張れたのだ。そうすれば、ずっと一緒にいられるはずだった。でも、そうはならなか
「……おい、どこ行くんだよ?」健は、涼真が紬の部屋のドアを叩こうとするのを見て、ぽかんとした顔で尋ねた。「紬に用か?あいつならもう、チェックアウトしたぞ」涼真の指が空中で止まった。彼はぎこちなく首を振り返った。「いつチェックアウトしたんだ?この旅行、今日の午後までだよな?」「昨日の夕飯のあとにはもう帰ったよ。実家で用事があるとか言ってたし、もう蒼都市に着いてるんじゃないか?てか……お前、紬に何の用だよ。普段ほとんど喋りもしないのに、いきなりどうしたんだ?」涼真は答えず、慌ててLINEを開いた。画面に並んでいるのは、自分の送ったメッセージだけだった。紬からの返信はひとつもなく、そもそも既読すらついていなかった。彼は言葉を挟む余裕もなく、そのまま通話ボタンを押した。だが、返ってきたのは「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……」という無機質なアナウンスだけだった。様子を見ていた健たちは余計にわけがわからなくなり、そばにいた女子に振り向いて訊いた。「紬が帰るとき、蒼都市で何するって言ってた?もう結構経つし、実家には着いてるよな?」ひとりの女子が、途端にいかにも事情を知っていそうな顔になった。「みんなSNS見てないの?紬が急いで戻ったの、彼氏と一緒に両家そろって顔合わせの食事会をするためだよ。今ごろバタバタしてるんじゃない?」涼真は弾かれたように顔を上げ、みるみるうちに顔色を失った。「あり得ない。俺の親はこっちにいるんだぞ。どうやって蒼都市で一緒に飯なんか食うんだよ」女子は怪訝そうに彼を見返した。「誰もあんたの話なんかしてないって。あんた、紬の彼氏じゃないでしょ」彼女はスマホを取り出して言った。「自分のスマホ見てみなよ。空がインスタに写真上げてるから」空――?涼真は一瞬、頭の中が真っ白になった。健たちが慌ててスマホを開き、すぐにわっと沸き立った。「うわ、本当に空じゃん!そりゃそうか。紬、『彼氏は今日は来られない』って言ってたし、空は初日の夜にもう帰ってたもんな」そのときになってようやく、涼真は思い出した。五十嵐空――あのくじ引きで、紬と同じ番号を引いた男子だ。クラスの中ではほとんど存在感がなく、涼真はあいつの連絡先すら登録していなかった。涼真の
涼真はひどく苛立ち、ドアを乱暴に叩きながらLINEのボイスメッセージを吹き込んだ。「紬、お前、一晩中流星群を見るって言ってたんだから、まだ起きてるんだろ。開けてくれよ!一体何を怒っているんだ?俺が莉桜と同じ部屋になったからか?少しは理屈を通せよ、子供じゃないんだから。ゲームのルールは尊重すべきだってわからないのか?同じ番号を引いたんだから、相部屋になるのは仕方ないだろ!そもそもお前だって、空と同じ番号を引いたじゃないか。お前だってあいつと同室で、男女二人きりで……」涼真はここまで言って、空が用事で帰っていたことを思い出し、舌打ちをしてスマホの画面をスワイプし、録音をキャンセルした。気を取り直して、彼は今度はテキストを打ち込んだ。「とにかくドアを開けてくれよ。撮れた流星群の写真を見せるからさ。そんなに気にしてるなら、こっちで落ち着くのを待たずに、仕事が始まったらすぐに付き合ってること公表するから。それでいいだろ?」彼が立て続けに何十件もメッセージを送っても、何の返答もなかった。ついに涼真は堪忍袋の緒が切れた。「わかったよ、そこまで意地を張るなら勝手にしろ!」彼は吐き捨てるようにドアの前を離れ、踵を返した。彼が自分の部屋に戻った時には、すでに深夜三時を回っていた。莉桜はすでに眠っていた。彼はこっそりシャワーを浴び、床に敷かれた布団に潜り込んだ。そのまま昼まで眠りこけ、目を覚まして真っ先にスマホを確認したが、やはり紬からのメッセージは来ていなかった。背後で彼が起きたことに気づいたのか、ベッドの上の莉桜が口を開いた。「涼真、あのテニス場でのこと覚えてる?紬が私にぶつかってきて、膝を怪我して一ヶ月も松葉杖の生活だった時のこと。あの時、涼真が一番に駆けつけて怪我の具合を見てくれたよね。それに毎日、私の寮までご飯を届けてくれた。お母さんにその話をしたら、すごくいい人で、お婿さんにぴったりねって言ってたんだ」涼真の意識はLINEのトーク画面に釘付けになっており、彼は上の空で適当に相槌を打った。「紬はお前にぶつかってないよ。お前が転んだのは、清掃員がモップ掛けしたばかりの床で滑っただけだろ。お前が怪我の腹いせに紬を責めるんじゃないかと思って、俺は様子を見に行っただけだ」莉桜は呆気に取られ、信じられないという顔で身