Se connecter司野は静かに言い放った。「あのタケシという男が、すべて吐いた。お前の差し金だとな」「ありえないわ!」美宜は反射的に否定した。タケシが自分を裏切るはずがない。だが言い終えた瞬間、はっと気づく。司野が自分にカマをかけたのだと。裏切られたかのような衝撃に、美宜は目を見開き、叫んだ。「私をハメようとしたのね!素羽のために、私を騙したっていうの!?どうしてそんな酷いことができるのよ。私はこんなにあなたを愛しているのに、それでも裏切るなんて……あまりにも残酷よ!」「俺はお前を好きになったことなど、一度もない」司野の声は、氷のように冷え切っていた。その一言に、美宜の情緒はさらに激しさを増し、両目は血走っていく。「好きじゃないなら、どうしてあんなに優しくしたの?私が電話一本かければ、あなたは素羽を放り出して駆けつけてくれた。私を心配して、世話を焼いて、気にかけてくれたじゃない!それを好きと言わずして、なんて言うのよ!あなたの友達だって、みんな私たちが付き合ってるって思ってた。あなたも否定しなかったでしょう。それは、この関係を認めていたってことじゃないの!?司野さん、私に希望を与えたのはあなたよ。それなのに、『好きじゃない』の一言で片付けるつもり!?私が費やしてきた時間は何だったの?私がしてきたことは全部、あなたと一緒にいたかったからなのに!」司野は冷ややかに言い切った。「俺の情けは、お前が好き勝手に振る舞うための資本じゃない」「情けですって?」美宜は突然、笑い出した。「ははは……自分が情け深い人間だと思ってるの?」ふっと笑みを消したその瞬間、彼女の瞳には濃い憎悪が宿る。「一番残酷なのは、あなたよ。私があなたを好きだと知りながら、ずっと近くにいることを許していた。私が素羽を傷つけているのを知りながら、見て見ぬふりをしていたじゃない。『お姉ちゃんに頼まれたから面倒を見ていただけ』?そんな言い訳、素羽みたいなバカにでも言っておきなさいよ!」その表情は、狂気に歪んでいた。「あなたはただ、ちやほやされる気分を味わっていただけ。みんなが自分を中心に回っているのが好きで、それを当然だと思っていたのよ。素羽があなたを愛していた時は見向きもしなかったくせに、彼女が手を引いた途端、負け犬みたいに改心したふりをして追いか
取り調べ室。警察官が机を叩いた。「いい加減に吐いたらどうだ」美宜は青ざめた顔のまま、苛立ちを隠しきれずに言い返した。「何度も言ってるじゃない、私じゃないわ。やってないもの。何を話せっていうの?」タケシが逮捕されたと聞いたとき、美宜は一瞬こそ動揺したものの、すぐに冷静さを取り戻していた。たとえ命を落とすことになろうと、タケシが自分を売るはずがないと確信していたからだ。証拠がどれほど揃おうと、彼はすべての罪を一人で背負い、決して自分を道連れにはしない――そう信じて疑わなかった。その確信だけが、かろうじて彼女の心を支えていた。だが、頭上から照りつける取り調べのライトはあまりにも強烈で、神経を逆なでする。暑い。息が詰まりそうだった。「本人が否定すれば済むと思っているのか。爆発物の不法所持に致死――どれも重罪だ。素直に供述し、態度を改めれば減刑の余地もあるが……」警察官の言葉は、美宜の耳にはほとんど届いていなかった。強い光に照らされ、背中は汗でびっしょりと濡れ、喉は焼けつくように乾いている。今の彼女にとっての望みはただ一つ――一刻も早く、この部屋から出ることだった。そのとき、取り調べ室のドアが開いた。入ってきた職員が、美宜の向かいに座る警官の耳元で何事かを囁く。それを聞いた警官は美宜を一瞥し、記録帳を手に取ると、事務的に告げた。「……来い」どこへ連れていかれるのか分からなかったが、そんなことはどうでもよかった。この部屋から出られるなら、それだけで十分だった。接見室。手錠をかけられたまま、美宜は中へ通された。司野の姿を認めた瞬間、やつれ切った顔にぱっと喜色が差し、身を乗り出す。「司野さん……!」だがすぐに警察官に押さえつけられ、一喝される。「静かにしろ!」美宜は椅子に押し付けられ、そのまま手錠を固定された。こんな無様な姿を司野に見せていることが、屈辱と悲しみとなって胸を刺す。それでも彼女は必死に問いかけた。「……私を連れ出しに来てくれたんでしょう?」切羽詰まった声で、畳みかける。「司野さん、もうここにはいたくないの。みんな私をいじめるのよ!食べ物も飲み物もくれないし、寝かせてもくれない……もう限界なの。私をあんなに可愛がってくれたあなたなら、すぐにここから出してくれるわよ
千尋が生きているという知らせは、司野を動揺させるには十分だったが、素羽の心を揺るがすことはなかった。彼女にとって、千尋の生死などどうでもいい。もしその存在が美宜を法の裁きにかける妨げになるのなら、もう一度死んでくれても一向に構わなかった。死んだままであれば美談で終わったものを、今さら生きて何をしに来たというのか。司野が美宜の言葉に愕然としている傍らで、素羽は淡々と口を開いた。「警察の方、この事件は世間も注目しています」事後がどう処理されようと、今警察がなすべきことはただ一つ――美宜を連行することだ。「離して!私は無実よ、何も関係ないわ!人違いよ!」美宜は縋るような視線を司野に向けた。「司野さん、約束したじゃない!お姉さんの代わりに私の面倒を見るって!司野さぁん――!」その凄まじい叫び声が、廊下に木霊する。素羽は警察と共にその場を後にした。最初から最後まで、一度たりとも司野に視線を向けることはなかった。「素羽……」司野の瞳だけが、なおも彼女の背を追い続けていた。後を追おうと踏み出した一歩を、清人が遮る。「見知らぬ女性をつけ回すのは立派な違法行為ですよ、須藤さん。これ以上付きまとうなら、警察を呼びます」司野は敵意を孕んだ眼差しで清人を睨み据えた。「……素羽は俺の妻だ」清人はふっと笑う。「須藤さん、あなたは確か三十一歳でしたよね。老け込むにはまだ早い年齢ですが、記憶力に問題でも?素羽とはすでに離婚しています。まさか忘れたわけではないでしょう。もし本当に覚えていないのなら、家に戻って離婚届受理証明書を何度も読み返し、頭に叩き込むことです。これ以上、外で恥をかかないためにも」素羽は清人と共に去っていった。司野はエレベーターの前に立ち尽くし、下降していく数字を苦々しい表情で見つめる。周囲の者はその不機嫌さを察し、触らぬ神に祟りなしとばかりに距離を取った。マコトも同様に気配を殺し、存在を消そうとした。だが、隠れようとするほどかえって目立つものだ。司野の冷徹な視線が、正確に彼を射抜いた。恐怖で首をすくめた瞬間、司野が冷たく命じる。「こいつを監視して整形させろ」岩治は頷き、「承知しました」と応じた。社長の嫌悪も無理はない。自分でも、ここまでの屈辱を受ければ怒りは収まらないだ
美宜がこの男との関係を認めるはずがなかった。今となっては子供もいなくなり、証拠のないことを、彼女が死んでも認めるわけがない。「司野さん、どうして私をそんなふうに侮辱するの?」美宜は目を赤くし、これ以上ないほど見事に悲劇のヒロインを演じてみせた。「私の子供を奪って、私を一度傷つけただけじゃ足りないの?一体どうしてほしいっていうの?私をここまで追い詰めなければ気が済まないの?」マコトは、その可憐な姿を冷めた目で見つめ、内心で舌を巻いた。自分と一緒にいた時、この女はこんな弱々しい存在ではなかった。女王様と見紛うほど傲慢で、ベッドの上では、こちらの頬が腫れるほど平然とビンタを浴びせてきたものだ。司野が沈黙を守る中、マコトが口を開いた。「知らないの一言で、俺たちの関係をチャラにできると思ってるのか?」悪事が露見した今、マコトとしても、ただ「功を立てて罪を軽くしたい」という一心だった。司野が自分の必死の埋め合わせを見て、少しでも手加減してくれることを願っている。そもそも、自分だって完全な「加害者」というわけではない。自分を身代わりにしようとしたのは、美宜の方なのだから。マコトは、美宜の逃げ道を完全に塞いだ。「証拠なら、ちゃんと残してあります」そう言ってポケットからスマートフォンを取り出し、恭しく司野の前へ差し出した。「須藤さん、ここには彼女と寝た証拠がすべて入っています。時間の記録もありますし、彼女の妊娠時期ともぴったり一致します」司野は画面を一瞥したが、映像の内容には微塵も興味を示さなかった。そのままスマホを受け取り、無造作に美宜へと投げつける。画面に映る内容を目にした瞬間、美宜の表情は一変した。彼女は即座にスマホを床へ叩きつける。「偽物よ、全部偽物!司野さん、この動画はこいつが捏造したものよ。誰かが私を陥れようとしているに違いないわ!」美宜は駆け寄り、司野の腕に縋りついた。「司野さん、私を信じて!」司野は冷淡な面持ちのまま、掴まれた腕を静かに振り払った。「……俺がバカに見えるか?」美宜がこの男と関係を持った時期と、自分が「浮気」を疑われた夜は、前後わずか二日しか違わない。それほどまでに必死に種付け相手を探していたということは、あの夜、自分と美宜の間には何もなかったという証左だ。もし本当に
チャイムが鳴り続けている。美宜はゆっくりと歩み寄り、すぐには開けず、ドアスコープから外を覗いた。その人物を確認した瞬間、彼女の顔にぱっと笑みが広がる。ドアを開ける。「司野さん、こんな夜中にどうしたの?」そう言いながら、美宜は彼を招き入れるように身を引いた。司野は無言のまま中へ入り、まっすぐソファへ向かって腰を下ろす。美宜がドアを閉めようとしたその時、司野が短く言い放った。「ドアは開けておけ」一瞬、動きが止まる。だが彼女は何も言わず、言われた通りにした。「司野さん、何か飲む?すぐに持ってくるわね」司野は無表情のまま、瞬きもせず彼女を見据えていた。「俺を騙したことはあるか?」その問いに、美宜の口元の笑みがわずかに固まる。だが答えず、逆に問い返した。「どうしてそんなことを聞くの?」司野の瞳が、ゆっくりと暗く沈む。「以前、腹にいた子供は……本当に俺の子だったのか?」その一言に、美宜の心臓が大きく脈打った。だが表情には出さない。むしろ心外だと言わんばかりに、悲しげな面持ちを作る。「司野さん……あの子はもういないのに、まだそんなふうに私を疑うの?認めたくない気持ちは分かるわ。でも、あれは紛れもない事実よ。たとえあの子がいなくなってしまっても、私とあなたの間に、確かに命が宿っていたのは変わらないの」司野は煙草に火をつけた。冷ややかな声が、静かに落ちる。「千尋はお前を理解していなかったし、俺も見誤っていた」常に人を出し抜いてきた自分が、まさか足元をすくわれる側になるとは。まさに――飼い犬に手を噛まれる、とはこのことだ。「連れてこい」命じると同時に、岩治が一人の男を引きずり込んできた。無惨に打ちのめされた姿だった。その顔を見た瞬間、美宜の瞳孔がわずかに収縮する。「こいつに見覚えはあるか?」淡々とした声音が、かえって怒りの底知れなさを際立たせる。美宜は拳を握りしめながらも、表情を崩さなかった。「司野さん、この人は誰?会ったこともないわ。どうしてこんな人を連れてきたの?」「……知らない、か」司野の眼差しが鋭くなる。「……お前たちの仲だ。自分から言ってやれ」その言葉は、捕らえられた男へ向けられていた。男の名前はマコト。かつて病院で素羽に見つかった、司野と瓜
ガシャンという激しい衝突音が夜の静寂を切り裂き、悲鳴が暗闇に響き渡った。安田一家の乗った車が崖へ転落しかけたその刹那、もう一台の車が夜の帳を引き裂くように現れ、タケシの黒い車へと突っ込んだ。続けざまに凄まじい衝撃音が轟く。一台のSUVがタケシの車の助手席側を押し潰すように激突し、車体は大きく軌道を外れた。そのSUVを操り、乱入してきたのは――他でもない素羽だった。闇の中、二人はヘッドライト越しに視線を交わす。陰鬱な殺意が火花のように散り、互いに相手をなぶり殺したいという執念が渦巻いていた。素羽はアクセルを床まで踏み込む。激しく空転するタイヤが火花を散らし、二台の車は狂気じみたせめぎ合いを続けた。やがて、わずかに上回った素羽の執念が勝利し、轟音とともにタケシの車は岩壁へと叩きつけられた。漆黒の夜が、駆けつけた救助隊のライトによって白く照らし出される。タケシは悟った――すべてが露見したのだと。救助活動は、安田一家側と素羽側の二手に分かれて進められた。険しい表情の清人が駆け寄り、かつてないほど厳しい声で言い放つ。「君はどうかしている。今のがどれだけ危険だったか、分かっているのか」アドレナリンが噴き出し、心臓はなお激しく打ち続けている。だが素羽は恐怖を微塵も感じていなかった。ただ異様な高揚感に包まれている。「先輩、あいつよ!」素羽は興奮を抑えきれず叫んだ。「あいつがおばあちゃんを殺した犯人なの!」清人は彼女を支えながら車外へ導く。「分かっている。あとは警察に任せろ」彼自身の鼓動もまた、素羽に劣らぬほど激しく脈打っていた。ほんの一歩違えば、車ごと粉砕されていたかもしれないのだ。やがて警察が現場を包囲した。「中の者、動くな!」タケシは警官に引きずり出された。脚を負傷したまま地に立つと、陰険な眼差しで素羽を睨み据える。その瞳には濃密な殺気が宿っていた。だが素羽は一歩も退かず、その視線を真正面から受け止める。祖母を殺した者は、一人たりとも逃がさない。清人が彼女を連れて離れようとした、その瞬間――「パンッ」と乾いた銃声が夜気を裂いた。清人は即座に素羽を庇い、車の陰へと身を引く。タケシが警官から銃を奪い取り、さらに発砲して負傷させたのだ。荒れ果てた郊外は、殺しにも逃走にも適し
素羽は車を高速から外し、市街地の路肩に停める。佳奈はすぐ近くのドラッグストアに走り、救急用品を買って戻ってくる。傷口に薬を塗られても、素羽は無表情のまま、眉ひとつ動かさない。ふと気になって、素羽は佳奈に尋ねる。「どうしてここにいたの?」ここは、佳奈が普段来るような場所ではない。佳奈は少し困ったように答える。「美玲に、付き添いって言われて」佳奈は須藤家ではあまり目立たず地味な存在だけど、家族の中では真面目で素直で、成績もいい子として知られている。そのおかげで、琴子から美玲の勉強の付き添いを頼まれることも多い。今日も、美玲が図書館で勉強したいと言い出した。「図書館は雰囲
素羽は静かに視線を落とし、黙り込む。松信の声が冷たく響く。「どうした。こんな小さなこともお前には処理できないのか?」素羽は指先をいじりながら答える。「私には、その決定権がありません」この家のこと、自分が決められるわけがない。松信は鼻で笑う。「素羽、お前なんか育てて、まったく役に立たないな」普段はほとんど口を挟まない母の倫子(りんこ)も、珍しく口を開く。「だから最初から言ったじゃない。この子に期待しても無駄よ。今は時期を待って、頃合いを見てから先方にご挨拶すればいいのよ」素羽には、その「頃合い」とやらがなんなのか、さっぱり分からない。松信は命じるように言い放つ。「祐佳
司野は、まさに理想的な孫婿を演じていた。芳枝の体調には常に気を配り、専属の栄養士まで手配している。その献身ぶりに、素羽の心はふと揺れた。気のせいなのか治療の効果なのか分からないが、最近、芳枝の顔色は日に日に良くなってきているように思う。どちらにせよ、良い方向に進んでいるのは間違いない。……司野は社長という肩書きを持ちながらも、実権はまだ幸雄が握っている。幸雄が引退しない限り、次の当主の座は宙ぶらりんのままだ。今や、まさか三家の勢力争いとでも言おうか。表面上は平穏に見える須藤家の三家だが、水面下では常に駆け引きが続いている。司野は今、他の二家を相手に、ほぼ一人で戦
よく「夫がやましいことをしていると、妻にやたら優しくなるものだ」と言われるけど、素羽は司野がそんな男だとは思っていなかった。けれど、彼はまさにそんなことをしてのけたのだ。彼は芳枝のために、名医を探し出してきた。それもただの医者じゃない。世界的にも名高い、難病治療の権威だという。素羽はその医者――堀井政司(ほりい せいじ)という名の、五十を過ぎた男性と初めて対面した。診察を終えた後、政司は静かに言った。「治すことはできない」分かっていたはずの答えなのに、素羽の心は深い谷底に突き落とされた。芳枝が倒れてから、素羽は国内を駆け回り、名医という名医に全て診せてきた。それでも誰一