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第6話
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浮き草の愛 第24話
時は過ぎて行く。また一年の元旦、亜眠はいつも通り郊外の寺を訪れ、陽光園の子どもたちのために祈りを捧げていた。初春の山間はまだ冷たさが残っている。亜眠はカシミヤのショールをぎゅっと巻きつけ、座布団の上に膝をつき、心を込めて礼拝した。香炉から立ち上る青い煙は仏像の周りに漂い、香りが彼女の心を静かに落ち着かせた。その後、彼女は寺の大樹のそばへ向かい、願いを込めた赤い布を願掛けの木に結んだ。するとふと、彼女の視線は落ち葉を掃く灰色の袈裟をまとった僧侶に止まった。その見慣れた姿に、亜眠は息を飲んだ。……それは瑛舟だった。かつて傲慢で自信に満ちていた京極家の長男は、今や頬骨が際立つほどに痩せ細り、かつての高慢さや冷徹な目つきはすっかり消え失せていた。代わりに、ほとんど透明に近い静けさがそこにあった。「彼は静塵法師だよ」小僧が亜眠が瑛舟を見つめているのに気づき、そっと声をかけた。「彼は……なぜ出家しましたか？」「聞いた話だと、愛した人を裏切ってしまって、ここで償いたいと思ったらしいよ」小僧は小さく呟いた。「寺は清らかだから、多くの人がここで安らぎを求めている。でも長くいると退屈するのは避けられない。彼のように俗世から来た人間がどれだけ耐えられるか、誰にもわからないね」そこへ、瑛舟は亜眠の視線に気づいたのか、顔を上げた。二人の目が合った瞬間、時間が止まったかのように感じられた。長年の恨みや、悪夢に何度も目覚めた夜の記憶が亜眠の脳裏をよぎったが、すぐに心に静けさが戻った。最終的に瑛舟は両手を合わせ深く一礼し、背を向けてゆっくり去っていった。「何を見てるのか？」突然、春執の声が耳元で響いた。亜眠は視線を戻し、首を振った。「何でもない。ただ見覚えのある僧侶だっただけ」彼女は自然に春執の腕に手を絡めた。「行くわ。そろそろ下山する時間よ。子どもたちが私と一緒に工作をするのを待ってるよ」春執は瑛舟が消えた方角を意味ありげに見たが、何も尋ねなかった。下山の途中、彼は亜眠の手を強く握った。「明日は結婚記念日だね。何か欲しいものはある？」亜眠は二人の手を揺らしながら答えた。「西園寺社長は、明日の時間を空けてくれたらいいの。プレゼントよりも、子どもたちと一緒に陽光園でピクニッ
浮き草の愛 第23話
半年後、春執は亜眠のために盛大な結婚式を開いた。京桜市で最も豪華な邸宅は白いバラにあふれ、シャンパンタワーの間を陽光が優しく流れていた。亜眠は控室の全身鏡の前に立ち、純白のウェディングドレスに包まれた自分をじっと見つめていた。一瞬、別の世界にいるような感覚だった。半年前、彼女は身体検査を終え、病院の廊下で一時間も座り込んでいた。その一時間の間に、彼女は多くのことを考えた。例えば、西園寺家には後継者が必要で、彼女にはそれができないこと。また、春執との感情はまだ十分とは言えず、早めに損切りしてしまってもいいのかもしれないこと。そんな折、春執から電話がかかってきて、彼女は我に返った。「今どこにいる？」受話口越しに響く春執の声は、いつも通り落ち着いていた。「えっと……買い物してる」春執は彼女の異変に気づかなかったらしく、軽い調子で言った。「三十分後に住所を送って。運転手に伝えるから、実家に迎えに行くよ」亜眠は少し驚いて尋ねた。「実家？」「そうだよ。両親が君に会いたがってる」そう言われて、亜眠すぐに心配してきた。「今会うのは早すぎない？」「彼らは毎日のように君の名前を聞いていて、君のことをよく知ってるよ」春執は彼女の緊張を察し、低い声でなだめた。「心配しないで。両親は本当にいい人たちだ」一時間後、亜眠は西園寺家の居間に立っていた。無意識にドレスの裾のしわを整えながら、いつもより速い心拍を感じていた。「亜眠が来たか？」台所から春執の母親が出てきた。まだエプロンをしている。「ご飯はすぐできるから、春執と先に遊んでいてね」亜眠は驚いた。今日の面会は厳かなものだと思っていたのに、こんなに温かな家庭の光景だとは。台所では春執の父親・西園寺浩二（さいおんじ こうじ）が不器用にお菓子の型抜きをしていて、顔を上げると鼻先に粉が少しついていた。「ちょうどいい時に来たな」浩二は目尻にしわを寄せて笑いかけた。「俺が作ったお菓子を食べてみてくれ」春執はいつの間にか彼女の後ろに立ち、温かい手を腰に当てて耳元で囁いた。「言っただろ？本当にいい人たちだって」亜眠は信じられなかった。豪族にもこんな温かみがあるとは思わなかったのだ。食事を終えると、浩二は一枚の書類
浮き草の愛 第22話
亜眠と春執が関係を築いてからも、生活はいつも通り穏やかだった。ただ、彼女の心にはずっと言えない秘密があった。かつて瑛舟に流産させられた際、医師からは大出血により子宮が深刻に損傷し、今後の妊娠は難しいと告げられていた。春執は何度も「子どもがいてもいなくても気にしない」と亜眠に伝えていた。だが亜眠はよく知っていた。西園寺グループの唯一の後継者である彼は気にしなくても、西園寺家が無関心ではいられないことを。その思いはまるで心に刺さった棘のように、日夜彼女を苦しめていた。ある日、亜眠は病院で検査を受けた。医師は結果を見て、ため息をつきながら告げた。「現時点で有効な方法はありません。あまりこだわらない方がよいでしょう」亜眠は報告書を握りしめ診察室を出た。手の中の紙は軽いはずなのに、彼女にとってはかなり重い負担だった。その時、遠くからかすかに彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。「亜眠……」か細い声が、遠くからかすかに届いているようだった。亜眠は視線を移し、病室の半開きのドアの隙間を見た。そこに見えたのは、あまりにも見慣れた顔だった。……父の林平だった。林平は病床に横たわり、かつての気力は消え失せていた。頬がこけ、眼窩が深くえぐれ、まるで皮をかぶった骸骨のようだった。亜眠の指は無意識に包帯をぎゅっと握りしめた。彼女が海外に出てから、林平に会うことはなかった。最後に会った時、彼は激しく罵り、陸野家には彼女という娘はいないと言い放ったのを覚えている。亜眠はドアの前に立ち、理性は振り返らずに去るよう告げたが、足はまるで根を張ったかのように動かなかった。彼女は血走った濁った目をした林平を見つめ、そして一歩踏み出して病室に入った。「本当に亜眠か……」林平は震える声で言い、かろうじて手を上げた。「幻覚かと思った」亜眠は冷淡に、しかも自分でも不思議なほど冷たく返した。「なぜここにいるの？」「膵臓癌の末期だ」林平は苦笑した。「せいぜいあと二ヶ月だろう」彼女の呼吸が一瞬止まった。憎んでいても、林平の口からこういう言葉が出ると、心臓が無意識に締め付けられた。「そうか……」彼女の声は乾いて冷たかった。「それは残念だね」消毒液の匂いが漂う病室に、腐敗の気配が混ざっ
浮き草の愛 第21話
亜眠の小説が受賞したその日、窓の外には細かな雪が舞い始めていた。彼女は窓辺に立ち、静かに雪景色を見つめていた。ふと気づくと、春執が後ろに現れ、カシミヤのコートをそっと彼女の肩にかけた。「回転レストランに席を予約してある。今夜はお祝いに行こう」二人がレストランに到着すると、案内されたのはプライベートの個室だった。三面の大きな窓は床から天井まで続き、街の夜景が一望できる。中央のテーブルには赤いベルベットのテーブルクロスが敷かれ、クリスタルの燭台と赤いバラが丁寧に飾られていた。春執はグラスを手に取り、そっと彼女のグラスとぶつけた。すると、どこからともなく褪せた赤い紐で結ばれた手紙が現れ、亜眠の前に差し出された。「君へのサプライズだ。開けてみて」亜眠は紐をほどいた。封筒のペン字は薄れていたが、隅にある「アミン」の文字に息を呑んだ。「これは……」「高校時代にペンフレンドの『ハルト』に書いた手紙だよ」春執は落ち着いた声でそう言った。「全部で四十三通。ひとつひとつ大切に取っておいた」亜眠は一番上の手紙を無造作に開いた。見慣れた文字が目に入ると、瞳孔が縮み、無意識に紙の端をぎゅっと握りしめた。その手紙は、十六歳のときに書いたものだった。高校生の頃から小説を書き始めた亜眠は、出版社から何度も拒否されていた。悔しさから、「ハルト」と呼ばれるペンフレンドを見つけ、定期的に原稿を送り添削を受けていた。インターネットが普及していた時代だったが、彼女はこうしたゆっくりした交流を好んでいた。幸い、「ハルト」は同じ趣味を持つ良き理解者で、二人はすぐに親友になった。彼女が送る原稿は、「ハルト」が真剣に読み、丁寧に注釈をつけてくれた。そのおかげで彼女の執筆技術は著しく向上し、ますます自信を深めていった。だが高校卒業の年、「ハルト」は突然、「閉鎖的な訓練施設に送られ、もう返事は書けない」と告げてきた。「ハルト」は彼女の世界から消えてしまった。その頃、林平と美月は知綾に美術を習わせることに熱心で、その逆に、亜眠のすべての原稿を燃やしてしまった。亜眠はその後、すっかり意気消沈し、長い間小説を書く気力を失っていた。しかし今……自分が送った手紙が春執の手元にあるのを見て、亜眠は茫然とした。そし
浮き草の愛 第20話
救急車のサイレンは次第に遠ざかっていった。雨粒が亜眠の青ざめた顔を打ち、涙と混ざり合っている。彼女は別荘の前のコンクリートの地面に立ち、指先には瑛舟の血のねばり気がまだ残っていた。その時、一筋のまぶしい車のライトが雨の幕を切り裂いた。黒いマイバッハが彼女の前で急停車した。春執は傘を差す暇もなく車から飛び降り、服で彼女を包み込んだ。「亜眠」春執は両腕をぎゅっと締め付け、彼女を力強く抱きしめた。「怖がるな、家に帰ろう」亜眠は彼の肩に顔を埋め、馴染みのある香りを嗅いだ。その抱擁は強すぎて肋骨が微かに痛んだが、不思議と震えを止めさせた。車内の暖房は十分に効いており、春執は毛布で亜眠を何重にも包んだ。その時初めて、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。「この間、七つのグループに連絡を取り、共同で京極グループを潰した。昨日、裁判所は京極の全資産を凍結した」バックミラーに映る彼の眼差しは、溶けない墨のように暗かった。「京極はもう何も持ってない。切り札は一つもなかった」亜眠はようやく正気に戻り、静かに春執に尋ねた。「あなたの傷はどう？」彼がさっきあれほど強く抱きしめたが、傷口に当たったかも。春執は微笑みを浮かべ、優しさがその瞳に映った。「もうすっかり治った。でも君は……亜眠、これからは俺を信じて。必ず守ってやるから」……亜眠は春執の別荘に身を置き、長い穏やかな時を過ごした。春執はほとんど家で仕事をしていた。二人はよく一方がソファに腰を下ろして、もう一方がダイニングテーブルに座ってそれぞれの作業をしていた。それでもお互いの存在を感じられる日々だった。そんな毎日の中で、亜眠の春執に対する感情は微妙に変化していった。彼女は自然に彼の世話を受け入れるようになり、時には小さなサプライズを用意しようと考えることもあった。ある朝、亜眠は目を覚まし、ふわふわのスリッパを履いて階下へ降りると、春執がキッチンで卵を焼いていた。彼は白いシャツの袖を肘までまくり、筋の浮かぶ前腕を露わにしている。襟のボタンは二つほど無造作に外れていた。「手伝うよ」亜眠はフライ返しを取ろうと手を伸ばしたが、彼はかわして言った。「大作家のために朝食を作るのは光栄だ」春執が卵をひっくり返すと、黄金色の卵液
浮き草の愛 第19話
瑛舟の意図的な取り繕いながら、時はゆっくりと流れていた。彼は部下を使い、世の中の宝物をかき集めた。オークションの骨董品からオーダーメイドの服まで、次々と亜眠の前に届けられた。だが今は、どんなに高価な贈り物でも、亜眠の心の奥底に波紋を起こすことはなかった。彼女はいつも一人で庭に座り、膝の上にノートパソコンを置いて、指先で細かな音を立てながらキーボードを叩いていた。瑛舟は最初、これが彼女の単なる暇つぶしだと思っていた。ある日の午後、アシスタントがタブレットを差し出して言った。「社長、ご覧ください……」アシスタントの表情は複雑で、言いにくそうだった。瑛舟が画面を見ると、そこには亜眠が連載中の小説が映し出されていた。ほんの少し見るだけで、彼の顔色は暗く沈んだ。亜眠の書く女主人公は、まるで彼女自身の境遇そのものだった。実はこの日々、彼女は最も残酷な方法で、自分の傷跡を文字に変え、ネット上に公開していたのだ。読者たちは彼女の小説を通して、京極家と陸野家の長年の秘密を知った。結婚式から逃げた知綾、替え玉になった亜眠、そして裏切った瑛舟……「社長、会社は先日大きな打撃を受け、今また世論の嵐に巻き込まれています。このまま制御できなければ、主要な協力先も……」「干渉するな」瑛舟は冷たく言い切った。「これが亜眠の望みなら、俺は協力しよう」アシスタントはそれ以上何も言えなかった。長年瑛舟に仕えてきた彼は、その偏執的な一面をよく知っていた。今のように春執に京極グループを潰させはしないが、亜眠の手で少しずつ壊されていくのを許す。それがおそらく彼の罪を償うための行動だったのだろう。……亜眠の小説はネットで大きな波紋を呼び、京極グループの長年の評判もだんだん崩壊した。株価は急落し、時価総額はほぼ半分蒸発。取締役たちは次々と株を売り払い、撤退した。巨大なグループは一気に混乱の渦に飲み込まれた。瑛舟はただ冷ややかにそれを見守っていた。またある嵐の夜。亜眠が書斎を通りかかると、強い酒の匂いが漂ってきた。ドアを押し開けると、目の前の光景に息を呑んだ。瑛舟はぐったりと絨毯に座り込み、革張りのソファに背を預けていた。高価なスーツのジャケットはぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てられ、白いシャツの襟は大
