Share

深海に溺れる時
深海に溺れる時
Author: 醸し屋

第1話

Author: 醸し屋
高橋裕也(たかはし ゆうや)の誕生日、原田愛菜(はらだ まな)は自分を捧げて、結ばれようとしていた。

しかし、そうしようとしていた瞬間、真っ暗だった邸宅が、まるで白昼のように辺り一面明るい明かりが灯ったのだった。

そこへ、3年間ずっと彼女をいじめてきた大塚莉子(おおつか りこ)がビデオカメラを手に飛び込んできた。更に彼女はその後ろに、裕也の「仲間たち」である盛遠グループの役員を5、6人従えていた。

「最高!」莉子は手を叩いて大笑いした。「みんな見て、この女なんて恰好!ヒョウ柄?あははは!」

すると邸宅中に、天井が抜けそうなほどの嘲笑が響き渡った。

「あはは、このブスがヒョウ柄の下着なんて、ダサすぎ!まさか、こんなので裕也さんを誘惑できるとでも思ったのかね?」

あまりに突然の出来事で、まるで雷に打たれたように、愛菜は慌てて床の服を拾って身に纏い、そして、助けを求めるように裕也の方を振り向いた。

しかし、裕也はただ、気だるそうにドアの枠に寄りかかり、莉子に愛おしそうな優しい眼差しを向けているだけだった。

愛菜は呆然とその光景を見て、あまりの恐怖に幻覚を見ているのかとさえ思えてきた。

「愛菜、本気で裕也さんがあなたに気があるとでも思ったの?」

莉子は体をのけぞらせて笑った。

「確かあなたが研修中に高級レストランでバイトしてた時、不倫相手と間違われて骨折するまで殴られたことがあったでしょ。あれは裕也さんの指示で、私たちがあなたの裸の写真をあの悍ましい女に送りつけたからなのよ。

それに入社して2年目に担当したプロジェクトでデータミスがあった時もそう。あの時あなたは貯金を全部はたいて弁償したわよね。気が付かなかったの?あれも裕也さん本人が大事なデータを書き換えたのよ。

あと、一昨年あのすごく寒かった日、裕也さんにあなた達の思い出の品を無くしたって言われて、あなたは湖に飛び込んで3時間も探したせいで、1週間も高熱で寝込んだわよね。あれも本当は嘘なの、裕也さんはわざと湖に捨てたのよ。

一番の傑作は先月。あなたが3ヶ月も徹夜して作った企画を、裕也さんが原稿と資料を全部私に渡してくれたの。おかげでそれは私の手柄になったけど、代わりにあなたは会社に2000万円の借金を背負わされることになったってわけ。

それにしても残念。この3年間、盛遠での評判はガタ落ち、キャリアも台無し。骨を折ったり高熱を出したりしたのに、まだのこのこと生き延びているなんて」

莉子は腕を組み、ため息をついた。「愛菜、あなたって本当にしぶといわね」

……

その一連の言葉を聞いて、愛菜の全身の血が凍りつくようだった。

彼女は震えながら裕也を見た。莉子たちがでたらめを言っていると、彼が一言でも言ってくれれば、それを信じるつもりだった。

しかし裕也は愛菜を見て笑った。その笑顔は嘲りと軽蔑に満ちていて、まるで無数の鋭い棘のように彼女の心を突き刺した。

「莉子が言ったことは、一語一句すべて本当だ。

いや、違うな。

莉子の話には一つ、言い忘れたことがある。お前がこの邸宅に入って、服を脱いで俺を誘惑し始めた時から、その一部始終が会社のロビーのモニターにライブ配信されている。もちろん、繰り返し再生でな」

裕也は愛菜の耳元に顔を寄せた。「つまり、会社中の人間が、お前の見事なショーを見たってことさ。

なあ、病院で寝たきりのお前の母が、自分の娘がこんなにみっともないことをしているのを見たらどう思うかな……」

その言葉はまるで雷の轟きのように耳元で鳴り響いて、愛菜は頭が真っ白になり、胸が締め付けられ、息が詰まってしまうほどだった。

「な……なんで?」

裕也は彼女を見下ろし、ゴミでも見るかのような冷たい目で言った。「お前が杏に産業スパイの濡れ衣を着せ、彼女をうつ病で飛び降り自殺するまで追い込んだ時から、こうなることは覚悟しておくべきだったな」

それを聞いて、愛菜は耳鳴りが留まることなく鳴り響いて、彼女は裕也の袖をつかんで、必死に首を振った。「私じゃない!」

確か盛遠に入社して間もなく、高橋杏(たかはし あん)という女性社員が飛び降り自殺したことがあった。それを知った当時、愛菜も長い間、心を痛めていたくらいだった。

しかし、自分と杏は面識すらなかった。それなのにどうして彼女を自殺に追い込むことなどできるというのか。

莉子は鼻で笑った。「裕也さん、だから言ったでしょ。この女が認めるわけないって。

あなたはあの時、自分の目で証拠を見たじゃない。そして誓ったはずよ。3年間この女を徹底的に苦しめて、絶望の中で死なせてやるって。

だから、私たちに彼女をいじめさせて、それであなたが彼女を助けるふりをする計画を仕立てたんでしょ。すべてはこの女にあなたが恩人であると思わせてから、一気にどん底まで突き落とすためじゃない」

莉子は眉を上げた。「裕也さん、まさかここにきて彼女に情が移ったんじゃないでしょ?」

そう言われて裕也は、まるで吐き気がするゴミでも振り払うかのように、愛菜の手を荒々しく振り払った。

「情が移る?」彼はふっと嘲笑い、冷たい目線を愛菜の青白い顔に向けた。「笑わせるな、俺はこの目で、こいつが死ぬのを見届けたくて堪らないだけさ」

それを聞いて、愛菜は全身が震え、視界がだんだんとぼやけていった。

そして、この3年間の出来事が、走馬灯のように彼女の頭を駆け巡った。いつも自分がどん底に落ちるたび、裕也は絶妙なタイミングで現れた。だからてっきり彼は救いの神だと思っていたのに、その全てを仕組んだのはまさに彼だったなんて。

「そうだ」裕也は仲間を連れて去る前に、一言付け加えた。「病院にはもう連絡してある。明日から、お前の母親はもう心臓移植の待機リストから外されることになったからな」

その言葉と同時にドアが閉まる音は、まるで弔いの鐘のように部屋に響き渡った。

愛菜は床に崩れ落ち、涙が堰を切ったようにあふれ出した。

心の底から愛し、全てを捧げたいと願った人。その人がしてきたことの全てが、自分への復讐だったなんて。

そして、この3年間、自分が味わってきた全ての苦しみは、一番愛していた人から与えられたものだったなんて。

それどころか、彼は母の生きる希望までも奪おうとしているなんて。

立て続けの追い打ちに、抑えきれない嗚咽が喉から漏れ、愛菜は気を失いそうになるまで泣き続けたが、ポケットのスマホが突然震え始めた。愛菜はかろうじてそれを取り出し、震える手で電話に出た。

すると、電話の向こうから、低い声が聞こえた。「愛菜、この前話した件、考えてくれたかい?」

1ヶ月前、愛菜は長年離れ離れになっていた叔父・原田正人(​はらだ まさと)がいることを初めて知ったのだ。

海外に住む正人は、愛菜の母親・原田智子(はらだ ともこ)が心臓移植を必要としていると知り、何度も海外での治療を勧めてくれた。しかし愛菜は裕也を信じて、北市に残るつもりだった。

今思えば、なんて馬鹿げていたんだろう。

自分は今まで自分を傷つけてきた相手を、救いの神だと信じ込んでいたなんて。

「決心したわ、おじさん」愛菜は震える手で涙をぬぐった。「お母さんと一緒に、海外に行く」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 深海に溺れる時   第20話

    すると周囲は、気が狂ったようになった裕也に巻き込まれたくなくて、慌てて彼から離れていった。その傍らで、愛菜は冷静に美優からマイクを受け取り、会場の皆に向き直った。そして、はっきりと冷たい声で言った。「申し訳ありません、このような形で皆さんにお目にかかることになりまして。私はデザイナーの三浦百合です。盛遠グループが私のデザインを盗用したことを、組織委員会に告発したいと思います。3年前も、盛遠グループの大塚部長は、私の作品を何度も盗みました。そして3年経っても、その悪いくせは直らなかったようですね」それを聞いて、映像が流れてから呆然としていた莉子は、はっと我に返った。そして、愛菜を八つ裂きにでもしようかとする勢いで、叫びながら突進してきた。「でたらめよ!私は盗んでなんかない、ちゃんと契約書も交わしたわ!」愛菜はふっと笑った。「あなたと契約を交わした覚えなんてないけど」莉子は、彼女のそばにいた美優を指さして叫んだ。「彼女よ!私と契約したのは、この人なの!」美優は唇の端をつり上げた。「大塚部長、人違いじゃありませんか?私は三浦さんの秘書でして、彼女の代わりに契約を結ぶなんてことはできませんよ」その瞬間、莉子は自分が罠にはめられたのだと、ようやく気がついた。一方で、メディアは興奮した様子でこの一大スキャンダルをこぞって報じていた。莉子は全身が凍りつくのを感じ、これから先、自分の人生は終わりだと悟った。企業秘密の漏洩、殺人教唆、いじめ、著作権侵害。これらの罪が重なれば、残りの人生を刑務所で過ごすことになるだろう。彼女は這うようにして裕也に駆け寄り、そのズボンの裾を掴んだ。「裕也さん!裕也さん!これは全部嘘、愛菜が仕組んだ罠なの!彼女の言うことなんて信じちゃだめ!裕也さん、私たちは幼馴染じゃない。私がどんな人間か、あなたが一番よく知っているはずよ。私が杏ちゃんを傷つけるなんてこと、するわけないじゃない!」その声で裕也は我に返ったようだった。彼は莉子を見下ろすと、いきなりその首を掴んで締め上げた。その形相はまるで地獄から這い出た鬼のようだった。「お前だったのか。全部、お前の仕業だったんだな!お前が杏を死に追いやり、愛菜を傷つけたんだ!死ね、今すぐ死んでしまえ!」すると、息ができなくなった莉子の目から、希望の光がゆっ

  • 深海に溺れる時   第19話

    「驚いた?」愛菜は、怯える莉子から裕也に視線を移した。「どうやら、私が生きていると都合が悪い人もいるみたいね」そう言われて裕也が、莉子を見る目は、一瞬にして凍りつくように冷たくなった。莉子のせいで、愛菜は3年前、海に落ちたんだ。じゃなかったら、自分たちは3年間も無駄にすることはなかったのに。そう思って彼は莉子に憎しみをむき出しにして言った。「消えろ。二度と俺の前に顔を見せるな」莉子は我に返ったが、どこか腑に落ちなかった。「う、嘘よ!裕也さん、あの状況で愛菜が生きているわけないじゃない!絶対におかしいわ!彼女がどれだけ性悪女か忘れたの?杏ちゃんを殺したのは、彼女なのよ?」それを聞いて愛菜の目線も、凍り付くように冷たくなった。杏を殺したのは、まぎれもなく莉子本人なのに。どうして平気で、人に罪をなすりつけられるんだろう?「愛菜、彼女の言うことなんて聞くな」裕也は愛菜が怒るんじゃないかと、緊張した面持ちで彼女を見た。「言っただろ。杏のことはもう終わったんだ。これからは、俺たちもこのことは忘れよう」愛菜は顔を上げて、彼に微笑みかけた。「ええ、いいわよ」そう言われて裕也は一瞬ほっとしたが、すぐにまた緊張した面持ちになった。「じゃあ、俺とやり直して……」すると、「裕也」愛菜は彼の言葉を遮った。「3日後に北市でジュエリー展があるわ。その時のあなたの態度次第よ」彼女の言葉の裏にある意味を察して、裕也の瞳は興奮に揺れた。「愛菜、絶対にお前をがっかりさせない!」愛菜がホテルに戻ると、莉子はこの光景を見て、馬鹿げていると思った。「裕也さん、あんな女を許すなんて、どうかしてるわ!」しかし、莉子がそう言い終わらないうちに、裕也は突然、彼女を湖に蹴り落とした。彼の目は鋭かった。「もう一度愛菜を侮辱してみろ。死ぬほど辛い思いをさせてやるからな!」湖に落ちた莉子は、冷たい水が流れ込んでくるのを感じ、魂まで凍りつくように感じた。……それから、3日間はあっという間に過ぎ、ジュエリー展の日がやってきた。このジュエリー展には、社会の各界から著名人が集まり、北市のメディアもほとんど駆けつけていた。盛遠グループが発表したジュエリーシリーズは、他を圧倒するほどの注目を集めた。そのため、莉子も会場中の視線を集めていた。ス

  • 深海に溺れる時   第18話

    一方で、裕也はそれを聞いて、笑顔が一瞬固まり、声が少しこわばった。「なくしたのか?」「私がいけなかったのね」愛菜は悲しそうに言った。「うっかりノートを湖に落としちゃって」彼女は裕也の袖を掴んだ。「あのノート、私にとってすごく大事なの。裕也、見つけられないかな?」そう言われ、裕也の胸のトキメキが途端に高く弾んだ。愛菜はノートが大事だと言った。つまり、自分のことも大事に思ってくれているということか?ノートを見つけ出せば、彼女は完全に自分を許してくれるのではないだろうか?そう感じた裕也は躊躇わず言った。「どこだ、俺が探して来るよ」だが、愛菜はためらいがちに唇を結んだ。「でも、こんな寒いのに……」裕也は甘やかすように笑った。「バカだな、忘れたのか?昔は毎年、寒中水泳に行ってたんだ。寒いのなんて平気だよ」愛菜は裕也を連れて、ホテルの裏庭にある人工池のほとりへと向かった。今日は大雪が舞い、気温は氷点下。湖面にはすでに薄い氷が張っていた。「あそこよ」愛菜は湖の中心を指さした。「午後に写真を撮っている時、うっかり落としちゃったの」それを聞いて裕也はジャケットを脱いで彼女に渡した。「外は寒い。中で待ってろ。すぐに取ってくるから」愛菜は窓の前に立ち、裕也が上着を脱いで一歩、また一歩と湖に近づいていくのを、冷ややかに見つめていた。そして――ドボン。彼はためらうことなく、骨まで凍みるような冷たい水の中に飛び込んだ。湖面の氷が砕け、冷たい水が瞬く間に裕也の体を飲み込んだ。それを見つめる愛菜の指先が微かにこわばった。それでも、彼女は無表情のままじっと見続けていた。昔、裕也は二人の思い出の品を自らの手で湖に投げ捨てた。そして、なくしたと嘘をつき、彼女に3時間も湖の中を探させたのだ。愛菜は、あの骨の髄まで凍えるような冷たさを、決して忘れることができなかった。そして今こそ、彼がそれを味わう番だ。湖の中の男は、潜ったり浮上したりを繰り返している。その物音に、すぐに多くの人が気づき始めた。「誰か落ちたのか?!」「いや、何かを探しているみたいだぞ」「一体なにがそんなに大事なんだろうな。こんな寒い中、水に入ってまで探すなんて」「また若いカップルがなにかやってるんだろ。最近の若者は、本当に体を大事にしないな」

  • 深海に溺れる時   第17話

    愛菜は、裕也の卑屈とも言える態度を見て、バカバカしくて笑えてきた。この男は、自分に負わせた過去の傷が、たった一言の謝罪でなかったことにできるとでも思っているのだろうか。彼が過ちに気づけば、当然のように自分とやり直せるとでも考えているのか。そんなうまい話があるものか。愛菜は心の中で鼻で笑い、ふと彼の上着のポケットを指さした。「あなたのスマホ、ずっと鳴ってるよ」だが、裕也は電話に出るつもりはなく、「どうでもいい用事だ。俺にとってお前より大事なものはないから」と言った。でも、どうしても出てほしかったので、愛菜は微笑みながら彼を促した。「出たほうがいいよ。何度もかかってきてるから、急用なんじゃないか?」その言葉に、裕也の目が輝いた。愛菜は、自分のことを心配してくれてるのか?「わかった、お前の言う通りにする」裕也は誠意を見せるため、スピーカーフォンにして電話に出た。すると、電話の向こうから、焦った様子の聞き慣れた女の声が聞こえた。「裕也さん!一体どこにいるの?三浦さんのチームがもう到着してるのよ。契約のためにあなたを待ってるの!」莉子の声を聞いて、裕也は思わず愛菜の顔色をうかがった。愛菜が嫌な顔をしていないのを見て、彼はようやくほっと胸をなでおろした。そして、電話の向こうの相手に冷たく言い放った。「言っただろ。このプロジェクトはお前にすべて任せるって」「それはわかってる。でも、契約書の細かい部分は私にはわからないの。それはあなたの得意分野でしょ。一度、こちらに来てくれない?」莉子の声には懇願の色がにじんでいた。それでも裕也は、「無理だ」と冷たく断った。そんな彼の頑な表情を見て、愛菜はふっと口の端を上げた。3年前、彼も自分に対して、まったく同じ態度だった。「きゃっ――」愛菜は突然小さく悲鳴を上げ、思わず裕也の腕に手をかけた。すると、裕也の意識は一瞬で彼女に集中し、慌てて尋ねた。「どうした?」愛菜は怖がった顔で言った。「今、虫が顔に飛んできて……」裕也はすぐに心配そうな顔で彼女を確かめようとした。「どこだ?刺されてないか?痛くないか?」だが、愛菜はさりげなく彼の体に触れないように身をかわした。すると電話の向こうの莉子は、こちらの様子に気づいたようで、その声が、急に甲高くなった。「あなた

  • 深海に溺れる時   第16話

    それを聞いて、裕也の顔がさっと青ざめた。彼は一歩前に出て、何かを説明しようとして言いかけた。「愛菜――」その時「あなた何しているの?!」ドアの外から、美優の慌てた叫び声が聞こえた。「愛菜、中にいるの?もしかして悪い人?大丈夫よ、もう警備員を呼んだから!」それを聞いて裕也は美優に目をやり、今日はもう愛菜と話せないと悟った。だが、まあいい、焦る必要はないそう彼は思った。愛菜が生きているとわかった今、彼女の心を取り戻すチャンスはこれからいくらでもあるのだから。「愛菜」思わず再びそう呼びかけると、裕也は名残惜しそうな目をしながら言った。「また明日、会いに来る」一方で、美優は男の後ろ姿を見送りながら、はっと気づいた。「彼は盛遠グループの高橋社長じゃない?!」彼女は腹が立ってたまらない様子で、愛菜に不満そうに訴えた。「あなたは知らないでしょうけど、あの高橋社長って、ちょっとおかしいのよ。さっき盛遠グループに行ったとき、いきなり狂ったみたいに私の腕を掴んできたの!だから絶対、盛遠とは提携しちゃダメよ!」愛菜は美優の手首の赤い跡に気づくと、そっと息を吹きかけた。「ごめんね、美優。私の考えが足りなかったわ」美優はきょとんとした。「あの人がおかしいのと、あなたに何の関係があるの?」愛菜は少し考えると、打ち明けることにした。「裕也は、私の元カレなの。ちょっと、いろいろとあって」彼女の計画には美優の協力が必要で、そのためには事の一部始終を話す必要があった。それを聞いて美優は目を大きく見開き、持っていたバッグをぱさりと地面に落とした。「えっ?あのイカれた男が、あなたが前に言ってた……」「そう、彼よ」愛菜は落ち着いてバッグを拾い上げた。「ごめん。私の個人的な問題にあなたを巻き込んでしまって」美優は息を呑み、とっさに愛菜の手を掴んだ。「待って!じゃあ、あの『深海に溺れる時』の作品の被害者って、あなたなの?」「ええ」愛菜は静かに頷いた。美優は胸が痛む思いで彼女を抱きしめた。「最低!あのクズ野郎!愛菜、あなたのやりたいようにやればいいわよ、私、絶対に協力するから!」それを聞いて、愛菜は金庫から一つのファイルを取り出した。「あなたには盛遠へ何度も足を運んでほしいの。莉子に、『百合』は盛遠と提携するつもりなんだと勘違いさせるため

  • 深海に溺れる時   第15話

    帰国を決めた時から、愛菜は裕也と会うことは避けられないと分かっていた。裕也から逃げるつもりはなかった。今の彼女はもうその男を恐れていないし、脅されるような弱みもないからだ。ただ、愛菜は再会がこんなに突然だとは思ってもみなかった。裕也がホテルまでたずねてきたのは、おそらく『深海に溺れる時』シリーズのデザイン画を見たからだろう。探偵を使って調べていたから、愛菜も裕也がこの3年間ずっと自分を探していたことは知っていたし、自分に関する少しでも手がかりがあれば、彼が必ず自ら確かめに行っていたことも分かっていたのだった。だが、今日美優に『深海に溺れる時』シリーズのデザイン画を盛遠へ届けさせたのは、もともと莉子をおびき出すためだった。愛菜は事前に調べておいた。自分が「死んだ」ことになってから、裕也はほとんど会社に来ていないはずだった。だから、まさか今日彼と鉢合わせてしまうなんて思いもしなかったのだ。そう感じたものの、愛菜は落ち着いた様子で顔のパックをゴミ箱に捨て、先に口を開いた。「久しぶりね、裕也」一方で、裕也はドアの前に立ち、呼吸を乱しながら、彼女の顔を食い入るように見つめていた。彼は目の前の光景が信じられなかった。この3年間、この光景は何度も裕也の夢に現れた。でも、愛菜に触れようとするたびに、彼女は泡のように空気中に消えてしまうのだったから。そう思って、彼は目の前の女性に触れようとして手を伸ばしたが、実際には触れる勇気が出なかった。そして、彼は声を震わせながら、絞り出すように言った。「愛菜……なのか?俺はまた、夢を見ているのか……」その深く愛し、後悔しているかのような様子を見て、愛菜は思わず笑ってしまいそうになった。そして、彼女はためらわずにドアを閉めようとした。「違うわ」案の定、ドアは男の体によって阻まれた。「痛い……これは、夢じゃない!本当にお前なんだな……愛菜!本当にお前なんだ!」裕也の声はひどくかすれていて、かすかな興奮が感じられた。「分かっていたさ、お前は絶対に生きているって!」だが、愛菜は何げなく彼を一瞥し、皮肉な笑みを浮かべた。「あら、なんだかがっかりしたみたいね?私がとっくに海の底で死んでいればよかったのかしら?」それを聞いて裕也の瞳孔が、ぐっと収縮し、まるでそんな言葉が愛菜の

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status