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第5話

Author: 彼女の痕
一日中、彼らは市内の複数のブライダルサロンを巡り歩いた。

ようやくウェディングドレスを決めて家に着帰ったときは、すでに夜も遅くなっていた。

美羽は青白い顔をして一人で寝室に入った。悠斗は少し考えた後、キッチンへ向かった。

ドアをノックして入ってきた悠斗に、美羽はいつものように睡眠薬入りのミルクを持ってきたのだろうと思った。しかし、彼が差し出したのはジンジャーティーだった。

「ごめん、気を使ってなかった。今日は生理初日なのにあちこち歩かせて、辛かっただろう」

「まずこれを飲んで温まって。お湯を汲んでくるから」

美羽はマグカップを両手で包み込み、悠斗が忙しそうに動き回る姿をぼんやりと見つめていた。

姉が戻ってきたら、悠斗はもうこんなことまで覚えていてくれないだろうと思っていたのに。

悠斗がたっぷりのお湯を運んで戻ってくるまで、美羽は放心状態だった。

「これは何?」

額に汗を浮かべながら、悠斗は美羽の靴下を脱がせながら笑顔で言った。

「さっき帰ってきた時、顔色が悪かったから。足湯でもさせようかと思って。温かくなれば、少し楽になるだろう」

足元から程よい温もりが伝わってくる。美羽は「うん」と小さく答えて、ジンジャーティーをちびちびと飲み始めた。

これまで飲んだものと違い、今夜のは底にたくさんのかすが沈んでいた。まるで鍋の最後の一杯をすくったようなものだった。

しかし悠斗は長くは留まらなかった。出ていく前に、「お湯が冷めたら足を拭いて寝てな。洗面器は後で片付けるから。おやすみ」と念を押した。

美羽がようやくジンジャーティーを飲み終えた頃、足湯も冷めていた。

ベッドに戻ろうとした時、ドアの外から物音が聞こえた。

レーメンが悠斗を床に押し倒し、殴りつけているところだった。花音が止めようとしていた。

「夜中に僕の嫁の部屋に何しに来た!前からむかついてたんだよ、毎日僕の嫁を盗み見やがって」

「ただジンジャーティーを届けに来ただけだ。今日も生理初日だろう?それに気づかない夫の方がおかしい。本当に彼女を愛しているのか?」

二人の男は互いを押さえつけ、どちらも譲ろうとしない。ついには花音が二人を引き離すためにそれぞれに平手打ちを食らわせた。

美羽はこの茶番を見て、自分がひどく滑稽に思えた。

悠斗が今日の無関心を償おうとしているのかと思ったら、結局彼女に届けられたジンジャーティーでさえ姉の残り物だった。口に残るカスは、悠斗の気持ちと同じで、彼女が手にするのはいつも残り物ばかりだった。

「あなた、先に部屋で休んでて。私が彼とはっきり話すから。大丈夫、愛してるのはあなただけよ、ちゅっ」

花音はレーメンを起こし、彼の唇に軽くキスをした。レーメンはようやく不満げに客室へ戻っていった。

レーメンを見送った後、花音の顔から穏やかな笑みが消え、冷ややかに悠斗を見つめた。

「悠斗、私たち別れて何年も経つのに、まだ諦められないの。私には愛する人がいるし、君も美羽と一緒でしょ」

悠斗は狼狽しながら床から立ち上がり、傷ついた顔で強い口調で言った。

「彼女はあなたの代わりに過ぎない。花音、僕の気持ちがまだわからないのか?あなたが戻ってくれれば、僕はずっと待ち続ける」

花音は信じられないという表情で彼を見つめた。

「どうして美羽にそんなことができるの?もうすぐ結婚するんでしょ!彼女が知ったらどれだけ傷つくか、考えたことある?」

悠斗はただ冷笑いを浮かべ、平然と言った。

「だから何だ?彼女は知らない。仮に知ったとしても簡単には別れない。彼女は僕を愛しすぎている」

花音は怒りで震えながら、再び悠斗に平手打ちをした。

「私はレーメンと別れるつもりはない。それに、もう妊娠しているの。どうか美羽に真実を知らせないで」

そう言い残すと、花音は後ろを振り向きもせずに去った。悠斗は汚れた体で呆然と立ち尽くすだけだった。

ドアの陰からそのすべてを盗み見ていた美羽は、十本の指を手のひらに食い込ませた。

彼女がこれまで悠斗に注ぎすぎた愛と自信が、彼をここまで図々しくさせたのだ。

翌朝、美羽が最初にしたことは、悠斗から贈られた全ての髪飾りと花を整理することだった。

花音とレーメンは街へデートに出かけ、悠斗はいつも通りペット病院へ出勤した。

美羽は一人で午前中いっぱいかけて、過去3年間の全てを整理した。

千個以上の異なる髪飾り、そして千本以上のドライフラワー。

前者は悠斗が彼女を愛した証、後者は彼女の悠斗への深い愛だった。

生花は枯れる。彼女は長い時間をかけてそれら全てをドライフラワーにして大切に保管していた。

今では全てがゴミ箱に捨てられた。

悠斗が帰宅した時、屋外に積まれた大量のゴミに気づき、なぜ自分が贈ったものを全て捨てたのかと美羽に尋ねた。

「クローゼットのスペースが足りなくなったから。新しい服を入れる場所を作って」

「まあいいさ。これからもっと贈るつもりだし、新婚の部屋に引っ越したらあなたの小物専用の部屋を作ろう。クローゼットに詰め込まなくても済むように」

悠斗は美羽の異変に全く気づいていなかった。

その後数日間、悠斗は相変わらず彼女に花を贈り、髪を結ってあげた。ただ、違うのは、今度は花音にも花を贈るようになったことだ。

たとえ花音が毎回受け取らず、花束が枯れる前にゴミ箱に捨てられてしまった。

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