Partager

第6話

Auteur: 彼女の痕
結婚式まであと七日。花音とレーメンは市内をほぼ見尽くしていたので、悠斗は自分が保護している野良動物の施設を見に行こうと提案した。

庭に入るなり、花音は甲高い声を上げた。

「わぁ!ふわふわの子たちがいっぱい!全部君が飼ってるの?」

悠斗は小さな動物たちに飛び込んでいく花音を優しい目で見守り、甘やかすように微笑んだ。

「そうだよ。あなたが気に入ると思ってた。暇な時に来ていいよ。すぐにドアロックにあなたの指紋を登録するから」

「いや、結構だ」

レーメンが悠斗の隠しもせず向ける視線を遮るようにして言った。

「南アフリカで既に子猫を保護している。今後も彼女が望めば他の動物も飼うつもりだ。義弟にお世話になる必要はない」

二人の男が入り口で火花を散らす中、花音は夢中で左右の手を同時に使って動物たちを撫でていた。

美羽は居心地悪そうにしゃがみ込み、足元に寄ってくる子犬を弄んでいた。

悠斗が野良動物を保護する施設を持っていることはずっと知っていた。だが、彼が自分を連れてきたことは度もなかった。

好奇心から見学したいと言うたび、悠斗は様々な理由で断り続け、ましてや指紋を登録することなどあり得なかった。このドアは最初から彼女に向けて開かれることはなかったのだ。

美羽が思いに耽っていると、危険が迫っていた。

「花音」

「あなた」

悠斗とレーメンは、子犬が突然狂暴化したのを見つけると、即座に花音の方へ駆け寄った。美羽の方が子犬に近く、噛まれる危険が高いことに気づかなかった。

二人は花音の元で彼女に怪我がないかしっかりとチェックする一方、美羽は子犬の突然の攻撃で地面に倒され、腕をがっしりと噛まれていた。

「助けて、悠斗、お願い、姉さん、義兄」

激痛のため、美羽は大声で助けを求めることもできなかった。逃げようとすればするほど傷口が引き裂かれるように痛む。

地面に倒れ涙まみれの美羽は、夫が姉の肘の擦り傷を心配そうに見つめ、その後慌てて立ち上がるのを見た。

美羽が自分の腕が噛み千切られるかもしれないと思った瞬間、子犬は制圧された。悠斗でもレーメンでもなく、姉の花音だった。

「ごめんね、美羽。姉さんがちゃんと守れなくて、レーメン!早く!救急車を呼んで」

小さい頃から、姉が泣くところを見たことはほとんどなかった。美羽の心の中で、姉は常に強く美しい存在だった。

社会人になったばかりの頃、ストーカーに怯えて手が震えても、姉さんは冷静に対処していた。彼女は涙で感情を表す必要などないかのようだった。

だが今、花音は美羽の噛まれた腕を抱え、息もできないほど泣いていた。

レーメンは美羽が怪我をしているのを見つけるとすぐに救急車を呼んだ。一方の悠斗は数分後、家庭用救急箱を持って慌てて部屋から出てきて、焦った声で言った。

「救急箱見つけたよ、花音。傷の消毒を手伝うから」

悠斗は途中で、血まみれで花音の腕にすがる美羽に気づいた。

三人の視線が交錯する中、悠斗は気後れしながら美羽の前にしゃがみ込み、弱々しく口を開いた。

「何か手伝えることはある?救急箱に止血用のガーゼとか入ってるはずだけど、役に立つかな?」

美羽は目の前の悠斗を見つめ、もう彼のことで心を痛めることはないと悟った。

病院で手当てを受ける間、悠斗は花音に痛くないか、何か必要かとせっせと尋ねた。

だが美羽はひたすら腕のひどい傷だけを見つめ、悠斗に一目も向けなかった。

代わりに花音は看護師に回復期の注意点を詳しく尋ね、スマートフォンのメモ帳に一つ一つ記入していた。

レーメンは水二本と大量のティッシュを抱え、時折姉妹に水を渡したり汗を拭いたりし、食事時にはみんなの好みを聞いて買いに出かけた。

こうして見ると、悠斗の心遣いは彼の真心と同じように偽りで無益だった。

夜になってようやく病院を出た。

一日中緊張していた花音とレーメンは、車の後部座席で寄り添い、すぐに深い眠りについた。

悠斗は運転しながら、時折後ろの二人を盗み見し、悔しそうな眼差しを向けた。

美羽は安堵のため息をつくと、悠斗にその日初めて言葉をかけた。

「姉さんとレーメンってお似合いよね。同じ目標を持ち、似た経験をし、性格も補い合っている」

悠斗は不愉快そうな顔をしていたが、最後には黙って頷き、話題を終わらせた。

美羽の怪我は重く、結婚式前に回復する見込みはなかった。両親が見舞いに来た際、結婚式延期を提案した。

花音も続けて口を開いた。

「レーメンと私、もう少し休暇を延長できるわ。二ヶ月ほど延期しようか?ちょうど私たちも国内で新婚旅行ができるし」

花音が長く国内にいられると聞き、悠斗は目を輝かせ、承諾しようとしたが、美羽の淡々とした声に遮られた。

「大丈夫、延期しなくて。もう準備はほとんど終わってるし、延期すると余計面倒だわ」

この傷は彼女の結婚式に影響しない。なぜなら、彼女はその式に出席するつもりなどなかったからだ。

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Dernier chapitre

  • 潮汐の瞳   第21話

    ハネムーンが終わると、日々はぜんまい仕掛けのように規則正しく回り始め、生活は単調な繰り返しとなった。朝、街が完全に目覚める前に、ドナルドは軽快な鼻歌を口ずさみながら、ピカピカに磨かれた車に乗り込む。その後美羽も軽やかな足取りで家を出る。車のドアが開くと、ドナルドは笑顔で迎え、紳士的に美羽を車に乗せた。アクセルを踏むと、車は若い夫婦を忙しい仕事へと向かう。学校に授業がなく、仕事が暇な午後、二人は学生時代に戻ったように大学のキャンパスをぶらついた。キャンパスの隅々に彼らの足跡が刻まれていた。蔦の絡まった古い校舎は年月の重みを感じた。きらめく人工湖の畔では柳の枝がそよ風に揺れる。時には、大学生カップルのように、人目を避けて静かな森で木漏れ日を浴びながらキスを交わし、お互いだけの時間を楽しんだ。まるで世界の全てが遠のき、ただ二人だけの幸せな瞬間が続いているかのように。臨市大学では時が静かに流れていた。美羽が心血を注いで教えた生徒たちは、すでに夢を胸にキャンパスを巣立っていた。今でも学生たちの休み時間の話題には、文学部の魅力的な清水美羽先生と、その優しい恋人のことが上がる。ただ、かつて皆が口にした「加藤悠斗」という名前は過去のものとなり、今はドナルドという新たな名前に変わった。それでも学生たちが二人の幸せな恋愛を羨み、語り継ぐことに変わりはなかった。気づけば次の春が訪れていた。大地が目覚め、新たな命を迎え入れていた。だが、美羽の体に異変が現れた。朝の洗面で何度も吐き気を催すようになり、最初は胃腸の不調と思って気にしていなかったが、日増しに症状が悪化し、美羽は内心で予感を抱きながら不安な気持ちで病院へ向かった。妊娠三ヶ月との医師の宣告に、彼女は驚きと喜びで、指先が白くなるほど検査結果を握りしめ、すぐにドナルドに電話をかけた。電話の向こうで忙しく仕事をしていたドナルドは、この知らせに一瞬凍りついた。数秒後、我に返ると飛び上がらんばかりの興奮で「あなた!僕……僕、パパになるんだ」と叫んだ。抑えきれない喜びに満ちた声はオフィス中に響き渡り、同僚たちから好奇と祝福の視線が集まった。その後、ドナルドは新たな活力を得たように、仕事後にはすぐにベビーショップに直行し、妊婦ケア、新生児ケア、産後ケアに関する本を山ほど買い込んだ。家に帰

  • 潮汐の瞳   第20話

    飛行機を降りると、美羽は両親と花音とレーメンが揃って迎えに来ている姿を見つけた。一方のドナルドは、いつもの乱れた髪で、目をこすりながら眠そうにしていた。どうやら飛行機が着陸するまでぐっすり寝ていたらしい。今は顔が真っ赤で、頭を深く垂れ、まるで悪い子のように美羽の後ろに隠れようとしている。普段の大雑把な彼からは想像もつかないほど、恥ずかしそうに身を縮めていた。「あら、ドナルド君がいざ会うとなんだか照れちゃって?」花音は鋭くドナルドの小さな動作に気づき、軽やかな調子でからかった。その言葉で、少し堅かった空気が一気に和らぎ、みんなは一瞬驚いた後、思わず笑い出した。到着ロビーは一気に明るい雰囲気に包まれた。その後の両親との面会は非常に順調に進み、生活の細かいことから将来の計画まで、話は自然と結婚式の日程にまで及んだ。美羽はそばで静かにドナルドと両親の熱心な議論を聞きながら、時折ドナルドを見上げ、口元に微笑みを浮かべた。彼女の目の前の茶碗には、いつの間にかドナルドが取り分けてくれた好物の料理がきれいに並んでいた。それぞれの料理には、彼の細やかな気遣いが感じられた。帰国後、美羽はすぐに忙しい日々に飛び込んだ。大学に復職するための手続きは煩雑で、毎日キャンパスのあちこちの事務室を駆け回っていた。ドナルドもこの頃は朝早くから夜遅くまで忙しく、美羽は就職活動で忙しいのだろうと思っていた。「あなた、今夜花火を見に行かない?」やっと手が空いてソファで一息ついている美羽に、ドナルドは目を輝かせながら近づいてきた。答えは言うまでもなかった。美羽は彼の楽しそうな様子を見て、微笑みながら頷いた。夕暮れ時、美羽の母のバイクを巧みに操るドナルドは、乗り込むと美羽に手を振った。美羽は素早く近寄り、横に座ってそっとドナルドの腰に手を回した。二人が初めて出会った頃のように、バイクは「ブーン」と音を立てて、花火大会が行われる公園へ向かった。道中、春の優しい風が頬を撫で、街灯が次々と灯り、街の輪郭を優しく照らし出した。二人の笑い声が風に乗って広がり、甘く幸せな空気に包まれた。「市内で花火大会があるなんて知らなかったわ。どこで情報を仕入れたの?」「えへへ、それは秘密だよ」遠くには街のネオンが輝き、すぐそばには最愛の人がいる。花音

  • 潮汐の瞳   第19話

    ドナルドと過ごす日々は、いつも楽しく、そしてあっという間に過ぎていくのだった。ある日の昼食後、美羽は警察署からの電話を受けた。悠斗の傷がほぼ回復し、刑務所へ移送される準備が整ったが、本人がどうしても美羽に会いたがっているという。「清水さん、来られるのでしたら安全は保障します。もちろん、お断りになっても構いませんが」電話の向こうの声に、向かいで食事をしていたドナルドは箸を止め、こっそりとその会話を聞いていた。「結構です。お手数おかけしました」美羽が悠斗の願いを断ると、ドナルドはほっとした様子でまた食事を始めた。「食事が終わったら、ショッピングモールでも行こうか?」ドナルドがやっと口いっぱいのご飯を飲み込んだ頃、美羽はにっこりと誘いをかけた。「うん」あの時、ドナルドのバイクは大きな損傷を受け、今も修理中だった。「チリンチリン」どこからか自転車を引っ張り出したドナルドが、ベルを鳴らしながら美羽の前に停まった。「先生、乗って。僕が運転するよ」タクシーやバスの方が楽で便利なのはわかっていた。だが恋愛とはそういうもので、普段は冷静な大人二人に、こんな子供っぽいことを進んでさせるのだった。程よい気温の中、そよ風が美羽の頬を撫でる。ドナルドは漕ぎながら、彼女と無駄話をして楽しんでいた。突然、パトカーのサイレンが鳴り響き、小さな自転車の横を通り過ぎた。車内の悠斗は窓越しに、笑い合う二人の姿を見つめ、ついに執念を手放すことを決意した。ドナルドも美羽もパトカーの中の悠斗に気づいたが、二人はその話題を避け、さっきまでの無意味な会話を続けた。悠斗が収監されたことを知り、南アフリカにいる花音はようやく妹の危険に気づいた。「もっと早く帰国して、悠斗の企みに気づくべきだった。あなたたちにこんな災難をかけさせて」花音は罪悪感に駆られて二人に謝った。しかし美羽は笑って言った。「そんなこと言わないで。悠斗がこんなことをしなければ、私は海外に行かなかったかもしれない。彼が邪魔をしなければ、ドナルドへの気持ちに気づかなかったかもしれない。どれだけ遠回りしていたかわからない」ドナルドもビデオ通話の花音に向けて、へつらうような笑顔で言った。「お姉さん、心配しないでください。悠斗みたいな奴が来たら、一人でも二人でも

  • 潮汐の瞳   第18話

    「バン」銃声が響いた瞬間、ドナルドは反射的に美羽を地面に押し倒し、自分の体で彼女を覆った。我に返った美羽は慌ててドナルドが怪我をしていないかを確認した。次の瞬間、重い物が倒れる音がした。振り返ると、銃弾を受けた悠斗の姿があった。その時、駆けつけた警察が銃を撃った犯人の頭と他の仲間を制圧した。「約束違反のくそ野郎!芝居を頼んだだけだってのに、警察を呼ぶなんて!仲間からサイレンの報せが入ってなかったら、俺たちは完全に騙されてたぞ」犯人たちは悠斗に向ける目に怒りと憎しみを燃やしていた。彼らはもともと不良で、こんな仕事で生計を立てていた。しかし悠斗が計画を変えて、ドナルドを殺そうとした時点で、この仕事は変質した。警察に通報されていないと思い、この仕事が終わったら身を潜めるつもりだった。だがまだ現場を離れていないうちに、サイレンの音が聞こえてきた。彼らを集めてこの仕事をさせた頭として、この屈辱を簡単に飲み込めるわけがなかった。「ハハハッ!まだそんな深情けに撃たれたふりか?お前さえいなければ、あのカップルはこんな目に遭わなかったんだぞ!」頭は狂ったように笑いながら叫んだ。悠斗は地面に倒れ、意識が徐々に遠のいていた。しかし美羽は微動だにせず、自分を気遣う様子はなかった。代わりに、自分が殺そうとしたあの外国人が小走りに近づいてきた。「動くな。応急処置をする」ドナルドの手際は非常に慣れたもので、素人には見えなかった。「美羽を呼んでくれないか?少しだけ話したい」悠斗は哀願するようにドナルドを見つめた。男は「ちっ」と舌打ちしたが、悠斗をそっと地面に降ろし、不承不承ながら美羽を呼びに行った。美羽は悠斗の傍らに立ち、俯きながら彼を見下ろした。「美羽、もう二度とあなたを追いかけ回せないかもしれない。本当に僕を許せないのか?」悠斗は哀れっぽく美羽のズボンの裾をつかんだ。血と塵にまみれた姿は痛々しかった。しかし次の瞬間、その足が後ろに一歩下がり、手に握られていた布地も消えた。美羽はゆっくりとしゃがみ込み、「できないわ、悠斗。君はやりすぎた。もう二度と会いたくない」そう言い残すと、美羽はためらうことなく立ち上がり、ドナルドのもとへ歩き出した。悠斗は完全に意識を失った。連行された犯人たちは、警察

  • 潮汐の瞳   第17話

    美羽が海に飛び込もうとした瞬間、血まみれの悠斗が彼女を強引に抱き止めた。「命を捨てる気か!あいつが飛び込んでからどれだけ経ったと思ってる!助かるわけがないだろう!あんな奴はただの通りすがりだ!あなたを救ったのはこの僕だ」美羽は悠斗の傷と血だらけの姿を目にしたが、少しも憐れむ様子はなく、彼の腕の中で必死に暴れながら叫んだ。「全部知ってるわ!あの連中、お前が雇ったんでしょ!どうして金を受け取ったのにドナルドを死なせようとするの!?悠斗、憎ませないで」もがくうちに、美羽は悠斗の傷口を押さえつけてしまったようだ。痛みに思わず手を緩めた悠斗から解放された。美羽は深く息を吸い込むと、海へと身を投げた。海の中は広がっていて、美羽は自ら深みへ沈んでいくにつれ、圧迫される胸と増していく無力感に苛まれた。ドナルドはこんな目に遭わずに済んだのに、彼女と出会わなければ、きっと国内で新しい生活を始められたはずなのに。涙を流しているのかさえわからない。ただ、目がひどくしみる。どれくらいの時間が経っただろうか。ようやく、目を閉じた男の姿を見つけた。二人は気が合ったものの、正式に交際を認め合ったわけではなかった。だがこの瞬間、美羽は伝えたくなった、彼の全てが好きだと。冷たくなりかけたドナルドの唇から、美羽は息を吹き込んだ。必死に水上へと泳ぎ上がる。意識を失ったドナルドは重く、沈まないように支えるだけで精一杯だった。酸素が減っていくにつれ、視界もぼやけ始めたが、美羽の体は機械的に泳ぎ続けていた。やがて水圧が弱まり、二人は水面に浮上した。奇跡的に、近くにライフジャケットが二つ浮かんでいた。歯を食いしばりながらドナルドにライフジャケットを着せ、岸へと泳ぎ続ける美羽は、ライフジャケットに付いた血痕に気づかなかった。太陽は真上に昇っていたが、海水は冷たく、男の体も温まらない。「ドナルド!ドナルド!目を覚まして」美羽は無力に彼の頬を叩いた。反応はないが、かすかな鼓動にわずかな安心感を与えた。ドナルドの鼻をつまみ、顎を上げて、美羽は深く息を吸い込み彼の唇を覆った。何度も人工呼吸を繰り返しているうちに、唇が痺れるほどだった。「げほっ」海水を吐き出したドナルドは弱々しく咳き込み、濡れた髪が顔に貼りついた。赤くなった目で美羽を

  • 潮汐の瞳   第16話

    美羽が冷たい水を浴びせられて意識を取り戻した時、自分が船の上に連れ去られていることに気づいた。周囲には覆面をした誘拐犯たちが立ち囲んでいた。「目覚めたか?なら家族に連絡して身代金を用意させろ」一人の犯人が荒々しく美羽を蹴り倒すと、携帯電話を取り出し番号を言うよう促した。地面に倒れた美羽は痛みで思考が混乱しており、無意識にドナルドの番号を口にしてしまった。「数字が違うぞ、まあいい」犯人は呟いたが、美羽には考える余裕などなかった。「彼女に何をした!何が目的だ」ドナルドの声が受話器から聞こえ、不思議と安心感が湧いた。「彼女の安全がほしいなら、3時間後に千万円を一人で埠頭に持って来い!一人で来るんだぞ」美羽はドナルドにそんな大金があるかもわからなかったが、彼は即座に承諾した。その3時間、美羽は一滴の水も与えられず、地面に転がされたまま体の半分が感覚を失っていた。やがて見覚えのある金髪が視界に入った。ドナルドは擦り傷だらけで、大切にしているバイクも傷だらけになっていた。男はブリーフケースを握りしめ、息を切らしながら埠頭へ駆け込んできた。「金はここだ!早く彼女を解放しろ」しかし犯人たちは誰もケースを受け取ろうとせず、困惑した様子で顔を見合わせた。頭格の男が外に出て電話をし、戻ってくると条件を変えると言い出した。「金が欲しかったのはさっきまでだ。今は、お前の命が欲しい」他の犯人が驚き、頭を見つめたが、誰も口を挟むことはなかった。頭は美羽の傍らにしゃがみ込み、ナイフを弄びながら悪辣に提案した。「手足を縛って海に飛び込め。そうすれば彼女を解放してやる」ドナルドはその言葉を聞くと、美羽を名残惜しそうに見つめると、静かに頷いた。美羽は彼が本当に金を持ってくるとは思わなかった。ましてや自分のために命を投げ出すほど簡単に承諾するとは。「やめて!ドナルド、逃げて!私のことは気にしないで!お願い、そんなことしないで」ドナルドが縄で手足を縛られるのを見ながら、美羽は泣き叫んだ。しかし彼はただ微笑みかけ、犯人を睨みつけた。「これで手足は縛られた。約束通り彼女を解放するんだな?」犯人は嘲笑しながらナイフを振った。「飛び込めば解放する。勇気がなくなったか?心配するな、商売上の信用は守る。君の可

  • 潮汐の瞳   第5話

    一日中、彼らは市内の複数のブライダルサロンを巡り歩いた。ようやくウェディングドレスを決めて家に着帰ったときは、すでに夜も遅くなっていた。美羽は青白い顔をして一人で寝室に入った。悠斗は少し考えた後、キッチンへ向かった。ドアをノックして入ってきた悠斗に、美羽はいつものように睡眠薬入りのミルクを持ってきたのだろうと思った。しかし、彼が差し出したのはジンジャーティーだった。「ごめん、気を使ってなかった。今日は生理初日なのにあちこち歩かせて、辛かっただろう」「まずこれを飲んで温まって。お湯を汲んでくるから」美羽はマグカップを両手で包み込み、悠斗が忙しそうに動き回る姿をぼんやりと見

  • 潮汐の瞳   第4話

    一週間後、花音はレーメンを連れて帰国した。 午前10時に到着する飛行機のため、悠斗は7時に起きて準備を始めた。普段は外見に気を使わない男が、クローゼットの前で30分も服を選び、ぶきっちょに髪を整え、香水まで吹きかけていた。 「これが本命の威力か」悠斗は3年間続けてきた習慣さえ忘れてしまっていた。 美羽は渋い表情でヘアゴムを使い、高いポニーテールを結んだ。 「美羽、お姉さんに花束を贈ろうか?ひまわりがいいかな?」 悠斗は美羽の意見を求めながらも、すでに車の方向を市内最大の花卉市場に向けていた。「どちらでも」美羽は窓の外を見つめたまま小さく答えた。 この

  • 潮汐の瞳   第3話

    食事会は順調に進み、悠斗もこれまで通りの優しい彼氏として振る舞っていた。しかし、やはり何かが違っていた。悠斗は美羽の隣に座りながらも、注意力は常に花音に向けられていた。花音の言葉には一つ一つ反応し、たとえ彼女からまともに見られなくても気にしない様子だった。一方、悠斗は美羽には食べられない辛い料理を山ほど取ってくれた。美羽の胸に込み上げるのは、やりきれない悔しさだった。夜、家に帰ってからも悠斗の興奮は冷めやらず、結婚式の話を続けた。ほとんど彼一人の話だった。「悠斗、ちょっと疲れたから先に寝るね」美羽は疲れを感じ、悠斗を残して寝室に入った。しばらくして、悠斗は温かいミル

  • 潮汐の瞳   第2話

    翌朝、美羽が起きた時、ソファにはもう悠斗の姿はなかった。「もう起きたの?それなら、髪を結んであげようか」浴室から湯気をまとって出てきた悠斗は、二日酔いの疲れを残しながらも、昨夜の出来事は覚えていないようだった。鏡に映る、自分の髪を丁寧に梳かす男を見つめながら、美羽は探るように口を開いた。「悠斗、私、また髪を短くしようかなって思ってるんだけど、どう思う?」「うっ、痛い」「ごめん、つい力が入っちゃった。痛かった?どうして急に短くしたいんだい?長い髪の方が似合ってると思うけど」悠斗は手に取った長い髪を優しく見下ろしながら、穏やかに諭した。「今切ると、結婚式の時のヘアス

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status