FAZER LOGIN18歳の誕生日、私、水野奈月(みずの なつき)は、高瀬裕真(たかせ ゆうま)と約束した。大学を卒業したら、一緒にセレナ湖の夕日を見に行こうと。 夕焼けが湖いっぱいに広がる頃には、俺たちの未来もきっと輝いている。彼はそう言った。 4年後、私たちは約束どおり、その場所を訪れた。 けれど湖に出かける当日、私は突然高い熱を出し、ホテルに残ることになった。 夕方、解熱剤を飲んだ私は、それでも何年も楽しみにしていた夕日を諦めきれず、一人で湖畔に向かった。 展望デッキに上がった途端、夕焼けの中で裕真が私の親友、森川咲穂(もりかわ さほ)にキスをしているのが見えた。 幼なじみの石田大地(いしだ だいち)がカメラを構え、笑いながら二人を撮っている。 咲穂が裕真の胸に寄りかかった。 「奈月にばれたらどうするの?」 大地が鼻で笑う。 「半年もばれずにやってきて、今さら怖くなったのかよ」 咲穂は裕真を見つめた。 「それで、いつ話すつもり?」 裕真は夕日を眺めたまま、落ち着いた声で答えた。 「帰ったら、ちゃんと話す。一緒にセレナ湖に来る約束は、もう果たしたし」 そして咲穂を抱き寄せ、優しく言った。 「これから、こういう景色はお前とだけ見るよ」 3人の笑い声は、周囲の歓声に紛れていった。すぐ近くにいる私に気づいた様子は、誰にもなかった。 私は裕真にもらったネックレスを外して湖畔のベンチに置き、背を向けた。 18歳の私は、一緒に夕日を見に行くことが、恋のいちばん幸せな結末だと信じていた。 22歳になって、ようやくわかった。 夕日は約束どおり湖に沈む。 けれど、一緒にその景色を見ようと言った人は、とっくに別の誰かのもとへ行っていた。
Ver mais映像展の開幕日、私は自分の作品の前で取材を受けていた。大きなスクリーンには、千年を経た廃墟を吹き抜ける砂が映っていた。崩れた壁の隙間から朝の光が差し、修復士が腰をかがめて、壁画の埃をそっと払っている。作品の題名は、「黄昏の、その先へ」記者が尋ねた。「この題名には、どんな思いを込めたんですか?」私は画面の中で、少しずつ明るくなっていく空を見た。「黄昏は、終わりではないからです。歩き続ければ、必ずまた新しい光に出会えます」取材を終えて振り返ると、人の輪の外に裕真が立っていた。1年ぶりに見る彼は、ずいぶん痩せていた。いつもきちんとしていたシャツにはしわが寄り、目元には疲れがにじんでいた。彼は長い間私を見つめてから、かすれた声で呼んだ。「奈月」私は軽く会釈した。「久しぶり」よそよそしい声を聞いた途端、彼の目が赤くなった。足早に近づき、鞄から4周年の記念アルバムを取り出した。「これ、ずっと持ってたんだ。マンションの部屋も、もう一度借りた。仕事だって、またやり直せる。映像の仕事がしたいなら、もう絶対に邪魔しない。咲穂とも大地とも、縁を切った」言葉がせわしなく続いた。条件をそろえさえすれば、18歳のあの頃に戻れるとでも思っているようだった。私はアルバムを見たが、手は伸ばさなかった。「裕真、まだわかってないんだね。変わってほしくて離れたんじゃない。もう、あなたと一緒にいたくないからだよ」彼の手が宙で止まった。「でも、4年も一緒にいたんだぞ。たった一度間違えたからって、4年間を全部なかったことにするなよ」「一度?」私は小さく笑った。「父の手術の日、大地が事故に遭ったって嘘をついて、咲穂の誕生日を祝いにセレナ湖に行った。私が高熱で病院に行かなきゃいけないときには、置いていって、咲穂とサイクリングをした。一緒に暮らすつもりで私が借りようとした部屋に、先に咲穂を連れ込んで、お酒を飲んで、シャワーまで浴びた。4年前から一緒に夕日を見るって約束していたのに、あなたは私の目の前で咲穂にキスをした」私は静かに彼を見た。「一度じゃないよ、裕真。どちらかを選ぶたびに、あなたは私を選ばなかった」彼の顔が、次第に白くなった。「悪かったと思ってる。奈月、もう一度だけチャンスをく
それから半年間、裕真はほとんど毎日、メールを送ってきた。初めのうちは、まだ滑稽なほどのプライドにしがみついていた。【プロジェクトはいつ終わるんだ?】【帰ってきたら、話そう】【会社のお前の席は残してある】私は一通も返さなかった。私が去って1か月後、起業チームは完全に解散した。機材や撮影場所の費用は倍に膨らみ、2件の仕事で立て続けに契約を守れなくなった。投資家は資金を引き揚げ、共同経営者も離脱を申し出た。大地は責任をすべて裕真に押しつけた。二人は事務所で激しく言い争い、とうとう殴り合いになった。出ていく間際、大地は裕真の鼻先を指さして怒鳴った。「今さら一途な男ぶってんじゃねえよ!奈月が熱出したとき、放っておけって言ったのはお前だろ。約束さえ果たせばいいからって、あいつを騙してセレナ湖に連れてきたのもお前だ。捨てられてから焦ったって、遅いんだよ!」裕真は荒れ果てた事務所に立ち、何も言い返せなかった。咲穂だけは、ずっとそばにいた。けれど堂々と付き合えるようになると、かえって二人は頻繁に喧嘩をするようになった。裕真は、咲穂が仕事を理解せず、何の役にも立たないことに不満を募らせた。咲穂は泣きながら責めた。「前は、何もしなくていいって言ってたじゃない。私が楽しく過ごしていれば、それでいいって」裕真はそこでようやく気づいた。以前、私が一緒に夜更かしして企画書を書き、機材を担いで街中を駆け回っていたことは、当然だと思っていた。咲穂は食事や映画に付き合い、甘えるだけ。それなのに彼は、彼女にはどこまでも辛抱強く、優しかった。ほかの女を特別扱いしたのは、自分だ。そのくせ私には、いつまでも同じ場所にいて、自分が困れば支えてくれるよう求めていた。ある喧嘩のあと、咲穂はとうとう、優しいふりをやめた。「今さら後悔して、何になるの?あの日、展望デッキに奈月がいたこと、私はとっくに気づいてたよ」裕真が、はっと顔を上げた。「何だって?」「人だかりの後ろに立ってるのが、見えてた」咲穂は目を赤くして、仕返しをするように笑った。「でも、教えなかった。裕真が私にキスするところを見て、自分から消えてほしかったから。だけど、私があそこまで強気になれたのは、大地がいたからじゃない。裕真がいたからだよ。キ
その夜、裕真は卒業祝いの食事会に出なかった。一人で事務所に戻り、奈月が残した引き継ぎ資料を何度も読み返した。会社の設立手続きから顧客向けの提案書、機材の型番から撮影予算まで、どの案件にも奈月の仕事の跡があった。ブランド名を考えたのは、奈月だった。宣伝用の映像を編集したのも、奈月だった。最初のクライアントは、奈月が7回足を運んで、ようやく契約にこぎつけた相手だった。起業コンテストで賞を取った裕真のスピーチ原稿も、奈月が2晩続けて徹夜し、直したものだった。それなのに、授賞式で彼は壇上に立ち、こう言った。「これは、僕が一人で追いかけてきた夢です」カメラが客席に向いた。いちばん後ろに座った奈月は、笑顔で拍手を送っていた。あのとき彼は、何もおかしいと思わなかった。彼を愛しているのだから、奈月が喜んで彼の成功を支えるのは当然だとさえ思っていた。今、すべて滞りなく引き継げるよう整えられた資料を前にして、ようやく気づいた。奈月はもう、離れるための準備を済ませていたのだ。スマホが震えた。咲穂から、映画のチケットのスクリーンショットが送られてきた。【卒業祝い、一緒に行くって約束したよね】裕真は返事をしなかった。10分後、事務所のドアが開いた。咲穂がケーキを提げて入ってきた。目が赤かった。「どうして電話に出ないの?」「忙しいんだよ」「仕事で?それとも、奈月を捜すのに?」彼女はケーキの箱を、音を立ててテーブルに置いた。「もう連絡も拒まれてるのに、そんなもの見てどうするの?前は『奈月は俺から離れられない』って言ってたよね」裕真の顔が険しくなった。「出ていけ」咲穂は呆然とした。「私に怒るの?先にキスしてきたのは、裕真でしょ。奈月にあれこれ言われるのは、もううんざりだって言ったのも。仕事しかできなくて、何の面白みもないって言ってたじゃない。いなくなって、せいせいしたんじゃないの?」裕真の顎に力が入った。確かに、そう言ったことがあった。奈月の存在が気に入らず咲穂が拗ねるたび、奈月を悪く言って機嫌を取っていた。けれど奈月が朝食や企画書、顧客資料を用意しているのを見ると、この先ずっと一緒にいるなら、やはり奈月のほうがいいと思った。咲穂といる新鮮さも、手放したくなかった
1週間後、予定どおり卒業式が行われた。裕真はずいぶん早く来ていた。講堂の前から3列目に座り、数分おきに入口を振り返った。卒業式は人生で特に大切な節目の一つだと、奈月は以前話していた。何があっても戻ってきて、卒業写真を撮るつもりだと。だから彼は、奈月が必ず来ると信じていた。ポケットには、あのマンションの合鍵まで入っていた。奈月が自分から折れれば、鍵を返してやってもいい。そう決めていたのだ。セレナ湖でのことも、少しなら譲歩するつもりだった。これからは、奈月の前で咲穂をあまり特別扱いしない。少なくとも、奈月には見せないようにする。けれど式が始まっても、奈月の席は空いたままだった。担当教員が出席を確認したときも、奈月の名前は読み飛ばされた。裕真はとうとう、じっとしていられなくなった。「先生、奈月は来ないんですか?」教員は不思議そうに彼を見た。「聞いていないの?西域の撮影は途中で抜けにくいから、オンラインで参加するって。卒業証書も、指導教員に代理で受け取ってもらう手続きをしているよ」裕真の顔色が変わった。「戻ってこないんですか?」「しばらくは戻らないと思うよ」教員はそう言って、仕事に戻った。裕真はその場に立ち尽くした。ポケットの中で握りしめた鍵が、手のひらに食い込んでいた。咲穂が彼の腕を取った。「あのプロジェクト、1年だけでしょ。終わったら、奈月も戻ってくるよ」裕真は少し黙ってから答えた。「仕事も会社もこっちにあるんだ。当然、帰ってくるだろ」口にしたことで、また自信を取り戻したようだった。式が終わると、みんな講堂の外に集まって写真を撮った。咲穂が花束を抱えて、裕真の隣に立つ。大地がカメラを構え、笑いながら声をかけた。「もっとくっつけよ。もう卒業したんだし、隠すことないだろ」咲穂は頬を赤らめ、裕真の腕に抱きついた。周りから冷やかす声が上がった。「二人、けっこうお似合いじゃん」「裕真くんって、彼女いなかった?」以前なら、裕真は必ず、彼女は奈月だと答えただろう。けれど今度は、笑うだけで何も説明しなかった。そんな状況を、まだ楽しんでいるようだった。奈月がいなくても、そばには自分を慕う女がいる。その気になれば、いつでも人に羨ましがら