Masukしかし、このままじゃダメだ。彼の後ろを追いかけながら、「彼はただ、自分の気持ちをうまく伝えられないだけ」と自分を慰め続けることはできない。そんな卑屈な人間にはなりたくない。もし彼が本当に彼女を愛しているなら、不安な気持ちのまま、待たせるようなことはしない。彼女が答えを求めた時、沈黙したりはしない。彼女が去ると言った時だって、きっと引き留めていたはずだ。彼は彼女を想っている。でも、愛が足りないのも事実なのだ。その考えに至ると、麗蘭は不思議と平静を取り戻した。涙が込み上げることも、心が痛むこともなかった。もう忘れよう。その後ろでは。麗蘭の乗る車の後に、二台の黒いセダン車が続いていた。一台は適度な距離を保ちながら走行し、もう一台は、さらに後方を走っていた。忍野は、麗蘭の乗る車を見ながら、無線機で状況を伝え、指示を出した。「前方に料金所あり、直ちに不審者の確認を。右側を走行する黒い車両が何度も車線変更している。監視を怠るな。麗蘭さんの車がサービスエリアに入った。我々は外で待機、彼女に接近するな」彼らは麗蘭に気付かれず、陰ながら護衛を続けた。時正は、彼女のことが心配でならず、部下を使って彼女の安全を守った。国境のキャンプ地では。礼央が埠頭の捜索に関する後処理の引き継ぎを終え、テントで休息を取ろうとした時、見慣れた人影が近づいてくるのが見えた。真衣は品のよいスーツを身に纏い、長い髪を後ろで緩くまとめていた。彼女は携帯を手にしており、誰かと通話していたようだった。真衣は礼央を見て駆け寄り、落ち着いた声で言った。「戻らなきゃならなくなったの」礼央は眉をひそめた。「何か急用が?」「ええ、今連絡があって、国境を跨ぐ総合的な治安対策に関する政府調整会議が開かれることになったらしいの。その会議に、どうしても出席してほしいと言われて」真衣は続けた。「こっちの状況が落ち着いてから帰国しようと思っていたんだけど」礼央は周囲を見渡し、表情を曇らせた。エリアスはまだ逃亡中だ。暗がりには、相手の残党がどれだけ潜んでいるかわからない。真衣は身分が特殊で、政府側の代表でもある。一人で移動すれば、格好の標的となる。「車で空港まで送らせる」礼央は言った。「ここは危険だ。一人で行動しない方がい
麗蘭はそう言うと、振り返らずに立ち去った。ドアが静かに閉まった。彼女は何のためらいもなく、振り返らずに時正の視界から完全に消え去った。空っぽになった部屋に、彼女の淡く清らかな接見の香りが漂っていた。麗蘭は、あっけなくその場を後にした。時正は微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。彼には、何もできなかった。エリアスは逃亡し、行方が掴めずにいる。積荷の一部と、彼の部下を捕えたからといって、根本的な解決には至っていない。彼は陰険で狡猾な男だ。態勢を立て直し、必ず報復してくるだろう。そして彼は、時正や礼央の大切な人を標的にするはずだ。麗蘭。真衣。彼女たちは、二人の急所になる。やはり、このまま放ってはおけない。何としてでも、彼女を守らなければならない。時正はゆっくりと手を上げ、麗蘭が腰かけていたベッドのシーツをなぞった。まだ、彼女の気配が残っている気がした。シーツに、微かに残っていた温もりは、次第に夜明け前の冷気に飲み込まれていった。時正は、ゆっくりと目を閉じた。「麗蘭さん……」自分の声がひどくかすれ、微かに震えていることに、時正は驚いた。時正は目を開いた。彼はイヤホンマイクで指示を出した。「忍野、部下二人を連れて、麗蘭さんが無事帰宅するまで護衛してくれ。だが、くれぐれも彼女に気付かれないように、細心の注意を払え。彼女が休息を取っている間、お前達は周囲を監視するんだ。不審な車両や人物を排除しろ。どんな些細なことも見逃すな」すぐに忍野の落ち着いた返事が返ってきた。「承知いたしました、時正さん。お任せ下さい。麗蘭さんが無事に帰宅するまで、しっかりとお守りします」「彼女が無事帰宅したら、引き上げて構わん」「承知しました」指示を出し終えると、時正は通信を切り、ゆっくりと窓辺へ歩いた。窓を開けると、夜明け前の冷たい風が吹き込んできた。引き留めず、認めず、彼女を行かせてもいい。だが、彼女に何かあってはならない。次に会えるのは、いつになるかわからない。今度こそ、愛想をつかされるかもしれない。何も言えずにいる自分を、彼女は恨むかもしれない。そのすべてを、受け入れる覚悟はできている。彼女が無事なら。その頃、車中では。麗蘭はシートにもたれながら、窓の外を流れ
時正は、持っていた湯呑を握りしめた。彼は慌てて顔を上げた。「……今、何て?」声はひどくかすれており、彼は一語一語、絞り出すように言った。麗蘭は彼を見ずに言った。「そろそろ家に帰ろうと思って。ここでのことは、あなたの問題で、私には関係ないし。だから、そろそろ帰るわ」麗蘭は、感情のこもらない口調で、はっきりと言った。時正は、胸が締め付けられたように苦しくなり、その場に立ち尽くした。「どうして急に?」彼の声は張り詰めていた。「エリアスはまだ捕まっていない。今ここを出るのは危険だ」「安全かどうかは、私自身の問題だから」麗蘭はようやく顔を上げ、彼を見た。「もうこれ以上、私を守ろうとしてくれなくていい。あなたにはあなたの任務があって、あなたの仲間がいる。私も、あなたの邪魔をしない」時正の胸が締めつけられた。「そんな風に思っていない――」「じゃあ、どう思ってるの?」麗蘭は、彼の言葉を遮った。彼女は続けた。「あなたは自分の気持ちを話さないし、私も聞かない。だから私はずっと不安で、待つことしかできなくて。時正さん、私はもう疲れたの。あなたが私を想ってくれているのは分かってる。でも、あなたは言葉で伝えてくれない。一言も。私から歩み寄ることはできる。ここまで会いに来ることも、あなたの帰りを待つこともね。でも、ずっとは無理なの。あなたに付き纏うようなことはしたくない。私にだってプライドがある。ずっとあなたに纏わりつくような女にはなりたくないの。あなたがもし、本当に私を愛してくれているなら、私をこんなに不安にさせたりしない。本当に私のことを気にかけているなら、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれるはずでしょ。あなたの愛は、そこまでじゃないってこと。だから、あなたは私を不安な気持ちのまま平気で待たせることができる」麗蘭は、泣くことも騒ぐこともせず、ただ心の中にある最も正直な思いを、一言一句、はっきりと彼に伝えた。時正は何か言おうと、口を開いた。しかし、喉元まで出かかった言葉を、結局吞み込んでしまった。言葉を詰まらせている時正を見て、麗蘭の最後の希望は完全に消え去ってしまった。時正は麗蘭より、琴美に対してずっと多くの言葉をかけていた。彼女は彼を見ず、ベッドの傍にかけてあった上着に手を伸
麗蘭の眼差しは静かで、優しかった。詮索せず、感情の起伏さえ微塵も見せない。まるで、任務の成否など、全く気にしていないかのようだった。麗蘭にとって大切なのは、時正が無事に帰ってくることだけだった。時正は湯呑みを見つめ、震える手でそれを受け取った。湯呑みから伝わる温もりが、海風で冷えた身体や心を癒していくようだった。部屋の中は、静かなままだった。窓の外から差し込む夜明けの光と、室内の柔らかな照明が、そっと重なり合っていた。麗蘭は再び椅子に座り、何も言わずに顔を上げ、静かに彼を見つめた。時正も湯呑みを握りしめたまま、何も言わずに彼女を見つめていた。麗蘭は顔を上げて彼を見つめた。時正は彫像のように、沈黙したまま、その場に立ち尽くしていた。麗蘭の心は、少しずつ沈んでいった。欲しかった答えは、とっくに分かっていた。時正が、一切を顧みず彼女を危険な場所に近づかせないようにした時から。どれだけ疲れていても、真っ先にこの部屋に戻ってきてくれた時から……今まで彼と過ごした時間や出来事が、はっきりと彼女に告げていた――時正は麗蘭を想っている。責任でも、任務でも、父親の命令でもない。彼の沈黙の中には、彼女への好意が隠されている。でも、彼はそれを決して口に出さない。一言も口にしない。気持ちを認めず、過去を打ち明けず、彼女に明確な態度を示そうとしない。命懸けで彼女を守り、自分自身を限界まで追い込むことができるのに、「君を想っている」という一言を、決して伝えてはくれないのだ。麗蘭は、心に渦巻く切なさを押し殺した。彼女は待てないわけではない。彼が用事を済ませるのを待ち、彼が警戒心を解き、心を開いてくれるまで待つこともできる。彼なりのやむを得ない事情があることも、麗蘭は理解していた。でも、このまま中途半端な状態でいるのは辛かった。彼は優しく、自分を守ってくれるのに、彼女がいちばん聞きたいことを伝えてはくれない。いつしか、彼女自身でさえ、それを滑稽に感じるようになった。彼女は麗蘭だ。彼女は自ら行動し、駆けつけ、一切を顧みず彼の元へ行くことができる。だが、彼女はいつまでも自ら行動し続け、自分を慰め続けるわけにはいかない。彼に付き纏うような人間にはなりたくない。彼の後
時正は、麗蘭が思いつめてしまわないかと心配になった。彼女はきっと、不安な気持ちでいるに違いない。「ここは任せる。何かあればすぐに連絡してくれ」時正は、部下にそう言い残すと、振り返って急ぎ足で埠頭を後にした。車は次第に海岸線を離れ、窓の外に、地平線から微かな光が少しずつ広がっていくのが見えた。任務では、相手の裏をかき、完璧な包囲網を敷いたが、結局エリアスを逃がしてしまった。隠れた危険は依然として残ったままで、麗蘭の傍にも迫っている。空が明るくなり始めた頃、時正の車はキャンプ地に到着した。敷地内には、まだ警戒態勢が敷かれており、中の者たちは皆、足音を潜めて行き来していた。時正は車から降りると、まっすぐ麗蘭の待つ部屋へ向かった。彼は、そっとドアをノックした。室内から、反応はなかった。彼は少しためらいながら、そっとドアを押し開けた。部屋にはベッドサイドの小さなランプだけが灯っていた。麗蘭はベッド横の椅子に座ったまま眠っていた。どうやら、椅子に座って彼を待っている内に、眠ってしまったらしい。彼女は、わずかに眉をひそめながら眠っていた。長いまつげが瞼の下に小さな影を落とし、灯りの下で顔色は少し青白く見えた。顔には疲れの色が滲んでいたが、それでも彼女の寝顔は愛らしく、美しかった。時正は足を止め、しばらくの間、入り口に立っていた。彼はただ静かに彼女を見つめた。瞳に宿っていた冷たさや疲れ、焦燥感はすべて消え去り、彼は優しい眼差しで彼女を見つめた。しばらくして、時正は麗蘭に毛布を掛けてやろうと、息を潜めて部屋に足を踏み入れた。ところが、彼が近づいた瞬間、麗蘭はゆっくりと目を覚ました。彼女は元々眠りが浅く、些細な物音でも目を覚ましてしまったのだ。二人の視線が合った。部屋は静まり返り、互いの息遣いさえ聞こえるほどだった。麗蘭は何も言わず、ただ静かに彼を見つめた。彼女は、時正の目の下の隈や、少し乱れた髪に視線を落した。服からは海風の匂いが漂い、彼はひどく疲れ、少し落胆しているように見えた。しかし、麗蘭は任務のことを尋ねなかった。標的を捕えたかどうかや、帰りが遅くなった理由も、彼女は尋ねなかった。麗蘭は何も言わず、椅子に静かに座ったまま、時正の心に寄り添うように、穏やかで優しい眼差しを彼
エリアスは青ざめた顔で立ち尽くした。周囲を取り囲む者たちや、拘束された部下たち、積み上げられた荷物を見て、彼の瞳に残っていたわずかな望みは完全に打ち砕かれた。彼はこの日のために、入念に策を練り、幾重もの罠を仕掛けていた。しかし、結局は、足をすくわれてしまった。エリアスは完全に包囲され、目の前には銃口、背後には海が広がり、至るところに時正と礼央の部下がいるのを見て、ついに観念した。彼の側近たちも動揺していた。側近の中に、反射的に腰の武器に手を伸ばした者がいたが、すぐに鋭い怒号が飛んだ。「動くな!動けば即座に発砲する!」怒号が響き渡り、埠頭に一触即発の、緊迫した空気が漂った。エリアスは青ざめた顔でその場に立ち尽くし、悔しそうに唇を噛みしめた。彼は時正を睨みつけて言った。「時正、まさかこれで終わりだとは思っていないだろう?」時正はエリアスを見つめながら、冷ややかに言った。「大人しく観念しろ。そうすれば、命だけは助けてやる」「助ける?」エリアスは狂ったように笑った。「お前らに生け捕りにされるぐらいなら、死んだ方がよっぽどマシだ」そう言うと、彼は突然振り返り、何のためらいもなく、漆黒の夜の海へ飛び込んだ。「ドボン――」鈍い音が、緊迫した空気を破った。「奴が海に飛び込んだ!」「急げ!海を封鎖しろ!」現場は瞬時に騒然となり、礼央はすぐに指示を出した。「落ち着け。すぐに高速艇で包囲し、沿岸部を捜索しろ。奴は潜水用の装備を付けていない。長くはもたないぞ!」礼央の指示を受け、すぐに高速艇のサーチライトが一斉に海面を照らしたが、人影はどこにも見当たらなかった。岸辺にいた人員も素早く散らばり、廃墟となった埠頭の隅、岩の隙間、廃船の船室など、埠頭界隈を隈なく捜索した。時正はデッキの端に立ち、荒れ狂う海を見つめ、眉をひそめた。この海域は潮の流れが特殊で、夜は視界が極めて悪い。エリアスはこの水路に精通しており、ひとたび水中に潜れば、夜の闇と岩礁を隠れ蓑にして彼らの目から逃れる可能性が高くなる。「範囲を広げて、夜明けまで捜査を続けろ」時正は決意を込めて、指示を出した。「時正さんは先に戻って下さい」部下が諭すように言った。「昨晩は一睡もされていませんし、麗蘭さんも帰りを待っておられます」麗蘭の名前を聞くと、時
礼央は淡々と話したが、その言葉には重みがあった。千咲は呆然とし、真衣もまた呆然とした。真衣は驚いた表情で礼央を見つめた。まさか礼央が千咲にそんな言葉をかけるとは思ってもみなかった。千咲は目をぱっと輝かせた。胸に湧き上がる感情は信じがたいものだった。しばらくして、千咲は深く息を吸い、笑いながら言った。「パパ、私の部屋を見に来て。見せたいおもちゃがたくさんあるの」「いいよ」礼央は笑って頷き、千咲に手を引かれて彼女の部屋へ向かった。二人の後ろ姿を見つめ、真衣は胸が熱くなるのを感じた。真衣は立ち上がり、よろめきながら洗面所へ向かった。顔を洗うと、めまいは少し和ら
拍手喝采が起こっている中、関係者はスピーチを終え、会場内の雰囲気はやや緩んだが、依然として目に見えない緊張感を帯びていた。続いて、各企業の代表が登壇して所信表明を行い、皆誠意ある言葉を述べた。彼らは政府の科学技術に関する開発計画を全面的に支持し、07プロジェクトの推進に協力することを表明した。真衣は席に座り、指先で軽く机を叩きながら、会場の一人一人を見つめた。これらの企業の多くはエバーテクノロジーと多かれ少なかれ業務上の接点がある。表明は一見誠実そうだが、実際にはそれぞれ思惑がある。真衣は宗一郎と留美が少し離れたところに座っているのに気づいた。二人は時折小声で話し合う様
「安浩さんが嫌だと言っているんだから、無理強いする必要はないと思いますよ」「あなたは誰?あなたに口を挟む権利があるの?」瑞希は軽蔑と敵意を浮かべた目で沙夜を睨みつけた。瑞希はさきほどから沙夜が安浩と親密に並んで座っていることを不快に思っていたが、今沙夜に口を挟まれたことで、さらに苛立った。「私は彼の友人です」沙夜は怯まず瑞希の視線を受け止めて言った。「友人として、彼が嫌がることを強要されるのを見ていられないだけです。本郷さん、ここでしつこく話すより、この縁談が双方の合意によるものなのかを、お父様に聞いてみたらどうですか」瑞希の顔が青ざめた。彼女はまさかここまで安浩に
その時、湊が真衣に用事があると言って呼びに来た。入札会場の喧騒が微かにドア越しに聞こえる中、真衣は湊について廊下を進んだ。湊は黙って歩き、目立たない休憩室の前で立ち止まった。湊は軽くドアをノックすると、その場を離れた。真衣は深く息を吸い、ドアを開けて中に入った。薄暗い部屋の中、窓際のソファに礼央が座っているのが見えた。昨日の食事で見た礼央とは違い、まるで一晩で別人になったかのように、彼の顔は青白く、目の下には濃いクマがあった。真衣は胸が突然締め付けられたように苦しくなり、言葉を詰まらせた。真衣は彼を見て、唇を動かしたが、言葉が思うようにうまく出てこなかった。「礼







