共有

第459話

作者: 花朔
「それ以上キャンキャン吠えたいなら、根元から切り落とされても文句言わないで」

そばにいた未怜は、冷え切った表情で言い放った。

男は唇を噛みしめて必死に耐えたが、切断器具が瓶に触れた瞬間、やはり悲鳴を上げてしまう。

「......処置、ちょっと厄介ですね」

別の医師が眉をひそめる。

「厄介なら、切ればいいでしょ」

未怜は淡々と口にした。

明は思わず目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ未怜!そんな冷酷なこと言うなよ!」

男が不満げに叫ぶ。

「入れるときは、その結果まで考えなかったわけ?」

未怜は冷ややかに問い返す。

「大人同士でしょ。どんな状況で、どんな気分でそんな遊びをしたのか、全部お見通しよ。私を馬鹿にしてる?」

「違うんだ!話を聞いてくれ......!」

男の目に一瞬の動揺が走る。

「お、俺はただ、帰り道が渋滞してて、どうしても我慢できなくて......」

「血液検査の結果ですが」

明が不意に口を挟んだ。

「患者の血中から、臓器を長時間うっ血させる作用のある薬物が検出されています」

男は言葉を失った。

未怜の鋭い視線が、容赦なく突き刺さる。

「違うんだ、未怜。俺はそんな――」

男が言い終わらないうちに、診察室の外から切迫した女の声が響いた。

「あなた!大丈夫なの!?」

男はその姿を見た瞬間、ベッドに倒れ込み、見事に「死んだふり」を決め込んだ。

「しっかりして!」

女は青ざめて駆け寄り、明の手を掴む。

「先生、どうか彼を助けてください!」

「彼氏、ですか?」

明は女を見ず、ちらりと未怜に視線を投げ、眉を軽く上げた。

未怜は小さく息を吐いた。

表情は変わらないが、組まれた指先に力が入っている。

長年一緒にいた明には、それが「爆発寸前」のサインだと一目で分かった。

「ご家族の方は、外でお待ちください」

明はすばやく女を外へ促した。

「でも......」

女は不安そうだ。

次の瞬間、未怜が女の前に立ち、静かに言った。

「私について来て」

「え?あなたは?」

女が戸惑って尋ねる。

「そのクズ男の元カノ」

未怜は病床で死んだふりをしている男を一瞥し、女に向き直る。

「これ以上馬鹿を見たくないなら、付いてきなさい」

女は一瞬迷ったが、未怜の真剣な表情に押され、半信半疑のまま後を追った。

この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?   第503話

    「それなら、なおさら一緒にやりましょう。海羽がかつて持っていた知名度を、もう一度取り戻すために」紗夜は手を差し出した。「フラッシュの前で、自由に、眩しいほど輝いていた――あの芸能界の女王が、もう一度その魅力と光を放つ姿を、私は見たいの」海羽の目元は次第に赤くなり、紗夜としばらく見つめ合ったあと、静かに、しかし力強くうなずき、彼女の手を握った。「ありがとう、紗夜ちゃん」一番苦しい時に、全力で手を差し伸べてくれたことへの感謝だった。「私のほうこそ、海羽に百倍感謝しないと」紗夜はウインクして、冗談めかして言う。「さすがにそこまでじゃないでしょ?」「ううん。私たち、何年の付き合いだと思ってるの?」「ええと......十六年くらい?」「十六年と三か月よ!海羽、適当すぎ!」「ええ?三か月くらいで、大したことないって......」「大したことだよ!ちゃんと覚えてよ!」「わかったわかった、私が悪かった!本当に反省してますから!」......夜の帳が下り、ロールスロイスは滑らかに道路を走っていた。前方の帰宅ラッシュによる渋滞を見て、中島はハンドルを切り返そうとする。「前の路地で左に入って、そこで停めてくれ」後部座席で沈黙を保っていた文翔が、ふいに口を開いた。「路地ですか?」中島は、夜食を求めて行き交う人々を一瞥し、少し不思議に思ったが、地図を確認した途端、すぐに合点がいった。指示どおり車を進め、人目につきにくい場所に停める。文翔はドアを開けて降り、路地の奥へとゆっくり歩いていった。「芳村餃子店」の明るい看板が、並ぶ店の中でもひときわ目立っている。本格的な夜食のピークにはまだ早く、店内には二、三人の客しかいなかった。暖簾が上がる音を聞いて顔を上げ、芳村おばさんは思わず動きを止めた。数秒後、慌てて立ち上がり、エプロンで手を拭きながら、恭しく文翔の前に立つ。「長沢さん、どうしてこちらに......?」彼女は用心深く彼の後ろを見た。今日は大勢のボディーガードはいない。秘書が一人いるだけだ。それに、紗夜も一緒ではない。疑問は浮かんだが、深くは聞かず、笑顔で尋ねた。「今日は何を召し上がります?」古びたテーブルが並ぶ店内で、文翔の存在はどこか場違いに見える。

  • 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?   第502話

    瑚々の縋るような視線を受けて、紗夜は胸の奥の柔らかいところを、強く突かれた気がした。こんなにも聞き分けがよくて、それでいて繊細な子を放っておけない。彼女は口を開きかけ、ある名前が喉元までせり上がってきた。だが、ここ何年も一人で子どもを育ててきた海羽の苦労を思い出し、思わずためらってしまう。瑚々の実の父親のことを話すかどうかを決められるのは、海羽だけだ。「それは......私もあまり詳しくは知らないの。ただ、見た目は悪くない人だった、ってことくらいかな」紗夜は、結局そんな曖昧な答えしか返せなかった。海羽が必死に瑚々を守ってきたのだから、どれだけ瑚々が不憫でも、海羽の気持ちを無視するわけにはいかない。「ほんと?」「もちろん」紗夜は瑚々の頬をそっと撫でた。「瑚々がこんなに可愛いんだもの。パパだって、きっとそれなりに格好いいはずよ」「格好いいの?前に会った、あのおじさんみたいな?」瑚々の目がきらりと輝いた。紗夜は、彼女の言う「おじさん」が誰なのか分からなかったが、軽くうなずいた。「そうかもね」「じゃあ、そのおじさんに瑚々のパパになってもらったら、紗夜お姉ちゃんは、ママが賛成すると思う?」瑚々は期待に満ちた声で尋ねた。「それは......」紗夜は、一瞬言葉に詰まった。ちょうどその時、理久がランドセルを二つ背負って小走りでやってきた。「準備できたよ!行こ!」瑚々の注意は、すぐに理久へと向いた。「ちょっと、なんで私のランドセル、こんなに肩ひも長くしてるの?」「だって、そうしないと背負いにくいじゃん」......紗夜はようやく胸をなで下ろし、二人の子どもを連れて海羽のもとへ向かった。半日かけて、彼女たちは遊園地へ行き、子どもたちと一緒にさまざまなアトラクションを回った。理久と瑚々は、待ちきれない様子で次々と遊具を渡り歩き、顔いっぱいに満面の笑みを浮かべている。二人があまりにも楽しそうに遊ぶ姿を見て、紗夜は安堵したように口元を緩めた。そのとき、一杯のコーヒーが差し出された。「ホットで、ミルク入り、砂糖なし」海羽は彼女の好みを覚えていた。「ありがとう」紗夜は受け取って、一口飲んだ。「瑚々があんなに楽しそうに遊ぶの、ホント久しぶり」海羽は思わずそ

  • 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?   第501話

    瑚々はその言葉を聞いて、少し迷い、どうしていいかわからない様子で彼女たちを見回し、さらに泣きはらして顔をぐちゃぐちゃにした千輝を一瞥してから、ようやく口を開いた。「謝ってほしいの」「謝るだけでいいの?」理久が不思議そうに尋ねる。瑚々は小さくうなずいた。「うん」千輝はそれを聞くと、なんとか涙をこらえ、瑚々の前に歩み寄って深く頭を下げ、泣き声混じりで言った。「ごめんなさい!さっきは僕が悪かった!本当にごめんなさい......」瑚々は唇をきゅっと結んだまま、何も言わなかった。謝罪は受けたものの、彼を許すつもりはなかった。一方、担任は事態がほぼ収まったと見て、急いで場を取り繕うように前に出た。「今回の件は、私の指導不足です。ここで二人の保護者の方に、心よりお詫び申し上げます。今後は千輝くいをしっかり指導し、二度と問題を起こさせません」そう言いながら、瑚々の前にしゃがみ込み、真剣な口調で続けた。「ごめんなさい、瑚々ちゃん。先生が誤解してしまって」「大丈夫」瑚々はそう答えたが、表情は明らかに晴れていなかった。この様子では、もう教室に戻るのは無理だろう。そこで紗夜は担任に、瑚々を一日欠席扱いにしてほしいと申し出た。担任も快く了承した。「それなら、僕も!」理久は縋るような目で紗夜を見上げる。「お母さん、今日の宿題は全部先に終わらせたよ。せっかくお母さんが帰ってきたんだから、僕も一緒にいたい」紗夜が返事をする前に、理久は甘え攻撃を繰り出した。「お願いお願い。ねえお母さん、お願いだよ~!」彼はよく知っていた。母は強く出られるより、弱く頼まれる方に弱いのだ。案の定、捨てられるのを怖がる迷子の子犬のような表情を向けられて、紗夜は結局うなずいた。「やった!じゃあ僕、すぐにランドセル片づけてくるね。ついでに瑚々の分も!」理久は張り切って言い、紗夜はただ微笑んで手を振り、好きにさせた。そして海羽に目を向ける。「車を回してきて。この子たち二人を連れて出るから」「わかった」海羽は瑚々の頬にそっと触れた。「あとで紗夜お姉ちゃんと一緒に、ママのところに来てね」瑚々はうなずき、紗夜の手を握って外へと歩き出した。長い廊下を歩きながら、紗夜の視線はずっと瑚々に向けられてい

  • 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?   第500話

    海羽は紗夜の横顔を見つめ、その瞳の奥で感情が一瞬揺れ動いた。驚き、意外――そして何よりも、胸に込み上げてきたのは感動と安堵だった。紗夜と長年付き合ってきて、彼女はよく分かっている。紗夜は穏やかな性格の奥に、決して折れない芯を持っている人だ。ただ、結婚してからというもの、その鋭さはずいぶんと削がれてしまっていた。けれど今、かつての――意志があり、角のあった紗夜が、ようやく戻ってきたのだ。「あなたが長沢奥様だから譲ってあげただけよ!いい気になるんじゃないわよ!」詩織はヒリヒリと痛む頬を押さえ、今にも火を噴きそうな目で睨みつけた。梅谷家の令嬢として生まれ育ち、常に丁重に扱われてきた彼女が、人に殴られるなど初めてのことだった。「その言葉、そっくりそのままあなたに返します」紗夜は感情の起伏も見せず、淡々と言う。「いい気になるのは、あなたの方でしょう」「この......!」詩織は怒りに任せて手を振り上げ、紗夜に平手打ちをしようとした。だが、彼女の手が触れる前に、その手首は海羽に強く掴まれていた。「証拠は揃ってる。先に騒ぎを起こしたのは、あんたの甥だ」海羽は冷たい視線で睨み据える。「これ以上大事にしたくないなら、さっさと消えなさい」174センチの身長と、攻撃性を孕んだ顔立ち。その圧迫感に、詩織は一気に気勢を削がれた。歯を食いしばって手を引こうとするが、力では敵わない。何度引いても外れず、苛立ちを隠せずに叫ぶ。「放しなさいよ!」海羽は微動だにしない。詩織が思い切り腕を引いた、その瞬間――海羽はあっさりと手を放した。「きゃっ......!」詩織はよろめき、転びそうになる。「おばさん!」千輝が慌てて支えに行く。「大丈夫?」詩織は忌々しげに千輝を睨みつけた。こいつが最初に騒ぎを起こし、しかも嘘までついたせいで、こんな恥をかく羽目になったのだ。「帰るわ!」彼女はその手を振り払い、海羽を刃物のような目で睨みつける。だが海羽は怯むどころか、高い位置から見下ろし、その威圧感に詩織は内心たじろいだ。今日はボディーガードも連れてきていない。結局、悔しそうに腕を振り、踵を返して去っていった。ハイヒールが床を強く打ち、カツカツという音が廊下に響き渡る。

  • 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?   第499話

    普段から馬術の授業やさまざまな運動で、瑚々はいつも一位。本気でぶつかられたら、痛くないはずがない。「ち、近づくなよ!怖くなんかないから!」千輝はそう言い張りながらも、じりじりと後ずさりし、瑚々は一歩、また一歩と距離を詰めていった。慌てて逃げようとした千輝は、左足で右足を引っかけてしまい、よろめいて前のめりに倒れた。瑚々はぎょっとして、とっさに服を掴もうと手を伸ばしたが、指先が衣服の端に触れた瞬間――鈍い音とともに、千輝の顎が机の角にぶつかり、鮮血が滲み出た。「うわあああ!」千輝はたちまち泣き喚いた。「なんで押したの?」「ち、違う......」瑚々は弁解しようとしたが、そのとき担任が駆け込んできて、真っ先に千輝のもとへ向かった。「千輝くん、大丈夫?」「うぅ......先生、あいつだ、あいつが押したの......」千輝は即座に瑚々を指差した。「先生......」瑚々が口を開きかけたが、担任は冷たく言い放った。「瑚々、職員室に来なさい」そこで動画は終わった。部屋にいる者たちは、それぞれ違う表情を浮かべていた。中でも、背中に汗を滲ませていたのは担任だった。「つまり、あなたは最初から最後まで娘の話を聞こうともせず、一方的に罪を着せた。そういうことですね?」海羽は担任を見据え、低い声で問い詰めた。担任は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。「そ、それは......私の判断ミスです。千輝くんの怪我の処置に気を取られて、瑚々ちゃんへの配慮が足りませんでした」「足りなかった、ですって?最初から一切見てなかったでしょう!」海羽は怒りを抑えきれなかった。「私が来なかったら、娘にあの嘘つきの子どもに土下座させるつもりだったんじゃないですか?!」担任は俯き、言葉を失った。一方、千輝はすでに手が震え、助けを求めるように詩織を見た。詩織は動画を見た瞬間こそ顔色を変えたが、すぐに強気な態度に戻った。「こんな動画、どうせ都合よく編集されたものじゃないの?」「時刻が表示されています。編集はできません」紗夜はそう言って腕時計を差し出し、はっきり見せた。詩織は歯を食いしばり、思わず手を伸ばした。だが紗夜はそれを予測して、すっと引き戻す。「壊しても無駄です。私のスマホと

  • 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?   第498話

    「ふん......」詩織は鼻で笑い、軽くせせら笑った。「言葉はほどほどにしておいたほうがいいわよ。あとで思い切り恥をかくのは、自分なんだから」紗夜はその挑発を意に介さず、瑚々のほうを見て腰を落とし、穏やかな声で尋ねた。「瑚々、あのとき何があったのか、最初から最後まで教えてくれる?」瑚々はこくりとうなずいた。「お友だちと工作をしてたの。千輝がそれを取ろうとして、瑚々が渡さなかったら、ひどいことを言われて......それで先生を呼びに行こうと思って立ち上がったら、瑚々が叩くと思ったみたいで、勝手に怖がって......転んで、顎を机にぶつけたの」「それだけ?」紗夜が静かに確認する。瑚々の目に一瞬、陰りがよぎったが、それでもうなずいた。「うん」「嘘つくな!お前が僕を突き飛ばしたんだろ!」千輝が怒鳴るように口を挟んだ。「クラスのみんなが見てた!お前、手を伸ばしてたじゃないか!」瑚々は眉を寄せた。「あれは千輝が倒れそうだったから、引き止めようとしたから......」「違う!お前はそんな親切なわけない!」千輝は床を踏み鳴らし、詩織に泣きついた。「おばさん、絶対あいつが押したんだ!信じないなら、みんなに聞いてよ!」ほどなくして担任は、そのとき教室にいた生徒たちを一人ずつ呼び、事情を聞き始めた。瑚々と一緒に工作をしていた子たちは、「瑚々は押してない。千輝が自分で転んだ」と証言した。「そいつらは仲間だから、かばってるだけだ!」千輝は反論する。一方で、「よく見ていなかった」という子もいれば、「瑚々が手を伸ばしたのは見えた。押そうとしたように見えた」と話す子もいた。「違うの......!」瑚々は必死で訴え、目尻が赤くなる。海羽は胸が締めつけられるように痛んだ。「わかってるよ。瑚々は嘘をつかないだもの」紗夜はやさしく微笑み、指先で瑚々の溢れそうな涙を拭った。そして、詩織と担任を見据える。「監視カメラはありませんし、子どもたちの証言も一致していません......でも、まだ別の証拠があります」「え?」海羽の目に驚きが走る。詩織は眉をひそめ、千輝は無意識に指を握りしめ、落ち着かない様子を見せた。そのとき、コンコンとノックの音がして、小さな影がドアの隙間から

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status