まさかこんな事が出来る日が来るなんて⋯⋯ リムジンに乗って登校なんて、2次元でしか見た事が無い。 ってか、このリムジンってエンナ先輩のものなのかよ⋯⋯。俺はてっきり親のだと思ってたんだけど。 高校卒業祝いで新車になったこれを貰ったそうで、親はまた別の車を使っているらしい。 このリムジンはあまり使わないようにしているようで、やっぱり自分で何でも出来るようにしたいそうだ。 高校の時、エンナ先輩はいつも電車通学だったっけ。電車が止まったりした時だけリムジンで来てたんだっけか。 もちろん無人自動運転の最新型で、タッチパネルから選んで食べ物や飲み物までサービスしてくれる。これの面白いところは、ちょっと時間は掛かってしまうが、AIが目の前でライブキッチンのパフォーマンスなんてものまであるところだ。 もちろん、天王寺駅前から大阪都波裏学園なんて、車移動で20分もかからないため、使いたいなんて我儘は言わない。「朝食は何でも遠慮せず選んでいいからね」 黒鮭定食を頼みながら、先輩は俺とスアに囁く。「俺も黒鮭定食にしていいですか?」「私も!」「どうぞ~。美味しいわよ、黒鮭。私のおすすめ!」 数分で用意された黒鮭は焼きたてで、香ばしい匂いが漂ってくる。こんな良い鮭、食べた事ないぞ⋯⋯。 それに並ぶように置かれた白米と味噌汁と納豆は、どれも輝いている。「ん~! 良い匂い! ずっと嗅いでられる~!」 スアは幸せそうな顔。 これは味わって食べたい⋯⋯けど、時間が無いからなぁ。「「⋯⋯いただきます!」」 俺とスアはシンクロするように、黒鮭を一口。 ⋯⋯なんじゃこりゃぁ⋯⋯! 表面は炭火で焼いたようなカリっと深い味わい、そこから中に行くほど濃い旨味がぎっしり詰まっている。すぐに甘味もドンと口全体を覆ってきた。 ⋯⋯ダメだ、白米が止まらない! ⋯⋯美味すぎる!「ふふ、気に入ったみたいね」「先輩、この黒鮭とサーモンマグロが毎日欲しいです」「え~、じゃぁ私と結婚しないとだね」「ごほっごほっごほっ」「き、喜志可くん!? 大丈夫!?」「変な事、急に言わないでくださいよ⋯⋯!」「(⋯⋯あながち、変な事でもないんだな~)」 こっそり言った先輩の言葉はあまり聞き取れなかった。 スアはというと、周りが見えていないくらい黒鮭を食いまくり、「私が会長と結
「さっき車にいた時、パンツ見てたでしょ」 風呂から上がって牛乳を飲んでいるところ、エンナ先輩が隣にやってて、突然言われたのがこれ。 「⋯⋯まさか、んな事するわけないっすよ」 「私が気付いてないと思った?」 人生終わった。 この顔、何もかもバレてる。 落ち着いたところで、言うのを待っていたんだ。 「⋯⋯申し訳ありませんでした。今すぐ出て行きます」 「ふふ、な~にそれ。相変わらずだねぇ、喜志可くんは。あれは"重要な戦略"だよ? 対面でさ、若干見えてムラムラするくらいが、男の人には一番効果的でしょ。自社を気に入ってもらうには、時にはこういった事も大事だからね。それを喜志可くんにも試させてもらったってわけ」 「そんなの俺にしないでくださいよ⋯⋯"ハニートラップ"じゃないですか」 「え~? リラックス効果もあるみたいなんだけど、嫌だった?」 「それは⋯⋯」 実際、癒されたのかムラついたのか、混ざっていてよく分からなかった。 ⋯⋯そんなの口が裂けても言えない 「実は女の人もね、他の人が丈短いとさ、見えないかな~ってちょっと見ちゃうから、これは立派な研究結果の一つなんだよ。だから、喜志可くんは悪くないよ! ただし、盗撮とかはダメだからね?」 パンツちら見えがどれだけ素晴らしいのか、謎の力説を続ける先輩は、突然ミニドレスの裾をたくし上げ、中のパンツを見せつけてきた。 「ほら、見て。正解はただの見せパンでした~。パンツにしか見えなくて可愛いでしょ、薄ピンクのフリルが特にね」 喋りながら、なぜか先輩の顔がどんどん沸騰していく。 ⋯⋯あれって⋯⋯もしかして見せパンではないんじゃ⋯⋯ 「すぐに記憶って消せる? ねぇ、今すぐ消せる?」 真っ赤な顔で間近に迫ってくるエンナ先輩に、俺は「消しましたから!」と思わず叫んでしまった。 すると、一人がやってきて⋯⋯ 「あ、ザイと会長、そんなところで何やってるんですか?」 「な、なななな、なんでもないけど~?」 「会長がそんな焦るの、初めて見ましたけど?」 「い、いいから! 二人は早く食べてきなさ~いッ!!」 一体何の時間だったんだ⋯⋯。 エンナ先輩のあんな様子、俺も初めて見た。 先輩も焦ったりするんだな。どちらかといえば、いつも弄ばれる方だったんだけど⋯⋯。 ただ得
― 天王寺駅 赤と青に様変わりした駅全体と、あべのハルカスが視線を奪う。 もうどこに行ってもこんな状態になっていってる。 「喜志可くんッ!!」 「おわッ!?」 背後から抱き着いてきたのはエンナ先輩だった。 「うん、本物だね。よしよし」 「いや、赤ちゃんじゃないんですから」 言っても止まらず、抱き寄せて頭を撫で続けてくる。 なんか、なんか背中に柔らかい二つの感触が押し付けられて⋯⋯ 「いつまでされてんの」 しっかりとスアに怒られ、引っ張られてしまった。 「スアちゃん! どこも怪我してない!?」 「はい。さっき話した通り、ザイが守ってくれて、モアちゃんもいてくれたので」 「よく頑張ったね、喜志可くんも」 「いえ⋯⋯」 先輩の優しさに安堵していると、モアがこちらへと歩いてきた。 「あ、この子がモアさん?」 「⋯⋯水生(みなお)モアです。よろしく⋯⋯お願いします」 「うんうん、よろしくね! あら、もう一人は?」 ⋯⋯あれ、ケンがいないぞ。あいつどこ行ったんだ? 少し探し回っていると、天王寺駅の中へと入りそうなところを見つけた。 「おい! どこ行ってんだよッ!」 「見たらわかんだろ」 「なんでだよ、こっち来いよ」 「⋯⋯どう見ても、輪に入れそうな空気じゃねぇし」 「んな事ないって。あの人の家は"師斎トップホールディングス社長の豪邸"だ、もう二度と入れないかもしれないぞ?」 その後、ケンがゆっくりと帰ってきた。 「⋯⋯すんません、邪魔になりそうだったら出てくんで」 「そんなの気にしなくていいよ! その代わり、皆とは仲良く、ね?」 「⋯⋯うす」 そして、俺たちは"メタリックブルーのリムジン"へと乗り込んだ。 めちゃくちゃに広い車内、さっきのタクシーがなんだったんだと思うくらいに。 部活の時に乗せて貰った事があるけど、その時よりグレードアップした新車になってる。さすが師斎家はヤバすぎる。 「乗り心地は悪くない?」 「はい、最高です」 「そっかそっか。部活の時以来だよね、こうやって乗るのは。車は新しくなっちゃったけどね」 一番後方にエンナ先輩、スア、モアの女子3人。向かい合う形で、俺とケンが座った。 ここ、目のやり場に困るんだが⋯⋯。近い距離で対面に座った事によって、より強調さ
「やっぱこうなるじゃねぇか、気まずいだろうが⋯⋯」 助手席に座ったケンが呟いた。 「だからって、放って行く訳にもいかないだろ」 「⋯⋯っせぇ。俺は"偽プロ"と違って一人でもやれる」 不貞腐れたように、暗闇へ染まった夢洲都市を見つめるケン。さらに奥には、煌びやかではなくなったカジノが微かに見える。 「あのー、さっきは助けて頂いて、ありがとうございました⋯⋯」 その気まずさを裂くように、モアが一言置く。 「⋯⋯おう」 そういえば、さっきケンは"銃らしきもの?"を持ってたっけ。ちょっと聞いておくか。 「なぁ、ケン。さっき銃を使ってなかったか?」 「はぁ? お前知らねぇのか?」 「⋯⋯何がだ?」 「ついさっきの最新アップデートで、プロ専用のハイスマートグラスが、"簡易小型銃"になるようになったのを」 ⋯⋯そんなのあったっけ? 後ろに座る女子二人も全く知らない様子だった。 この情報はどこを調べても出回っていない、一部しか知らないらしい。 「まぁ、いきなりだったから、見てねぇヤツがほとんどか。今度からは常にチェックしとけ、死にたくねぇならな」 「あ、あぁ⋯⋯」 高低差での有利を活かすために、ハイスマートグラスをよくカスタマイズしているこいつにとっては、このくらい朝飯前だったのかもしれない。 そのアップデート内容とやら、今のうちに確認しておくか。 「ってか、スアちゃんごめんな。後で話したいって言っときながら、いきなりキャンセルしちまって」 「あ、ううん⋯⋯全然いいよ。⋯⋯⋯ケン君、私たちは天王寺駅に向かってるけど、このまま一緒でもいい?」 「⋯⋯俺は途中で降りるわ。スアちゃんの邪魔したくねぇし」 「別にそんな⋯⋯ねぇ、みんな? せっかく助けてもくれたし」 俺は、そっぽ向いたままのケンの方を向いた。 「今だけ睨み合うのはやめようぜ。嫌かもしれないが、協力する時じゃないか」 「⋯⋯ちっ、安全になったらすぐ抜けるからな。んな事より、天王寺駅まで行って何すんだ?」 「知り合いの先輩が迎えに⋯⋯」 その時、一つのメッセージが入った。大会延期のお知らせだった。いくら全体の主催がAI総理とはいえ、運営側が中止を申し出たようだ。 当然だ、明日の大会なんてもの
ネット上でウワサだけは聞いていた。 AIだけで作られた近未来な高校があると。 まさかこんなとこに、しかもうちの学園のだったなんて⋯⋯ ⋯⋯そこに"アイツら"がいるのもさらに意味不明だ。 そういえば、あまり考えてなかったけど、全てAIによって賄われているアフターバンパクシティで、警備員がいるって事はそれほどヤバいって認識でいいんだよな。 ⋯⋯この状況からして、それしかないか 一呼吸し、無理やり息を整える。 「あと残り10階降りれば、地上の方のホテル出口から出られる。西出口にタクシーが来てるから、そこを目指そう」 「うん⋯⋯ごめんね、取り乱して」 「すみません⋯⋯」 「しゃぁねぇって、あんなの見たら⋯⋯俺もまだ気が狂いそうだし⋯⋯」 ⋯⋯とにかく、あと10階だ 25階から下は、アフターバンパクシティの地下ホテルの方へと切り替わるため、そっちには行く必要は無い。つまり、1~24階は地下、25~50階が地上という構造になっている。 それにしても、警備員以外には誰とも会わないな⋯⋯ 律儀に部屋に籠っているのだろうか。まぁそりゃそうか、殺人鬼が付近にいるかもしれないのだから。 でも、気付く奴は気付いてる。この異常事態の中、警察が来ることすら既に怪しい。なぜなら、大阪から出ようとした人たちを、止めている警察もいるという点がどうも引っかかる。 もしかすると、日岡知事の指示のよって動いている部隊と、従わない部隊で内乱が発生しているんじゃないか? リアルタイムに流れてくるSNS情報を見るに、そう仮定していいはず。 と考えを巡らせながら、工事中の"大阪都波裏学園/夢洲校"から脱出するエスカレーターへと乗った。 ちなみに、この高校はホテルハブのような役割もしていた。 これまで降りる途中、何ヶ所か簡易的なハブポイントはあったが、この高校が一番大きなハブといっていい。 さっき俺たちは最上階の4つ出口のうちの1つから出たが、それらは独立しており、他の出口とは繋がっていない。だから、"撃ったアイツ"とまた遭遇、なんて事はそうそう無いわけだ。 34階へと降り、また客室廊下が始まった瞬間だった。 「な⋯⋯ッ! 停電!?」 突如フロア全体が真っ暗になり、何も見えなくなってしまった。 「ザイ! モアちゃん! いるよね
よりによって50階ってのが⋯⋯ まずはエレベーターまで行くしかないな。 俺が水色のハイスマートグラスを構えると、また海銃へと変化した。 何やら構えるとこの姿になるらしく、コイツをリアルでも活用するしかなさそうな感じがする。 ⋯⋯頼む。今だけでもいい、俺たちを守ってくれ それからは慎重に、なるべく足音を立てないよう、歩く事にした。 この辺にもまだいるかもしれない。俺とスアが見たあの人型AIは、夥しい量だったからな⋯⋯ だが意外とエレベーター前へはすぐ辿り着き、非接触パネルから下降ボタンをタッチする事に成功した。そしたら⋯⋯ 「⋯⋯なんでだ? これ、動いてないぞ⋯⋯?」 いくら押そうと、微動だにしない様子が見て取れた。 「え、そんな⋯⋯そんなわけ」 スアも俺と同様に下降ボタンを押しまくっているが⋯⋯ ⋯⋯最悪だ、ここ以外で考えるしかない 「先輩! あっちのエスカレーターなら動いてるみたいです!」 そう言うと、モアは俺たちをそっちへ誘導した。 「ここなら階段よりは早いはずですよね⋯⋯!」 「だな。こっから行こう」 俺たち3人はエスカレーターを突っ走り、素早く降りて行った。 これによって、どうにか40階までは一気に来る事が出来た。 しかし、40階からは"新設予定の学校?"が入っているらしく、それが35階辺りまで続いているようだった。 「これってさ、高校⋯⋯っぽいよね⋯⋯? ザイ、知ってた⋯⋯?」 「いや、全然知らねぇ⋯⋯」 L.S.から館内マップを見ても、"工事中により立ち入り禁止"とだけある。 そういや、さっきのエスカレーターは非常時用だったけど、ここに繋がってるのか。 ここからさらに降りるには⋯⋯ 「えっと、左に曲がって、広間みたいな場所にエスカレーターがあるみたいだよ。もっと奥にエレベーターっぽいのがあるけど⋯⋯たぶん動かないよね」 展開したL.S.で何かを確認しながらスアが言った。 今日の大会で酷使していた、超小型ドローンのバッテリーが復活したらしく、それを使って先を見ているそうだ。 「さすがです、スア先輩⋯⋯!」 「なんとか間に合ってよかったよ~。モアちゃんのドローンはまだ充電が必要そ?」 「そうですね⋯⋯