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第0356話

Author: 十六子
隼人が瑠璃を連れて帰ってくると、蛍の笑顔が一瞬で固まった。再び、作り物めいた悲しげな表情を浮かべた。

「……隼人……」

「俺たちはもう夕食を済ませた。お前は一人で食べろ」隼人は冷たく言い放ち、隣の瑠璃を見つめた。「部屋に戻ろう」

「待って、隼人!」蛍は慌てて彼の前に立ちはだかる。

「隼人、今のあなたが私に対して深い誤解を抱いてることは、ちゃんとわかってる。瑠璃を傷つけたのは本当なんじゃないかって……疑ってるんでしょう?でも私は、自分のしてきたことに一点の曇りもないわ」

「よくそんなこと、平然と言えるわね……四宮さんの良心、どこかに捨ててきたんですか?」瑠璃は静かに笑った。

蛍の眉間に怒りの皺が刻まれる。だが、ここで怒りを爆発させるわけにはいかない。彼女は深く息を吸い込み、無理やり微笑みを作る。

「隼人……今週の土曜日、君ちゃんの幼稚園で親子遠足があるの。お父さんとお母さんが一緒に参加するイベントよ。どれだけあなたが私を誤解していても、君ちゃんは私たち二人の子供。だから……お願い、一緒に参加してくれない?」

「お前一人で行けばいい」

隼人は、ためらいもなく冷たく言い放った。

蛍の表情が引きつる。それでも食い下がろうとしたその時——

「隼人、行ってあげたら?」

瑠璃が、穏やかに微笑みながら口を開く。

「私もその日、陽ちゃんと一緒に参加するの。せっかくだし、一緒に行ってくれたら、私も嬉しいわ。ね、私のために、参加してくれる?」

彼女の言葉に、隼人は迷うことなく頷いた。

「お前が望むなら、何でもする」

「隼人、本当に優しいわね」

瑠璃は甘えた笑顔を浮かべ、彼の腕にそっと手を回した。

その様子を目の当たりにし、蛍の体が震える。

殺意——その言葉すら生ぬるいほどの怒りが、彼女の目の奥に宿る。

土曜日、親子遠足当日。瑠璃はカジュアルなスポーツウェアに身を包み、陽ちゃんを連れて幼稚園へ向かった。

本来なら、瞬も一緒に来る予定だったが、昨夜急な仕事の連絡が入り、F国へ飛ぶことになった。

時間はまだ早いが、幼稚園の門の前はすでに賑わっていた。

小さな園児たちと、その両親たちが集まり、大型バスへと次々に乗り込んでいく。

瑠璃が陽ちゃんとバスに乗り込んで間もなく、隼人からのメッセージが届いた。

彼女はふと外を見る。

すると、そこには——君
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