——愛の結晶。その一言に、隼人の剣眉がぎゅっと吊り上がった。心の奥に溜まりに溜まっていた嫉妬の炎が、理性と冷静さを一瞬で飲み込んだ。彼は怒りに駆られるまま瑠璃のもとへと詰め寄り、加減もなく彼女の手首を掴んで拘束した。「そいつはお前の心から愛する男なんかじゃない!愛してるのは俺だ、碓氷千璃!お前が毎日毎晩、俺のことを想って、待ってくれてたのを忘れたのか?他の男なんて愛すること、俺は絶対に許さない!」彼の声はすでに怒声に変わり、冷静さなど欠片もなかった。美しい目は嫉妬に曇り、理性を失ったその瞳で、彼女を支配しようとしていた。黙って彼を見返していた瑠璃に、隼人は焦れたように顔を近づけ、彼女の繊細な頬を両手で包み込み、血のように赤い目で彼女を見据えた。「聞こえてるのか?碓氷千璃、お前は俺だけを愛せ。お前の心の中には、俺以外の男を入れることは許さない。ここには——」そう言って、彼は彼女の胸元を指差した。そして、突然彼女の上着を乱暴に引き裂くと、その唇を激しく奪った。瑠璃は、お腹の中の子どもを守るために必死で隼人を突き放そうとしたが、完全に理性を失った彼には何の効果もなかった。隼人は彼女を壁際に追い詰め、片手で彼女の両手首を縛るように固定し、自分の腕の中に閉じ込めた。もう片方の手で、抵抗しようとする彼女の頬を押さえ、その唇を容赦なく貪った。「さっきの質問に答えろ。俺を愛してるって言え」半ば目を細め、怒りと欲望の入り混じった声で命令するように言った。やっとの思いで空気を吸い込んだ瑠璃だったが、言葉は返さなかった。彼女の沈黙に、隼人は再び唇を重ね、さらに畳み掛けた。「言えよ、どうなんだ?」瑠璃は怒りに目を潤ませながら彼を睨み返したが、それでも口を閉ざしたままだった。隼人は、彼女がなおも拒み続ける姿に苛立ちを募らせ、彼女の体を抱き上げてベッドに倒し、そのまま覆い被さった。そして、彼女の服に手をかけ、無理やり脱がせようとした。——嫉妬で狂ったようだった。彼の目には怒りと焦燥しかなかった。瑠璃には、それがはっきりと分かった。彼を止めなければ。お腹の子どもを守らなければ。「隼人……もしこの子に何かあったら、私は……この場で死ぬから!」その一言が、隼人の全身を凍らせた。まるで時間が止まったように、
瞬は一切の迷いもなく、引き金を引いた。彼にとって、隼人に自分の築き上げた基盤と巨大な勢力を壊されるわけにはいかなかった。証拠の映像まで撮られていた以上、手を下すのは当然だった。綺麗に、確実に片をつける必要がある。それに、隼人に対する不満は、もはや抑えきれるものではなかった。その不満は、十年以上も前から胸の中に燻っていた。それは——目黒家の祖父が唯一隼人を溺愛し、自分をF国に追いやって見捨てた、あの瞬間から始まっていた。隼人がちょうど二階から降りてきたときだった。ふと、勤の頭部に赤いレーザーポインターの光点が当たっているのが見えた。彼は即座に叫んだ。「伏せろ!」反射的に勤は頭を下げ、その直後——ガラスが砕ける音が響き渡り、弾丸が彼の頭上を掠めて飛んでいった。スコープ越しにその一部始終を目にした瞬は、眉をひそめた。ソファに座っていたのは隼人だと思っていた。だが、背を向けていたために髪型だけで判断してしまったのだった。そして今、隼人が無傷で視界に現れたことにより、彼は標的を見誤ったと気づいた。瞬は無言で狙撃銃を回収し、淡々と車に戻った。「まあ、叔父と甥の関係だ。あと一日だけ生かしておいてやろう」彼はゆっくりと車を発進させ、現場を後にした。瑠璃が身重で隼人の側にいることを、彼が気にしていないわけではなかった。だが、隼人が彼女に手を出すことはないと確信していた。隼人はあくまで無関心を装ってはいるが、その実、瑠璃に対する執着と想いは誰よりも深い。瞬には、それが手に取るようにわかっていた。ならばせめて、最期の一日くらいは、最愛の女と過ごさせてやってもいい。——明日、隼人には戻れない運命が待っている。隼人は怪我を負った勤を部屋へと運び、そしてリビングに散らばったガラスの破片を片付け始めた。その間、二階にいた瑠璃は、たしかにガラスの割れる音を耳にしていた。けれど何が起きたのかは分からず、ただ不安に胸がざわついた。彼女は隼人の名前を呼んだが、返事はなかった。そして夜が更けた頃、彼はようやく部屋に現れた。手には食事の載ったトレーを持っていた。この光景は、まるでかつて彼に孤島へ監禁された時と同じだった。だが今の彼女には、もう彼を憎む気持ちはなかった。それに、今は意地を張って水も食事も拒むわけ
なるほど、だから瞬はF国であれほどの勢力と財力を築けたのだ。その裏で、彼はこんな取引をしていたとは——彼は一線を越えていた。もし暴かれ、証拠が揃えば、これまで築いてきたすべての基盤が一瞬で崩れ去る。そして瞬自身も、投獄され、名誉も地位もすべて失うことになるだろう。隼人は瑠璃の表情の変化を注意深く観察していた。だがその心の奥には、彼女を想う気持ちがどうしようもなく芽生えていた。「これを見ても、まだ瞬と未来があると思うのか?」瑠璃はスマホを静かに置き、何気ない様子で言った。「だから何?これ見せれば私が瞬を捨てるとでも思った?」予想とは違う反応に、隼人は驚きながらも、すぐに怒りの感情に支配された。彼は大股で彼女に近づき、いきなり彼女の手首を強くつかんだ。「碓氷千璃、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」「もちろん分かってる。分かってないのはあなただわ」「……なんだと?」瑠璃は彼の手を振り払い、冷たく言い放った。「瞬が何をしていても、これから何をしようとしても、私は彼を支える。だから、そんなことで彼から離れて、あなたの元に戻るなんて絶対にない」その言葉に、隼人の中に渦巻く嫉妬は一気に爆発した。彼には耐えられなかった。瑠璃が今、あれほどまでに祁墨非を庇っているなんて――。彼は衝動のまま、瑠璃の肩をつかんで壁に押しつけた。鋭い視線で彼女を見下ろし、冷たい声で迫った。「本当に、あいつをそこまで愛してるのか?俺たちの娘を死なせた男なのに、それでも?」「……そうよ」瑠璃は一瞬も迷わず、はっきりと答えた。その一言が、隼人の胸に鋭く突き刺さった。彼は無意識に拳を握りしめた。瑠璃は肩に走る痛みに思わず眉をひそめた。「……放して」「あんな男にこれ以上ついて行かせるつもりはない」隼人の声は冷えきっていたが、その語気には異常なほどの支配欲がにじんでいた。「俺は絶対に、あいつの子供なんて産ませない。そして二度と、あいつの元に戻らせたりもしない」「……隼人、何をするつもりなの?」瑠璃は不安を抱きながら問い詰めたが、隼人は何も答えず、そのまま背を向けた。「隼人!」彼女は慌てて追いかけ、彼の服の裾を掴んだ。「すぐに私を元の場所に戻して!瞬に知られたら、あなたは絶対に無事じゃ済まない!ここ
遠くからその光景を見ていた瞬は、まるですべてを見通していたかのように、静かに唇をゆがめた。「やっぱり来たか」自信に満ちた顔で運転手に命じた。「追え」瑠璃は無理やり車に押し込まれ、そのまま車は勢いよく走り出した。運転席の男はマスクをしていたが、その眉と目元は、瑠璃にとって見間違えるはずのないものだった。「隼人、いつF国に来たの?なんで私を車に押し込むの?一体何がしたいの?」瑠璃は怒りと困惑を込めて問いかけたが、隼人はルームミラー越しに彼女を見つめるだけで、何も言わなかった。車は二十数分ほど走り、やがて停車した。そこはF国郊外の住宅街。小さな別荘が立ち並ぶ一角だった。隼人はそのうちの一軒に車を滑り込ませた。彼は無言でマスクを外すと、瑠璃のためにドアを開けた。「降りろ」冷たい表情を浮かべながら言うと、彼は一切振り返ることなく家の中へと入っていった。瑠璃はその態度にますます混乱しながらも、仕方なく後を追った。「隼人、これはどういう意味?」彼女の問いに、男は一瞬足を止め、冷えた口調で言った。「中に入れ」瑠璃は戸惑いながらも、ついに足を踏み入れた。室内に入ると、リビングのソファには見覚えのある男が座っていた。顔色は優れず、右足のふくらはぎには分厚い包帯が巻かれ、テーブルには使い終わった薬箱が置かれていた。瑠璃はその男——勤と深く関わりはなかったが、隼人の助手であることは知っていた。まさか彼までここにいるとは。それも怪我をして——彼女が勤を見つめていると、隼人は眉をひそめて振り返った。「こっちだ」彼は彼女の名を呼ぶことなく促した。瑠璃は何も言わず、階段を上って彼のあとを追った。「隼人、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?あなた、何がしたいの?」部屋に入ると、彼女は静かに問い詰めた。男はドアを閉めると、冷然とした気配をまといながら、ゆっくりと彼女の前に歩み寄ってきた。「俺がしたいことが、そのまま現実になると思ってるのか?」「……」またしても彼女を弄ぶつもりかと感じた瑠璃は、視線を逸らして窓際へ歩いた。「隼人、あなただって『もう全部終わった』って言ったじゃない。あなたにはもう新しい最愛の人がいるんでしょう?なんでまた私に絡んでくるの?」「絡むさ。絡まずには
瞬はスマホを開き、その画面に瑠璃からの着信履歴があることに気づいた。彼女は別荘に残って陽菜と一緒にいたいと申し出てきたようだった。彼はそれを快く承諾した。帰路の途中、瞬は春奈の身辺資料を受け取った。どの情報も一見、何の問題もなさそうだった。だが、瞬の漆黒の瞳は、それを鵜呑みにしてはいなかった。かつて彼は、瑠璃のために新しい身分を作り上げた。ならば、今の隼人にだって遥のためにそれをやれるはずだった。だが納得がいかなかったのは、隼人と遥に一体どんな繋がりがあるのかということ。そもそも隼人が、遥を助ける理由などあるはずがない。けれど——もし、それが事実なら。彼は心から嬉しく思った。なぜなら、彼女がまだ生きているという証だから。瞬は手首に巻いていた髪ゴムを手に取ると、指に絡ませてじっと見つめた。唇には深い笑みが浮かんでいた。——遥、もうすぐ会える。別荘。瑠璃は焼きたてのケーキを眺めながら、嬉しそうに食べる陽菜を見守っていた。そんなとき、瞬が帰宅した。陽菜はぱっと顔を上げ、にっこりと笑って声を上げた。「パパ〜!」瞬は春の陽光のような微笑みを浮かべて近づき、陽菜の小さな頭を優しく撫でた。かつて瑠璃も、この光景を心から温かいと感じていた。だが瞬の本性を知った今となっては、この穏やかな情景さえもどこか偽りに見えた。瞬の表はいつも紳士的で優雅だが、その裏では冷酷非道で、誰よりも深い計算をめぐらせる男だった。「パパ〜、陽ちゃんね、ママと一緒にお出かけしたいの。ずっとここにいるのは嫌なの。誰も遊んでくれないし、君お兄ちゃんと遊びたいよ。パパ、いいでしょ?」陽菜は瞬の手を握り、大きなガラス玉のような澄んだ瞳でお願いした。瞬は、先日勤を車で連れ去った人物の顔を思い浮かべたあと、穏やかに微笑んだ。「もちろんいいよ。でも君お兄ちゃんはここにはいないから、ママと一緒に出かけようね」彼は優しく瑠璃に目を向けた。「千璃、明日は陽菜を連れて外に遊びに行ってあげて」瑠璃は一瞬、自分の耳を疑った。「本気で言ってるの?」「君にいつだって本気だよ」瞬は彼女の前まで来ると、静かに言葉を続けた。「もう君が陽菜に会うのを制限したりしない。君が俺と約束した通り——隼人の元へ戻らない限り、君はいつでも陽菜と
瑠璃は陽菜を抱き上げて家の中へ入ったが、お腹にはもう一人小さな命がいるため、長く抱いていることはできなかった。彼女は小さな頬にキスを落としながら言った。「陽菜、ママ、今からケーキ作るわ。陽菜もお手伝いしてくれる?」「うん、する〜!」小さな陽菜は水晶のように澄んだ大きな瞳をキラキラさせながら、瑠璃のあとをついてキッチンへと向かった。遠くの車の中で静かに座っていた隼人は、瑠璃が子供を抱き上げて家に入るのをはっきりと目にしていた。そして、瑠璃の顔に浮かぶあの穏やかな笑顔——それが心からの喜びに見えた。かつて、彼女は自分にもあんな笑顔を見せてくれていただろうか。隼人はハンドルを握る手に力を込め、指が一つ一つ強張っていく。瞳の奥では、嫉妬の炎が激しく燃え盛っていた。「……やっぱり、俺の勘違いだったんだな。自惚れてただけか。今、君が一番愛してるのは、あいつなんだな」――ブーッ、ブーッ。スマホが震えると、隼人はすぐに電話を取った。助手の勤の声が電話越しに響いた。「目黒社長、今さっき三号街の倉庫に着きました。目黒瞬も来てます。どうやら誰かに商品を渡すようです」「目を離すな。今すぐ向かう」隼人は電話を切り、鋭い眼差しで遠くの別荘をもう一度見つめた後、車のハンドルを切った。その頃、瞬は倉庫に到着し、商品を一つ一つ確認していた。「目黒様、黑江堂の奴ら、どんどん図に乗ってきてますよ。今度は裏市場の取り引きまで奪おうとしてる。こっちも一発、見せつけてやらないと!」部下のサイコロが怒りを滲ませながら口を開いた。「そうっすよ。目黒様が千璃さんと景市に戻ってた間に、南米の取引を横取りされて、10億も損しました!」「もう好き勝手はさせられませんよ。目黒様はしばらくここにいて、現場を締めてもらわないと。あの連中を抑えられるのは目黒様しかいません」瞬は黙って話を聞いた後、コンテナから銃を取り出してじっと眺め、やがて静かに口を開いた。「このロット、しっかりチェックして、警備を強化しろ」銃を置いた彼の顔には、普段の紳士的な雰囲気とは正反対の冷酷な表情が浮かんでいた。「10億の損失……取り返してやる。お前らは自分の仕事だけしっかりやれ」「了解しました、目黒様!」部下たちは一斉に返事をした。瞬はその場にいた、