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第0863話

Author: 十六子
隼人の切実な思いを感じて、瑠璃は彼の手をぎゅっと握った。

「隼人……あなたは、私のこと信じてくれる?」

「信じてるよ」彼の答えには、少しの迷いもなかった。その瞳には深くて優しい思いが宿っていた。

「でも、千璃ちゃん……俺にも分けてほしい。君の苦しみを、一緒に背負わせてくれ」

彼の心からの想いを感じて、瑠璃は口を開いた。

「隼人……すべてのことは、もうすぐ解決する。だから今は……あなたに冷たくしている理由が、どうしても言えない事情からだって、ただそれだけをわかってくれればいいの」

隼人はますます困惑し、焦ったように問い返した。

「千璃ちゃん、どうして……どうしてちゃんと理由を教えてくれないんだ?」

「私は……リスクを冒したくないの」

瑠璃は、陽菜と安然がまだ生きているという事実を明かしたい衝動を、必死に抑えた。

「このことだけは、どうしても賭けに出るわけにはいかないの」

彼女の瞳に揺るがぬ決意があるのを見て、隼人はそれ以上何も聞こうとはしなかった。

彼は瑠璃の手を取り、そっと唇を寄せて優しくキスをした。

「君がやむを得ない事情で、わざと俺を避けて、冷たくしていたって知れた。それだけで、もう十分だよ」

「きっと理由を知ったとき、あなたはすごく……すっごく嬉しくなるはずよ」瑠璃は微笑んだ。

隼人がもし、彼らの娘が生きていると知ったら、きっと天にも昇るほど喜ぶ――瑠璃はそう信じていた。

陽菜は一度も隼人を「パパ」と呼んだこともなく、自分が父親であることすら知らない。でも、隼人にとってそれは特別な意味を持つはずだった。

「今でもう、十分幸せな気分だけどね」

彼は笑いながら瑠璃をそっと抱き寄せ、自分の胸に彼女の身体を預けさせた。

「千璃ちゃん……俺、本当に怖かった。君がまだ俺を憎んでるんじゃないかって……」

そう言いながら、彼はそっと指先で瑠璃の頬を撫で、彼女を抱き締めたままゆっくりと横になった。

狭い病室のベッドの上で、隼人は身体を横向きにして、腕の中で瑠璃を包み込んだ。

「千璃ちゃん……あの江本楓って、どういう男なんだ?」

彼は疑問を口にした。

瑠璃は、自分が知っていることを一から十まで、包み隠さずに隼人へと話して聞かせた。

隼人はようやく合点がいったように頷いた。

「つまり、さっきのは瞬を引き離すための演技だったってこと
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