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第2話

Auteur: 紅葉鯛
佐藤恒夫から次々とメッセージが届いたが、通知が表示されても開く気にもならなかった。

家で荷物をまとめながら、ふと気づいた。

この家に私の持ち物がこんなにも少ないなんだ。

長年かけて丁寧に選んで買い揃えたものは、ほとんどが夫や息子、嫁、孫のためのものばかりだ。

着替え数着と日用品だけの薄っぺらなスーツケース。これが私の全財産だった。

「母さん、何考えてるの?もうこの歳で若い子みたいな真似して、離婚しようとするなんてとんでもない。

分別のない真似はやめてよ。これだけ長く一緒にいて、父さんがどんな人か分からないの?たかがホテルのメールじゃない」

そう、誰よりも佐藤恒夫のことを分かっているつもりだった。

だからこそ、私には分かる。彼は浮気しているということが。

それも結婚記念日という大切な日に嘘をついて、愛人と会う。他にどんな日でもよかったはずなのに。

息子と言い争うのも虚しかった。彼の目には父親は完璧な存在で、絶対的な憧れの的なのだから。

「母さん!今更離婚なんかしたら、世間体はどうなる?父さんの信用はどうなるの?」

その言葉で、私は足を止めた。

息子は私が思いとどまったと思い、安堵の表情を浮かべた。

私は冷ややかな目で、まるで他人を見るように息子を見つめた。

「正しいことをしていれば、噂なんか怖くないでしょう。お父さんの評判は、あなたが守ればいいわ

翔太の目には、私はただの主婦で、教授の評判になんの影響も与えられないってことでしょう?」

父子揃って仲が良すぎて、私の入る余地なんてない。

これまで心を込めて尽くしてきたのに、結局は恩を仇で返すような仕打ち。

嫁は事情が飲み込めず、困ったように私の手を取った。「お母さん、行かないで。パパが帰ってきたら、ちゃんと話し合って」

孫も私の足にしがみついて言った。「おばあちゃん、行かないで。私、おばあちゃん大好き!」

この家に未練があるとすれば、この心優しい嫁と可愛い孫だけだ。

でも息子の軽蔑するような顔を見ると、もう何もかもどうでもよくなった。

苦労の多かった三十年にも、終わりを告げる時が来たのだ。

息子の言う「白石さん」は、知的で上品な人。息子のような打算的な人間の「母親」には相応しいかもしれない。

「プルルル――」

荷物を手に取り、決意を固めた瞬間、息子の携帯が鳴り響いた。

「もしもし、佐藤恒夫さんのご家族でしょうか」

「高速道路で事故に遭われまして、現在中央病院で救急処置中です。すぐにお越しください」

……

「これで満足なの?」

「年寄りの癇癪で父さんが事故って。もし何かあったら、母さんなんて認めないからね」

病院への道中、ハンドルを握る息子は私を責め続けた。

「運転に集中して。翔太まで事故るつもり?」

私が言い返すと、息子は険しい顔で睨んできた。

「お母さん、そんなに怒らないで。翔太も心配で取り乱してるんです」

嫁が宥めてくれて、少し落ち着きを取り戻した。

佐藤恒夫は運転がとても上手で、山奥の遺跡発掘のため、大雨の中でも四駆で山道を走り回っていた。

なのにどうして平坦な高速道路で事故を起こすことになったのか。

警察の事故報告書には、他車との接触はなく、自らハンドル操作を誤ってガードレールに衝突したとある。

息子が病院での手続きに走り回る中、私が診療記録を見ようとすると、それも阻まれた。
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