第14話

胤道は歯を食いしばり、ひと言だけ残して立ち去った。

「森、明日また来る」

そして車を走らせ、遠ざかっていく。その姿が見えなくなると、静華の最後の緊張の糸が切れ、芝生の上に崩れ落ちた。

蒼真はすぐに彼女を支えた。静華は絶望したように息を詰まらせ、かすれた声で言った。

「ごめんなさい、蒼真くん……何も聞かないで……私、少し冷静になりたい。準備ができたら、すべて話すから……」

「いいんだ」蒼真はそっと彼女を抱きしめ、慈しむようなまなざしを向ける。彼は最初から知っていた――静華には何か過去があると。

「君が何を経験してきたかなんて、僕には関係ない。ただ、君が森であるなら、それで十分だ」

翌日、静華は診療所に現れなかった。

だが、胤道は予定通り姿を見せた。

彼は入り口に立ち、廊下で騒がしく遊ぶ子供たちを静かに見つめる。目には、わずかに優しい光が宿っていた。

もし自分と静華の子がここにいたら――きっと、あんなふうに無邪気に走り回っていただろう。

そんな考えがよぎると、胤道の視線は自然と奥へ向かう。しかし、そこに彼女の姿はなかった。眉をひそめると、迷うことなく蒼真がいる診察室の扉を押し開いた。

蒼真はまだ患者を診察していた。胤道を見つけると、表情が一瞬で冷え込んだ。しかし、怒りを押さえ込み、患者に薬の説明をして処方箋を書いた。

患者が診療所を出たのを見届けると、胤道は直ちに問い詰めた。

「森はどこだ？どこに行った？」

「よくそんなことが聞けるな！」蒼真は拳を握り締め、怒りを抑えながら言う。

「君のせいで、彼女はここに来られなくなったんだぞ！野崎さん、僕は君について調べた。野崎グループの唯一の後継者として、すべてを手にしている。なのに、なぜ森に執着する？君たちはもう過去の話だろ！」

「俺が彼女に執着している？」胤道の顔色が一瞬にして冷え込む。まるで自分が静華を追いかけているかのような言い方に、無性に苛立ちを覚える。

「勘違いするな。俺がどんなに落ちぶれても、顔に傷があって盲目の女に興味を持つわけがない。俺が求めているのは――俺の子供だ！」

「……子供？」蒼真は眉をひそめた。「何を言ってる？」

胤道は冷たく嗤う。

「まだ俺を騙し続けるつもりか？森は二年前、俺の子を身ごもり、どうしても堕ろそうとしなかった。今計算すれば、一歳を超えているはずだ」