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第13話

Author: 連衣の水調
蒼真は診療所へ戻り、再び忙しく働いていた。

一方、胤道は拳を握りしめ、待ちきれずに柵をこじ開け、中へと足を踏み入れた。怒りをまといながら、静華の前へと向かう。

静華はちょうど美味しく菓子を食べていた。物音を聞き、蒼真がまた戻ってきたのかと思い、笑顔で言った。

「どうしたの?また戻ってきたの?このお菓子、本当に美味しいわ。前回のよりもっと美味しい。食べてみる?」

彼女は手に持ったお菓子を差し出した。だが、彼女の柔らかな唇にはクリームがついている。

その様子を見た胤道は、思考を止められなかった。静華は蒼真に、自分の唇の味を試してほしいと誘っているのか?

二人の関係は、もうそこまで進展しているのか?

胤道は目障りに思い、突然、勢いよく静華の手からお菓子を叩き落とした。

突如として振り下ろされた荒々しい力により、お菓子は地面へと転がった。

静華は呆然としたまま、見上げた。

すると、その悪魔のような冷たい声が降りかかる。

「森、お前は本当に逃げるのがうまいな」

その言葉には、怒りと憎悪が滲んでいた。

静華の血の気が引き、一気に顔が青ざめる。

「蒼真……」

彼女は服の裾を握りしめ、急いでブランコから立ち上がった。

脳裏には、悪夢のような記憶がフラッシュバックし、震えが止まらない。

顔面蒼白のまま、声を震わせた。

「蒼真はどこ……?彼を探さなきゃ……」

そう言って、数歩進んだところで、胤道が彼女の手首を掴み、自分の目の前へと引き寄せた。

その目には、侮蔑の色が浮かんでいる。

「森、お前はまだ演技を続けるつもりか?苦肉の策なら、もう終わらせてもいい頃だろう」

静華は必死にもがいた。どこから湧いた力なのか、思い切り彼を突き飛ばした。

「離れろ!」

しかし、自分自身も勢い余って地面に倒れ込んでしまう。

顔には恐怖が広がり、手探りで周囲を探ると、最終的に一本の枝を手にした。

それを胤道の方へ向け、震えながら叫ぶ。

「すぐに出て行って!さもないと警察を呼ぶわ!」

その細い枝には、何の威力もない。

だが、静華の狼狽した表情と、視界を失ったことによる茫然とした動作――

それを見た胤道の胸の奥が、妙に締め付けられた。

さらに、怒りも込み上げる。

静華は、蒼真と自分に対して、まるで別人のような態度を取っている。

あの男は、一体何者だ
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Comments (2)
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景子
どうやら 刑務所で静華を虐待して流産させるように命じたのは あの女でクズ男は知らなかったみたいだけど…ずっと酷い事して彼女を散々、傷付けたくせに  どうして惚れられてると思えるんだろう?馬鹿なの?
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光恵
もう地獄の底味わってきてますけど。
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