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第115話

Author: 雲間探
この辺りには人がほとんどおらず、凜音が話そうとしたその時、横から突然会話の声が聞こえてきた。

「淳一、君は……智昭さんの彼女に興味があるのか?」

「興味があるとは言えないが……彼女は確かに面白い」

玲奈と凜音は一瞬動きを止めた。

どうやら淳一とその友人の会話だったようだ。

だが、彼らは背を向けており、ドリンク棚が間にあるため視線が遮られ、玲奈と凜音に気づいていなかった。

「オークションの時、白川凜音の隣にいたあの上品な美女にも興味があるようだったけど、まだホールにいるだろ?挨拶くらいしてこないのか?」

玲奈は話題が突然自分に向いたことに驚いた。

玲奈がまだ反応する前に、凜音が眉を上げ、仲介役になろうと玲奈を引っ張ろうとしたが、その時淳一が興味なさそうに首を振って「やめておく」と言った。

凜音は一瞬止まった。

「え?どうしたんだ?急に興味なくなったのか?」

淳一は言った。「ああ。あの美女は確かに綺麗だが……上品で静かすぎて、個性が感じられなくて、急につまらなく思えてきたんだよな」

「は?大森優里には興味ないって言ってたくせに!」

さっき優里と話したせいで、そっちに惹かれて、前の相手が霞んでしまっただけだろ。

「いや、違うって。ただ——」

淳一が口をつぐんだところで、友人が笑って言った。「わかるって。大森優里みたいなタイプが今の君の理想ってわけね?でもそれって結局、大森に惹かれてるってことだろ、はははは」

淳一が返事する前に、友人はまた言った。「でも正直、大森のあのプライドの高さと冷たい美貌って、確かにそそるよな。征服欲をかき立てるってやつ」

「それに、大森がこの界隈に現れてから、興味持ったやつ結構いるし、夢にまで見るようになってるやつもいる。残念ながら、彼女は智昭さんの女。女を見る目って意味じゃ、智昭さんはやっぱり抜けてるよな」

凜音の笑顔が固まり、表情が険しくなったが、あの二人に一発お見舞いしてやろうとした瞬間、玲奈に止められた。

玲奈は首を振って静かに言った。「いいの」

たしかに彼女には個性がないかもしれない、平凡かもしれない。

でも、それが彼女という存在だ。

自分がどんな人間か、彼女自身が一番わかっている。

他人が彼女を好むかどうかなんて、彼女にとっては大して重要なことじゃない。

淳一たちは話を終え、水を飲み干すと
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