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第268話

作者: 雲間探
「パパ、優里おばさん」

空港を出ると、智昭と優里の姿が見えた茜は、田代の手を放し、駆け足で二人に近づいて抱きついた。

車に乗り込むと、茜は自分のリュックをごそごそと探り、この数日旅行中に買った面白いお土産を智昭と優里に差し出した。

「パパ、優里おばさん、プレゼント買ったんだよ」

優里はそれを受け取り、優しく彼女の髪を撫でながら微笑んだ。「ありがとう、茜ちゃん」

今日は祖母の退院の日で、智昭と茜は実家で夕食を取ることになっていた。

空港を出て優里を家に送り届けたあと、智昭は運転手に実家へ向かうよう指示を出した。

実家へ向かう車の中で、智昭は仕事の処理に集中していた。

茜はそれを邪魔せず、自分の遊びに没頭していた。

実家に到着し、車を降りると、茜はリュックを背負ったまま家の中へ駆け込みながら「ママ、ママ」と叫んだ。

ノートパソコンを片づけて車を降りた智昭は、それを聞き、落ち着いた口調で言った。「ママはいないよ」

茜は一瞬立ち止まり、振り返って見た。「え?ママいないの?」

「うん」

「ママ、まだ忙しいの?」

智昭は彼女の小さな頭をぽんと撫で、穏やかに言った。「電話して聞いてみたらどうだ?」

「うん……」

最近、彼女がママに電話をかけても、一度も繋がらなかった。

普段は家にいる分には平気だったが、今回初めての海外旅行で、パパも優里おばさんもそばにいなかった。もちろん二人は毎日電話やビデオ通話をくれたが、やっぱり隣にいてくれるのとは違った。異国の地での彼女は、慣れるまでに時間がかかり、寂しさやホームシックを何度も感じていた。

一番最初に恋しくなったのは、やっぱりママだった。

その頃、彼女は毎日ママに電話をかけた。

でも、ママは一度も出てくれなかった。

やがて彼女は少しずつ慣れ、「ママは忙しいんだ、電話に出られないのも仕方ない」と自分に言い聞かせ、電話をかけるのをやめた。

帰国前、彼女は内心「ママが迎えに来てくれたらいいな」と思っていた。

でも、パパと優里おばさんが迎えに来ると言ったので、ママには連絡しなかった。

彼女はてっきり、実家に帰ればママはいると思っていた。

まさか……

その考えが浮かんだ途端、茜はもうママに電話をかける気がなくなってしまった。

どうせかけても、また出てくれないと思ったのだ。

ここまで来て、玲奈がい
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