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第372話

Author: 雲間探
「私の博士課程の学生、大森優里だよ」

スミスがそう紹介すると、彼のそばには優里のほかにも四、五人の学生たちがいた。

その中で、優里は唯一の東洋人だった。

優里がスミスの学生であることが知られると、周囲の多くの人たちは羨望のまなざしを向けた。

「まじかよ、あのカイウェット・スミスの博士生とか、強すぎるでしょ!」

「しかもあんなに美人って、もう神様が美と才能を一人に全部詰め込んじゃってるじゃん。不公平すぎない?」

「もっと不公平なのは、彼女が藤田智昭の彼女ってことだよ」

「もうダメだ……俺の人生なに、人と比べるとマジで死にたくなるな」

一気に、優里は会場の注目の的となった。羨ましがられ、妬まれ、焦点にされる。若者たちの視線が彼女に集中する。

優里がスミスの弟子だと知り、さらに智昭の恋人でもあると耳にした誰かが、スミスと挨拶を交わした後、智昭の方を見て笑いながら言った。「藤田社長、いいとこ取りしすぎでしょ」

智昭は微笑んだだけで何も言わなかった。だがスミスは彼の肩をぽんと叩き、明るく言った。「よくやってると思うけど、君たちもう2年も付き合ってるって聞いたよ。それでまだ結婚してないとは?君の努力が足りなくて、うちの教え子の心を射止められてないんじゃないのか?そうだとしたら、もっと頑張らないとね。私は君に期待してるよ!」

このひと言に、その場で意味を理解できた者たちは一斉に笑い声をあげた。

だが、玲奈と礼二、それに辰也と淳一は、誰一人笑っていなかった。

淳一はちょうどそのタイミングで会場に姿を現したばかりだった。

到着するなり、彼は優里のそばにいたスミスが会場の注目を一身に集めているのを目にした。

同行していたスタッフから、スミスが前世紀のAI分野で偉大な功績を残した人物であり、優里の恩師であることを説明されると、淳一も自然と彼の話を真剣に聞くようになった。

だが、スミスが智昭に「さっさと結婚しろ」と茶化すように言った場面だけは、素直に笑えなかった。胸の奥がズキンと痛んだ。

その間、玲奈と礼二も彼に気づいてはいたが、わざわざ挨拶しに行こうとはしなかった。

淳一は礼二に対する憧れという感情がもう消えつつあった。

だが、両社の間にはまだ共同プロジェクトがあるため、表向きの礼儀は欠かせない。彼は形だけでもと、礼二に挨拶をしに行った。

ただ、以
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Comments (2)
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千恵
あ そっかー 門下生ね、大学で学ばせてもらった生徒 沢山いるよね。
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芹沢さん
このチャプター読み返しててふと思ったんだけど、スミスの門下生って事を優里が今まで言わずにいれたのが不思議 あの家族までもが言わずにいれるなんてね〜
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