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第410話

Author: 雲間探
玲奈のそばに立つ翔太には目もくれず、辰也は玲奈に声をかけた。「久しぶりだな」

玲奈はうなずいて、軽く挨拶を返した。「最近は忙しいの?」

「まあな、ずっと出張続きでさ。今朝戻ってきたばかりだ」

いくら最近ずっと出張していたとはいえ、玲奈と智昭が役所で正式に離婚手続きを取るという話は、彼の耳にもほぼ最初に入っていた。

彼らが昨年離婚協議書にサインしてから、もう半年以上が経っていた。

ついに、正式な離婚が間近に迫っていた。

あと二十日ちょっと、そのときが来れば、彼はようやく……

玲奈とターナーがまだ話しているのを見て、辰也は心中の感情をひとまず抑え、玲奈と礼二に挨拶を交わしただけで、それ以上は話しかけなかった。

清司は優里たちと一緒にいた。

手を振る清司を見て、彼は一瞬足を止めてからそちらへ向かった。

優里は普段通りの表情で彼に声をかけた。「いつ帰ってきたの?」

「今朝だ」

清司が尋ねた。「智昭は?あいつもここ数日出張だったよな。いつ戻ってくるんだ?」

清司の言葉が終わるか終わらないかのうちに、優里のスマホが鳴った。

表示された着信を見た彼女はふっと口角を上げ、気分が明るくなったようにスマホを軽く掲げて言った。「今、飛行機降りたって」

そう言ってから、智昭のメッセージに返信を送った。

辰也は彼女と智昭の仲が良さそうな様子を見て、グラスの酒をひと口含み、それから玲奈の方へ目をやった。唇には自然と笑みが浮かんでいた。

ちょうどそのとき、玲奈が話しながら視線を上げると、彼と目が合った。

彼が穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていたので、彼女は特に気にすることなく軽く会釈してから、また視線を逸らした。

それから三十分ほど経ち、宴は終わりに近づいていた。

玲奈と礼二は、主催者の柳に挨拶して帰るつもりだった。

ちょうど柳のもとへ向かうと、そこには辰也や清司たちの姿もあった。

彼らも柳にとって重要な来賓だったため、柳は自ら下まで見送りたいと申し出た。

一行が階下へ向かう途中、玲奈と優里は他の人に口を開くことはあっても、彼女たち同士が互いに言葉を交わすことは一度もなかった。結菜はというと、玲奈の姿を見るたびに苛立ちを募らせ、その背中をずっと睨みつけていた。

最初、柳はその場の空気に違和感を覚えていなかったが、階段を下りる頃にはさすがにその微妙
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Comments (83)
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桜花舞
ほんと、目出し帽事件を何に結びつけるのかが想像できませんよね
goodnovel comment avatar
hiroko.kim
イジメらしき描写ありましたね 清二今でもバカにしてるし 目指し帽事件 どこに結びつけるのか これは思いつかない、オチあるんだろうか
goodnovel comment avatar
hiroko.kim
辰也はない 目指し帽で玲奈の車ジャックして、腹には銃創ってマジやばい それがなければ、玲奈の魅力に一番に気づいて、バカップルの事を知ってるから玲奈には負担はかけない様に見守ってる 好感は持てるんですが、最初の事件の事が引っかかってます。 ただその点で言えば玲奈に言いたい、結婚とまではいかなくても、中途半端な気持ちであれば線引きしないと有美ちゃんが可哀想かなっと。 バカ娘と違って可愛いからさ 有美ちゃん
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