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第488話

Author: 雲間探
土曜日の夜、玲奈は青木おばあさんと劇場に行った。

二人が入口に着いた時、少し離れたところで、注目を集めていたある人物が彼女たちを見つけると、すぐに笑顔を浮かべながら速足で近づいてきた。

「玲奈さん」

呼びかけられて、玲奈は振り向くと、人混みの中から歩いてくる人物が翔太だと一目でわかった。

玲奈は顔を上げて微笑んだ。「奇遇ね、今日もこの公演を観に来たの?」

実は、この遭遇は偶然ではないのだ。

翔太がわざと仕掛けたことだ。

会社では、翔太は玲奈を青木さんと呼んでいた。

名前で玲奈を呼んだのは、めったにないことだった。

玲奈が嫌がる様子を見せないのを確認すると、彼はふわっと笑ってから、玲奈と青木おばあさんに自己紹介をしながら、青木おばあさんに挨拶した。「青木さん、こんにちは」

青木おばあさんは笑顔でうなずいた。「こんにちは」

最近の若者で演劇を好む子は珍しいのだ。

ましてや、翔太が玲奈に話しかける時のその眼差しは……

傍観者として、青木おばあさんはすぐに翔太の玲奈に対する想いに気づいた。

だが玲奈は何も気づいていないように見えたから、青木おばあさんも何も言わなかった。

玲奈と青木おばあさんは二人だけで来ているのを見て、翔太は尋ねた。「子どもは連れて来なかったのかい?演劇が嫌いとか?」

茜の話になると、玲奈の笑みが少し薄れた。

茜は今日の昼には首都に戻ると言っていたし、帰ったら一緒に遊びに行こうとも言っていた。

実際にはもう夜になっているのに、茜はとっくに帰っているはずだった。

それなのに、空港に迎えに来てとも言わず、帰ってからも連絡一つよこさなかった。

このようなことに、玲奈は特に気にしていなかった。

もう慣れていた。

茜が今何をしているか、玲奈はだいたいわかっていた。

翔太に尋ねられて、玲奈は淡々と答えた。「まぁ、そうね」

翔太は、子供なら長く話せる良い話題だと思っていた。

しかし、玲奈が興味なさそうにしているのを見て、さらに翔太が子供の話を持ち出した時、玲奈の顔が冷たくなったことに、彼はかなり驚いていた。

だがその後、おそらく玲奈が子供の親権を取れずに辛いのだろうと、翔太は考え直した。

玲奈がこの話題を好まないのを見て、翔太もそれ以上は聞かなかった。

公演ホールに入ると、翔太は自分の前列の席のチケット2枚を人と交
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Comments (194)
goodnovel comment avatar
洋子
3日ぶり 帰ってきました。 久しぶりに 翔太が でて青山おばあさんが でて 玲奈のパートに 帰ってました。ずっと 優里のパートてしたから。 玲奈が不機嫌に なったのは 想像するに 智昭の いつもの冷淡な感じでは無く 明るい感じかした。玲奈も 不審に 思ったのでは?離婚の話ではなく 茜と 三人で 会おうと 智昭は計画しているのでは? なん変やな(大阪弁で)と 思うたんちゃうかなぁ。
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ひまわり
hiroko.kimさん ですね…青木おばあさんが普通なのであって、不倫一家がやばいだけですからね。 ほんとうに旦那は何処が良かったんだろう…金ヅル扱いされてるだけなのに…。
goodnovel comment avatar
ひまわり
山本山さん ここまでためるというとことは…きっとラストは凄い断罪がっ!と期待しますよね。玲奈には尽くした分返してくれる人と幸せになって欲しいです!
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