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第2話

Author: くるり
突然、ドアノブが回る音がした。

私は素早く写真を隠し、しおらしい表情を作った。

ドアが開く。

入ってきたのは蓮司ではなく、彼の秘書である遠藤直人(えんどう なおと)だ。

直人の後ろには二人のボディガードが控えており、事務的で冷ややかな表情を浮かべている。

「詩織さん、西園寺社長の命により、手切れ金をお持ちしました」

直人は一枚の小切手を差し出した。その目には軽蔑の色が浮かんでいる。

「一億円です。これだけあれば、一生食うには困らないでしょう。

金を受け取ったらさっさと失せろ、莉子様の視界に入るなと社長から仰せつかっております」

私は小切手の数字を一瞥した。

この三年間の慰謝料としては、一億円は確かに破格の金額だ。

だが蓮司にとって、私の価値はその程度なのだろう。

悲しみを必死に堪えているかのように、私は震える手で小切手を受け取った。

直人が鼻で笑った。

「茶番は結構です。金目当てだったんでしょう?大金が手に入って嬉しいくせに」

「ええ、嬉しいですわ。もちろん」私は顔を上げた。

瞳に涙を溜めながらも、決してこぼれ落ちないように気丈に振る舞う。

「社長にお礼をお伝えください。莉子さんと……末永くお幸せに。

そして、お二人の血筋が根絶やしになりますように、と」

後半の言葉はささやくような、しかしはっきりとした口調で告げた。

「なんですと?」直人の顔色が変わる。

「お二人が共白髪まで添い遂げられますように、と言っただけですけれど?」

私は小切手をポケットにねじ込み、スーツケースを引いて歩き出した。

直人が手を伸ばして私を遮る。

「待てください。社長からもう一つ言伝があります」

彼は私の左手を指差した。

そこにはシンプルな指輪が嵌まっている。

高価なものではないが、蓮司が唯一私に贈ってくれたものだ。

「『指輪を外せ、お前には相応しくない』ということです」

私は指輪を見つめ、心の中で冷笑した。

こんなもの、とっくに捨てたかった。

私は力任せに指輪を引き抜いた。

皮膚が擦れ、じわりと血が滲む。

「返してやるよ!」

私は指輪を直人の胸元に放り投げた。

「蓮司に伝えて、この指輪、私には不要なゴミで、彼の最愛の人にはお似合いですよって」

直人は頭に血が上り、私を突き飛ばそうと手を上げた。

その時、入り口から甘ったるい女の声が響いた。

「直人さん、何をそんなにカリカリしているの?」

莉子だ。

オーダーメイドの純白のファーコートを纏い、蓮司の腕に絡みついている。

蓮司は私を見ると眉をひそめ、嫌悪感を露わにした。

「詩織、金を受け取ったならさっさと失せろ。いつまで居座るつもりだ?」

私はこのお似合いの二人を見て、胃の中身が逆流しそうなほどの吐き気を覚えた。

莉子は蓮司の腕を放すと、高いヒールをコツコツと鳴らし、私の前まで歩み寄った

莉子は私より頭半分ほど背が高い。

そのまま、私を見下ろし、品定めするように見つめる。

「彼女が、私の身代わり?」

彼女は美しく装飾されたネイルを施した指で、私の顎をくいと持ち上げた。

「へぇ、顔だけはよく似せてあるわね。でも残念、偽物は所詮偽物よ。貧乏臭さが抜けてないわ」

私は無理やり顔を上げさせられたまま、静かな瞳で彼女を見つめ返した。

「おっしゃる通りです、白石様。贋作が本物に敵うはずもありません」

「ふん、身の程をわきまえているようね」

莉子は汚いものに触れたかのように私の顔を払い除け、バッグからウェットティッシュを取り出して指を拭いた。

「蓮、この部屋、この女の臭いが染み付いてて気持ち悪いわ」

彼女は蓮司の方を向き、猫なで声で甘えた。

蓮というのは蓮司の愛称であり、そう呼ぶのは幼馴染である彼女だけだ。

蓮司はすぐさま優しい表情に戻り、彼女の腰を引き寄せた。

「なら、内装をすべて解体してリフォームさせよう。

気に入らないものは全部捨ててしまえばいい」

「やった!大好きよ!」

莉子は背伸びをして、蓮司の頬にキスをした。

そして、挑発的な視線を私に向けた。

私は伏し目がちに、瞳の奥の冷たい光を隠した。

「でしたら、私はこれで……」
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