共有

第5話

作者: 刃は霜を秘めて
でも、今ならはっきりと分かる。

彼だって、一人の女性をこんなにも優しく、こんなにも慈しむように愛することができるのだと。

胸が締め付けられ、心臓が麻痺したように感覚を失っていった。

雫は朔夜の胸にすがりつき、ぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣きじゃくった。

「朔夜くん、私……自分が死んじゃう夢を見たの。それに、朔夜くんが結乃ちゃんをまた好きになって、私のことなんて嫌いになって、捨てられちゃう夢……っ。

お願い、もう結乃ちゃんのために私を一人にしないで……っ。ねえ、約束して?」

すがるような上目遣いで朔夜を見つめながら、わざと私の名前を口にする。

その言葉の裏にある悪意は明白だった。

だがどういうわけか、今回に限って、朔夜はすぐに彼女の言葉を否定しようとしなかった。

彼の顔から一寸ずつ温度が消え去り、漆黒の瞳には分厚い霜が降りたかのような、底知れない寒気が満ちていく。

その瞬間、私はふと思い出した。

彼は感情を爆発させて怒る時よりも、こうして感情を殺し、静かに怒気を漂わせている時のほうがよほど恐ろしいのだということを。

私たちが結婚した日も、彼はまさにこんな顔をしていた。

結婚式の当日、義理の両親が雫を強引に海外へ追放したことに対し、彼は一切の反応を示さなかった。私はてっきり、彼がもう彼女のことを諦めたのだと勘違いしていた。

だがその日の夜。彼は私の目の前で、私が長年大切に育てていた愛犬の首を絞め殺したのだ。

私が喉が裂けるほど泣き叫び、泣いて懇願する中。小さな家族がもがき苦しみ、やがて完全に息絶えるまでの一部始終を、私はただ絶望の中で見せつけられるしかなかった。

「自分の最も愛するものを奪われる痛みが、これで少しは分かったか?」

地獄の底から響くような、ひどく掠れた声で彼はそう私に問うた。

あの日の光景を思い出すだけで、魂だけの存在になった今でさえ、全身が粟立ち、血が凍りつくような感覚に陥る。

記憶の中の悪魔と、目の前にいる朔夜の顔が、ゆっくりと重なり合った。

私は考えた。彼はまた、私への怒りで理性を失いかけているのだろうか?

だとしたら、今回は一体どんな方法で私を罰するつもりだろう。

あの子にしたように、私の首を力任せに締め上げ、彼が愛しているのは私ではないと雫に証明してみせるのだろうか?

それとも以前のように、私から大量の血を奪い取り、立っているのもやっとの私を床にねじ伏せて、雫の前で土下座をさせるのだろうか。そして「これが言うことを聞かない罰だ」と冷酷に見下ろすのだろうか。

私は自嘲気味に笑った。

過去の深く冷たい闇が、再び私を覆い尽くそうとしている。

しかし今回ばかりは、恐怖ではなく、胸がすくような奇妙な快感を覚えた。

それはまるで、分厚いガラス窓の向こうで吹き荒れる嵐や轟く雷鳴を、安全で暖かい部屋の中から見下ろし、「私にはもう指一本触れられないくせに」と自然の猛威を嘲笑っているような、そんな刺激的な優越感だった。

もし機会があるなら、今度は彼の夢の中に入り込んで、思い切り煽ってやりたい。

「ねえ見てよ。私はもう死んでるの。今さらどうやって私を痛めつけるつもり?」って。

そう想像すると、可笑しくてたまらず、私は声を出して笑いそうになった。

けれど――笑えば笑うほど、なぜか私の頬を、理由のない涙がとめどなく伝い落ちていった。

……

結局、夢の中で彼を思い切り煽ってやることはできなかった。

ここ数日、朔夜は外で何をそんなに忙しくしているのか、病院で雫と過ごす時間はほんのわずかになっていた。私の魂はこの病院から出られないため、彼の行く先についていくことはできない。

だが、おそらく会社の経営にでも何かトラブルが起きたのだろう。病院に戻ってくるたび、彼の顔色は酷く深く沈んでいた。

しかも、彼は私がいつまで経っても姿を現さないことで、本気で苛立ちを募らせていた。私の足取りを徹底的に調べ上げ、私が行きそうな場所をしらみつぶしに探し、知人たちにも連絡を取らせているらしい。

それでも、私の行方は一向につかめていなかった。

当然だ。そんなの、可笑しくて笑ってしまう。

彼にすべてを管理され、交友関係すら制限されていた私に、友達なんて残っているはずがないじゃないか。みんな彼が私を嫌っていることを知っていた。九条家を敵に回すことを恐れた「友達」たちは、とっくの昔に私との連絡を絶っていたのだ。

私は病室の窓辺に腰掛け、苛立ちを隠しきれずにいる朔夜の顔を、ただ冷ややかに鑑賞していた。

「朔夜くん……結乃ちゃん、どこかへ逃げちゃったんじゃない? 彼女、あなたと一緒にいるのをすごく嫌がってたし……」

雫がわざと言いにくそうに視線を泳がせる。

この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

最新チャプター

  • 私の死後、冷酷な夫は絶望に泣き濡れる   第13話

    私は、彼を汚物でも見るかのような冷たい目で見下ろした。「もう遅いのよ、朔夜」「どうしてだ……!」彼は血走った目を真っ赤に腫らし、悲痛な声で叫んだ。「お前の仇は俺が討ったじゃないか! 俺はもう心の底から後悔している! 自分が間違っていたと認めているんだ!! どうして最後のチャンスすら与えてくれないんだ!?」狂乱して泣き叫ぶ彼の姿を見ても、私の心は驚くほど凪いでいた。「だから何?あなたが間違いを認めて、後悔して、心を入れ替えたら……私が今まで受けてきた血の滲むような痛みや絶望が、全部なかったことになるとでも言うの?」「俺は、お前を陥れた雫を……っ!」「私を地獄に突き落としたのは、彼女一人じゃないわ!!」私は彼の言い訳を冷酷に遮った。「どうして彼女だけが罰を受けて、あなたは私が許してくれるなんていう都合のいい夢を見ているの!?確かに、雫は嘘をついてあなたを騙したわ。でも、実際に私の血を抜き、私の子供を殺し、私を虐げたのは……『あなた』じゃない!! 盲目的に彼女を信じ、私の言葉に一切耳を貸さなかったのは、あなたでしょう!?結婚したあの日からずっと分かっていたわ。あなたは自分のことしか愛せない、底なしに身勝手な人間よ。九条家の後継者の座を手に入れるために私と結婚しておきながら、雫と結ばれなかったのは私のせいだと責任転嫁した。私を痛めつけて八つ当たりすることで、自分の無力さや罪悪感から目を逸らし、歪んだ安堵感を得ていたのよ。そして今だって同じ。ずっと私に暴力を振るい、私を追い詰めてきたのはあなた自身なのに。最後の最後で全部雫のせいにして、自分だけは『騙された被害者』として綺麗なままで終わろうとしている。……どの口が許してくれなんて言っているの? 朔夜」私は氷点下の眼差しで、彼を真っ直ぐに射抜いた。生前、一度たりとも彼に逆らったことのない私が、ここまで強硬な態度に出たのは初めてだったからか。彼は雷に打たれたように硬直したまま、一言も反論できずに立ち尽くしていた。私はその姿を見て、これまでにないほどの軽さと、深い安らぎを感じていた。まるで、ずっと魂を縛り付けていた見えない重い鎖が、音を立てて砕け散ったかのようだった。「……あっ! 結乃さん、体が……透けてる!」周囲を囲んでいた幽霊の友達たちが、驚いた

  • 私の死後、冷酷な夫は絶望に泣き濡れる   第12話

    「ここは俺と結乃の家だ。あいつの魂は、きっとここにいる。死んだあいつの視界に、これ以上お前という汚物を映したくない」その瞳は絶対零度よりも冷たく、そこにはもう、微塵の容赦も未練もなかった。雫は半狂乱になって泣き叫んだ。「朔夜くん、信じて! 私は本当に結乃ちゃんを殺してなんかいない! 彼女の死と私は無関係よ!!」彼女がどれだけ必死に弁明しようと、朔夜はもう一切耳を貸さなかった。「すでに警察には通報した。とっとと出て行かないなら、ここで連行されるのを待つんだな。真実がどうであれ、言い訳なら警察の取調室で存分にすればいい」彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに。遠くから、けたたましいサイレンの音が近づいてきた。パニックに陥った雫が逃げ出す間もなく、数人の警察官が家に踏み込み、彼女の両腕を掴んで強引に連行していった。雫がどれほど泣き叫び、彼の名を喚き散らそうとも。朔夜は二度と、彼女の方を振り返ることはなかった。その結末を見届けて、幽霊の友達たちは「ざまぁみろ!」と大盛り上がりだった。「あの俺様社長、今頃死ぬほど後悔してるね! でもまあ、結乃さんの濡れ衣を晴らして、犯人を捕まえてくれたんだから少しは見直したかな」しかし、私は静かに首を横に振った。「違うの。雫は私を殺してなんかないわ。……私を殺したのは、私自身だから」朔夜と結婚したあの日から、私の心はすでに壊れ始めていた。自傷行為を繰り返し、毎日のように「死にたい」と願うようになって初めて心療内科を受診し、自分がすでに「重度のうつ病」の末期にいることを知った。医者は「心を穏やかに保ち、前向きに治療していきましょう」と励ましてくれた。けれど家に帰るたび、私を待っていたのは朔夜の冷酷な言葉の暴力と、不信感と、監禁されて強制的に血を抜かれる地獄だった。私の病状は悪化の一途を辿った。彼のもとにいては絶対に救われない。このままでは確実に殺される。そう悟った。だから、朔夜が出張から帰ってくるあの日に合わせて。私はついに、自ら命を絶つ決意をしたのだ。ただ、犬死にする気はなかった。だから私は、ひそかに計画を巡らせた。私が死んだ後、朔夜が「偶然」見つけるように仕向けたのだ。私が彼を深く愛していた痕跡と、雫が彼を騙していたという決定的な証拠を。確かに雫は私

  • 私の死後、冷酷な夫は絶望に泣き濡れる   第11話

    ひどく酔っ払っているらしく、玄関のドアが開いた瞬間から、むせ返るような強い酒の匂いが漂ってきた。何があったのかと私たちが首を傾げる間もなく、彼は足元をふらつかせながら寝室へと直行した。そして、ベッドの傍らに安置されていた私の骨壺をきつく抱きしめると、突然、獣のように低くしゃくり上げて泣き出したのだ。幽霊の友達たちは全員、目を丸くしてポカンとしている。私も驚きのあまり、手に持っていたトランプをバサバサと床に落としてしまった。朔夜は喉の奥から唸り声を上げ、正気を失ったかのように、自分の拳を何度も激しく壁に打ち付けた。「なぜだっ! 結乃……っ! どうして、もっと早く俺に言わなかった!?どうしてこんな残酷なやり方で、俺を罰するんだ……!俺が出張から帰ったら、空港まで迎えに来てくれるって約束したじゃないか! どうして約束を破った!? どうして俺を騙したんだっ!!」やがて、彼の怒号は次第に弱々しくなり、最後にはすがるような懇願へと変わった。「ごめん……結乃、ごめんな……全部、分かったから……っ。俺が間違っていた。今までずっと、俺が間違っていたんだ。だから頼む、帰ってきてくれ……お願いだ、俺のそばに帰ってきてくれよ……っ!」朔夜は血の気の引いた真っ白な唇を小刻みに震わせながら、私の骨壺を痛いほどきつく抱きしめていた。そのあまりに惨めで卑屈な姿は、事あるごとに私を痛めつけ、雫のために全てを捧げろと強要してきたあの冷酷な男と、本当に同一人物なのだろうかと疑ってしまうほどだった。「朔夜くん……死んだ人は、もう生き返らないのよ。これ以上、自分を痛めつけるのはやめて。もし結乃ちゃんが見ていたら、きっと悲しむわ」いつの間にか、雫が寝室の入り口に立っていた。迷いのないその足取りを見る限り、彼女がこの家に出入りしているのは一度や二度ではないらしい。薄れかけていた記憶が、ゆっくりと蘇ってきた。生前、朔夜が彼女をこの家へ連れ帰ってきた日のことを。あの日、私がひどく嫉妬して彼女を追い出そうとすると、朔夜は「嫉妬深い女だ」と私を冷たく責め立てた。そして「こいつは酷く酔っているから仕方ない」と言い訳をし、私を押し切って彼女を泊めたのだ。結果として、朔夜はその夜、徹夜で彼女の看病につきっきりだった。それからというもの、雫

  • 私の死後、冷酷な夫は絶望に泣き濡れる   第10話

    朔夜は静かに微笑んでいたが、その漆黒の瞳には氷点下の殺気が渦巻いていた。取り巻きの令嬢たちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、床に押さえつけられた令嬢はガタガタと震えながら必死に命乞いをした。「ち、違うんです朔夜様……! 私はただ、この女を叱っていただけで……あなたを侮辱するつもりなんて……っ!」しかし朔夜は彼女の言い訳など意に介さず、私の服に染み付いたワインの跡を冷たい目で見下ろした。そして、傍らのテーブルから赤ワインのボトルを一本掴み取ると、無造作に私へ差し出した。「かけろ」薄い唇から吐き出された声は、絶対的な命令だった。彼はいつも、私がどうなろうと一切干渉しない冷酷な男だったのに。あの夜の彼の行動は、誰の目から見ても明確に「私を守る」ためのものだった。その後、私をいじめた令嬢たちは全員、朔夜によって容赦なく粛清された。彼女たち本人だけでなく、その背後にある一族の企業まで徹底的に叩き潰されたのだ。それは朔夜が九条家の当主となってから、初めて見せた冷酷無比な鉄槌だった。私が虐げられただけで、彼がそこまで苛烈な報復に出るとは、誰も予想していなかった。あの時、彼が周囲に言い放った警告を、私は今でもはっきりと覚えている。「結乃は、俺の妻だ。今後あいつに手を出した奴は、一族もろともこの世から消し去る」「朔夜はもしかして、私のことを好きなんじゃないか」私がそんな淡い期待を抱いたのは、あの時が最初で最後だった。私はてっきり、あの出来事が私と朔夜の「始まり」になるのだと思っていた。だがそれは、私の人生を終わらせる弔鐘(ちょうしょう)であり、果てしない暗闇に突き落とされる前に見た、最初で最後の光だったのだ。あの日を境に、私の周りから私をいじめる人間は消えた。だが同時に、私を助けてくれる人間も完全に消え去った。その後、朔夜がどれだけ残酷に私を痛めつけようと、彼への恐怖と威圧の前に、誰一人として私に同情の手を差し伸べる者はいなかった。こうして彼は、邪魔立てする者のいない密室の鳥籠に私を閉じ込め、思う存分雫のために私の血とすべてを捧げさせることができたのだ。あの日、彼が口にした「妻」というたった一言のために。私は彼と雫に、自分の持てる全てを奪い尽くされることになったのだ。彼が見せたあの数分

  • 私の死後、冷酷な夫は絶望に泣き濡れる   第9話

    【朔夜は明日の午後5時のフライトで帰国。絶対に迎えに行くこと】【午後7時。空港で、雫と待ち合わせ】【……】朔夜は何かを必死に耐えるように小刻みに震えながら、付箋の文字を指先でなぞった。その目尻は、またしても痛々しいほど赤く染まっていた。私は元々記憶力があまり良くない。一度、朔夜が珍しく早く帰宅した日があったのに、私が夕食の時間を間違えていて、料理が出来上がった頃には彼が家を出てしまっていたことがあった。それ以来、私は忘れないように冷蔵庫に付箋を貼るようになったのだ。これらの付箋は、今回彼が出張に行った際に私が書き残したものだ。けれど……私はどうしても思い出せなかった。最後の「午後7時、雫と待ち合わせ」という付箋。私はどうして、彼女と会う約束などしていたのだろう?しかも、もし記憶が正しければ。先日、霊安室で医師が告げた私の「死亡推定時刻」は、ちょうどこの時間帯だったはずだ。まさか……私の死には、雫が関係している?ピンポーン――その時、静まり返った家の中にインターホンの音が鳴り響いた。朔夜が重い足取りで玄関へ向かい、ドアを開けた。外に立っていた若い男性の配達員は、朔夜の顔を見ると、一瞬ハッとしたように目を丸くした。「あ、あの、九条結乃さんはいらっしゃいますか?」「……何の用だ」朔夜は警戒するように冷たく問い返す。「結乃さんが先日、うちの店で特注のレコードをご注文されまして。何が何でも今日中に届けてほしいと念を押されていたんです。……あっ! もしかして、結乃さんの旦那様ですか!?」配達員は突然何かを閃いたように朔夜を指さし、興奮気味に声を弾ませた。「お会計の時、結乃さんのスマホの待ち受け画面が見えたんですけど、あなたの写真でした! だからすぐ分かりましたよ。結乃さん、本当にあなたのことが大好きなんですね。あなたが昔の古いレコードが好きだからって、ずっと前からうちの店に『探してほしい』って頼み込んでたんです。こういう年代物って探すのが凄く大変なんですけど、結乃さん、毎朝のように店に通ってこられて……そういえば、ここ最近はお店にいらっしゃってないですね。あっ、もしかしてご旅行ですか!? そうだ、結乃さんが『結婚記念日のプレゼントにする』って言ってたから、きっと記念日旅行に行ってらし

  • 私の死後、冷酷な夫は絶望に泣き濡れる   第8話

    彼が泣くところを見たのは、これが初めてだ。しかも、他でもないこの私のために泣いているなんて。なんだか身に余る光栄のような気がして、不思議な気分だった。けれど、すぐにスンッと我に返る。私はもう、死んでいるのだ。彼が今さらどれだけ温もりを与えようと、どれだけ美しい涙を流そうと、今の私には一円の価値もない。手遅れになった愛情など、道端の雑草よりも無価値でくだらない。それからどれほどの時間が経っただろうか。いつまでも私の亡骸を抱きしめて泣き崩れる彼を見かねた医師が、とうとう院内線で警備員たちを呼び出した。しかし、屈強な男たちが数人がかりで引き剥がそうとしても、朔夜の腕はビクともしなかった。「……あの人、お姉さんのこと、本当に好きだったみたいだね……」その光景を見て、悠が鼻をすすりながら掠れた声で呟いた。様々な感情が入り乱れ、胸の奥がぐちゃぐちゃにかき回される。喉の奥に何かがつっかえたようで、幽霊なのに息が苦しかった。やがて、私は力なく自嘲するような笑みをこぼした。「……そうだといいけどね」……数日後、朔夜は私の葬儀を済ませた。しかし、彼は私の遺骨を墓地へは納めず、あの冷たい家に持ち帰った。彼の財力があれば、最高級の墓地を買うことなど造作もないはずだ。なぜわざわざそんなことをするのか、私にはさっぱり分からない。とはいえ、幽霊の私に意見を言う権利などあるはずもなかった。私の行動範囲は相変わらず制限されたままだ。私は毎日、あの広くてガランとした家に取り憑き、ただ無為に時間が過ぎていくのを眺めることしかできなかった。生前も、朔夜はこの家へ帰ってくるのを嫌がっていた。最初はただ私を嫌悪していたから。その後は雫が帰国したから。何度もここから逃げ出そうと考えたが、あの強大な力を持つ男に逆らうことなど不可能だった。だから私はいつも一人きり、死んだように静まり返った無機質なこの家で、ひたすら彼の帰りを待ち続けていたのだ。まさか、生前は肉体をこの家に縛り付けられ、死後は魂までもがこの家に囚われ続けることになるとは。なぜまだ成仏できないのかは分からない。ただ、最近自分の魂が少しずつ透明になってきていることには気がついていた。消滅か、それとも転生か。どちらにせよ、良い兆候には違いない。その日、私

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status