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第6話

作者: 刃は霜を秘めて
「手下を使って調べさせたが、あいつの出国記録はなかった」

朔夜は氷のように低い声で答えた。

「結乃ちゃんなら、朔夜くんのやり方をよく分かってるはずだわ。どうすれば追跡をすり抜けられるかだって……あっ!」

雫はそう言ってから、わざと失言してしまったかのように慌てて自分の口を覆った。

だが、その言葉は確実に朔夜の神経を逆撫でし、彼の顔色はさらに黒く沈み込んだ。

彼が何かを考えて踵を返し、病室を出て行こうとした瞬間、雫が慌てて彼の背中に抱きついた。

「朔夜くん、もう彼女のことなんて放っておいて……っ!

結乃ちゃんは身寄りのない孤児だったのに、九条家に引き取られて、あんなに大切に育てられたわ。

その上、あなたと結婚までして、何不自由ない生活を送らせてもらってたはずよ。本来なら、一生あなたに感謝してもしきれないはずなの!

それなのに……あなたが『ほんの少し』お返しを求めただけで、こんなに嫌がって逃げるなんて!

朔夜くん、彼女は自分のことしか考えてない最低の人間よ。あなたには不釣り合いだわ……

あなたには、もっと優しくて、心からあなたを愛して、すべてを分ち合える人が必要なのよ……」

甘ったるい声を出しながら、雫は熱っぽく潤んだ瞳で彼を見上げ、何かを誘うようにその体をすり寄せていく。

私はその光景に吐き気を覚え、目をそらそうとした。

だが次の瞬間――朔夜は、すがりつく彼女の体を唐突に突き放したのだ。

雫は呆然と立ち尽くした。

私もまた、その光景に驚いて目を見張った。

「悪いが、俺は結乃との間に『契約』を交わしている」

朔夜は感情の読み取れない冷淡な声でそう言った。

私は一瞬遅れて、彼の言わんとすることを理解した。

正直なところ、朔夜の言うその「契約」が何だったかなど、私自身、もうとっくの昔に忘れかけていた。

……

雫が海外から帰国してすぐの頃。彼女は朔夜がどこまで自分を優先してくれるのか試すため、わざと病歴を偽造し「白血病になってしまった。骨髄移植が必要だ」と嘘をついた。

その時、私は妊娠六ヶ月だった。

にもかかわらず、私は朔夜の命令によって強制的に病院へ縛り付けられ、お腹の子供を堕ろされたのだ。

私たちの初めての子供は、この世界で産声を上げる前に、実の父親の手によって無惨にも命を奪われた。

この一件で、私はようやく思い知った。私がいくら泣き叫び反抗しようと、この男の前では全てが無駄なのだと。

それから、私は何度も自ら命を絶とうとした。

絶食、リストカット。考えうる限りの自虐的な行為を全て試した。けれど、どれも成功することはなかった。

朔夜が、絶対に私を死なせてくれなかったからだ。

彼は、雫の命を繋ぐための「道具」として、私を生かしておかなければならなかったのだ。

私が幾度となく死を乞い、それを彼が力尽くで阻むという日々が続いた後。

私を大人しくさせるためか、彼は突然態度を軟化させ、優しく接するようになった。そして前代未聞にも私に妥協し、いくつかの約束を交わすことを提案してきたのだ。

その最後の一つが、「彼が永遠に雫と結ばれることはない」こと。そして、「私も絶対に自殺しない」ことだった。

こんな紙切れ一枚の約束が、彼を縛り付けられるはずがないことなど分かっていた。

けれど……当時の私は、彼の見せる束の間の優しさに、確かに心を惑わされていた。それに、度重なる自殺未遂のせいで心身共にボロボロになり、本当は心のどこかで「もう一度ちゃんと生きたい」と願ってしまっていたのだ。

案の定、それから間もなくして、朔夜はあっさりと約束を破った。

私を再び家に監禁し、虐げ、無理やり輸血を強要する日々が戻ってきた。

最後の一つを除いて、全ての約束が彼自身の手によってことごとく破られたのだ。

残された最後の一つだって、破られるのは時間の問題だろう。

それなのに、彼が今さらその「契約」を口にしたことが、ひどく滑稽で、無性に腹立たしかった。

雫も、彼からそんな言葉が出るとは思わなかったのか、泣きそうな顔で彼にすがりついた。

「朔夜くん……っ」

だが、彼女が何かを言いかける前に、朔夜のスマートフォンが震えた。

彼は画面を確認し、電話に出る。

「社長……結乃さんの行方が、分かりました」

部下の声には、明らかに何かを言い淀むような重苦しさがあった。

だが朔夜はそれに気づかず、フッと冷笑を漏らした。

「やっと姿を現す気になったか」

気のせいだろうか。そう口にした彼の声には、どこか安堵したような響きが混じっていたように感じた。

「今すぐ俺のところへ連れてこい」

朔夜は、有無を言わさぬ絶対的な声で命じた。

電話の向こうの部下は、数秒の重い沈黙の後――ひどく震える声でこう告げた。

「社長。5日前、結乃さんは交通事故に巻き込まれ……即死でした。

ご遺体は現在――あなたが今いらっしゃるその病院の、地下の霊安室に安置されています」

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