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私の死後、私を憎んでいた夫は狂ってしまった

私の死後、私を憎んでいた夫は狂ってしまった

By:  錦惜Completed
Language: Japanese
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雪崩に巻き込まれて命を落としてから十日目、夫・三浦達也(みうらたつや)はようやく私のことを思い出した。 それは、彼の初恋の相手・浅野莉緒(あさのりお)が再生不良性貧血を患い、私の骨髄を必要としていたからだった。 彼は骨髄提供の同意書を手に家に戻り、私に署名させようとした。だが、家の中はもぬけの殻だった。 莉緒はか弱く達也の胸にもたれ、こう呟いた。 「沙良は、私のことが嫌いだから、骨髄を提供したくなくて、わざと家出したのかしら? ……やっぱりいいわ、もう少しだけ我慢できるから」 達也は彼女を気遣い、優しく慰めた。 「大丈夫だ、俺がお前を守る。 ただ骨髄を提供するだけだ。命を落とすわけじゃない」 そう言って彼はスマホを取り出し、私にメッセージを送った。 【どこにいようと、すぐに戻ってきて提供同意書に署名しろ。 人は自分勝手すぎてはいけない!莉緒の病気は深刻なんだ、早く骨髄移植をしなければ死んでしまう。ただ骨髄を提供するだけだ、命まで取られるわけじゃない! もしまだ拒むなら、お前の母親の治療費を打ち切る!】 ……達也。 あなたが莉緒を連れてスキー場を離れたあの日、私はすでに死んでいた。 お腹の子と一緒に、雪崩のあと降りしきる雪に埋もれて。 そして母は、私を助けようとして、狼に引き裂かれて命を落とした。 そのことを、どうしてあなたは知らないの……

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Chapter 1

第1話

十日前、私は夫の三浦達也(みうらたつや)と一緒に、K山へスキーに行く約束をしていた。

私はスキーウェアを身に着け、ロビーでインストラクターを待っていたとき、達也はなんと彼の初恋の相手・浅野莉緒(あさのりお)を連れて現れた。

彼は私に一枚の「骨髄提供に関する同意書」を差し出し、言った。

「沙良、お前と莉緒のHLA型が一致したんだ。帰ったらすぐに手術を受けよう」

隣にいた莉緒は顔色の悪いまま、私の手を取って感謝を口にした。

「沙良、私に骨髄を提供してくれるなんて、本当にありがとう。私も達也も一生感謝する」

私は手を引き抜き、達也を見ながら少し迷って言った。

「達也、私……妊娠しているの。だから、提供を少し待ってもらえないかな」

そう言って、スキーウェアを脱いで、自分の服のポケットに入れた妊娠証明書を取りに行こうとした。

だが莉緒は涙を浮かべて私を見つめた。

「沙良、この数か月、達也はずっと病院で私のそばにいたのよ。あなたが妊娠なんて、あり得るの?

私のこと嫌いなのは分かってる。でも、提供を避けたいからって嘘をつくのはよくないわ」

達也は「妊娠」という言葉に一瞬ためらいを見せたが、莉緒の言葉を聞いた途端に顔を冷たくした。

「沙良、子どもじみた手はやめろ。提供したくないなら、最初からHLA型検査なんて受けなければよかったんだ。

いざ一致したら嫌だと言い出す?俺をからかって楽しいか?

妊娠?俺が家にいないのに、どうやって妊娠するんだ。嘘にも限度があるぞ」

莉緒は達也の袖を引き、弱々しく言った。

「もういいの、達也。沙良は私が嫌いだから、助けてくれないのも仕方ないわ。私が現れて、あなたの心を奪ったせいだから」

そう言って彼女は駆け出したが、わずか二歩ほどで冷たい床に倒れ込んだ。

達也は心配して彼女を抱きしめ、振り向いて私を鋭く睨んだ。

「見ろ!お前のせいだ。今すぐスキーウェアを脱いで、病院へ行って莉緒に骨髄を提供するんだ」

そう言い残し、私を一瞥もせず莉緒を抱えて去っていった。

彼は、私が当然のように後を追うと思い込んでいた。

……でも私は嘘なんかついていなかった。本当に妊娠三か月だった。

ただ、このところ彼がまったく家に帰ってこなかったから、伝える機会がなかっただけ。

服を着替えて出てきたときには、もう達也と莉緒の姿はなかった。

私は自嘲気味にコートの襟を締め、ひとりで雪山を下りようとしたそのとき――

「雪崩だ!早く逃げろ!」

誰かの叫びが響いた。

だが残念ながら、私は雪崩に逃げ切れなかった。

厚い雪に呑まれ、救助が来る前に窒息死した。

死後、私は魂となり、達也のそばから離れられなくなった。

――あれから十日。

その間、彼は私のことを一度も思い出さなかった。莉緒の病状が悪化し、達也は彼女の看病にかかりきりだったから。

「達也……私、死んじゃうのかな……?」

弱り切った莉緒に、達也は断言する。

「死なせない。すぐに沙良を呼ぶ」

そう言ってスマホを取り出し、私に電話をかけたが、圏外か電源オフのアナウンスが返ってきただけだ。

莉緒の容態は一刻を争う。達也はすぐにタクシーで自宅へ戻る。

玄関を開けると、部屋は十日前のまま。

食卓の花は枯れ果て、この家に長く人が住んでいないことを物語っている。

「沙良はいないのか?……まさかまだスキー場に?」

病院にいるはずの莉緒は、私に直接ありがとうを伝えたくて、達也について我が家までやって来たのだ。

「そんなはずないわ。彼女あのとき自分で車を運転してたし。

もしかして、骨髄提供を嫌がって私を避けてるんじゃ……?沙良、私のことそんなに嫌ってるのね。ただ骨髄を提供するだけなのに……

でも、いいの。生きてる間にあなたに会えただけで、もう満足だから……」

そう言うや否や、彼女はまた気を失いそうになった。

達也は気遣いながら、彼女を抱きとめる。

「そんなはずはない。彼女はもう俺に約束したんだ」

そしてスマホを取り出し、私にメッセージを送った。

【沙良、どこにいるんだ。すぐ家に帰ってきて同意書に署名しろ。

骨髄を提供するだけで死ぬわけじゃない。何を隠れてるんだ。莉緒を見殺しにするつもりか?

そんなに彼女が嫌いなのか?】

家で待ちくたびれた挙句、既読すら付かない。

達也は苛立ちのあまりドアを激しく蹴りつけた。

その衝撃に、私の母・小野寺幸子(おのてらさちこ)の魂が怯え、私の胸にすがりついた。

「沙良、どうして達也はそんなに怒ってるの?」

母は雪崩の知らせを聞くとすぐに現場へ駆けつけ、救助隊の制止を振り切って私を探しに入った。

だが手術直後で体力がなく、途中で力尽きた。

そのとき、運悪く一匹の狼に襲われ、母は反抗する力がなかったため、私の亡骸からわずか百メートルの場所で狼に噛まれ、命を落としたのだ。

「やっぱり、私の治療費がたくさんかかったせいかしら……

もう治療はやめるって、達也に伝えて。怒らないでって……」

私は母の背中を軽くたたきながら、胸は千々に乱れ、喉は何かに詰まったように、一言も言葉を発することができない。

大きな騒ぎを聞きつけた隣人・大石俊彰(おおいし としあき)が顔を出した。

彼は達也を見てまず驚いたが、すぐに同情の眼差しを向け、彼の肩をポンと叩いた。

「……達也?戻ってたか。沙良のお葬式はもう済ませた?ご愁傷さま……」

達也は表情を強張らせ、問い返す。「何を言ってる?葬式?どういうことだ?」

俊彰はため息をついた。「受け入れたくない気持ちは分かる。でも、あれは天災だった。誰にもどうすることもできなかった」

達也は一瞬固まった。

莉緒は袖を引いて呟いた。「……沙良、ひどい。もし提供したくないなら直接断ればいいのに。どうして死んだなんて人に嘘を……そんなの良くないわ」

達也は我に返り、強い調子で言った。「そうだ、あいつがそんな簡単に死ぬわけない。きっと俺を騙してるんだ」

そして俊彰を睨みつけた。「お前、彼女と連絡取れるんだろ。伝えろ。三日以内に病院に現れなければ、母親の治療費を打ち切る」

そう言い放ち、莉緒を連れてエレベーターに消えていった。

俊彰は首を傾げながら呟く。「……母親?彼女のお母さんなら、一緒に雪山で亡くなったはずだが……

それに、沙良のお腹には三か月の子どもがいたって……。なんて哀れなことだ」

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